コラム:日米リスクイベントで円安は進むか=熊野英生氏

コラム:日米リスクイベントで円安は進むか=熊野英生氏
 この6─7月はリスクイベントが集中している。例えば、15─17日にカナダで開催される主要7カ国首脳会議(G7サミット)に合わせて日米関税交渉が合意される可能性がある。熊野英生氏のコラム。写真は2013年2月撮影(2025年 ロイター/Shohei Miyano)
[東京 10日] - この6─7月はリスクイベントが集中している。例えば、15─17日にカナダで開催される主要7カ国首脳会議(G7サミット)に合わせて日米関税交渉が合意される可能性がある。
もしも相互関税24%、自動車関税25%が下がらなければ、日銀は利上げを遅らせて、円安を促す対応を採るだろう。高関税で輸出コストが上昇したとき、それを減殺するには為替レートを円安方向にするという手が考えられるからだ。内閣府のデータでは、2025年1月時点で輸出企業の採算為替レートが1ドル=130.1円とされる。もしも相互関税10%ならば、143円(=130円×1.10倍)の円安で関税負担を相殺できる計算になる。関税交渉の結果をみて、日銀は利上げペースを早めず、なるべく遅らせた方がよいかどうかを判断することになろう。
<第二のリスクイベントは選挙>
6月22日は東京都議会議員選挙が行われる。同選挙は、7月中旬が有力視される参院選の前哨戦とみられている。ここで与党不利となれば、やはり潜在的な円安圧力が生じてしまう。昨年秋の衆院選で石破政権は少数与党になった。もし野党が内閣不信任案を衆院で提出し、それが通れば、内閣総辞職か衆議院解散というシナリオも成り立つ。野党にとって政権交代を成功させるには、単に解散して衆院で過半数を取るだけではなく、夏の参院選でも非改選議席を含めて多数を取る必要があると考えているはずだ。立憲民主党の野田佳彦代表は、日米関税交渉とコメ価格の動向をにらみながら、内閣不信任案を提出した場合に参院選まで勝てそうかどうかを吟味していると思う。
広告 - スクロール後に記事が続きます
もしも夏の参院選(あるいは衆参ダブル選挙)が与党敗北の結果になれば、消費税減税が現実味を帯びる。日本はすでに「金利のある世界」なので、一旦消費税減税に手をつければ歯止めが利かなくなって、構造的な財政赤字の拡大が起きると判断され、現在よりも長期金利が上がる可能性がある。国債格下げが米国に続いて決まると、円安へと振れる可能性もある。もしかすると、与党側も選挙が不利だと危機感を強めると、参院選前に大型財政出動という一手に出るかもしれない。
4月の米国は、トランプ政策に驚いて、ドルでさえ売り込まれる局面になった。マーケットは以前よりも政治リスクに反応しやすくなっている。参院では自民と公明の両党で非改選の75議席があるから、過半数(125議席以上)に達するには、50議席以上を獲得する必要がある。数字上はまだ与党の過半数割れのシナリオは弱いと筆者はみるが、一応、政治リスクも頭に入れておく必要があるだろう。
広告 - スクロール後に記事が続きます
<海外から来る円安圧力>
夏にかけてのリスクイベントは、米国のインフレ指標の動向である。トランプ大統領はしきりと米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長に利下げを促しているが、FRBの面々はまだインフレリスクの方を警戒していると思う。今のところ、米国の消費者物価の伸び率は、トランプ関税の影響で上昇し始める動きになっていない。しかし相互関税の留保期限が7月上旬で切れて、それまでに新たな上乗せ分の決定が行われると、輸出企業は米国向けの価格をじわじわと引き上げていくだろう。それがインフレ要因として顕在化することになれば、FRBは利下げをしにくくなる。目下のところは様子見を決め込んではいるが、7─8月の展開をみてパウエル氏は年内利下げに対する姿勢を明らかにしていくだろう。
もしもFRBの年内利下げの観測が見送り方向に行けば、為替レートはどう動くだろうか。そのときは、ドル売り=円高ではないかと筆者はみている。逆に、インフレリスクは限定的という評価を下せば、FRBは年内2回程度の利下げをしてもおかしくはない。その場合は、ドル買い=円安のシナリオになる。
広告 - スクロール後に記事が続きます
筆者は、FRBが年内利下げに動くこともあり得るとみている。FRBはトランプ氏との対立を内心は避けたいとみているし、景気情勢もいくらか不安定化してきている。よって、為替は膠着(こうちゃく)状態からいくらか円安方向に振れてもおかしくはないとみる。
<改めて弱い日本>
最後に指摘したいのは、日本の成長力が本当に弱いという点だ。日本の潜在成長率が低いことはすでに広く知られている。25年1─3月の内閣府データでは、潜在成長率がわずか0.6%の伸びでしかない。国内総生産(GDP)の1─3月(二次速報)も前期比マイナスに転じた。目先、4─6月、7─9月も厳しい数字になるかもしれない。
私たちは、日本について外から加わる政治的ショックに目を奪われがちだが、それらのイベントリスクが一巡すると実際のところ日本の成長ペース自体が弱いという事実に気付かされるのではないだろうか。おそらく、この弱さは物価上昇によって実質消費が高まらず、期待されていた成長展望が成り立たなくなることによるものだ。賃上げへの期待が日本経済を支えているが、毎月勤労統計のような中小企業を含めた賃金動向の結果にはがっかりさせられるかもしれない。そうした弱さを改めて自覚することも、夏場以降にエコノミストたちが成長見通しを相次いで引き下げることにつながり、日銀の利上げの天井が低いと思わせるだろう。目先のイベントリスクばかりに政治的関心が集まることは、そこで人口対策・少子化対策、成長力底上げなどの構造的課題に対して政策が手薄になる弊害が生じる。これも、円安が趨勢(すうせい)的に進む圧力となるだろう。
広告 - スクロール後に記事が続きます
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。
*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab