第22話 勇者、全てを打ち明ける





 生還したリオンを待っていたのは、冷たい眼差しだった。



「見ろ、勇者殿だ」


「ただの賊に敗れた挙げ句、皇女殿下を置き去りにして逃げたそうだな」


「あんな臆病者が勇者とは世も末だ」


「まったくだ。賊の被害を抑えようと努力しているエルト殿を見習ってほしいな」


「おいおい、声が大きいぞ」



 ネドラ城の廊下を歩いていると、リオンを誹謗中傷する心ない言葉が様々な声が聞こえてくる。


 話しているのは主に官僚や兵士たちだ。


 聖女も救えず、皇女すら置き去りにして逃げた臆病者。


 それが人々のリオンに対する認識だった。



「くっ」



 リオンは悔しさに歯噛みする。


 しかし、その評判を訂正することがリオンにはできなかった。



「はあ、はあ、ネルカ、フェリシア……うっ」



 思い出すのはリオンが帰ってきた日。


 皇帝に真実を告げようとするリオンにネルカとフェリシアが語った内容。


 如何にして二人が抱かれ、染められたのか。


 密着しながら耳もとに囁きかけてくる二人の誘惑に抗えず、リオンは二人が抱かれる様を想像して自らを慰めた。


 その時の快感が忘れられず、リオンは訓練すらしないで自室に籠もっていた。

 そして、今日も今日とて自らを慰めようとした、まさにその時。



「リオン、お邪魔する」


「え、わ!? ア、アオイ!?」



 リオンの部屋に三本のもふもふな尻尾と狐耳を生やした美少女が入ってきた。


 彼女の名はアオイ。


 リオンがバンデッドの森で出会い、そのまま帝国へと連れてきた獣人の少女だ。



「リオン。吾は暇だ。吾と遊ぶがよい」


「あ、遊ぶって言われても……」


「……むぅ。暇すぎてつまらぬ」


「えっと、いつも遊んでくれてる侍女の人たちはどうしたの?」



 アオイは稀少な狐の獣人として、現在はネドラ城で保護されている。


 その見た目の愛らしさから城で働く者たちから男女問わずの人気を集めており、特に城の侍女たちと仲がよかった。



「今日は忙しいから遊べないと言われた。聖母と皇妃が帰ってくるらしい」



 聖母と皇女。


 その二つの言葉を聞き、リオンは「あっ」と思い出したように呟く。



「そ、そっか。あのお二人が……」


「リオン。聖母と皇妃は偉い奴ら?」


「う、うん。聖母様は先代の聖女様で、フェリシアの育ての親なんだ。皇妃はネルカの母君で、この国で二番目に偉い人かな。二人とも外交関係でで国外に行ってたんだ」



 人間の事情に疎いアオイにリオンが分かりやすく説明する。


 アオイは自分から訊いたものの、すぐに興味を失ったのか、つまらなさそうにリオンの話に頷いていた。


 その時だった。


 不意にリオンの部屋の扉が開き、二人の美女が部屋に押し入ってきた。



「よぉ、リオン!! 噂は聞いたぜ、酷い目に遭ったらしいな!!」


「え、あ、ル、ルイシャ様……」



 そう言ってリオンの頭を乱暴に撫でてきたのは、純白の衣をまとい、綺麗な黒髪を結い上げた褐色肌の美女だ。


 たわわなおっぱいにリオンも思わず目を釘付けにされてしまう。


 彼女の名はルイシャ。


 女神の祝福を受けた先代の聖女であり、現在はその更に上の地位である聖母の座に収まっている人物だ。


 ニカッと笑うルイシャの背後から、更に長身の美女が顔を覗かせる。



「ルイシャ、もう少し言い方というものがあるだろう」


「んだよ、メイラ。細けぇこたいいじゃねーか」


「まったくお前という奴は……」



 ルイシャのデリカシーがない発言に困り顔を見せるのは、紅色の長い髪を姫カットにしている長身の美女だった。


 胸元が激しく露出しているドレスを着ており、リオンは更に目のやり場に困る。


 その美女の名はメイラ。


 ネドラ帝国の皇妃であり、皇女ネルカの実の母親に当たる人物だ。



「久しいな、リオン少年。息災であったか?」


「は、はい。お久しぶりです、メイラ様。それとルイシャ様」


「おう!! 前よりでっかくなったな、リオン!!」



 ルイシャとメイラの変わらぬ接し方に、リオンはどこか安心感を覚える。



「で、だ。リオン、お前の噂を聞いたんだが、オレたちのいない間に何があったんだ?」


「あ、そ、それは……」



 リオンが言い淀む。


 聖女と皇女が賊の手に堕ち、その賊が今や二人を救った英雄としてもてはやされていることなど言えるわけがない。


 仮に言ったところで、その名声が地に堕ちたリオンの言葉を二人が信じるとは限らない。


 口を噤もう。


 リオンがそう思った時、不意にルイシャとメイラが身を屈めた。



「言いにくいなら言わなくてもいいけどよ、もっとオレたちのこと頼れよ?」


「ああ、ルイシャの言う通りだ。たしかにリオン少年はいずれ魔王を倒す勇者。しかし、君はまだ幼い子供。大人を頼るのも忘れるな」


「ルイシャ様……メイラ様……」



 リオンは勇気を振り絞って、二人に全てを事細かに話した。


 すると、二人が目に見えて怒りを露にする。



「よし!! そのエルトってクソガキはオレがボコボコにしてやる!!」


「え? あ、あの、ルイシャ様!?」


「オレは弱い者いじめとか、そういうことをする奴が大っ嫌いだからな。そのエルトってクソガキを分からせてやる!!」


「同感だな。それに娘たちにも説教が必要だ。フェリシア少女とネルカ、それからそのエルト少年も呼び出して折檻せねばな」


「メイラ様まで……」


「ふっ。安心しろ、リオン少年。後は私たちに任せておけ」



 自信満々に言ってのけるメイラに、リオンはどこか頼もしさを感じた。


 その数日後。


 ルイシャとメイラはネドラ城にフェリシアとネルカ、そしてエルトを呼び出すのであった。


 リオンはこの時、安心していた。


 厳格で自分にも相手にも厳しい二人であれば、きっとフェリシアたちの二の舞にはならないだろうと。


 二人のことを信頼し、全てを任せたのだ。


 それが大きな間違いであることに気付くのは、そう遠くない未来の話であった。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「こういう『後は任せて』って言ってくれた頼れる大人たちが堕ちる姿でしか得られない興奮がある」



「アオイが可愛い」「これ絶対即堕ちするやつだろ」「作者が一人で語ってて草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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