2025-06-18

このCMさがしています

増田仮名)です。

都内大学映像制作を専攻している二十歳です。

授業はそこそこ真面目に受けていますが、

本当に心を奪われているのは“都市伝説”という、教科書に載らない世界でした。

きっかけは高校一年夏休み

宿題そっちのけで YouTube徘徊していたとき

偶然出会ったのが都市伝説検証チャンネル「マツブロ」です。

マツブロは、実際に起きた怪事件や古い噂話を徹底的に裏どりし、

当時の新聞映像取材音声まで掘り起こして検証するスタイルが秀逸でした。

怖がらせるだけでなく、一次資料を揃えて組み立てる

“謎解きドキュメンタリー”としての完成度に毎回うなりました。

中でも「ロストメディア発掘」シリーズは格別で、

現存しない深夜ラジオ放送禁止CMの断片を探し当てる回は鳥肌もの

動画最後に表示される〈情報提供こちら〉というテロップを見ながら、

いつか自分もあの協力者クレジットに名を連ねたい――

かにそんな思いを抱くようになりました。

今年、大学夏休みを迎える直前のことです。

実家のあるN県へ一週間帰省する予定が決まりました。


理由祖父三回忌と、

家の裏手にある古い倉庫の整理を手伝ってほしいという両親からの依頼でした。

埃まみれのガラクタ仕分けるだけの地味な作業で、正直気乗りはしません。

それでも帰省の口実にはなるし、

久しぶりに実家空気を吸うのも悪くない――そんな程度の気持ちでした。



N県行きの夜行バスの予約を済ませたその晩。

私は、カフェイン飲料で眠気を追い払いながら、

マツブロが運営する情報提供掲示板スクロールしていると、

午前三時ちょうど、目を射抜くスレッドが現れたのです。




タイトル:このCMさがしています

Nけんで1997ねんごろにほうそうされていたテレビCM

かぞくがだんらんしてたとおもうと きゅうにみんなきえて

でも みんなとてもしあわせそうでした

わたしも しあわせになりました

投稿者名「うれしいひと」




わざと全平仮名で書いたような幼い文章

違和感のある語尾に「怪しいな」と思いつつも、

これはチャンスだと胸が騒ぎました。

なにしろ N県は私の地元だし、ちょうど帰省する予定があるのですから

倉庫にはVHSがまだ眠っているかも。

これを探し当てれば“情報提供デビュー”できる――

確証もないのに、胸の内でそんな妄想が膨らんでいました。







夜行バス東京を深夜零時に発ち、

午前六時過ぎ、終点のN県中央駅に到着しました。

背伸びをしながらバスを降りると、

ホームに立つだけで故郷の湿った土と醤油工場の甘い匂いが絡みついてきます

薄曇りの空の下、改札を抜ける頃には、

倉庫の片づけと祖父三回忌という現実的用事よりも、

「みんなとてもしあわせそうなCM」のことで頭がいっぱいでした。

昼過ぎには祖父三回忌読経や納骨堂への挨拶も滞りなく終わり、

親戚一同が帰路につきました。

スーツを脱いでシャツの袖をまくった私は、

さっそく家の裏手にある物置へ向かいました。

扉を開けた瞬間、

むわっと立ちこめる木材の湿気が肌にまとわりつきます

薄暗い空間には、粗大ごみ寸前の品々が雑然と積み上げられていました。

黄ばんだ健康器具、片方だけ車輪の外れた三輪車、角が欠けたファミコンカセットケース、

新聞で包まれたまま湿気を吸った陶器の置物――まさに“ガラクタの見本市”といったありさまでした。

そんな中、奥の壁際に置かれたひときわ古い段ボールが目に止まりました。

箱のふちには水染みが広がり、側面のガムテープほとんど剥がれかけています

ゆっくり開けると、

中にはビデオデッキとVHSテープが十本ほど乱雑に詰め込まれていました。

手袋をしていなかったので、汗ばんだ指に埃がまとわりつきます

テープはどれもケースが反っており、

磁気フィルムがヨレて視聴できそうなのは三本ほど。

その中で、もともと白かったはずのラベルが黄変し、

マジックインクけがくっきり残った一本が目を引きました。

タイトルは《夏97 未整理》。

妙な胸騒ぎを覚えつつも、私はそれを丁寧に取り出しました。

深夜、家族が寝静まったあと、

居間テレビに物置から持ち出したデッキ接続しました。

幸い、持参していたRCAケーブルHDMI変換アダプターが役に立ちます

電源を入れ、例のテープをセット。

ヘッドクリーナーも回していないデッキは一度「ガコン」と大きく鳴り、

続けて砂嵐を吐き出しました。

やがて映ったのは、懐かしい情報番組や当時のCM

画質は荒いものの、時代匂いが濃厚に漂います

しかし十数分後、突然画面がオレンジ色に切り替わり、

見覚えのないCMが割り込んできました。

温かみのあるリビングセット、テーブルを囲んで微笑む四人家族

その下に、白い字幕ゆらりと浮かびます



みんな しあわせになってね



ロゴナレーションも見当たらず、

次のフレームでは家族全員が霧のように溶けて消え、

何事もなかったかのように番組が再開しました。

背筋を氷で撫でられたような感覚――でも、それ以上に

マジで見つけた・・・


という興奮がはじけました。


私は震える手でスマホを構え、その数秒間を動画撮影し、

すぐさまマツブロへDMで送信しました。

「これで動画採用される」。

胸が熱くたぎり、鼓動の高鳴りを抑えられませんでした。






マツブロからの返信は当然ながらすぐには来ませんでした。

考えてみれば、こんな深夜にDMを送っておいて即レスを期待するほうが無茶です。

あちらだって普通に寝ているでしょう。

しろこの時間まで起きている自分のほうが珍しい――と頭を切り替え、

興奮で震える手を落ち着かせながらデッキテープを元の箱へ戻しました。

ふと壁の時計を見ると針は五時を指しています

「もう夜明けか」と驚きました。

そういえば昨日の昼から一睡もしていません。

覚醒しきった脳を無理やりクールダウンさせるように布団へ潜り込み、

気づけば意識ブラックアウトしていました。 


目を開けると、部屋の隅から光が差し込んでいました。

腕時計は十二時半。

家族の気配はなく、どうやら皆どこかへ出かけたようです。

真っ先にスマホを手に取り、マツブロのDM確認しましたが未読のまま。

あれだけ人気のチャンネルです、即返がないのも当然かと自分を納得させました。




代わりに、昨夜撮影した動画をもう一度見ようと思い、カメラロールを再生



けれど、再生開始三秒目で背中に冷たい汗がにじみました。

字幕がこう映っていたからです。



みんな しあわせにってね




昨日確かに見た字幕は――




みんな しあわせになってね





 「な」が消えている。




寝ぼけ眼のはずなのに、心臓けがはっきり早鐘を打ちました。



その瞬間、スマホが震えました。

通知バーに「DM from @matsuburo_ch」の文字

慌てて開くと、シンプルな一文が届いていました。



映像確認します。可能であれば、カメラ撮影したものではなく直接キャプチャした動画ファイルを送ってもらえますか?」



私は急いでノートPCキャプチャデバイスを引っ張り出し、

例のテープをもう一度デッキにセットしました。




午後一時、私はノートPCを立ち上げ、キャプチャソフトに例のテープを流し込みました。

タイムライン問題CM差しかると、やはり画面下の字幕は――




みんな しあわせにってね




やはり 「な」が消えている。

昨夜は確かに「みんな しあわせになってね」と読んだ記憶がありますが、

興奮していたせいで見間違えたのかもしれません。人間記憶は案外当てにならない、と自分に言い聞かせました。


背筋に冷たい汗がにじみ、キーボードを打つ指先が震えましたが、

ともかくキャプチャは無事成功しました。

書き出しファイル名は、

自分へのメモを兼ねて 「みんなしあわせにってね.mp4」 としました。


すぐにギガファイル便へアップロードし、生成されたリンクをマツブロ宛てのDMで送信

「これで採用されるはずだ」と胸が高鳴り、呼吸が浅くなるのを感じました。



すべてを終えて電源ボタンを長押しし、PCの画面が闇に落ちるのを見届けました。

消えたモニターは鏡のように部屋を映し返し、そこに揺れている自分の顔の瞳孔が、異様に大きく開いていたのがはっきりと見えました。




翌朝、マツブロからDMが届きました。


ありがとうございます。これは素晴らしいネタです。

情報提供者としてお名前ハンドルネーム可)を教えていただけますか?」



心臓が跳ね上がりました。

名前は何でも良かったので、とっさに「たけるる」と返します。



すると「確認しました。近日中動画します」という返信が入り、

私はほとんど子どもみたいに拳を握りしめました。



そのあとの二日間は、三回忌で集まった親戚と食事をしたり、倉庫の整理を再開したりと、

かに実家で過ごしました。



不思議なことに、スマホカメラロールに残っているあの動画には一度も手が伸びませんでした。

見るのが怖かったのか、誇らしかったのか、自分でも判断がつきません。




帰京の日、夜行バスのリクライニングを倒しながら掲示板を覗いてみると、

例のスレッドに新しい書き込みがありました。




見つけてくれて、ありがとうございます




投稿者は「うれしいひと」のままです。


「どうして知っているんだろう? マツブロが知らせたのか」と首をかしげていると、

チャンネルに新着動画の通知が上がりました。






都市伝説】N県だけで放送? 奇妙なテロップCMが発掘!





胸が高鳴り、一気に再生ボタンを押します。


ゆっくりボイスが事の経緯を語ったあと、

「それでは、問題CMをご覧ください」と画面が切り替わりました。








流れてきたのは、私がキャプチャしたあの映像――の、はずでした。




温かみのあるリビングセット、テーブルを囲んで微笑む四人家族

その下に、白い字幕ゆらりと浮かびます





みんな しあわせてね








違う。確かに私が確認したファイルでは、


みんな しあわせにってね



と映っていたはずです。「にっ」が丸ごと消え、文章としても破綻しています


動画淡々解説を続け、

ラストの協力者クレジット情報提供たけるる さん と表示されました。


喜びよりも、映像勝手に変化している事実に動揺が勝りました。







胸の内側を冷たい手で握られる感覚のまま、

私はバスの揺れに身を預けるしかありませんでした。











ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます

先日、私は無事に東京の部屋へ戻ってきました。



あのCMはいったい何で、どうして実家VHSに紛れ込んでいたのか――

手がかりは皆無です。映像の出どころも、録画された経緯も、私にはまったく分かりません。




それでも、ひとつだけ確かな変化があります

先ほどスマホカメラロールを開き、

例のファイル確認したところ、字幕はこう変わっていました。




みんな しあせてね



一日ごとに文字が消えていくテロップ



残りは三文字最後に浮かび上がるであろう、

短くて冷たい言葉が何か――私はもう理解してしまいました。


結論を申し上げるなら、都市伝説やロストメディアには、興味本位で首を突っ込むべきではありません。

好奇心は、ときに取り返しのつかない扉を開いてしまます

今、その扉の向こう側で、残り二文字の行き先がひっそりと私を窺っている気がしてなりません。


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