橋下弁護士に異議あり
もうだいぶ前に、橋下さんには愛想が尽きてるのですが、今回の文春批判の発信源ですし、同じ誌面に載ってるので考察を読んでみました。
立花孝志さんが県議の件ですぐに謝罪したことを立派だと賞賛してるあたりで、読む気が失せました。立花さんが本気で謝罪・反省するつもりなどないのはあきらかなのに、それを見抜けない橋下さんには、人を見る目がありません。
まあ、そんなのはたいしたことではありません。橋下さんの見解には、見過ごすことのできない、もっと重大な問題点があるので、異議を申し立てておきます。
●橋下さんの主張と文春の訂正コメント
橋下さんの考察記事の一節がこちら。
第一弾の記事では、トラブルが起こった当日にプロデューサーが中居さんと被害者の女性を呼び、二人きりにさせたという趣旨が書かれていました。この記述は、フジの関与度合いという意味でも核心部分の一つです。ところが、第二弾以降の記事では、トラブル当日は中居さん本人から女性側に連絡があって、家に行ったというように前提が変わっていました。「知人の証言」という形で、しれっと誤りを上書きしていたのです。これでは、読者に対して不誠実でしょう。
橋下さんがプロデューサーと呼んでいる人物は、疑惑の渦中にあるフジ編成幹部のA氏のことだと解釈していいでしょう。橋下さんは関西ローカルのテレビ番組で、文春が報じた記事を読み込んだ上で批判したと自信満々だったそうですが、読み込んだというわりには、こんな基本的な点すら誤認してるあたりからも、やっぱり言論人としての橋下さんに不誠実なものを感じずにいられません。
で、橋下さんの指摘を受けて、『週刊文春』の編集長が文春のサイトに掲載した、訂正とお詫びのコメントが、こちら(現在掲載されている修正版)。
昨年12月26日発売号では、事件当日の会食について「X子さんはフジ編成幹部A氏に誘われた」としていました。しかし、その後の取材により「Ⅹ子さんは中居氏に誘われた」「A氏がセッティングしている会の“延長”と認識していた」ということが判明したため、1月8日発売号(第2弾)以降は、取材成果を踏まえた内容を報じてきました。
今回、橋下氏の「しれっと誤りを上書きするのは不誠実」とのご指摘を受け、「週刊文春 電子版」の当該記事に、訂正を追記しました。改めてお詫び申し上げます。
橋下さんの「しれっと上書き」という批判のフレーズと文春のお詫びコメントが出たことで、ネットでもテレビのワイドショーでも、『週刊文春』の報道を世紀の大誤報と批判したり、文春も10時間謝罪会見をやれ、などとアンチのお祭り騒ぎになりました。
でも私は橋下さんの考察に強い違和感をおぼえます。
しれっと上書きされたという批判は妥当なのでしょうか。文春の記事は誤報だったといえるのでしょうか。そして、謝罪する必要はあったのでしょうか。検証していきましょう。
●これまでの経緯
私は20日に『週刊文春』から記事の執筆依頼が来るまで、中居フジ問題の記事をまったく読んでなかったし、コメントする気もありませんでした。なので依頼を引き受けるかどうか決める前に各誌の記事に目を通しました。
文春叩きをしてる人の多くがカン違いしてるようですが、今回の件は文春のスクープではありません。最初に報じたのは12月19日発売の『女性セブン』で、その1週間後に『週刊文春』が後追いで報じたのです。
ただし『女性セブン』はX子さんに取材しておらず、周辺の人物への取材だけで記事をまとめてるので、信憑性に疑問が残りました。
後追いの『週刊文春』も報じた内容の大筋は『女性セブン』と変わらないのですが、文春はX子さんとA氏に直撃取材をして、X子さんからはコメントを引き出してるので、まあ最低限の裏取りはできてると判断し、私は執筆を引き受けました。
『女性セブン』と同じ小学館の『週刊ポスト』も取材に加わりました。ポストはX子さんにもちゃんと話を聞いてます。そして、9000万円ももらってない、もっと少ないとの証言を引き出してます(1月17日付ネット記事)。
文春はX子さんに何度か取材しているはずなのに、この事実を引き出せなかったのだから、取材が甘かったことは否めません。
どうやら9000万円という金額は『女性セブン』がウワサを鵜呑みにして書いたものなので、これは誤報です。でも『女性セブン』はこの点を修正もお詫びもしてません。
●「しれっと上書き」したのかどうか
話を戻します。私は24日に文春に原稿を渡したのですが、ご承知のとおり、その後に大きな動きがありました。
なので29日に図書館で、『週刊文春』の1月9日合併号(発売は昨年12月26日)と1月16日号掲載の記事をあらためて読み直しました。
橋下さんが言及している個所がこちらです。
あの日、X子は中居さん、A氏を含めた大人数で食事をしようと誘われていました。
(9日合併号)
あの日、X子は中居さんからA氏を含めた大人数で食事をしようと誘われていました。
(16日号)
いずれも、今回の被害者であるX子さんの知人の証言で、16日号では前号と同じ証言を再度引用していると思われます。
9日号の記述では、「誰が誘ったのか」という情報が欠落しています。この文の前後にもその情報はありません。なのでこの文章からは、X子さんを誘ったのが誰なのかを読み取ることはできません。とてもあいまいな文章です。
それが16日号では中居さんから誘われたと明記されてます。
はたしてこれが橋下さんのいうように、「しれっと誤りを上書きした」ことになるのでしょうか。
取材や調査によってあとから判明した情報を追加して、あいまいだった記述を続報でより正確な記述に直すのは、報道では普通に行われてることですし、ジャーナリズムがとるべき正しい対応です。正確な追加情報を得たのに、しれっと放置していたら、それこそがジャーナリズムの精神に反します。
裁判だって同じですよね。裁判中に新たな証拠が出てきたら、それにもとづいてその後の証言も当然変化するはずです。「新たな証拠が出たからって、しれっと証言を変えるなよ!」なんて責める弁護士はいないでしょう。
それはいずれも、より正しい事実をあきらかにするための変更です。
今回の記事に関していえば、文春は新たな情報を得て、続報ではより正確な記述に直したのですから、むしろ正直です。責められるいわれはありません。
重要な点を繰り返します。16日号では誘ったのは中居さんだったと断定しています。しかし前号の9日合併号では、誰が誘ったかは、あくまで不明なんです。トラブルの当日にA氏が誘ったとは、ひとことも書かれてません。
この知人の証言のみならず、記事のどこにもそれは書かれてなかったように思います。私が見落としたかな、とも思いましたけど、橋下さんも書かれてなかったことに気づいてますよね。だから、プロデューサー(A氏)が被害者女性を呼んだという「趣旨」が書かれていた、と、趣旨などという、ずいぶんとあいまいな表現で遠回しに批判しています。
仮に文春が、9日号でA氏が誘っていたと断定していて、それを次号で中居さんが誘ったと変えたのなら、それは誤報だったものをしれっと変えたと責められても仕方がありません。
でも実際には、9日合併号の記事ではA氏が誘ったと断定してなかったのだから、誤報とまではいえません。そのあとで、誘ったのが中居さんだったと判明したから次号では記述を変えてより正確にしたわけで、それはジャーナリズムとして決して間違ったやりかたとはいえません。A氏が誘ったと断定していなかった以上は、文春が謝罪する必要まではないでしょう。
●趣旨という都合のいい言葉
もしもA氏がこの記事に関して文春を名誉毀損で訴えたとしましょうか。橋下さんが弁護を担当し、記事にはA氏が誘ったという「趣旨」が書かれていたので名誉毀損に該当する、と主張すれば裁判で勝てるのでしょうか。
私は法律に関してはシロウトですが、論理的な予測はできます。当然、文春側の弁護士は橋下さんに、「その趣旨というのは何を指すのですか? 具体的に説明してください」と質問するはずです。
橋下さんはどうやら、それを関西のテレビ番組で話してたようです。残念ながら関西ローカルの番組なので東京では見られません。『日刊スポーツ』が1月29日付のネット記事で、番組での発言の一部を再現しているので、読んでみました。
橋下さんは記事を書く前に文春から取材を受けていて、その際に、持論をまくし立てて文春をやりこめて謝罪に追い込んだことを、番組で自慢気に話していたようで、その部分の発言です。
読み込むと微妙なニュアンスがあり、きちっと読み込めば分かるんですが、例えば、昨年12月26日発売号で直接的に編成幹部のA氏がX子さんを誘ったとは書いていない。僕が気づいたのは、X子さんの気持ちとして『Aさんに誘われたら行くしかないですよね』。そういう発言があった。
でも、直接的にA氏が誘ったとは書いていなくて、X子さんが誘われたら、行くしかないですよね、これは誘ったという趣旨ですよね。こういう微妙なところのやりとりだった
ちょっと何がいいたいのかわかりません。趣旨などという主観的・抽象的な言葉は適用範囲が広すぎるので、どんな解釈もできてしまいます。批判されても解釈を変えて逃げられるので、姑息・卑怯な人間にとってはとっても便利な言葉です。
ひとつだけハッキリしたことがあります。やはり橋下さんは、A氏が誘ったと記事に明記されていないことを知ってた上で、趣旨という反論しづらいあいまいな言葉で文春を責めたのです。
関西ローカルなので関西人タレントが出演してたんじゃないかと思いますが、誰も橋下さんにつっこまず、わけのわからん説明をおとなしく聞いてたのでしょうか。
少なくとも、裁判でこんな説明をしたとしても、具体的な「趣旨」の内容が裁判官に伝わるとは思えません。
●そして不条理は起こった
しかし、橋下さんによる、わけのわからない「趣旨」攻撃は、文春には効果があったようで、不可解極まりないことが起こりました。それが例の、編集長による訂正お詫びコメントです。
記事ではA氏がX子さんを誘ったとは書かれてなかったにもかかわらず、「12月26日発売号では、事件当日の会食について「X子さんはフジ編成幹部A氏に誘われた」としていました」と訂正したのです。
橋下さんの圧力に屈して、書いてもいないことを書いていたとして、訂正・謝罪した……ってことですか?
だとしたら、それこそジャーナリズムが絶対にやってはいけないことを、文春はやってしまったのです。
この訂正コメントが出たことで、文春を廃刊しろ、10時間謝罪会見しろ、などと叩きまくるアンチが勢いづき、テレビのワイドショーに出てるタレントやコメンテーターもその尻馬に乗って文春批判を始めるという状況を招きました。
テレビや新聞各社も、週刊文春が記事内容を訂正した、というニュースだけを報じてましたけど、各社の記者のみなさんは、いま私が説明した経緯を確認したのですか? 橋下さんが批判して文春が訂正した、という表面的な事実だけを鵜呑みにして報道してたのなら、あなたがた全員、ジャーナリスト失格ですよ。
橋下さんはA氏が誘ったとどこにも書かれていないことを承知の上で、そういう趣旨で書いたんでしょ、と抽象的な言葉で文春に詰め寄り、書いてもいないことを書いたと謝罪させたのです。圧力で事実をねじ曲げたのです。
これはまさに、警察や検察が取り調べで被疑者を強い言葉で責め立てて、やってもいないことをやったと自白させるという、悪しき手法と同じです。それによって数々の冤罪が生まれたことは、みなさんもご存じでしょう。
橋下さんは法律家でありながら、その自覚がないのでしょうか。ないんでしょうね。だって、テレビで自分の行為を自慢してるくらいですから。
物事の道理と人の情がわからない落語家が、文春の報道を正義の暴走だとわめいてましたけど、報道や言論の自由を潰しかねない暴走をしてるのは、橋下さんのほうですよ。
●私は不条理を許せない。あなたはどうですか?
こんな不条理がまかり通るようになったら、それこそ政治家の疑惑を報道することは不可能になります。政治家を有罪と決めつける直接的な表現がなくても、有罪だと決めつける「趣旨」で記事を書いただろ! と疑惑の渦中にある政治家が詰め寄るだけで、記事を潰すことができるのですから。
橋下さんのやり口を容認するのは、報道の自殺行為に等しい愚行です。
いまからでも遅くはありません。『週刊文春』はお詫びのコメントを撤回し、あらためて事実を説明したらどうですか。文藝春秋の社長や社員は、こんな不条理な目に遭わされたことにもっと怒っていい。社を挙げて橋下さんに異を唱える姿勢を表明すべきです。
日本のすべてのマスコミとジャーナリストのみなさんにも問います。この不条理をあなたがたは許すのですか? あなたがたにジャーナリストとしての矜持があるのなら、報道と言論の自由を守るためにも静観はできないはずです。私はジャーナリストではありませんが、批判されるリスクを承知の上で、最初の一石を投じました。あなたがたが私に続くか、私に石を投げるかは、もちろんあなたがたの自由ですが。
そして、マスコミ以外のみなさんにもいっておきます。なにか問題が起きるたびに、フジを潰せ! 文春を潰せ! ○○新聞を潰せ! などとわめき散らすのは、いいかげんやめていただきたい。気に食わないものを根絶やしにしようとするのはジェノサイドです。殺戮です。知性も理性もかなぐり捨てた、人としてもっとも醜い行為です。
なにかというと「謝罪会見しろ!」って声にも、うんざりです。私は著書『誰も調べなかった日本文化史』の執筆時に謝罪の文化について調べました。その上で、謝罪は当事者間で行われるものだけに意味があると考えるようになりました。会見で不特定多数に謝罪するのは無意味だし、無関係の人間がそれを見て喜んでるなら悪趣味です。
私は以前、松本人志さんは記者会見をするべきだと書きましたが、それは謝罪を要求したのではありません。会見は、説明をして質問に答え、事実を明らかにするために必要なんです。会見にそれ以上のものを求めてはいけないのです。
念のためにいっておきますが、私は文春の敵でも味方でもありません。強いていうなら、私は事実の味方です。自分が知りたい事実を調べて本にする作業をずっと続けてきました。
文春との利害関係はほとんどありません。長年細々と物書きをやってますが、今回の記事が文春での2度目の仕事です。私はじっくり調べてから書きたいので、急に原稿の依頼が来て締めきりは3日後、みたいな週刊誌の仕事に向いてないんです。