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大田洋子をふたたび

今日の東京新聞に“『屍の街』の意義 今こそ”という見出しで、女性史研究家・江刺昭子さんが原爆作家と称される大田洋子を見直す活動に取り組んでいるという記事を見かけ読んでみた(以下作家については敬称略)。


大田洋子・・・このブログでも何度かとりあげているが、その名前を見たのは久しぶりだ。江刺さんは偶然らしいが大田洋子の家に下宿していたことがあり人となりもご存知の方。大田洋子のことが知りたくて調べ、江刺さんの著書「草饐〜評伝大田洋子」を古書で見つけて読んだのはかなり前だが、今になって江刺さんの名前を見かけたのも・・・おそらく東京新聞を購読していたからこそだと思うので、なんとなく縁も感じている。


何度も書いているので重なる部分もあるかと思うが、作家の知名度を高め、作品をより広く知らしめたいという思いは同じなので少し書いておくことにした。


原爆作家という本人が望んではいないかもしれない呼称で紹介されている作家の中で、原民喜が最も有名だろう。名作「夏の花」は短編で読みやすいこともあるし、青空文庫にもなっている。しかし、同じ広島で被爆した大田洋子については、名前さえ知らないという人が相当数いると思う。長崎で被爆した林京子も著書が多く何冊は読んだが、この3人の印象は全く違う。テーマが原爆という悲惨なできごとである以上、軽重や明暗を云々することは躊躇してしまうのだが、それでもあえて印象を書けば大田洋子の作品が一番重く、暗い。もちろん私個人の印象である。


なぜか。文体なのか。構成なのか。内容そのものなのか。それもあるとは思うが、作家自身が背負ったものによるところも多々あるような気がしている。生まれ育った環境、作家になるまでの経験、そして持って生まれた性格等々が関係あるのではないか、と。「草饐」を読んでもわかるのだが、大田洋子は毀誉褒貶ある作家であり、どちらかというと悪く言う人の方が多そうである。没落した旧家の出であることと頑ななプライドと関係あるだろうし、どこまでも物事を追求し、許せないものは徹底して許さないという強固な姿勢も性格によるのかもしれない。


しかし、作家そのものと作品を別に考えたい私としては、大田作品はもっと知られていい優れた作品だと思っている。『屍の街』では、わけがわからない出来事(原爆)のあとで、それについて知りたいという強烈な思いが多岐にわたる情報を求めさせ、データのように記されているし、徐々に明らかになりつつも本質が見えてこない原子爆弾の正体や、アメリカのみならず日本の軍国主義が犯したとりかえしのつかなさに対する絶望はいかばかりかと読んでいて苦しくさえなる。それでも書き続けた執念とでもいえる意思には感服せざるをえない。


私の思い違い、考えすぎなのかもしれないが、昨今は悲惨さや醜さなどをできるだけ遠ざけようとする人が増えているような気がする。見たくないものは見ようとしない。知りたくないことは知ろうとしない。考えたくないことは考えない。それは一種の自己防衛本能からかもしれないが、そうしているうちに人間はどんどん退化してくるようでいて怖くもある。


毎年夏になると原爆小説といわれる作品を読むようにしていたが、ここ数年少し疲れ気味なこともあって読んでいない。今年の夏は、「屍の街」など大田作品を再読したいと思っている。

 

*大田洋子について書いた記事は、左フレーム下のサイト内検索に作家名を入れればいくつか出てくる。

 

| - | 18:49 | comments(0) | - |









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