表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
因果の魔王期:あの日の扉を開くために
120/262

第22話 残像


 アゼレアが放った蒼い炎が、マンティコアを焼き尽くす。


「――視えた! 次を左だ!」


 ガウェインを背負ったエルヴィスの指示で、アゼレアとルビーは地下道を左に折れた。


「この道の先に治療室が―――っあ!?」


 3人は一斉に足を止める。

 奥に見える扉。

 瀕死のガウェインを唯一治すことができる治療室。

 その手前に――


 一人の男が、唐突に出現したのだ。


 その男を、エルヴィスは知っている。

 アゼレアも、ルビーも、必ず覚えているだろう。


 かつて悪霊術師ギルドを統率していた男。

 幾度となく苦しめられたダンジョンマスター。

 アーロン・ブルーイット。


「おーおー。大きくなったなあー」


 以前は仮面で半分隠されていた顔は、堂々と晒されている。

 それ以外は、なんら変わらない。

 7年も経ったというのに、老けた様子もない――


「おおっと。思わずオッサンみたいなことを言っちまったぜ。まあオッサンなんだがな」


「おまえは……生きて、いたんだな」


 魔王軍が運用する魔物たちの存在から自明のことではあったが、目の当たりにするのは初めてだった。


 エルヴィスの知る限り、悪霊術師ギルドのメンバーは、その多くが7年前の事件の折に死亡していた。

 全世界で同時多発した謎の自然死と同じ現象だ。

 ジャックがギルドの残骸を簡単に吸収できた理由でもある。


 アーロンは皮肉げに口元を歪めた。


「生きちゃあいねえさ。オレは死んでいる――7年前、初めてお前らと会ったときにゃあ、すでにな」


「……? なにを――」


「ああ、知らねえのか、お前らは。悪霊王ビフロンスが操っていた精霊術を」


「!? なんだって……!?」


 悪霊王ビフロンス。

 ついぞ姿を現すことのなかった、あのふざけた虐殺者の、精霊術―――?


「なんなんだ、それは!」


「今更だ。教えたって別に構いやしねえか。

 死霊術(ネクロマンス)さ。簡単に言やあ、死体を自在に操る精霊術。

 それも、ただの死体じゃねえ。どうやっても生きているようにしか認識できねえ死体さ」


 生きているようにしか見えない死体……?


「ま、まさか……」


 アゼレアが声を震わせて呟いた。


「7年前……学院の崩壊と同時に、世界各地で人がたくさん死んだのは……」


「死んだんじゃねえ。もともと死体だったのさ。ビフロンスの手によって、誰にも知られないまま、世界中で何万って人間が殺されていたんだよ。

 術師が死んじまったことによって効果が切れて、元の死体に戻っただけに過ぎねえ。

 お前らの周囲にもいたかもしれねえぜ。生きているフリをした死体がな。7年前の事件のときに死んじまった奴、おかしくなっちまってた奴、覚えがねえかい?」


(ああ……ああ、そうか……)


 殺傷行為が無効になるはずの結界の中で、魔物に襲われて人が死んだのは、それが理由……。

 結界は、死体までは守ってはくれなかった……。


「不憫なことだ。――ああ、悪党のオレが、それでも不憫だと思う」


「なんだって?」


「お前らの周囲にも、死体だった奴がいたかもしれねえ。そう言ったろう?

 今、魔王だなんて名乗っているアイツが、まさにそうだったのさ」


「え……?」


「両親だよ」


 アーロンは突きつけるように告げた。


「両親が、両方死体だったそうだ。死体の両親を生きていると思って、何年も過ごしていたそうだ。

 それをアイツは、あの事件の混乱の中で知った」


「そ……そんなっ……!!」


 アゼレアの声は悲鳴のようだった。

 しかし、それはあまりに遅い。

 このショックは、7年前に受けるべきもののはずだったのに。


「アイツに直接訊いても、どうせ詳しく教えちゃくれねえだろう。だが、オレはお前らには知る権利があると思う。だから話した。オレの知る限りのことをな。

 これ以上のことは、オレも知らねえ――悪霊王がどこのどいつだったのか、オレも知りたかったんだがな……」


「どうして……おまえは、そんなことを教えてくれるんだ?」


 エルヴィスは警戒の眼差しで言う。


「ぼくらは、おまえに恩を売った覚えがない。恨みを買うことはあっても……」


「恩だの、恨みだの、残像のオレには関係のねえ話さ」


「残像……?」


 アーロンの表情は皮肉げなまま。

 一時も休まず、自嘲し続けているかのように。


「言ったろう。オレもまた、死体だ。もうずいぶん前から」


「……!」


「はあ……!? だったらなんで生きてんだよ!?」


「そ、そうよ! ビフロンスの精霊術は、7年前に切れたんでしょう!?」


「さあな。オレにもよくわからん。

 科学者連中によりゃあ、あの双子に精神を乗っ取られちまってたから、活動停止信号が届かなかったとかなんとか……。

 ま、それにしたって、ただの仮説だ」


 肩を竦め、アーロンの残像(・・・)は言う。


「オレだけが、生き残った。……いや、終わり損ねたとでも言うかな。何千何万って人間が死体に戻った中で……なぜか、オレだけが」


 浮かんだ嘲笑は、やはり己に向けたもの。

 残像の男は。

 世界最後の哲学的ゾンビは。

 世界に向けて問いかけた。



「―――なあ、どうしてオレなんだ?」



 それは心の底からの疑問であり。

 魂の奥からの抗議だった。


「オレみてえなどうしようもねえ男より、ずっと生きるべき奴がいただろう? どうしてよりによって、こんなどうでもいい男が残ったんだ……!?」


 彼は、心から憤っているように見えた(・・・)

 彼は、魂から怒っているように見えた(・・・)


 それでも、彼は死体である。


 心も。

 魂も。

 そこにはない。


「なあ、勇者ども。お前たちならわかるだろう?

 残るべきは、オレなんかじゃなかった。

 もっと相応しい誰かに、その席を譲るべきだったんだと!」


 自然と、エルヴィスは彼を哀れに思っていた。


 こんなことって、あるのか。

 たった一人残って。

 それに苦しみ、憤り。

 衒いなく、剥き出しに晒しているって言うのに。


 それが偽物だって?

 見せかけのハリボテでしかないって?


 苦しみ、悩み、怒り。

 心と魂を晒せば晒すほど。

 彼はそれらを否定される。


 お前には心も魂もないと。

 いくら叫んでも、死体がそれらしいフリをしているだけなんだと。


 それがどれほどの残酷か、エルヴィスには想像もつかなかった。

 無限の全否定。

 永遠の全拒絶。

 何もかもが、彼を決して承認しない。


 そして。

 その苦しみを感じる心も。


 実は――存在しないのだ。


「……っ!」


 エルヴィスは歯がみした。

 アーロンの苦しみを理解し。

 その苦しみが見せかけであることも理解し。


 それでも、エルヴィスは告げた。


「――そこをどけ、アーロン・ブルーイット。

 ()()()()()()()()()()()()()!」


 アーロンは――

 その残像は――


 かすかに笑みを滲ませて、高らかに告げた。


「通りたきゃあ力ずくで通りな、勇者ども。

 不肖ながら、障害物になることにゃあ自信があってね!」


 瞬間。

 周囲の空間が、急激に膨張した。


 壁と天井がぐんと遠ざかり、床は引き延ばされたように拡大。

 気付けば、エルヴィスたちは城を一つ入れても余りある、巨大空間の真ん中にいた。


「さあさご覧じろ!」


 ダンジョンマスターは告げる。


「我が迷宮が産みし第四の巨獣――混沌たる獣王《キメラ・リメア》!!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。