夫婦同姓が子どものためになる? 元最高裁判事が判決につづった反論
「夫婦同氏制の下においては、子の立場として、いずれの親とも等しく氏を同じくすることによる利益を享受しやすい」。2015年に夫婦同氏しか選べない現行制度を「合憲」とした最高裁大法廷判決の多数意見に書かれている言葉です。この判決に判事として関わり、「違憲」と判断した木内道祥さんは、「これはおかしい」と感じたと言います。個別意見に込めた思いを聞きました。
◇
「子どもにも利益」とした多数意見
夫婦別氏(別姓)制度の議論の中で、「子どもがかわいそう」など「子ども」が引き合いにだされることがしばしばあります。私が判事として関わった2015年の最高裁大法廷で、夫婦同氏しか選べない現行制度を「合憲」と判断した多数意見も、「子ども」を論の柱の一つとしていました。
多数意見は「家族であることや、子どもが夫婦の嫡出(ちゃくしゅつ)子であることを対外的に示す」「家族の一員だと実感できる」などを夫婦同氏制度のメリットとし、「同氏制度は子どもも利益を享受しやすい」としています。私は多数意見とは意見が異なり、「違憲」とする個別意見を書きました。
そんなに安易なものではない
同じ名字であることは「家族かもしれない」と受け止める程度のもので、戸籍を持ち歩きでもしない限り、親子や家族の証明にはなりません。家族の一体感も、同氏だから生まれるような安易なものではないはずです。離婚した親や事実婚の親が子どもを育てることもあります。必要なのは、同氏であろうとなかろうと、十分に子どもを育てていける仕組みを整えることです。意見にはそのように書きました。
そもそも、「夫婦同氏制度にこんな合理性がある」といくら論じても、それだけでは足りません。大事な問題は「同氏に例外を許さない制度」に合理性があるのかどうかです。私は個別意見の中にも、「問題は夫婦同氏であることの合理性ではなく、夫婦同氏に例外を許さないことの合理性だ」と、2回、同じフレーズを書きました。「みっともないかな」とも思ったのですが、多数意見がそうした論じ方をしていないため、どうしても繰り返し書かなければならなかった。
「例外を許さないことの合理性」を唯一論じているのは、当時の最高裁長官の補足意見です。「家族制度というのはワンパターンであるべきだ」という趣旨の主張をしていますが、なぜ家族制度だけが選択肢があってはいけないのか、私にはよく分かりません。
「旧姓の通称使用の拡大」についても個別意見の中で触れました。多数意見は、旧姓の通称使用が広まることで不利益が「一定程度は緩和され得る」としています。私は「通称が使えるか否かは相手方の判断次第で、大きな欠陥がある」と指摘しました。今国会でも「通称の法制化」が挙がっていますが、私には「通称」を「法制化」する意味が分からないのです。法制化されたとしても、それは本来の氏ではなく「二流の氏」ですよね。夫婦別氏を求める人たちは「二流の氏」を使いたいと希望しているわけではないはずです。この問題は「不都合の問題」ではなく権利の問題なのです。
この点では、同性婚訴訟の原告の人たちの思いとも通じるでしょう。いま各地で進んでいる訴訟の中で、同性カップルが結婚できないことで被る不利益をカバーするために、婚姻とは別の制度を検討すべきだとする判決があります。原告からは「まがいものの制度を与えられたくない」「それこそ差別だ」という声があがっています。「通称の法制化」も同じではないでしょうか。
判決の個別意見を書く際、理屈だけで書く時と、自分が感じていることを書く時とがあります。理屈だけで書く方が実は楽なのですが、夫婦別氏に関するこの判決は、自分の実感を書いたものです。その方が、読んだ人にも実感してもらえると思いました。だから、私の価値観も反映されているでしょう。「同氏は子の育ちの支えになるわけではない」と伝えている部分に「夫婦にも別れがあり、父母が離婚すれば氏を異にすることになる」とあるのですが、もともとは「夫婦には別れがつきものであり」と書いていたんですよ。読み直して、これは言い過ぎかと思い、書き直しました。
「国会にゆだねる」は逃げ口上
多数意見は最終的に「国会の議論にゆだねる」としていますが、私はこれもおかしいと思うんです。合憲と判断したなら、そんな逃げ口上のようなことを書くべきではない。「一票の格差」訴訟でも、「裁判所と国会のキャッチボールなんだ」という意見がありました。裁判所がこういうと国会はどう動くか、国会が動くと裁判所はどうするか、という考え方です。でも、国会議員がどう動くかなんて、だれも予想できないですよね。そんな政治に忖度(そんたく)して自分たちの判決を決めるのは無理があると思います。
判決から10年たちますが、今も夫婦別氏制度に対して「子どもがかわいそう」という声があります。「別氏夫婦の子が差別される」というのが理由の一つです。今は婚姻している夫婦は同氏だから、そう感じるのでしょう。ですが、夫婦別氏も選べるようになって別氏夫婦が当たり前になれば、差別は起こらないと思うんです。「お母さんも働いていて鍵っ子でかわいそう」なんて、共働きが当たり前になった今では、聞かないですよね。
何より、「子どもが差別されてかわいそう」だからと夫婦別氏制度に反対する人は、その差別を許容するのでしょうか。今でも外国人との結婚や事実婚の夫婦の子どもは親と氏が異なっていますが、その子が差別されていいのでしょうか。そのような差別は許されるものではありません。もし差別が起きたとしたら「それはだめだ」と言わなければならない。当たり前のことではないでしょうか。
木内道祥さん
きうち・みちよし 1948年生まれ。弁護士。2013~18年に最高裁判事。非嫡出子の相続分やNHK受信料制度などの憲法訴訟にも関わった。
「デジタル版を試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験