90年代後半においてさ、アニメって時代と寝てたんだよね。 どの作品がとかじゃなくて、アニメそのもの。つまり時代がそのまんま集約されているっていうかさ いよいよ来るべき時が来たっていうかさ、アニメってまだあの頃は真価が分かってなかったんじゃないか、もう一二歩いけんじゃないか、そういう時期ですよ それが90年代後半っつーすげー雰囲気ある時代がやってきて、そんで、アニメでしょ、アニメ自体に空気が入ってんだ、でそれをアニメの方から発信してくるんだよ、無意識にか。 確かに、80年代とか70年代でもさ、絵柄とかノリとかで年代を意識することってのはあるわけ、でもさ、90年代後半の意識ってのはさ 空気なのよ、空気感、フィーリングと言ってもイイ、何か絵柄とか特別どうこうじゃなくってさ、そのまんま「90年代後半」が出てんだよ。 これはもう意識どうこうじゃないというか、アニメ、つまりセルでもま、デジタルでもいいんだけども、「アニメに何を見るか」が90年代後半、つまり世紀末 言えばアナログ時代の終焉、つまり人間の終焉、人間とロボットの過渡期、生々しさが消えうせ、しかし残った1輪ささやかな生々しさと共に二次元という理想郷を語る―― ここなんですよ。




ギリギリ人間が生きていた、生々しさ、血肉、それらが最先端のアナログ&デジタルな技術とぶつかった最後、それがあの時期、アニメであって、ま、創作全般かもしれないな。 しかしアニメの方が、つまり二次元というかね、やっぱフォーエバーというノリがあるんで、強いんだよね、他の何よりも。 21世紀入って、もうあれですよ、雰囲気ある作品もあるんだけども、やっぱりあの強烈な何か、よく涅槃とか言っているんだけどそれがなくなったよな。 それはセル画どうこうってのも発端あるかもしれないね。それだけで雰囲気あるからね、セル画って。でもそれプラス、空気なんだよ。 つまりね、俺たちは21世紀に入った瞬間に死んでんじゃねえか?実際あの時期は涅槃だった、俺たちはそこに行った 置き換えられたといってもいい、既に20世紀の俺たちは死んでいるワケだ、そして今、21世紀・・・うん、どーかな、わかんねーぞ。

俺個人の事を言わせてもらうと、俺は90年代後半に生まれて、で、初めての意識というか、初めて自意識が芽生えた、つまり記憶の第一号が 21世紀2001年、新世紀元年だったんだよね・・・だから俺が妙にポケモンに何かを感じるってのは、 そのアナログとデジタルが両立した世界観が、そのまんま俺の肉体20世紀意識21世紀と抱擁合致、リンクしてるからじゃないか。

アニメって基本時代に左右されないもんなんだよね。少なくとも90年代後半以前はずーっとそうだった。ある種ふてぶてしいというか 黙って鎮座している感じ、ジブリなんかも無国籍が行き過ぎて普遍的だしな、そう、アニメって無国籍でしょ大体、日本が舞台でもやっぱどこか無国籍なワケだ。いつでもどこでもいいワケ。 少なくともアニメが時代を作ることはなかったし、時代がアニメを作ることもなかった。90年代後半において、初めて時代と寝たんだよ。 エヴァもポケモンも、確実に時代を作ったし、また時代が作ったともいえるし、何にせよ2度とないわな、こういう合致は。 タイミングなのかな。例えば実写、仁義なき戦いは70年代までに到達した映像技術と、映画会社の安定と成熟、 そして経験豊富な監督作家キャスト等が一堂に会して誕生した傑作だった。 どこか一つでも外したらああはならなかった、こういう奇跡の例がアニメに到達したのが90年代後半だったんじゃないかな。 ただこっちのが涅槃、つまり行くとこまで行ったって感じで、ありえねえよ本当。世紀末、確かにノストラダムスが現れ、 アナログを奪い去って、俺たちは涅槃に行って、デジタルが降り立ち、俺たちも置き換わった――これは夢なのか現実なのかってさ、押井守じゃないんだよ、でも パトレイバー2は前戯だよな、確実に。




絵柄の話なんだけど、どんどん写実的になってんだよ、絵って。60年代ってデフォルメ効いた手塚タッチの作品が多かったでしょ、三頭身ぐらいの。 で、70年代に入って頭身が上がってきて、デフォルメ効きながらも大人びてきたんだな、子供でも。80年代ではいよいよアニメファンが台頭し 色々ゴージャスに、そしてマニアックになってきたんだよ。デフォルメ効きながら大人びた子供の肉感だよな、で、表情も増えて、端的に言うと顔面デラックスな時期ね。 そして90年代、80年代のゴージャスな感覚が落ち着いて鮮麗されてきたんだよ、どーいうことかというと、色合いから始まって なによりも目なんだよ。もちろん大きな目もあるんだが、段々小さくなってきたんだな。落ち着いてきたんだ。そして90年代後半ですよ。 ポケモンとエヴァ、共通するのは目の小ささ、鮮麗された色合い、バブリーでもなければ屈折でもないという極めていいバランスの上にポケモンとエヴァが誕生したんだよ。 で、00年代始まってまた目がクソでかくなって、色合いも派手になって、デジタルになってエロアニメの質が向上し、マニアックなタッチが所を得た感じになって 10年代になって線が細くなり、身体はリアルに顔は目が大きく鼻が小さく骨格もがりがりっていうさ、表情も写実的に、デフォルメがなくなってきたというね。 写実的にマニアックでもなければ、デフォルメ効きすぎて幼いってワケでもない、ちょうどいい時期に90年代後半があったんだな。 何度も言うけど、絵柄によって進化したのはエロだけですから、マニアックに書き込むというところでね。質自体でいえば70年代からいけるんだけど。

音楽もそうだよな、80年代まではアニメどころか映画音楽もそんなに注目されてなかったんだよ、日本では。それが90年代辺りから変わってきたんだね。 特に90年代はゲーム音楽もすごいしね、洋楽も暗いの出てきて、涅槃を奏でまくった時期。本当。

特にいいのは、まあ、ラプラスにのっては、俺の葬送行進曲だからあれなんだけど、 ミュウツーの逆襲の奇跡の涙とかルギア爆誕のはてしない世界やtoi et moiとか、ポケモンはらはらリレーとか プール(11才の夏)大樹となかまたち、旧劇の閉塞の拡大(前半)とか、デ・ジ・キャラットの「ringringring」  (「Ready Go!「と「気ままにalamode」は2002年だったわ)とかルナの「風のノクターン」etcetcetc・・・ 端的に「超えてる」ンじゃないすか?特に奇跡の涙の前半部はポケモンの黄昏を奏でていますよ。




声優。よくいう三段法だよ。1.60年代~80年代前半、2.80年代後半~90年代前半、3.90年代後半~現在。 こういう違いだよな。1の頃はリズムテンポは悪いが生活感のある声。3はリズムテンポはいいがのっぺりとした声。2がその中間。 そう、ポケモンとエヴァはぎりぎり2の余韻が残っている時期での声だった。そういう意味で、最後の素朴さ、生活感ってワケ。安心ってワケ。 本当に3が3の質になったのはやっぱり21世紀入ってからかな。兆しは90年代後半からあったってことでね。10年代入って本格的に死んだ。マトモにしゃべれないというね。

ゲームもそう。どうしても90年代後半と00年代初頭とじゃ大きな開きがある。 KANON99年でしょ、こみぱもそうでしょ、どうしても00年以降のフィーリングはないんだよ。 PCげーだけでなくて、家庭用も。GBですらそう。音楽もね。

ただ90年代後半って書いたけど、結局97年以降なんだよな。96年のサクラ大戦、これはゲームだけど、やっぱりまだ90年代前半のフィーリング。 セーラームーンも96~97年のスターズに至っては古臭いイメージに。97年の2月か3月に終わったんですよ、そこからかな。 だからポケモンってのが、デカいんじゃないですか?実際97年以降って気がする、本当に寝たのはね。サクラ大戦2は寝てたんじゃないですか? ただ、寝てたからといって、合わないのもあるワケだから。合う作品はそれこそ宗教出来るぐらいのムーブメントが誕生するんだけど 合わない作品は従来通りに消えていくというね、というか、雰囲気ばかりに酔って中身ぐだぐだっていう作品との落差がすごいんだな。 ありますから、エヴァっぽいのをめざしたのか雰囲気だけで、辛気臭くてなんにもならない作品はね。




色んな意味で寝てるんです、これはすごい。もう二度と現れないし、もう二度と来ないと思う。こういう才能と技術と時代のマッチは。 ポケモンが日本最後の輝きと言ってもいいんじゃないすか?ガラパゴス、独自の文化ね。今以上の文化の展開ってないと思うからさ、漫画アニメ映画ドラマ音楽小説スポーツゲームetc・・・。


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