第10話 勇者、察する
「うっ、ここは……」
リオンは薄暗い地下牢で目を覚ました。
辺りを見回しても武器がなく、鎧は脱がされ、シャツとズボンのみ。
自分の置かれている状況が分からずにリオンが困惑していると、地下牢の入り口の方から足音が聞こえてきた。
「あ、リ、リオン!! 目が覚めたのね!!」
「ネルカ、様?」
リオンは自らの目を疑う。
ネドラ帝国の皇女たるネルカが服を脱がされ、首輪を嵌められた挙げ句、リードで繋がれているのだ。
その姿に頼もしい騎士の面影はなく、まるで犬のようにも見える。
「こら、ネルカ。まだわたしは人の言葉を話す許可を出していませんよ」
「あひっ♡ ご、ごめんなさいわんっ♡ アンリお姉様っ♡ 許してほしいわんっ♡」
「許しません。お仕置きです」
「あっ♡ や、やめっ♡」
ネルカと共に地下牢を訪れた、やたら露出度の高いメイド服の美女――アンリがネルカのお尻を何度も強く叩いた。
バチンっ!! バチンっ!!
「ごめんなさいわんっ♡ ごめんなさいわんっ♡」
「犬の躾というのは難しいものですね。まあ、今回はこのくらいで許してあげましょう」
「わんわんっ♡ ありがとうございますわんっ♡」
「ふふ、ネルカは賢いですね。いい子いい子」
折檻でお尻を赤くしながら感謝の言葉を述べるネルカの頭を、アンリは優しく撫でる。
心地よさそうに目を細めるネルカに対し、リオンはただ困惑した。
「お、お姉様? ネルカ様、何を言って……」
「はじめまして、リオン様。わたしはエルト殿下にお仕えするメイド、アンリと申します。本日は悲しい誤解を解くためにやってきた次第です」
「な、何が誤解だ!! 今すぐネルカ様を、ネルカを解放しろ!!」
「まあ、そうおっしゃらずに。ネルカ、人の言葉を話してもいいですよ」
「は、はい♡ お姉様♡」
リオンはネルカの解放を求めた。
しかし、牢屋の中にいるリオンの手がアンリに届くことはない。
もっとも届いたところで敵うはずもないが……。
少なからず好いている皇女の扱いに激しい憤りを覚えるリオンだが、その彼を諌めたのは他ならぬネルカだった。
「えっと、リオン。落ち着いて聞いて。その、アタシたちはアイツのことを誤解してたのよ」
「ネ、ネルカ? アイツって、もしかしてフェリシアを拐った奴のこと!?」
「そうよ。でもその、アンタが思ってるほど、アイツは悪い奴じゃないっていうか、話せば分かる人だったっていうか……」
と、その時だった。
「アイツ? 犬の分際で何様のつもりですか、ネルカ」
「ひゃうっ♡ ご、ごめんなさいわん、アンリお姉様っ♡ お許しくださいわんっ♡」
不意にアンリがリードを引っ張り、ネルカを這いつくばらせ、悪さをした幼子を躾けるようにそのお尻をベチンと叩いた。
ネルカはアンリに何度も謝罪を繰り返し、その足を舐める。
アンリは深く溜め息を溢す。
「……次からは気を付けるように。しっかり自分の立場を弁えなさい」
「ありがとうございますわんっ♡ ありがとうございますわんっ♡」
許してもらえたことを心から嬉しそうに感謝するネルカ。
僕は、何を見ているんだ?
どうしてあのプライドの塊のようなネルカが、ただのメイドに必死に許しを乞うている?
リオンの頭は混乱する一方だった。
「その、アタシはあの御方、ご主人様の犬にしてもらったの」
「ネルカ、それでは伝わりません。リオン様にもしっかり経緯を説明して差し上げなさい」
「は、はひっ♡ アンリお姉様っ♡」
ネルカは一呼吸を置いて、リオンが気絶した後の出来事を語った。
「え、えっと、アンタがご主人様に瞬殺されて気絶した後、土下座でご主人様に命乞いしたの。殺さないでください、って」
「え?」
「そうしたら、優しいご主人様は本当に私を殺さないでくださったのよ。それどころか、気絶してるアンタの隣で可愛がってもらえて……えへへ♡」
「そ、それって……」
リオンの心臓の鼓動が早くなる。
自分が気を失っている間に、ネルカが隣で何をしていたのか。
今にも蕩けてしまいそうな顔をしているネルカを見れば、一目瞭然だ。
「そ、それでね、聖女様――フェリシアも拐われはしたけど、ご主人様は彼女を害そうとは思ってないみたいなのよ」
「な、何を言ってるんだ、ネルカ!! 正気に戻ってよ!!」
「む。アタシは正気よ。ご主人様はたしかにアタシたちやフェリシアの護衛を襲ったけど、それがご主人様の国では常識らしいし、国民性の違いってやつね」
「っ」
リオンは察した。
目の前にいるネルカは、もう自分の知っているネルカではないと。
一人の男に染められ、変えられてしまったと。
「そういうわけだから、ご主人様のことを悪く言ったらアンタでも許さないから。――って、ちょっとアンタ。何大きくしてんのよ?」
「え、あ、これは、違っ」
いつの間にかリオンのズボンは奇妙な膨らみを作っていた。
慌てて弁明しようとするリオンに、ネルカはニヤニヤしながら一言。
「ふぅん? アンタ、そういう趣味があったの?」
「ち、違うんだっ、ネルカ!! 僕はっ!!」
「別に隠さなくてもいいわよ? アンタがアタシのこと好きなのは前から分かってたし、アタシもアンタのこと好きだったけど。……さすがに男の人としては……もう見れないわね」
リオンは気付いてしまう。
ネルカがリオンをからかう時に見せるいつものニヤニヤ笑顔の中に、今は嘲笑が混じっていることを。
そして、それに興奮してしまうリオン。
その変化にいち早く勘づいたアンリがどこか安心させるようにリオンへ告げる。
「そういうわけですので、リオン様の大切な女性たちは我が主、エルト殿下のものとなりました。エルト殿下は貴方をどうこうする気はないようですが、もし何か企むようでしたらわたしが貴方を始末しますので、あしからず」
そう言ってお辞儀したアンリの眼差しには、明確な殺気が込められていた。
まるで弱者を心底見下すような、劣ったオスを蔑むような眼差しだ。
リオンはその殺気にビクリと身体を震わせ、地下牢から立ち去る二人を見送ることしかできなかった。
一方その頃。
「ところで、アンリとネルカはどこに行ったんだ?」
「はて? 妾は知らんのじゃ。何やらアンリが楽しそうにしておったのは見たがの」
「それよりエルト君っ♡ 続きシようよぉ♡」
忠臣のメイドがゲームの本来の主人公を拗らせさせようとしていることなど欠片も知らない蛮族王子であった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「これはセーフ。だってただの報告だから。お尻ペンペンもただの折檻だから」
エ「何の話だ?」
「これはセーフ」「報告モノは好きやで」「作者が小賢しくて草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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