Pinned秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·9hはい、2000年と22年の東京龍角散のHP。龍角散が作られたのは江戸中期です。 22年頃の六郷町史の龍角散の所を書いた小西、大曲に移住しと書いたとあんばいこう両氏ともに当家に対して、無許可なんですよ。 それを説明に使ってもちんぷんかんぷんになるのは当たり前なのです。美郷フェスタもでした。115
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Dec 13, 2022当家が配布していたカレンダーが出品されていたようです。 1904年(明治37年)のもので、東京府、大曲(大仙市)、秋田市茶町(大町2丁目)となっています。auctions.yahoo.co.jp引札 木版 有喜 招大黒 龍角散本舗 藤井得三郎 ... - Yahoo!オークション前回の出品の取り消しは発送方法の修正のためです、申し訳ございません、再出品いたします。サイズ 約 36×25 ㎝多少の汚れ・シミ汚れ、折り跡等があります、当方で確認しきれなかった部分があるかもしれませんのでご了承ください。状態等については画像2110
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Apr 8, 2024戦後の資料によると、 龍角散は、藤井正亭治が九州・長崎に留学し、蘭学を修め、従来の秘薬を改良し、一般薬としての龍角散を創製したと伝えられ、売薬として売り広めるため、薬店を開いたとされます。 ↑↑↑ こんな説もあり。131.1K
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Oct 4, 2022龍角散に関して、当家のエピソードとは異なる話を吹聴し、広めてしまったグループがいるようです。 当家は六郷出身の町医者ではありません。 藩にあがっていく御殿医、または下級武士とも、武士待遇だったとも言われています。 人の家の話ですので、強引な説を広めるのはお止めください!29
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Nov 18, 2022お借りします。当時はこのデパートの向かいに、龍角散の本家の店がありました。 古くは、このデパートがあった辺りに、当一族の薬店が存在しました。 それが大正から昭和にかけての時代だったと言われています。Quoteユニオン(仮)@union_yokote77_·Nov 18, 2022#懐かしの広告から(1984年) #タカヤナギ デパート大曲本店 かつてタカヤナギ本店がスーパーではなくデパートであったことを私はこのアカウントを始めて知りました。 今や現存せずネットに写真もない本店の絵は貴重かと。跡地の中通店にもあった #ドムドムハンバーガー の文字も。 #グランマート #秋田139
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Jul 29, 2023龍角散の関係者を騙り、無許可でお寺や役所・役場と交渉している人がいます。 特殊詐欺等の犯罪に発展する可能性がありますので、この手の電話やメールがあった場合は、すぐに警察に相談してください。 電話を留守番設定にし、相手に「録音している趣旨を知らせること」も被害防止に効果があります。129637
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Aug 27, 2022#龍角散 の本家がある大曲(#大仙市)では、#大曲の花火 大会が開催されておりますが、現在の上大町にあたる信用金庫の後ろ付近には、かつて龍角散の屋敷が存在しました! #大曲史談会 さんのパネル看板に地図があるので、ご覧ください。 #akita #fireworks #秋田観光 #花火ウィーク #花火の街大曲118
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Jan 19, 2023佐竹氏による国替えとは、全ての部隊が出羽に来たわけではないようで、常陸国に残った家もあるようです。 龍角散の藤井家は、国替えのあとに出羽(秋田県)に来たとされ、古くは秋田市に墓があったとも、ないとも言われております。117254
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Feb 16, 2023ここは江戸時代、六郷(美郷町)地区でカンゾウ(甘草)を育てていたとされる湯川清四郎の子孫とされる家ですね。 この湯川清四郎から買った甘草を苗を、今の秋田市で増やしたのが史実となります。 湯川がなぜ甘草を育てていたかは不明のようです。記事が見つかりませんでした|秋田魁新報電子版From sakigake.jp27297
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Oct 30, 2024Replying to @mizuho_kampo失礼します。龍角散の原型となる薬があったのは現在の水戸です。それを藤井一族が習いにいったのが佐竹藩としての龍角散の処方の始まりです。 情報の出所をご確認ください。よろしくお願い致します。1271.8K
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Jul 11, 2022ご存知でしたか? 六郷初の新聞人である倉田桜芳(本名は清)さんは呉服屋。 実は、倉田家の近所には秋田側の藤井家の縁者にあたる家々がいくつもありました。 この界隈には、何千俵もの小作米(ものなり)が入ってきた家があったそうです。 #龍角散 #美郷町 #六郷町 #倉田桜芳214
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Nov 12, 2023定期:久しぶりに秋田市。 江戸時代から明治にかけて、龍角散の本店があったのは現在の秋田市(久保田町)。明治維新を経て、正亭治が東京府と大曲村へ支店を開いた。 その後、別の親族が大町(茶町)で店を開く。 他には保戸野(ほどの)、亀乃丁、楢山(ならやま)などに営業所がありました。47909
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Aug 4, 2022竿燈祭りが開催されている秋田市。当店があったのは大町の秋田ニューシティ、ダイエーがあった近辺。向かい側は現在のイーホテル。 かつては本金百貨店(のちデパート)がありました。 #龍角散 #秋田県 #秋田市 #秋田観光 #秋田竿燈祭り #秋田竿燈まつり #竿燈まつり #竿燈まつり202217
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Apr 10, 2024久々のスペシャルヒントを書いてあげましょう! 皆さん、何でバレたか? 似てませんか? えっ、何が?って? 顔が、、、。 これは隆太社長の祖父の出自に、、、。 これがどういう意味だか分かりますか? #龍角散 #小林製薬 #小林ヒストリー https://https://t.co/gvfUjo8hA7This post is unavailable.4813
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Oct 19, 2022このアカウントの管理をまかされているスタッフによるリサーチチームが、佐竹義堯公を調査対象にしてみますね! 何か面白いことが分かればツイートしていきます。 良い情報がありましたら、DMお願い致します。よろしくお願い致します!Quote秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Oct 17, 2022Replying to @fujiiyakuho佐竹義堯は相馬家の子、新田(岩崎)藩の養子となり、1857年に久保田(秋田藩)の末期養子となる。 正亭治が遊学するためには、藩の学校で二ヶ年学ぶ必要があり、藩から選抜され、1850年3月26日に長崎の蘭学塾へ入門。 この時の久保田藩主は佐竹義睦となっています。 http://burari2161.fc2web.com/satakeyositaka.htm…16
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Sep 20, 2022明治初期に秋田市の本店(のち支店に降格)を担当していたのは、正亭治の息子の内の1人だと言われています。 得三郎は3男のため、本来の跡継ぎではなかったわけですね。 明治中期、若しくは後期に秋田市保戸野、または大町(茶町菊乃丁)の店を担当していたのは正亭治の兄貴系統となります。16
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Jul 24, 2022当家の本家がある大仙市大曲とは、有名な大曲の花火大会が開催される街です。 現在の上大町にあたる信用金庫(当時の駅場)の後ろ付近には、かつて龍角散の屋敷が存在しました。 藤井家は江戸の昔、文化年間には大曲の村に住んでいたと言われております。 #龍角散 #秋田県 #大仙市 #花火の街大曲16
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·May 14, 2023予想通りの展開ですが、やはり龍角散関係のエピソードが全く違うものとして流布されてしまっているようです。 その原因としてあげられるのが2013年のフェイクニュースですが、この手の誤報を拡散すると法的措置を取ることも可能なので、お止めくださいね。 #特殊詐欺グループQuote秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·May 14, 2023定期:六郷東根(美郷町)の町医者(初代※)が佐竹藩の医者となり、息子が龍角散を改良したという事実はありません。 年代を無視した噂話にご注意ください。歴史には根拠がなければいけません。 ※玄信、玄淵と名乗った久保田藩の医者が何人いたかは不明です。16917
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·May 12, 2024香川照之さんが龍角散のCMで演じたキャラは藤井龍庵(モデルは正亭治)、撮影場所は峰浜地区(八峰町)、舞台は美郷町六郷という設定。 しかし正亭治は1825年生まれかつ、大仙市大曲の生まれとも、江戸で生まれた説があります。 ※秋田藩が湯川清四郎から甘草の苗を買ったのは1825~26年の話です。Quote秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·May 10, 2024美郷町の場合は、龍角散に使われたカンゾウ(甘草)が六郷高野村で植えられていたと主張していますが、年代が合いませんので、お気をつけください。 なぜ、湯川家がカンゾウを植えていたか?は分かっていないようですね。 そしてこれは実際にはノカンゾウだったと言われています。 x.com/fujiiyakuho/st…151.7K
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Apr 23, 2024この時代の営業は2人。そのうちの1人は小池三郎といって、戦後に途中入社した当家の一族でした。 当時は新宿の家の一室を使い、作業をしていたと伝わります。 まずはラジオが先、そしてテレビコマーシャルとなったようです。まだテレビ普及率が低い時代でした。 ※小池三郎談。Quote秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Apr 21, 2024藤井得三郎商店(龍角散)は、明治時代から広告戦略(新聞広告、カレンダー等)を展開し、各地にチェーンがありました。 「ゴホン(ゴッホン)と言えば、龍角散!」 この有名なフレーズは戦後に誕生したと言われ、当時の営業担当者が、代理店と掛け合い、CMを積極的に流したと伝わっています。5508
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Mar 29, 20242023年9月1日以来の定期 藤井得三郎商店(龍角散)は大正時代に社屋を新築しましたが、その時には、藤井正亭治(しょうていじ)の代からの付き合いがあったと言われる秋田県の某家からお金を借りました。 完成したのもつかの間、関東大震災が起こったというまるで漫画のようなエピソードがあります。15789
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Apr 10, 2024当アカウントの偽物が出ました。 https://x.com/QiZou88729 運営の方に報告とブロックにご協力お願い致します。 アンチは増える、ついに偽者まで、、、。3370
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Sep 14, 2022#秋田県 の #仙北市(#角館町)には、東京の #龍角散 や #秋田市 の藤井家の遠縁の家が住んでいるようです。 近年、「龍角散の子孫は秋田県内にいないのですか?」と聞かれることがありますが、普通に秋田市にも何系統も残っていますよ。 誰から聞いた情報を元にしているのかご確認ください!!! https://https://t.co/wEjiCzrRR1This post is unavailable.5
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Jun 20, 20232019年の今頃は? #大仙市 大曲の #はなびアム の別館で展示会が開催され、期間は19年6月18日~25日。 『江戸時代に藤井家によって作られた #龍角散 は、今や世界中で販売されています。ルーツとなる資料のうち明治・大正・昭和時代の懐かしい資料を取り揃えました。』 #あぶこれ #油谷これくしょん25558
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Sep 26, 2022龍角散には不正し、逮捕された人がいましたが、古い資料と異なる点が。 藤井正亭治はオランダ医学を学ぶため、今の長崎県へ選抜され、遊学。帰藩後に薬を扱う仕事を命じられたとなっています。 1850年時点での藩主は佐竹義睦(よしちか)。義堯(よしたか)は末期養子。jstage.jst.go.jp第8回 龍角散ファルマシア, 2013 年 49 巻 8 号 p. 790-791215
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Oct 1, 2022#大曲の花火 秋の章が開催される大曲(#大仙市)には、#龍角散 の本家の屋敷がありました。 なお、1911年(明治44年)の第2回大会(旧名:奥羽六県煙火共進会)に参加者として名前がある藤井某とは当家の関係者です。 実は、この人の名義で寄付をしています。 #秋田観光15
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Oct 13, 2022シェア失礼致します。 1974年の「商魂の系譜」ですと、現在とは違う説が載っており、抜粋すると、藤井正亭治は盛んに渡来していた蘭学を学ぶため、藩から選抜されて長崎へ行ったと書かれています。 龍角散に関しましては、現在、出回っている説とは全く異なるエピソードがいくつもあります。Quote【公式】Net IB-News@data_max_sns·Oct 6, 2022劇団わらび座、完全復活に向けた道程 確固たる経営基盤の確立目指す(前)|NetIB-News https://data-max.co.jp/article/49754 @data_max_snsより15
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Jun 3いつの間にか説明がおかしくなっていますが、 龍角散は藩に伝わる秘伝薬 であって、当家に代々伝わるということはありません。第一、水戸藩の薬を当家が作る訳ありませんわな。 偽情報を拡散した人の責任なので、皆さんも気をつけてください。Quote秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Jun 3@yukkuridrug 龍角散は藩に伝わる秘伝薬で、当家に伝わる秘伝薬ではないですよ。 原型は、幕府の医者の処方(かていやくより)。 それから隆太社長が小林製薬に行かされた経緯は、当時の社長と副社長しか知らなかったが、先方(小林製薬)には直ぐにバレていた(康男氏の著者より)ですよ。 x.com/kuniyoshi11278…14480
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Nov 16, 2022>「龍角散」は江戸時代後期に六郷に住んでいた佐竹藩の御典医、藤井玄淵が調剤したものを、2代目の玄信が改良して12代藩主、義堯のぜんそくを治したとされるのが始まりなのです。 このような事実はありません。藤井家は、大仙市や秋田市、江戸にも住んでいます。秋田県知事はお殿様って本当?愛されエピソードをまるごと紹介!【秋田県】From jp.neft.asia124
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Jul 29, 2022定期:龍角散と秋田県との関係は昔は良く知られていました。「ツイートだと、1つ1つ見るのが面倒だ!」という方はblogを御覧ください。 また、ミュージカル上の脚本、設定、演出等を史実と混同しないようお願いします! #龍角散 #わらび座 #秋田県 #わらび劇場 #ミュージカル https://chamachi.livedoor.bizThis post is unavailable.14
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Jul 20, 2023熱心に情報発信しているが、秋田県の美郷町、仙北市ですが、他の市町村でもハッシュタグをつけて、観光案内や催し物等の情報を発信しましょう。 龍角散がいつの間にか、この2つの市町村の物みたいになっている。 さらには藤井正亭治が現在の湯沢市だとか、福島県の相馬藩の人みたいになっている。41.1K
秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Oct 4, 2022わらび座のミュージカルは舞台用の脚本・演出であるため、事実ではありません。 「ミュージカル上のお話が本当の話である!」となると、龍角散の数々の資料と話が合わなくなります。 六郷出身(美郷町)の町医者って誰のことですか? 情報の取り扱いにはお気をつけください!Quote秋田市にあった藤井薬舗。龍角散の本来のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解。歴史を捏造しない@fujiiyakuho·Oct 4, 2022龍角散に関して、当家のエピソードとは異なる話を吹聴し、広めてしまったグループがいるようです。 当家は六郷出身の町医者ではありません。 藩にあがっていく御殿医、または下級武士とも、武士待遇だったとも言われています。 人の家の話ですので、強引な説を広めるのはお止めください!114