その頃の俺はというと、口を開けば何かを貶していた。
ネットにも毎日毒を撒いて、知らない誰かの投稿に罵声をぶつけていた。
正論という名のもとに、自分の発言の正しさを信じて疑わなかった。
それが当たり前だった。何ならそれが俺の個性だとさえ思ってた。
でも、彼女はそうじゃなかった。
俺が誰かを悪く言うと、明らかに嫌な顔をした。
最初は黙って聞いてたけど、ある日、不意にこう言ってきた。
今から一週間、人に優しいことしか言わないで。じゃないと別れる
でも、彼女は本気だった。
それまで従順で、自分の意見を押しつけるような人じゃなかったからこそ余計に驚いた。
別れたくなかった。
だから俺はその縛りに従った。
最初は辛かった。
ふと口を開いても「お前はさあ」って言いかけて飲み込む。
その代わりに何を言えばいいか分からなくて、黙るか、無理に褒めるしかなかった。
でも一週間後に彼女がまた言った。
これから一週間、人に優しくしないと別れる
内心げんなりしたけど、また従った。
口を開けば文句ばかり垂れていたのを急に変えるのは大変で、最初は寡黙にならざるを得なかった。
次第に我慢できなくなって口を開くが、いつもと違って優しいことを言わなければならない。
なかなか慣れず、いちいち発言一つ一つに気をかける必要があった。
俺は人を褒めるようになった。
最初は気恥しく、ネットへの書き込みでも「ありがとう」と見ず知らずの相手に向けて書くのは虫唾が走る思いだった。
だがそれをしばらく続けると変化が起きた。
気付けば、褒め言葉や感謝の言葉が自然と口に出るようになっていた。
最初はぎこちなくて気恥ずかしくて何やってんだ俺とさえ思っていたのに。
キャンパスで会えば笑ってくれる友達ができて、バイト先で「ありがとう」って言われるとちゃんと嬉しくなった。
今では、幸いにも今のこの自分のことを気に入っている。
会社や家庭で、ちょっとしたトラブルが起きて言い争いになっても、俺はすぐに謝るようになった。
昔なら絶対に譲らなかった場面でも今では一歩引く。
言いたいことがあっても、まずは相手の気持ちを確かめようとする。
そういうのを見て、若い頃の俺なら情けない奴と言ったかもしれない。
俺は随分と弱くなった。
だが弱いのも、案外悪くない。
さすがに飽きられてきたみたいね
AI