第29話 勇者、メンタルブレイクする





 リオンがシスティアに虐げられることに快楽と幸福を感じ始めた頃。


 その日は突然やってきた。



「ほう、あの男が単身で攻めてきたか。賢い男だと思っていたが、余の過大評価だったな」


「シ、システィア様、あの男というのは……」


「なんだ、忘れたのか? いや、忘れたいのか。そなたから全てを奪った男、エルトが余の城に攻め入ってきたらしい」



 その名前を聞いた途端、リオンは心臓がドキッとはね上がるのを感じた。



「あ、あいつが、また……」


「不安か? また全て奪われるかもしれない、と」


「あ、あ、あ……」


「くっくっくっ、実によい顔をする。貴様を見ていると嗜虐心が煽られてゾクゾクするぞ」



 リオンがトラウマを刺激されて悶える姿を、システィアは楽しそうに眺めていた。


 システィアがリオンの顎をぐいっと掴む。



「案ずるな。余は最強の魔王。かつての力を完全に取り戻した今、女神すらも屠る力がある。ただの人間に負けるわけがない」


「で、でも……」


「貴様は余の奴隷。奴隷は主人を信じればよいのだ」



 ドキッとするリオン。


 頬を赤らめるリオンを見て、満足そうに頷くシスティア。


 システィアはリオンのことを気に入っていた。


 本来は天敵であるはずの勇者を苦しめた末に殺すつもりだったが、軽くいじめる度に熱を帯びた視線を向けてくるリオンが可愛かった。


 それは人間がペットに向ける感情と同じようなものだ。


 しかし、これまで人間は殺して遊ぶものだと認識していたシスティアにとって、それは凄まじい好意の表れだった。


 それを理解してか、リオンはこくりと頷く。



「は、はい、システィア様の勝利を祈っています」


「くっくっくっ、それでよいのだ。侵入者を排除した後は貴様を可愛がってやろう。今日は特別に、甘く優しく、な?」


「っ、あ、ありがとう、ございます!!」



 リオンは期待を胸にシスティアを見送った。


 甘く優しく、というのはリオンにとって最高の言葉だった。

 どこがとは言わないが、付けられている貞操帯を外して可愛がってもらえるという意味だったから。


 それ故にリオンはシスティアを信じて待った。


 すぐに全てを奪った憎い男を倒して帰ってきてくれると信じて。


 しかし、現実とは非情である。



「悪いな、リオン♡ 余はエルト殿の女にされてしまった♡ もう貴様には指一本触れてやることもできん♡」



 首輪を嵌められ、リードで引かれながら四つん這いでシスティアが戻ってきた。

 そして、そのリードを握っていたのはリオンから全てを奪った男だった。


 リオンは頭が真っ白になる。



「シ、システィア様、ど、どうして……」


「うむ♡ 一から説明してやろう♡ 余はエルト殿を正面から迎え討ったのだ♡ すると、エルト殿は余をボコボコにして――」


「う、嘘だ!! システィア様が、負けるわけない!!」



 事実を認めたくなくて喚くリオンに向かって、システィアが言う。



「黙れ。今は余が話しているのだ」


「っ!?」



 システィアから久しく向けられなかった殺気を向けられ、リオンが硬直する。


 そうして、システィアは再び語り始めた。


 侵入者を排除しようとしたら、成す術もなく敗北してしまったことを。


 本当に死ぬかもしれないと思ったことを。



「しかし、エルト殿は慈悲深くてな♡ 魔王軍の女たちを差し出し、余が奴隷になれば許してやるとまで仰ってくださったのだ♡ まさしく王の器だ♡」


「あ……あ……あ……」


「そういうわけでリオン♡ 余は今から寝室でエルト殿に『甘く優しく』可愛がっていただく♡ 覗くのは特別に許してやるが、邪魔をしたら殺すからな♡」



 そう言って憎き男に大きな胸を押し付けながら、寝室に向かおうとするシスティア。


 その時だった。


 眩い光がどこからかリオンとシスティアたちの間に差し込み、美しい少女が舞い降りてきたのは。


 純白の髪と黄金の瞳、腰の辺りから生えた真っ白な翼。

 たわわなおっぱいと細く締まった腰、ムチムチの太ももや大きなお尻。


 まるで人形のような美しさだった。


 本能的に人間よりも遥か上位の存在であると理解させられる。


 リオンは直感した。


 目の前の美しい少女こそ、この世界で崇められている女神だと。


 自分に加護を授けた張本人であると。



「め、女神様!!」



 突如として舞い降りた女神は、リオンの救いを求めるような声に反応し、彼を一瞥する。


 リオンは期待していた。


 加護を授けてくださった女神様なら、自分を勇者にした女神様なら、この理不尽な現実をどうにかしてくれるのではないか。


 しかし、何度でも言おう。現実は非情である、



「気安く我に話しかけるな、下郎め」


「……え?」



 天から舞い降りた女神はリオンにゴミを見るような眼差しを向けてきた。



「汝は最早勇者ではない。汝から加護を没収する」


「え? え? あ、え?」



 リオンは自分の中から何かが抜け出していくような感じがした。


 それが女神の加護だと直感する。


 何が起こったのか理解できず、困惑しているうちに女神は悠然とシスティアたちの方に歩み始めた。



「待て、エルトよ♡ 魔王を倒せたのは我のお陰であろう♡ 汝には我を愛でる義務があるぞ♡」



 リオンはまたしても理解した。


 どういう経緯でそうなったのかは分からないが、女神様もまたあの男の女なのだと。



「こ、これは、夢だ……僕は何か、悪い夢を見てるんだ……そうじゃなきゃ、勇者の僕がこんな目に遭うのはおかしいもん……」



 リオンが現実逃避を始める。


 しかし、彼を現実から引き戻すように、ある少女が姿を現した。



「はあ、はあ、ようやく見つけた!!」


「え? ア、アオイ……」


「ずっと探していた!!」



 バンデッド城から抜け出す折に出会った、狐の獣人の少女。

 リオンと一緒に魔王城へ拐われてしまい、リオンを気にかけていた人物。


 そのアオイが、リオンに向かって駆け出した。


 リオンは思わずアオイを抱き止めようと腕を広げて――虚しく空を切った。



「強いオス♡ 好き♡」



 アオイが駆け寄ったのはリオンではなく、魔王も女神も堕とした男だった。


 最早リオンのことなど眼中にないようで、火照った身体をその男に擦り付け、抱いてほしいとアピールしている。


 リオンは最後の心の支えすら失った。



「あは、あははは……」



 現実逃避することもできず、ただ目の前の光景を見ることしかできなかったリオンは――


 ついにメンタルブレイクしてしまった。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「正直に白状しよう。リオン君が酷い目に遭ってる描写が書いてて楽しすぎる」


エ「えぇ……」



「安 定 の 即 堕 ち」「こ れ は ひ ど い」「作者が邪悪だった件」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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