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Conversation

「私は19歳まで、スマホ禁止、テレビもほぼ禁止。漫画もゲームも全部禁止だった。クラスの話題についていけず、流行りのアニメも知らない。ただ笑えなかった。『そんなくだらないものに時間を使うな』と母に言われ、私の青春は壊された。もう、取り戻せない。」 これはとある嘆きの投稿だ。 決して特異な事例ではない。こうした「家庭の教育方針」によって、子どもたちの人格形成の土台が強制的に形作られることは、今なお多くの場所で見られる。 教育において「自由」と「責任」は常に議論されるが、自由を過度に制限した環境では、子どもが社会と接続するための「言語」すら奪われるんだよ。 アニメやゲーム、スマホや漫画は、単なる娯楽ではない。 時代を共有し、仲間とつながるための文化的共通語だ。これを全面的に断絶されれば、他者と共感し、自己を形成する機会すら奪われる。 昨今、政府は支援策として、一律2万円の給付を発表した。だが、この一時的な金銭的措置で、本当に救われる人がいるだろうか? 目の前の生活費に困る人には有用かもしれないが、根本的に問うべきは「なぜ若者たちがこんなにも自己肯定感を持てず、過去を悔やみ、未来に希望を見いだせないのか」という構造的な問いだ。 家庭、学校、社会。 あらゆる場所で「育つ自由」と「選ぶ権利」を子どもたちから奪ってきた。 そして失った時間は、どれだけ金を配ろうと、もう戻ってはこない。 しかし今、この言葉を発することができたという事実は重い。 押しつけられた価値観の檻の中から抜け出し、自らの痛みを言葉にできるようになったその力は、次の時代への小さな反逆であり、希望である。 奪われた青春を、誰もが等しく取り戻せるわけではない。 だが、これ以上誰の人生も「くだらない」という言葉で踏みにじらせないよう、私たち大人は責任を果たすべきだ。 過去を壊された若者が、未来を壊す大人にならぬように。社会が変わるべき時は、もうとっくに来ている。 x.com/miniminimini91
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