「考察」にハマる若者たち 三宅香帆さんが感じる「報われたい」欲求
物語の伏線を見抜き、真犯人や「ラスボス」を言い当てる。昨今はやりの「考察系」ドラマに、気鋭の文芸評論家は「批評」から「考察」への時代転換をみる。背景にあるのが、「報われ消費」と「とりあえずの『正解』」だという。
映画やドラマ、ライトノベルなどの領域で、昨今の若者は「評論」や「批評」から距離を置き、「考察」に傾倒している。
非常勤講師として大学の教壇にも立つ文芸評論家の三宅香帆さん(31)は、大学生と接するなかでそう感じている。
あるアニメで「主人公は監督の妻の表象ではないか」と作品の中に浮き出る意味を問う行為は、作り手の意図に左右されない「批評」の営みだ。
だが、こうした明確な「正解」のない言説を若者たちは好まない。「監督は妻をモデルにして主人公を描いているのではないか」と、作り手の意図という「正解」を探す「考察」が重視される。三宅さんは、批評と考察を対比してそう論じる。
月1回の「論壇時評」掲載に向けて、論壇委員が推薦した論考を1本選んで、詳しく紹介します。今回は三宅香帆さん「考察したい若者たち 最終回 ググるからジピるへ」(Voice6月号)を取り上げました。
現代は社会の格差が広がり、景気も上向かず、努力が必ず報われる保証はない。その中で若者たちに広がるのが「報われ消費」だという。かけた時間や金銭というコストに対し、確実に報われたい――。それは文化の領域にも浸透する。
「『面白い』より『報われたい』が先立つ」。不安定な社会環境の中で生きる若者にとって「誰もが認める『正解』を提供するようにみえる『考察』が魅力的に映る」。今マイナスの状態にあるものを、「正解」を得て元の状態に戻したいという欲求だという。
その「正解」志向の極致が、生成AIだ。無駄なく報われることを求めるとき、膨大な検索結果の取捨選択に一手間かかるグーグル検索は必要とされない。「正解」をすぐに提示して「報われさせて」くれるChatGPT(チャットGPT)などのAIが、今後「擬似(ぎじ)親」として受け入れられていく――。「Voice」昨年11月号から全8回連載した「考察したい若者たち」の最終回で三宅さんは、「ググるからジピるへ」という大規模な構造転換を論じた。
ただ、その「正解」は「あくまでかぎ括弧つきの『正解』でしかない」とも言う。ネット上で「正解」とされた考察を作者側が否定しても、その説はまことしやかに語られ、生き続ける。生成AIは開発者や国、文化によって思考方法やデータベースなどが異なり、唯一無二の「正解」は得られない。「本当に正しいかどうかよりも、寄り集まれるとりあえずの『正解』のほうが重視され、求められている」
三宅さんは論考で歴史家ハラリの議論を引用し、グーグル検索という「ウェブ」(網)が広げた社会が、AIによって「コクーン(繭)」に閉じていくと指摘した。「『クラスタ』や『界隈(かいわい)』とも同義の集団で、巨大なたこつぼのようなもの。陰謀論とも結びつきやすい」と話す。
同じ「正解」を信じて集まる「コクーン」が広がる社会。「お互い『正解』だと譲らない争いがあちこちで起きている。『正解』を出しづらい場を、メディアがどう作っていくかが問われる」
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月1回の「論壇時評」掲載に向けて、論壇委員がその月の各誌から論考を推薦して議論する「論壇合評会」が開かれています。委員が推薦した論考を1本選んで、詳しく紹介します。
今回は三宅香帆さん「考察したい若者たち 最終回 ググるからジピるへ」(Voice6月号)を取り上げました。推薦した論壇委員は松谷創一郎さん(ジャーナリスト=カルチャー・メディア分野担当)です。
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