『月』と『蛇』の民俗学

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斎藤姓の方が突出して多く住む町に


茨城県大子町(だいごまち)があります。

(およそ1200)


地方の町として、かなり多いと思います。

 


斎藤姓のルーツの探すヒントとして

この大子町の歴史や神社について、調べてきました。



参考:名字由来net


 

斎藤さんは全国にたくさんいて、職場や学校のクラスに

だいたい12人は必ずいますよね。


しかし「極端な分布」が、全国でいくつかあります。

 


・茨城県大子町 およそ1200

・栃木県塩谷郡塩谷町船生(ふにゅう) 

 およそ1000

・宮崎県宮崎市佐土原町下田島 およそ720

 

他にもいくつか、そんな町があるかもしれません。


大子町以外の町も、ゆっくり調べていこうと思います。

 

前回は、そんな町の一つ


子町の近くにある

 

・「建鉾山祭祀遺跡(たてほこやまさいしいせ 

  き)

・「奥院・都々古和氣神社(つつこわけじんじ

  ゃ)

 

を調べて


・縄文の「蛇」について書きました。





今回は


縄文の「月」について、ふれたいと思いま

 す。

「不死の女性神」です。

 




そもそも縄文の信仰と、月は

どのような関係があるのでしょうか?


 

まず、日本に限らず、世界の狩猟採集社会において

「月」は重要視されます。


「月がこの世のすべての水をもたらし、人も動物も

『月の水』によって生かされている」と考える

狩猟採集社会の共通した思考方法があります。


(ミルチャ・エリアーデ)

 




月が、生きるための水を、私たちにもたらす。

 

海や川の水、雨など、地上すべての水が、月からもたらされる。


そのような考え方が、古代にあったということですね。


月は水をたたえていると、考えられていたようです。

 

この「月の命の水」とでも言える説を

裏付ける伝承として

 


月の霊薬の一つ


「変若水(おちみず、をちみづ)」と言われる

飲めば若返るといわれた水にまつわる、伝承が存在します。

 

万葉集に、月の神

「月夜見(つくよみ)がこの変若水を、持つと歌われています。


(※『古事記』では月読命、『日本書紀』は月読尊と表記されます)

 


また宮古島には、「アカリヤザガマ」の伝承があり


月と太陽がからむ、変若水(シジミズ)と死水(シニミズ)の話で


この伝承では


・蛇が変若水を浴び、不死の体を得て


代わりに


・人間が死水を浴び

 人は死ぬようになるという



オチになっています。

 


いずれにしろ



「月」は人間の若返りや不死に関する

霊薬()を持つという伝承があり


月が人々が生きるための水

「月の命の水」を地上にもたらす



そのような考えが、あったのだと思います。

 


 

また、「古代氏族の研究⑤中臣氏」宝賀寿男氏の著書でも

 



月神の祭祀と縄文人の関係には無視できないものがある。




と、書かれています。


 

私は


私たちの祖先、縄文人の月への信仰は

かなり強いものがあったと考えています。

 


当然、月の水にまつわる祭祀も、あったと考えています。


変若水が「おちみず」とされるのも単純に

祭祀によって、天空の月から命の水を授かる。


命の水とは、月から「落ちてくる水」

すなわち、「おちみず」を連想させます。

 

 

さらに、前回記した「蛇」と「月」は

一見何のつながりもなさそうですが

 


「この点で不可分の関係になると思います。」

 


どういうことかと思われるかもしれませんが

これも、いずれ「古代・都筑(つつき・つづき)郡」の「杉山神社」のときに書きたいと思います。

 


さて、月が人に永遠の命を授けたり

若返りさせる「命の水」を持つ伝承があったことは、わかりました。

 


次は、もう一歩すすんで


そんな水を持つ、月の「不死性」について

述べたいと思います。

 


そもそも、なぜこんなすごい水を持つと


月が考えられるようになったのか?

 



それは前述したように、月が「不死の神」であったが故ですが


なぜ月神は、「不死の神」と考えられたのか。

(蛇と合わせて)記します。

 



月は満ち欠けをします。

月の暗闇状態、これを「朔(さく)」と言い

(下図でいうと①にあたります)

 

「朔」から「三日月()」を経て、「満月」に至り、また「朔」に戻ります。

月はこのループを永遠に繰り返します。


 


★「月の満ち欠け」★(wikipedia より)

 



古代の人は、月の満ち欠けを観察し


「朔」暗闇を → 「死」


「三日月()」を 「甦り」


と考え


死んで甦る「不死」の神と信仰したのです。

 

また、月の月齢周期は、女性の生理周期と関係し

古代の女性は


月は妊娠、出産に関わる神と認識したでしょう。

 




また


・「蛇」も同様です。

蛇は脱皮します。脱皮前に硬直して動かなくなります。

 

脱皮前の硬直を → 「死」


脱皮して動き出す → 「甦り」

 

古代の人は、そんな蛇を見て、月と同様


「不死」の神、さらには祖先神と崇拝したのです。


 

民俗学者の吉野裕子氏はその著書

「山の神 易・五行と日本の原始蛇信仰」において

 


「蛇信仰は一説によればエジプトにおこって

世界各地に及び、東はインド、極東、太平洋諸島を経て、アメリカに達したといわれ、西はアフリカ、ギリシアから、ヨーロッパに至ったとされる。


この伝播の道程のなかに日本列島も含まれるから、日本に蛇信仰が顕著なのは当然のことなのである。」


と書かれています。

 




現在の私たちの感覚からすると、あまりピンと

きませんが


古代縄文において


「月」も「蛇」も

どちらも「不死の神」として、信仰された

すごい神なのです。

 


さて、長々と縄文の月神と蛇神について書いてきましたが、この両神の神格をふまえて

 


次回、「建鉾山祭祀遺跡(たてほこやまさいしいせき)」に戻ります。

 


建鉾山のそばにある聖地


「月夜見桜(つきよみのさくら)


と呼ばれる、「槻(つき)の木」があります。

この場所は一種の聖地と考えられています。

(住所、「福島県白河市表郷三森字月桜」)

 


この場所と月の信仰について、書きます。

 


この建鉾山と月についても、一回で書き切れなかったので

何回かに分けます滝汗


書き出すと、いろいろたくさんあって

まとめきれないですね。


続きます。



 

参考文献

・「月と蛇と縄文人」 

 大島直行

・「山の神 易・五行と日本の原始蛇信仰

 吉野裕子

・「月と不死」

 ニコライ・ネフスキー

・「古代氏族の研究 中臣氏

   卜占を担った古代占部の後裔」

 宝賀寿男

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