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『【3巻大好評記念】かくして少年は迷宮を駆ける『黄金に至る果実』/あかのまに』のエピソード「【黄金に至る果実】」の下書きプレビュー

【3巻大好評記念】かくして少年は迷宮を駆ける『黄金に至る果実』/あかのまに

【黄金に至る果実】

作者
MFブックス
このエピソードの文字数
10,831文字
このエピソードの最終更新日時
2025年6月12日 18:03

           死に場所が選べるなら迷宮の中が良い


        見通せぬほどくらく、深く、果てのない奈落ならくへと続くやみ


      危機と未知に挑み、果てることこそが、冒険者にとっての本懐ほんかいだ。


            【名も無き冒険者達の警句集】より抜粋ばっすい



               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 イスラリアと呼ばれる大地に、突如とつじょとして現れた魔窟まくつ――【迷宮】。

【迷宮大乱立】と名付けられたその災禍さいかから六百年。現在においても迷宮とは恐るべき魔性ましょう蔓延はびこり、生まれる恐怖そのものだった。


 だが、その穴蔵を“職場”とする者達もまた、時代と共に現れた。

 その名を【冒険者】、無数に現れる迷宮を、彼等はける。

 そんな世界の、小さな迷宮の一つにて――


「こんな穴蔵で死んでたまるかボケェ!!」


 ――灰色髪の少年冒険者、ウルは叫んでいた。


 小柄に似合わぬ、身の丈ほどの大槍おおやりを振り回しながら彼が相手にしているのは、迷宮よりい出てくる闇。

 人類全てにあだなそうとする真の邪悪じゃあくけものとは似て非なる怪物かいぶつ、【魔物】だ。


『k、yyyyyyyyyyyyy!!』


 対峙たいじするのは、この大きな洞窟どうくつ天井てんじょうにへばりついていた【大蝙蝠おおこうもり】だ。

 そのけがれたつめきばでもって、自分の縄張なわばりに侵入してきたウルが抱える大槍の届かない場所から、容赦ようしゃなくヒットアンドアウェイを繰り返す。

 それに対抗するための手札を、ウルは多く持っていない。

 彼は本当に、まだ駆け出しの冒険者であり、使える手札はとても少ない。

 だが、それゆえに自分の役割を正しく理解していた。


「ウル様!」

「大丈夫、だ! 下がってろ!」


 自らの背後はいごにいる、白銀のかみをした美しい少女――シズクを護ることが彼の今の役割だ。

 魔術を操るための触媒しょくばいであるつえを握り締めている彼女は、その見た目どおり【魔術師】だ。

 この世界に満ちる魔力を用いて、超常の力を引き起こす力の使い手であり、彼女は優れた才能を持っている。

 だが、天才性を有する彼女も、まだまだ未熟みじゅくな駆け出しの冒険者だ。

 休まずに使える魔術の回数には限りがある。

 魔術これを不用意に使って、外すわけにはいかない。

 使う好機を慎重しんちょうに見極める必要があった。

 彼女を護り、そしてその好機を創るのが、前衛であるウルの役割だった。


『g!!』


 再び、にぶい鳴き声と共に、大蝙蝠が飛来する。

 ウルは大槍を構えた。

 自分よりも大きな怪物が凄まじい速度で迫ることへの恐怖により、身体がすくむのを歯を食いしばってこらえる。

 そして、


『g、kyyyyyyyyyyyyyy!!』

「お、らあああアアアアアアアアアアア!!」


 槍をたてのようにして、ウルは正面から突撃を受け止めた。

 その衝撃しょうげきすさまじく、身体がきしむ。

 だが、槍にはばまれてもなお、その爪と牙がウルを切りかんとうごめいているのが恐ろしい。


 だが、間違いなく動きは止まった。

 それを確認しウルは叫んだ。


「ッ――シズク!」

「【氷よ唄え、穿うがて】」


 ウルの呼びかけとほぼ同時に


「【氷棘ひょうし】」


 氷の槍が宙に生み出され、同時に放たれる。

 それはウルが動きを止めた大蝙蝠の身体を容赦なくつらぬき、穿った。


『g――――   』


 大蝙蝠は血を噴き出しながら、びくりと身体を痙攣けいれんさせる。

 そして鈍い断末魔の後、力なく倒れ伏す――


「あ」


 ――その真正面にいたウルを下敷したじきにするように。

 間抜けな声をあげながら、ウルはその巨体に押し潰された。


「ウル様、ご無事ですか!?」


 その結末に、シズクは慌ててウルの側に駆け寄ると、大蝙蝠の死体の下から、なんとか這いずるようにしてウルが顔を出した。

 腕と頭だけが大蝙蝠の身体から飛び出ている間抜けな姿になりながら、深々とため息を吐き出し、ウルは言った。


「あー、冒険者辞めてー……」


 何度目かも分からないそのなげきは、むなしく迷宮の中に木霊こだまするのだった。



               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 何故なにゆえにウルとシズクがこのような小迷宮に足を踏み入れることになったのか。

 ことの始まりは、普段ウル達が利用している酒場、【欲深き者の隠れ家】で起きた一幕からだった。


「【黄金に至る果実】?」


 食事を終え、さて【大罪迷宮グリード】にてもう一稼ぎしようかと、ウル達が考えているときだった。

 そんな話が同僚ぼうけんしゃ達から聞こえてきたのは。


「この大罪都市国グリードの北東付近に、古いふるーい果樹があるのさ」

太陽神ゼウラディアに愛された果樹でな、その光を受けて凄まじい力が宿ってる訳よ」

「あ? いや違う違う。確か水の精霊フィーシーレインの涙によって成長したとか」

植物の精霊プラトルが分けた子供だって聞いたニャ」


「だいぶ話が四方八方してる」

「とてもありがたい樹ではあるようですね?」


 っぱらい達の話を聞きながら、ウルはあきれ、シズクは感心する。

 各々おのおのがそれぞれ霊験れいげんあらかたな何がしかのうわさを語るせいで、想像の中でその果樹とやらがとんでもないカオスになってしまっていた。


「まー、ともかくだ! そこにある【黄金の果実】を食べれば、凄まじい力が得られるのさ!」

「おうとも! ちびちび迷宮で手頃な魔物を倒すだけ、なんての比じゃねえ!」


 確かに、魔物を倒すとヒトは強くなる。

 その魔力を肉体ではなく魂が吸収し力となるからだ――とかなんとか、いろいろと言われているが、ともかくそれは事実だ。

 それ以上に強くなる、と言われれば興味がかないわけではない。

 ウルとシズクはそれぞれ、冒険者として成長しなければならない事情というものを抱えている。

 もしもその話が本当なら、願ったり叶ったりと言って良い――――だが、


「そんなもんがありゃ、皆が食べ尽くしてんだろ……」


 酒に酔った冒険者の言葉ほど、この世で信用できないものはない。

 正直、そうとう胡散臭うさんくさい話ではある。

 ウルはこれっぽちもその話を信じていなかった。

 だが、そんなウルの怪しむ目線を受けてもなお、同僚達は不適に笑った。


「もちろん、俺達全員食べたぜ?」

「あー、食べた食べた」

「そのおかげでこの通り、俺達は一流の冒険者ってワケよ」

「やかましいわ三流ボンクラ」

「お、ケンカか? ケンカすっか?」


 そして勝手に喧嘩けんかをおっぱじめる中、深々と酒を飲んだ獣人ガウルの同僚もケラケラと楽しそうに笑った。


「んふっふ、ここにいる全員、食べたわよ? そこは保障してあげる」

「……歴々の黄金級になった冒険者でも、食べた奴は多い」


 すると、普段あまり多くをしゃべらない店主も、口をはさむようにそう言った。

 その、『超パワーアップ云々うんぬん』はともかくとして、皆が食べたことがあるというのは事実ではあるらしい。


「ウル、お前さん、黄金級の冒険者になりたいんだろう?」

「心の底から不本意ながらな」


 冒険者の、銅を通り、銀を超えた先にある【黄金級】の冒険者。

 現在ウルが目指しているのはその階級だ。

 もっとも、そもそも銅級ですらない白亜はくあのウルにとって、まだまだあまりにも遠い目標であるのは事実だった。


「なら、まさに登竜門さ。【黄金に至る果実】はな」

「……あんまりウロウロする余裕よゆうはないんだが」

「なに心配するな。無駄足むだあしにはならねえさ。ちゃんと強くなれる。それは間違いねえ。ルートの途中、小迷宮もあるから、魔物狩っておきゃ小遣い稼ぎにもなる」


 さすがにそうまで言われたら、無視するわけにもいかない気がした。

 最後、一行パーティの仲間であるシズクへとチラリと視線を向けると、彼女はいつもどおり、たいへん美しく微笑ほほえんだ。


「黄金の果実、どんな味がするのでしょうね?」

「……金属臭くないといいなあ」


 ギンギラに輝く果実が食欲をそそるかと言われると、少し怪しかった。



―――――――――――――――

 特別依頼クエスト発令

[黄金へと至る果実を入手せよ]

―――――――――――――――


 そして現在。


「なかなかしぶとかった……そんでデカかった……」

ガーディアン、というわけではないのでしょうが、手強かったですね」


 大蝙蝠の肉体は砕けていく。

 その身体からこぼれ落ちた青紫あおむらさきの宝石――【魔石】を回収しながら、ウルはため息をついた。

 シズクの言うとおり、なかなか手強い敵だった。


 普段、二人が挑んでいる大罪迷宮グリードと違い、天然の洞窟がそのまま迷宮化したのだろう。

 光源も少なく、無秩序むちつじょに入り組んでいる地形の中で、自由自在にび回る蝙蝠を打ち倒すのは苦労した。


 だが、これでようやく道は開けた。

 酒場で聞いた話では、そろそろこの迷宮どうくつを抜けて、目的地であるはずの果樹が見えてくるはずだが――


「ハッハー! ご苦労様だったな!」

「ん?」


 その時、不意に声が聞こえてきた。

 ドタドタとこちらに向かってやって来る人影が三人。

 野盗のたぐいかとウルは一瞬警戒けいかいしたが、彼等は揃って自分の指に【白亜の指輪】を付けているので、同業者ぼうけんしゃだと気付いた。


「どちら様でしょうか?」

「私達は【黒羽の疾風しっぷう】! 新進しんしん気鋭きえいの冒険者一行パーティッ!」


 丁寧ていねいにシズクが問うと、彼等は何やら大げさに身体を動かして、ポーズのようなものを決めて宣言した。


「イカつい名前だなー」

「カッコイイですね」


 パチパチパチとシズクが微笑み拍手をすると、黒羽の疾風なる面々はめられて嬉しかったのかデレデレと頭をいた。

 が、気を取り直したのか、再びこちらを睨んできた。


「ご苦労だったな。闇に潜む厄介やっかいな怪物達を倒してくれた」

「はあ、まあなんとか」

「だが、おろかなことだな……! 無駄な戦闘を繰り返し、消耗しょうもうしたな……!」

「その間に私達が黄金の果実をいただくわ……!」


 どうやら、目的はウル達と同じらしい。

 そして、厄介な魔物に遭遇そうぐうしたので、たまたま同じタイミングでここを訪ねていたウル達に魔物退治を押しつけた、ということのようだ。


「と、いうわけで、さらばだ!! ノロマたちめ!」


 そんなふうに言い捨てて、三人はすたこらさっさと洞窟の出口へと向かって走っていった。

 なかなかの健脚の持ち主であるらしい。

 ウルが何か声をかけるひまもなく、あっという間にその背中は見えなくなってしまった。


「速いですねえ」

「疾風の名に恥じない足ではあるな……」


 三人の背中を見送りながら、ウルとシズクはのんびりと感想を述べた。

 そして、


「それで、どういたしましょうか? 追いかけますか」


 シズクに問われ、ウルは少し考える。

 あの三人の様子からすると、黄金の果実を自分達で独占どくせんする気満々ではあるようだ。

 黄金の果実とやらがどれほどの数あるかはわからないが、一つ二つしかなかったら、きっと譲ってはくれないだろう。

 そうなってしまえばこの依頼クエストは失敗ということになってしまう。

 それはわかる。

 だが、ウルは息をついた。


「疲れた状態で走っても追いつかんだろう。一旦いったん外に出て、ちゃんと休もう」

「承知いたしました」


 ウルの提案にシズクは微笑み、うなずく。

 そのまま二人はゆっくりと、魔灯ランプの光で足下に注意しながら、洞窟の出口へと向かっていった。



               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 それから、ウル達は小迷宮となった洞窟を抜け出た後キッチリと休み、先へと進んだ。

 途中、いくつかの小型の魔物達をちながら、やや急な坂道を進んでいく。

 間もなく坂が終わり、高い丘の頂上に到着した。

 辿り着いた丘の頂上で、二人は目の前に拡がる光景を眺める。


「でっけえ樹だなあ……リリの樹か?」

雄大ゆうだいですねえ」


 話に聞いていたとおり、丘の頂上には大樹が伸びていた。

 枝葉の先に、いくつかの赤い木の実が生っているのが見える。おそらくは市場にも出回るリリの実と呼ばれる果実だ。見覚えがあるので間違いない


 本当に相当な年月を生きてきた大樹なのだろう。

 高く、太く、そしてどこまでも広く伸びている。

 空から降り注ぐ唯一ゆいいつにして絶対の神、太陽神ゼウラディアの光を一心に受け続けていた。


 ウルたちは春の精霊スプリの季節、急な坂を上り続けて軽く汗をかいている。

 この木陰こかげの中で横になれれば心地良いだろうなと、そんなふうに思えた。

 だが、そういうわけにもいかない問題が二人の前にはあった。


『――――KK』

「でっけえさるだなあ……」

「牙をむいていますねえ」


 大樹の前で、二メートル以上はあろう、巨大な猿がこちらをにらんでいた。

 白い毛の、角が生えた巨大な猿だ。

 激しく興奮している様子はないが、明らかに臨戦態勢といった姿でこちらに対して身構えていた。


「…………う……」


 その白猿の周囲には先ほどウル達を置き去りにして行った冒険者一行パーティ、黒羽の疾風が倒れている。

 十中八九、その猿にやっつけられてしまったのだろうというのが分かった。


「……あいつら、死んでる?」

「おそらくは気を失っているだけですね」

「そんならよかった……けど」


 話している内に、猿はゆっくりと身体を低くする。

 明確な臨戦態勢に入ったのだと気がついた。

 どうやら倒れてる連中の生死を確認したりする暇はないらしい。


「来ます」


 ウルは後衛の魔術師をであるシズクを護るため、前衛として前に出る。

 大槍を構え、大きく振り回された腕を押さえ込む。

 その衝撃にウルは顔をしかめた。


「重っ……!」


 重い。

 ここに至るまでの道中で戦ってきた魔物達の中でも一番に重く、強い。

 今の自分の実力では、単純な力比べは分が悪すぎるとすぐに気付く。

 そのまま強引に、力任せに【白猿】は押しつぶさんとしてきた。


「う、お、おおおおお……!!」


 地面に押し潰されるよりも前に、ウルは槍を強引にななめにずらし、力を流す。

 白猿の腕をねて、同時に屈み、くぐり、かわす。

 そのままぐるりと身体をひねり、大槍をその胴体に叩き付ける。

 だが、


『GKYA!!!?』

かたっ……!」


 振り抜いたやいばは、白猿の身体に刺さらなかった。

 鋼のような毛と分厚い皮膚ひふが刃を防いだのだ。

 相手の攻撃は防ぐこともままならず、こちらの攻撃は通じていない。

 つまり、


「キッツい……!!」

『KYAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 潜り、いなし、必死に護る。

 しのぎ続けるが、しかし厳しい。


 ウルは自分が器用なタイプではないと理解している。

 相方シズクのような天才型ではない。

 つまるところ、相手の攻撃をいなし続けるなんて真似まねはできない。いつか被弾する。


「【炎よ唄え】――」


 シズクも、ウルの回避に限界が近いと言うことを理解し、魔術を詠唱していた。

 強力なほのおを創り出し、それを白猿へと叩き込まんと準備を進めていた――――しかし、当然白猿もまた、その動きを把握はあくしていた。


『KYYYYYYYYYYYY!!』

「んの……!?」


 その大きな腕を振り回し、ウルを弾き飛ばす。

 同時、白猿の身体の向きが明らかにシズクへと向いた。


 槍の攻撃が通じないウルよりも、強い魔術を放たんとしているシズクこそが脅威きょういであると理解したらしい。

 その認識は正しい。

 だが無論、勝利のかなめであるシズクを狙われるわけにはいかなかった。


「さ、せ――ん!!」

『G!?』


 シズクへと白猿が飛びかかるよりも先に、遮二無二しゃにむにに槍を構え、全力で突撃チャージする。半ばヤケクソ気味な体当たりだったが、白猿は姿勢を僅かに姿勢を崩した。


 最低限、時間を稼ぐことには成功したようだ。


「【火球かきゅう】」

『GYANN!?』


 シズクの炎球が放たれ白猿に着弾し、爆炎によって白猿は弾き飛ばされる。

 刃すら通らなかったウルの槍と違い、明らかにダメージを負っていた。


 だが、その結果に喜んでいる暇もない。

 ウルは急ぎ、シズクと白猿の間に自身の位置を移動させる。

 そして、再び白猿がシズクを狙ってくる事を覚悟し、構えた。


『――――――KK……』

「……ん?」

「来ません、ね……?」


 だが、予想していた白猿の追撃は来なかった。


 シズクは魔術を一度放ち、もう一度新たに魔術を放つのに時間がかかる。

 ウルも白猿の猛攻もうこうに息を切らして、姿勢を整えるのに精一杯だ。


 白猿にとっては好機だったはずなのに、攻めてこない。

 大樹の前を陣取り、ひたすらこちらにむかって威嚇いかくを繰り返すばかりだ。


「樹を、護っているのでしょうか……?」


 シズクの言葉に、ウルも頷く。

 おそらく、あの白猿の行動範囲は、背中の大樹を中心とした一定の範囲内だ。

 キッチリと線で図ったように、樹から離れようとはしない。


「あの大樹の【主】みたいなもんか……なら」


 ウルは一瞬シズクに目配せする。

 彼女が頷くと同時に、ウルは前へと飛び出した。

 そして白猿のいる方角へと向かい――――そのまま、猿を素通りした。


『K!?』


 白猿は驚き、振り返る。

 だが、それも無視してウルはそのまま大樹へと一直線に向かった。


『KYYYYYY!!』


 結果、大樹を護ろうとしていた白猿は、激昂げきこうし毛を逆立たせると、ぐにウルを追いかけた。

 前衛を失い、一人無防備に立つシズクなど見向きもしない。


『KYAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

「やっぱ、追ってくるよな……!」


 背後から迫ってくる白猿の動きにウルは納得する。

 性質さえ理解してしまえば、動き方は大変にわかりやすく、そして予想もしやすい

 そのままウルは大樹に向かって足を掛け、一気に駆け上っていった。


『KYYYY!!』


 それでもやはり追ってくる。

 その長い指と鋭い爪で大樹をつかみ、ウルよりもはるかに速く駆け上る。

 ウルは間もなく自分に追いつかんとするくらいに迫りくる白猿を確認し――――

 次の瞬間、一気に跳躍ちょうやくした。


『K!?』


 跳び、大槍の重量を活かし、ぐるりと反転する。

 そして真っ直ぐに白猿へとその矛先ほこさきを向けた。

 単純に一直線にこちらに迫る白猿は回避の動作を取ることもできず、落下してくるウルの槍を真正面から受ける。


『GYAN!?』

ちろやぁああああああああああ!!」


 堅い毛並みと分厚い肉であろうとも、地面に落下する勢いとともに槍を叩き込めば、白猿にその刃は突き刺さった。

 落下の衝撃でウルは弾き飛ばされたが、大猿は自らの重量によって地面に半ば埋もれた。

 そして、それとほぼ同時に、


「【火球かきゅう】」


 待ち構えていたシズクが、先ほどよりも更に大きな火球を白猿へと放ち――


『GYAAAAAAA――――!!!!』


 見事、白猿は炎に焼かれ、地に倒れすのだった。



               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「治療完了いたしました」

「あ、ありがとう、ございます……」

「いいえ、皆様が無事でなによりでございます」


 戦闘後、シズクは気を失っていた黒羽の疾風なる連中の治療を行っていた。

 ウル達に厄介を押しつけて美味しいところを頂こうとしていた彼等であったが、慈悲じひ深い微笑みと共に治療をしてくれるシズクの姿を前に、さすがに大人しく頭を下げた。


「まあ、デカい怪我けがしなくてよかったな」

「な、なあ……それよりも」


 と、既に治療を終えた黒羽(略)の一人が恐る恐る、といった様子ようすでウルに話しかけてきた。

 彼の視線は一点に向いている。


「と、トドメささねえのかよ、アイツに……」

『…………kk』

 

 とは、先ほどウルが戦っていた白猿だ。


 確かに、見れば白猿はまだ生きている。

 シズクの放った火球に焼かれて、やや黒焦くろこげて少しぐったりとしているものの、身体を起こして座り込んでいた。

 黒羽(略)の言うことは正しい。

 弱っているからといって、魔物を放置するなどありえないことだ。

 しかし、ウルは首を横に振った。


「必要ないだろ。今はこっちを襲う気もないみたいだし」

「でも、魔物だろ?」

白猿ソイツ、魔物じゃねえよ」

「え?」

「多分、使い魔? とかそういう奴だ。魔物ならお前ら殺されてたよ」


 魔物は人類の敵対者だ。

 よほど特殊とくしゅな生態でもしていないかぎり、人類に対しての殺意はいっさい変わりない。

 殺さずに気絶させて放置する――なんていう行動は絶対に取らない。

 気を失ったら確実にとどめを刺す。

 魔物とはそういう生命体だ。


『k……』

『kkkk』

『kyー』


 見れば、どこかに隠れていたのか、小さな小猿たちが白猿たちの周りに集まっていた。

 そして、白猿の怪我に手を当て淡い光を放ち、傷を癒やしている。

 どうやらシズクと同じように治療が行えるらしい。

 その小猿たちにしても、ヒトがいるのにそちらを攻撃しようとせず仲間の治療に専念しているところが魔物とは違った。


「いや、待ってくれよ。でも……だとして、なんで使い魔が……」

「さてな。こういう場合、はありそうだな……」

「種明かし……?」

「ウル様」


 すると、治療を終えたシズクが何かに気付いたのか手を振ってきた。

 見れば、大樹の近くに何かが突き刺さっているのが見える。

 黒羽(略)とウル達は揃ってその“なにか”へと近づいた。

 その間、白猿もウル達を襲うことなく、ジッとしてた。

 そして、


「看板――だいぶ古いな」


 ウル達は、その突き刺さっていた“看板”の前に立った。


「何か書かれてるな……えーっと……」


 やや文字もかすれているが、ウルはなんとかそれを読み上げていった。


「≪若き冒険者達よ。よくぞここまで辿り着いた! 我々が用意した試練をよくぞ乗り越えたな!≫……ま、やっぱりそういうことか」


 想像はしていたが、どうやらこの依頼クエスト同僚ぼうけんしゃたちの“仕込み”であるらしい。

 最後に使い魔が【主】として待ち構えていたのも、そういう事だ。


「≪正しくここまで辿たどり着いた者ならば気付いていただろう。食べた瞬間、強くなるような都合の良い代物しろものはここに存在していない!≫身もふたもねえー……だろうなとは思ったが」

「ま、マジかよ……!」

「先輩達……あんなあおっておいて……」


 黒羽(略)達はがっくりと肩を落とした。

 どうやらウル達とは別口で、ウル達と同じように依頼クエストを受けたらしい。


 どうやらこの依頼クエストは、大罪都市国グリードの冒険者達にとって、恒例こうれい行事のようなものであるらしい。


「≪しかし、嘘は言っていない……そう、ここへと辿り着いたお前達の軌跡きせきこそが、黄金に勝るともおとらない輝かしい経験となるのだ!》……」

「感動的です?」

「文面なのに、だいぶやかましいな」


 少しイラっときた。

 だが、ここにいない相手に怒っても時間のムダなので先を読み進める。


「≪なお、ただひたすらに結果だけを求めて足下がおろそかになり、仕置きをらったのなら、これもまた良い経験となったことだろう! それをかてとするがいい!≫……だ、そうだ」

「うごおおお……」


 黒羽(略)は撃沈げきちんした。

 こんな文面をキッチリ用意しているということは、一定数、小賢こざかしい手法を取ろうとする冒険者が出てくるのも恒例であるらしい。

 あるいは、そういう少し“危うい”冒険者に対して、この依頼は優先的に渡されるようになっているのかもしれない。


「≪この経験を糧に、これからも研鑽けんさんを続けたまえ。勇敢ゆうかんに、しかし注意深く観察を続ける者こそ、黄金に至る果実を手にすることができるのだから――≫……以上」

「……」

「どした?」

「結局、“黄金の果実”は出てきませんでしたね?」


 解せぬ、という顔をしているシズクの言葉に、ウルも首を傾げる。

 まあ素直に受け取るなら、黄金級を目指す未熟な冒険者へのエールともとれるが、少し回りくどい言い方だった。

 だが、目の前の大樹は、ただのリリの実の樹で、果実は赤色――


「――……そういや聞いたことがあったな」

「ウル様?」


 そのままウルは大樹をスルスルと登っていった。

 大樹の皮は分厚く、頼もしく、手足をかけてもがれるようなこともなく、登りやすかった。


「リリの実は特定の条件下でじゅくすと、色が変わる、はず……」


 だいぶ昔に冒険者に聞いた話なので、信憑性しんぴょうせいも記憶も定かではないが、その記憶と看板の文章を頼りに、ウルは注意深く周囲を見渡す。

 っているリリの実は熟した赤や、未熟な青色が大半だったが――


「――あった」


 ――枝葉の奥に、太陽神の輝きに照らされ、まるで黄金のように輝く果実があった。



               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「お、黄金のリリの実……!」

「ま、正確には黄金っていうよりは黄色だがな……ほれ、シズク」

「ありがとうございます、ウル様」


 そうして、ウルは抱えられるだけの、熟し色が変化したリリの実を手にして降りてきた。

 その内一つはシズクに手渡し、そしてその内三つを――


「ほれ」


 黒羽の疾風の三人に放った。


「い、いいの!?」

「けっこうれたし。パワーアップはしねえだろうがな」


 看板に書いているとおり、都合の良い強化などは起こらないだろうが、こんな所まで来たのだ。

 ここまで来たならどんな味か知らずに帰りたくはない。

 全員が視線を交わし、息を合わせてソレを口にした。

 そして、その結果、


「甘い……」

「めっちゃ甘い!」

「歯が痛くなるくらい甘い……!」


 それはそれは、とてつもない甘みが口の中いっぱいに拡がった。


「甘いです」

「だいぶやわいな、長期保存はできないか」


 すぐに痛んでしまいそうなくらいに甘く熟していた。

 なるほど、これは市場には出回るものではないだろう。

 そういう意味でも、これはこの場に直接出向いた者にしか味わえないご褒美ほうびと言えるのかもしれない。


 勇敢に戦い、注意深く観察した者だけが手にすることができる、黄金の果実。

 なるほど、新人冒険者の試練としてしっくりくる。


「とはいえ、回りくどいったらねえや……修行にはなったかもだがな」

「でも、甘いです」


 しゃくしゃくと黄金のリリの実をかじり続けるシズクは、なんというか小動物めいていた。


「気に入った?」

「そうなのですか?」

「俺に聞くな」


 まあ、シズクが気に入ったのなら良い結果だったということにしておこう。




               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 さて、そんなこんなでようやく、本当の意味で今回の依頼の達成と相成った。

 黒羽の疾風は「この借りはいずれ返す!」と来たときと同じように疾走していった。

 ウル達もさて帰るかと、帰路へと足を向けた。


『k……』


 だが、その時ふと使い魔の白猿が視界に映った。

 傷は既に小猿達に癒やしてもらったようだが、その場からは動かず、まるでこちらを見守るように視線を送っている。

 帰る途中、にでもするかと余らせていた黄金のリリの実がウルの手元にあった。

 それをウルは――


「おい、サル」

『k?』


 ――白猿の方へと放り投げた。白猿は少し驚いたように、ウルの投げた黄金の果実をキャッチする。

 使い魔の白猿が、果実を口にする必要があるのかはわからないが――


「お疲れさん」

『k、kk』


 そう言うと、言葉を理解しているのかなんなのかは分からないが、白猿は口元をニヤリとゆがめて、そして手を振った。


 ――精々頑張れよ、ひよっこ。


 そんなふうに言ってきたような気がしたが、もちろん気のせいだろうとウルは笑って、シズクと共にその場を後にするのだった。


―――――――――――――――――――

【黄金に至る果実を入手せよ:リザルト】

 報酬ほうしゅう:黄金のリリの実(完熟)

―――――――――――――――――――


「そういや、けっきょくあの猿たちって、誰がこさえた使い魔なんだ?」

「さーな。相当古い魔術で創られた使い魔らしいが……不明だ」

「え、冒険者の誰かが訓練用に用意したとかじゃねえの?」

「違う違う。あくまでもあの果樹を護るための使い魔だよ。最低でも数百年はあそこにいるらしい」

「それを勝手に新人の訓練に利用してると……猿たちカワイソー」

「ところが猿達、こっちの意図を理解して協力してくれてるらしい」

「ひえー、そりゃ術者の腕はトンデモだ。間違いねえ」

「しかし、【黄金に至る果実】ねえ……大げさな」

「黄金級になるんだー! なんて鼻息荒い新人を煽るにはうってつけのワードだろ?」

「俺はそういうバカを口にできる奴は好きだぜ? 若者は大志を抱いてナンボさ!」

「おおそうとも!」


「未熟なる青い果実に乾杯!!」

「未来の黄金の果実に乾杯!!」


「おめーら酒を飲みたいだけだろ……まあいいや乾杯!!」

共有されたエピソードはここまで。 MFブックスさんに感想を伝えましょう!

小説情報

小説タイトル
【3巻大好評記念】かくして少年は迷宮を駆ける『黄金に至る果実』/あかのまに
作者
MFブックス
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