November 24 th.
~季節は巡って~
あの日見上げた空の色は、決して忘れることは出来ないけど。
今日見上げた空の色は、もっと忘れることは出来ないわ。
肩越しに見上げた空は、日が沈みきる直前で。
微かに色づく紅色が、今日の太陽の位置を教えてくれる。
あの日は一日、空なんて見上げる余裕がなくて。
前日の雨がすっかり上がっていることなんか気付かなくて。
いなくなった雪乃さんが。
行方不明な里佳子ちゃんが。
がむしゃらに走ってる青島くんが。
心配で、心配で。
必死で動いてるあたしたちが、雁字搦めにされてる現実が、悔しくて、悔しくて。
この事件が始まって何日経ったとか。
ご飯食べ損ねたとか。
ああ、お風呂に入ってなかったなんて考える時間すらなくて。
ただ、青島くんが無茶しませんようにって。
心の底に一番大事なそんな想いを秘めて。
あたしたちのことを何も解ってくれないあのヒトの命令を無視して。
部屋を飛び出してた。
あたしたちの思いを一番伝えてくれるのは青島くんだって思っていながら。
それでも何もしないまま終わらせないって思った。
コレはあたしの仕事。
あたしが誇る。
あたしの大好きな。
あたしの愛する。
あたしの、仕事。
面白くないと思ったこともあった。
悔しい思いもした。
怖い思いも、何度もした。
辞めよう辞めようって。
こんな仕事続けてらんないって。
何度も思った。
それでも、あの時。
たとえやらなきゃいいって思われてる仕事でも。
あたしは誇りに思えてた。
自分の仕事が。
自分の行動が。
あたしにしか出来ない、大事な仕事なんだって。
どんなに小さくても。
思い上がりかもしれないけど。
どこかできっと、誰かを救ってるんだって。
忘れそうになるとき、思い出させてくれるのは。
いつも、同じ。
ヒラリと舞った自分の体。
目に映ったのは鮮やかな青空。
--- 雨、止んでたんだ・・・・
今更ながらそんなことを感じて。
襲ってくる闇と、強烈な痛みに。
言い表せない感情が、あたしを包んだ。
死ぬかもしれないと思ったとき、まさか、こんなに正直に、貴方のことを想うなんて。
随分昔、腕を切りつけられたとき。
婚約者がいながら、あたしの心は、彼を想わなかった。
彼に助けを求めなかった。
あの頃のあたしが縋ったのは、他でもない家族で。
もしあたしがまたこういう目にあっても、思い出すのは家族だろうと思ってたのに。
死を目の前にして。
強がりとか、意地とか、そんなものがいとも簡単に崩れ落ちていって。
残ったまっさらなあたしの心が求めたのは。
誤魔化し続けた純粋な想いだった。
あたしを抱きしめる、力強い腕に。
いつもの、安心するそのタバコの匂いに。
あたしの名前を呼ぶ、聞きなれた愛しいその声に。
真っ暗なあたしを包む闇の中に、微かに光が灯ったの。
『・・すみれさんっー・・!』
なんて声、出すの・・?
今まで聞いた事のないような声のトーンに少し驚きながら。
どんどん力の篭る、抱きしめる掌に。
そっと自分の掌を重ねた。
ねえ、うぬぼれじゃないよね。
そんな必死な声出して。
そんな泣きそうな顔して。
力いっぱいあたしを抱きしめるこの腕に、愛されてるって思っても。
うぬぼれじゃ、ないよね。
微かに開いた瞳から見えたのは、泣きそうな貴方の顔と。
貴方の肩越しに見えた、綺麗な青空。
1年後の今日、同じ日に。
ひょっとしたら永遠の別れになってたかもしれない、同じ場所で。
まさか、永遠の約束をもらえるなんて。
「青島くん・・」
「ん?」
ぎゅ、と抱きしめられたまま。
肩越しの夕日が完全に沈んだ頃。
小さな声で、呼びかける。
「・・やっぱり、愛してた?」
「え?」
「1年前の今日、この場所であたしが倒れたとき。あたしの事、やっぱり愛してたでしょ?」
少し体を離して、上目遣い、彼を見上げる。
ふ、といつものように優しく笑うと。
ぎゅ
もう一度、包み込まれるように抱きしめられて。
「うん、愛してました。」
あたしにしか聞こえないような小さな声で。
耳元で教えてくれた。
「よかった、うぬぼれじゃなかった。」
「何が?」
「・・あそこで倒れたとき。青島くんに抱きしめられてね。・・なんだ、あたし、愛されてたんだ、って。」
「・・バレちゃった?」
「バレちゃいました。」
「まあ、必死だったしねえ・・」
「うん、その必死さにね。なんだか今まで意地張ってたのがバカみたいに思えたの。何のために今まで隠して誤魔化して、
必死で駆け引きしてきたんだろうって。どうしてもっと早く、素直になれなかったんだろうって。」
「確かに。解ってたのに気付かない振りして。」
「ズルイ大人よね。」
「この年になるとね、逆に純粋な想いが怖くなるんですよ。」
「・・初めて青島くんに抱きしめられて、嬉しかったよ。」
「俺はそんな余裕なかったよ。」
「そうよね。まあ、あたしはそんな青島くんのために生きて帰ってきたんだし。」
「どういう意味?」
「このままあたしが死んじゃったら、青島くん生きていけないって思ったもん。」
「・・・大層な自信で・・・」
「違う?」
「・・・その通り。」
自信満々なあたしに、青島くんは苦笑しながら。
ちゅ
あたしの額に口付けて。
それから手を取って、ポケットに突っ込んだ。
「俺のために、ああ言ってくれたんだよね。」
「え?」
「すみれさんの中の弾をとって、あのバカを撃てって。俺がすみれさんから離れらんないの分かってたから、
ああ言って、捜査に戻してくれたんでしょ?」
「・・なんだ、分かっててくれたの。」
「そりゃーね。何年相方やってると思ってんのよ。」
「・・ちょっと。あたし青島くんとコンビ組んだ記憶ないんだけど。」
「え?刑事課名物コンビじゃなかったの?俺たち。」
「やあよ!一緒にしないで!」
「・・・ちょっと。」
「こりゃ失敬。」
室井さんみたいに眉間に皺を寄せて、いつもの常套句を吐くも。
いじけたように唇を尖らせてる彼を見て。
ぷっと吹き出す。
本当、こういうとこ子供みたいなんだから。
「・・あの日、いつの間にか雨が止んでたの、知らなかったの。」
「ん?」
「おかしいよね。署飛び出したときから雨なんてすっかり止んでたのに、あたしのなかで雪乃さんや里佳子ちゃんが
いなくなったあの夜のままで、雨はずっと降ってて。青島くんだけが頼りで、だけどどうか無茶しないでって心の中で
祈ってた。」
「俺も気付かなかったなあ・・」
「自分の体が宙に舞って初めて、あ、雨止んでたんだって気付いて。青島くんに抱きしめられた腕の中で、青島くんの
肩越しに見えた空があまりに綺麗でね。あたし、きっとこの空一生忘れないだろうと思ったの。だけどね。」
それまで逸らしてた視線を、ぱ、と青島くんに向けると。
いつも以上に柔らかな、優しい瞳であたしを見つめててくれて。
何だか照れて、だけど嬉しくて。
自然と口角が上がる。
「それ以上に、さっき青島くんの肩越しに見た空の色。あたし、絶対忘れないと思う。」
きっと、絶対。
あの時より、もっともっと嬉しい胸の痛み、貰ったから。
叶わないかもしれないって半分諦めてた夢、叶えてくれたから。
この先、どんなことがあっても。
もっと綺麗な朝焼けや、切なくなるような夕焼けを見たって。
あたしはきっと、今日の空の色を忘れることがないでしょう。
それは、貴方がくれた、あたしだけの空の色。
忘れてなんて、やるもんか。
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