第6話 蛮族王子、聖女の要求を飲む
聖女フェリシア。
あらゆる支援魔法や回復魔法を使いこなす女神の祝福を受けた美少女だ。
火力の高いメルトレイン持ちの勇者と組み合わせることで雑魚敵が溶けるように倒せるサポート特化キャラである。
「あー、なるほど」
俺はふとフェリシアについて思い出した。
フェリシアはバンデッド王国の人間に捕まり、拐われてしまう。
そして、聖剣を取りにやってきた主人公が対立するエルトを倒した後、救出されて旅の仲間に加わるのだ。
もしかしたらそのフェリシアを拐ったバンデッド王国人が俺、エルトだったのかもしれない。
フェリシアを見たアンリが一言。
「これは当たりですね。殿下の戦利品です。連れ帰りましょう」
「あ、ああ、そうだな」
アンリが嬉々としてフェリシアとその侍女たちを拘束する。
「わ、私たちをどうするつもり!?」
「貴方たちはエルト殿下の戦利品です。殿下はお優しい方ですので、今からでも媚びれば大切に扱ってくれますよ?」
「っ、だ、誰がそんなことを!!」
「ふむ。エルト殿下の魅力が分からないとは、可哀想な方ですね」
フェリシアにどこか哀れむような眼差しを向けるアンリ。
対するフェリシアは何かを堪えるように視線を俺の方へ向けた。
「なんだ?」
「私はどうなっても構わないわ。でも、私の侍女たちだけでも見逃がして」
「む」
フェリシアの言葉に俺は呆気に取られる。
この状況で自分の安全ではなく侍女の解放を要求してくるのか。
……流石は聖女。
運営が最も贔屓にしていたヒロインなだけあってその性根も清く美しい。
俺はフェリシアの要求に頷いた。
「いいだろう」
「殿下、よろしいのですか? そちらの従者二人も抱き心地のよさそうな女ですが……」
「フェリシアの心意気が気に入っただけだ。早く逃がしてやれ」
「……はっ」
少し納得が行っていないようだが、アンリは俺の命令に従ってフェリシアの侍女二人を解放した。
侍女たちはフェリシアにお礼を言って、馬車に繋がれていた馬に跨がってこちらに振り向くことなく走り去る。
フェリシアはその背を静かに見つめていた。
「助けが来ることを期待しているのか?」
「女神様はいつでも私たちを見ているわ。貴方たちの悪行もいつか裁かれるでしょう」
この時、俺はフェリシアの言葉が本当になるとは思いもしなかった。
きっとゲームのエルトはフェリシアの懇願など気にも留めず、侍女を逃がしたりしないで連れ去ったのだろう。
それから数日後の出来事だった。
まだ本編開始まで数年はあるはずなのに、フェリシアを救出しようと主人公がやってくるのであった。
◆
「せ、聖女様を賊に拐われただと!?」
女神を信仰する大国、ネドラ帝国の皇帝と大臣は騒然としていた。
当然だ。
何故なら女神の祝福を受けた聖女が乗った馬車が賊に襲われ、拐われてしまったのだから。
事件が発覚した切っ掛けは、聖女フェリシアが命からがら逃がした二人の従者が帰ってきたことだった。
「護衛は何をしていたのだ!!」
「聖女様の護衛にはあの最強の聖騎士、ドランドもいたはず!! あの筋肉だるまは何をしておったのだ!!」
「そ、それが、賊は相当な手練れらしく、聖騎士ドランド様まで討ち死にしたと……」
「なっ!!」
「あ、あり得ん!! 奴は二十年前の魔王軍との戦争で千の魔物を退けた英雄だぞ!!」
皇帝を含め、大臣たちに動揺が走る。
「す、すぐに救出部隊を編成し、聖女様をお助けせねば!!」
「うむ!!」
「待て、皆の者」
聖女を救わねばならないと逸る大臣たちを制止したのは、皇帝だった。
大臣たちが何事かと皇帝の言葉に耳を傾ける。
「あのドランドが討たれたのだ。救出には最大戦力を向かわせねばならん」
「さ、最大戦力? ということは……」
「うむ。帝国最強の騎士であり、我が娘であるネルカと勇者殿を向かわせよう」
「よ、よろしいのですか!? あのお二人は魔王が復活した時に備えての訓練で忙しいはず。ましてや皇女殿下に何かあれば……」
「よい。二人を連れて参れ」
皇帝の命令に従い、兵士が二人の人物を会議室に連れてくる。
一人はおどおどしている少年だった。
地味な印象を受ける黒髪黒目の少年は緊張しているのか、皇帝の前で完全に固まってしまっている。
「勇者殿よ、急に呼び出してすまぬな」
「い、いえ!! お気になさらず!!」
皇帝の謝罪に顔色を悪くする少年。
彼の名前はリオン。女神から加護を授かった勇者である。
そして、リオンの隣には機嫌よさそうに鼻唄を歌う少女が立っていた。
真っ赤な髪をツインテールにした、十代半ばの美少女だ。
彼女こそネドラ帝国の第一皇女であり、いずれ復活する魔王を倒すため、過酷な訓練を受けている姫騎士。
ネルカである。
「勇者殿、それからネルカには賊に拐われてしまった聖女様を救出してもらいたい」
「え、フェリシアが拐われた!?」
耳を疑うリオン。
リオンとフェリシアは同じ女神の祝福を受けた存在として親しくしていた間柄だ。
己の身体が豊かという自覚がないフェリシアにドキドキさせられることはしばしばあったが、大切な幼馴染み。
その幼馴染みが拐われたのだ。断る理由などない。
「腕に覚えのある騎士も何人か付けよう。聖女様の救出、頼めるか?」
「は、はい!!」
「ふふん!! アタシに任せて、お父様!! ちょうど訓練ばかりで飽き飽きしていたの!! アタシとリオンでぱぱっと行って聖女様を助けてくるわ!!」
皇帝に送り出され、二人は早速聖女を拐われた場所に向かうための準備を始める。
すると、不意にリオンが溜め息を溢した。
「……はあ」
「あら? どうしたのよ、元気ないわね」
「あ、す、すみません、ネルカ様。引き受けたものの、フェリシアの救出が僕にできるか不安で……」
「相変わらずネガティブ思考なんだから。もっと自分に自信を持ちなさいよ!! アンタは勇者なんだから!!」
ポンとリオンの背を叩くネルカ。
「ま、大丈夫よ!! いざという時はアタシがアンタを守ってあげるわ!! アタシの方がお姉ちゃんだもの!!」
「む。……ぼ、僕だって、守られるばかりじゃないですよ!!」
「ふふっ、その意気よ!! 賊なんてさっさとぶっ飛ばして聖女を連れ帰りましょう!!」
リオンはやる気を漲らせる。
密かに好いているネルカに守られるだけの男になってはいけない。
彼女の隣に立てるように、強くなる。
まだ実戦経験に乏しいせいでレベルは低いが、来るべき魔王復活の時に備えて努力してきたという自負が、リオンにはある。
こうして二人は、聖女が襲われた場所へと向かうのであった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「『自分を守ってくれるつよつよ系美少女が寝取られるシチュ』に興奮する作者であった」
エ「おうふ」
「フェリシアはチョロインだと予想」「次のターゲットが決まったな」「作者、アウト」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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