『トラック野郎』公開50周年記念上映 菅原文太さんが生前明かした「愛川欽也さんとコンビ誕生秘話」

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映画『トラック野郎 御意見無用』の製作発表で、菅原文太さん(右)と肩を組む愛川欽也さん。7月5日から記念公開が行われる(’75年)
映画『トラック野郎 御意見無用』の製作発表で、菅原文太さん(右)と肩を組む愛川欽也さん。7月5日から記念公開が行われる(’75年)

終戦直後のどさくさで染みついた飢餓感

‛14年に81歳で亡くなった菅原文太さん。文太さんといえば’70年代前半の『仁義なき戦い』シリーズ、’70年代中・後半の『トラック野郎』シリーズが代表作だが、公開50周年記念として『トラック野郎』シリーズ全10作の中から5作品が、7月5日から11日まで東京・豊島区の新文芸坐で上映されることとなった。往年の文太さんファンを中心に人気を呼びそうだ。

上映されるのは、『トラック野郎 御意見無用』(1975年、第1作)、『トラック野郎 爆走一番星』(1975年、第2作)、『トラック野郎 望郷一番星』(1976年、第3作)、『トラック野郎 度胸一番星』(1977年、第5作)、『トラック野郎 男一匹桃次郎』(1977年、第6作)の5作品だ。

鈴木則文監督(‛14年、80歳没)がメガホンを取り、派手な満艦飾(まんかんしょく)の長距離トラック(デコトラ)のハンドルを握る正義漢で人情家で惚れっぽい運転手の「一番星」こと星桃次郎を文太さんが熱演。「やもめのジョナサン」こと松下金造を愛川欽也さん(‛15年、80歳没)が演じた。

筆者は第1作目の『トラック野郎 御意見無用』に出演中だった1975年7月、東映東京撮影所(東京・練馬区)で文太さんをインタビューしたことがあった。

愛川さんとコンビを組むことになったいきさつについて、文太さんはこんなエピソードを明かしてくれた。

「4年以上前に『人斬り与太』に出ていた時に、キンキン(愛川さんの愛称)が司会をやっていた『リブ・ヤング!』(フジテレビ系)に出たことがあって、収録の合間に彼が僕のところに寄ってきて『機会があったら一緒に映画やらせてよ』って迫ってきたんです」

映画の話で盛り上がって意気投合したという。その後、文太さんは自身の主演映画に愛川さんを出演させようと何度か提案したもののうまくいかなかったが、

「『トラック野郎』の企画が出たらとんとん拍子に話が進んで、4年越しでやっと共演できたんです」

という。当時、文太さんが42歳目前で愛川さんが41歳と同世代。2人の共通点について文太さんがこう語っていたのが印象的だった。

「なんでもかんでもやりたがるみたいなところがあるね。彼はテレビ、ラジオの世界にいるのに映画にしゃしゃり出てきたり、オレもいい歳こいてダウン・タウン・ブギウギ・バンドのコンサートに出てみたり。自分でもよくわからないけど終戦直後のどさくさの中で染みついた飢餓感みたいのがそうさせるのかな」