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あなたは、全く同じ人生をもう一度やり直したいですか?

つい先日。
職場の同僚との会話が、流れに流れて「人生にやり直したい過去や戻りたい時期があるか?」という話になった。

Youtubeでもこのテーマでときどき話しているが、僕はない。

決して今までに悔いがないわけじゃなく、そう感じないわけでもないけど、その時々の決断や思いがその瞬間では最善だと信じていたし、それを経ての今の自分があるのは変えられない。

変えてしまうと(変えてしまえるならば)、その時までに関わってきた人たちへ放った言葉や行動、その全てが無駄で失礼だったように思ってしまう。

間違いも、失敗も、恥も、落胆も経て、この現状に至った。
そのどれも大切な経験になっている。

かといって現状に満足しているわけではないけど、寸分違わぬ人生をもう一度やり直すか?と問われれば、僕は「そうだ」と答える。

自分はこの人生以外を知らないし、それが今のところ僕の中での絶対的価値になっている。

けど半面、これは単に今までの人生がその程度に思い留まれるほど平和だったからなのかもしれない、とも思う。

話は大きくなるが、日本はアメリカに戦争で負けてからこれまで、国家として(いわゆる)戦争状態に陥ったことがない。

高度経済成長期に交通戦争や経済戦争はあっただろうし、学生の受験戦争や就職戦争は今でも相変わらずアツい。だけど人間同士の命のやり取りを国家規模で行う"戦争"は今のところない。

じゃあ「戦争がないから良い人生か?」と問われたら、そうとは決して言わないし、個人における幸福は様々で、他とは比べることではないことは当然です。

僕はどうしても人生だとか命だとか、こういう問題を考えるとき祖母や両親のことを考えてしまう。

以前の記事で、祖母は広島出身で戦時中に運良く"その日"、大阪にいたおかげで原爆の被害には合わなかった。しかし家族や友人を多く亡くして、一族は崩壊した。

かなり"良いところ"の娘さんで、若き日の趣味は乗馬だったという彼女は、98歳にして経済的には貧しいまま亡くなってしまった(晩年はそのことを少し嘆いていた)。

彼女は、全く同じ人生をもう一度歩むか?と問われたら何と答えるだろう。
「戦争のなかった世界に生きたい」と、きっと口にするだろう。

僕は一人っ子であるが、次男である。兄がいた。
しかし出産後、数日して突然死してしまった。

僕は未熟児(なんと1600Kg!)で産まれ、幸いアラフォーのここまで健康に生き延びている。母は心臓が悪く、出産と同時に心臓の手術を行ったため大手術だったそうだ。

そして妹もいた。彼女も生後一年も絶たずに亡くなってしまった。
幸いなのは兄については遺影の写真と両親からの言葉でしか知らないが、妹との記憶は残っている。

派手にお漏らしをして泣きわめくので、お尻を洗うための準備に祖母は風呂場に向かい、僕はそのあとを妹を抱えて連れていく記憶。

自分の人生の中で最古の記憶であり、そのとき僕は"お兄さん"だった。

そこからは一気に記憶が飛んで、葬儀の場面になる。
彼女も突然死で、寝ている間に人知れず息を引き取っていたそうだ。

小さな遺体をいつまでも抱きかかえていた父の後ろ姿を、おぼろげに覚えている。母は自身の病気のせいで身体の弱い子供しか出来なかったことを悔いたそうだ。

僕が中学生になるころ、父から「この世に意味のない命はない」と言われたことがある。どういうことかと尋ねると「この世にどんなに短い生涯だった命でも、その傍にいた人たちには十分に命の大切さや、儚さ、尊さを教えてくれる、その事実をどう意味のあるものにするかは自分次第だし、お前次第だ」と言った。

父は自身に降りかかる不幸や災難を、意味を見出すための糧として受け入れ、向き合っていたのだと思う。そうすれば全て、人生をすべて自分のためのものとして生きることができる。

この言葉によって、僕は今まで生かされている気がする。
そして、その思いは年を取るごとに心に強く深く入り込む。

父や母は、もし同じ人生をもう一度歩めるとしたらそれを決断するだろうか?大切な人々を戦争や予期しない事態で失う苦しみを知っている祖母や両親は、この問いにどう答えるだろう。

そんな小さな個人史の流れの中で僕がいて、ありがたいことに僕は今のところ自分の半生を全肯定できる精神状態にある。

父が言ったように、全てに意味があるように考えることで色々なことを「自分の人生だ」と肯定できる。それも祖母や両親に降りかかった不幸がもたらしたことから現れた価値観だと思うと、僕はつくづく恵まれている。

これは幸せなことだし、平和の成せる業だと思う。
こんなことを考える心の余裕がある、ある意味お気楽な人生かもしれない。

何気ない職場の会話からこんなことを思い、考えた。

散文でかつ乱文ではあるけど、誰かの助けや何かのキッカケになれば幸いだし、そうでなくてもこの想いはなんとなくこの場に書き記して、世間様に上場しとこうという気がした。

僕は死ぬまでこの人生を、もう一度生きたい人生に出来るだろうか?
それを願いながら、今日もやっていくしかねーんですわ。

ちなみに、生まれ変わるなら安全地帯でぬくぬくと飼われているカワイイ動物が良いですけどね。

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あなたは、全く同じ人生をもう一度やり直したいですか?|織田聖一(オダショウイチ)
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