夢であったもの・・・ 夢の中でね、俺二本のアニメと出会ったんよ。どっちも三回ぐらい見てるかな。ここしばらくは観ていないけど。 まず最初はななこSOSの続編みたいなヤツ。ななこっぽいルックスなんですよ、で虫っぽいんだよ。どういうことかって言うと俺もよく分からないんだけど ともかく虫っぽいんだ。なんていうか、虫のアーマーというかね。そういう感じ。で、画質が完全ブラウン管サイズなワケ。分かる? 色褪せていて、で、ノイズなんかもちょっと出たり・・・。で、話の欠片しか知らないのよ。どんな話かもしらない。 なんか戦っていたような気がするけどな・・・で、俺はDVD欲しがっているんだが手に入らないというね、夢の中で。そういう奴。 そしてもう一つがね、美少女アニメなんかな。たくさんの美少女たちの話。男は一切いないんだよ。絵の感じはおそらく00年代初頭、4:3なのかな 話は一切見ていない。ただ棚にそのDVDがあるんだよ。結構あるんだ。で、俺はその作品の事を考えるだけで安心するんだよ。 なんていうか・・・暖かいというかね、そのアニメには俗なものが一切ないんだ。声優とかいう概念もなかったし、スタッフも。ただそこにあるっていう。 俗な感じ、汚れた感じ、一切ない。ただ暖かみがある・・・DVDのパッケージは夜、雪、空から俯瞰して美少女たちを映している・・・ 美少女なのかは分からないけど、感覚としては素朴にかわいいというか・・・一度も本編見ることなく終わっちゃったんだよな。 また観たいですけど・・・でも、少なくともこの世のものじゃないよな。少なくとも、その見てもいないアニメに対する感慨はいつも「完璧なアニメ」。 ・・・ エスパー魔美ってTVアニメ史上最強の作品だと思うんですよ。 規制、作画、声優、ストーリー。 まず規制。規制が緩かったからこその美少女中学生のヌード満載。サービスシーン多し。つまりとってもセクシー。 これ以降この作品を超えるセクシーなアニメはついぞ出てこなかった。時代の勝利といったところ。 で、作画。藤子関係のアニメは80年代後半から90年代前半までが最も作画の安定していた時期だと思う。 ドラえもんも笑うせえるすまんも藤子AF問わずのOVAも。そして本作ね。 声優もすごい。なんと言おうと横沢啓子。アニメ史上最高の魅力的な美少女を演出。ちょっと越えられないね。 最後にストーリー。80年代後半のシリアスでちょっとマニアックで背伸びしたフィーリングとバッチリあった作品。 これは規制の面でも言えるね。90年代にもシリアスはあったんだが、80年代の濃い「それ」とは質も雰囲気も違う。 で、アニメって幼児向けと大人向けで二分していると思うんだけど、本作はその中間のいちばんいいところに座っていたと思う。 つまりエスパー魔美は作品を構成するすべてが濃かったということ。 また藤子Fのロリコン趣味が頂点にいっていたというのも見逃せない。本作は二度と戻ってこないアニメ黄金時代をそのまま伝える時代の玉手箱だった。 最も濃厚な時代に誕生した最も濃厚な作品だった。 でも俺エスパー魔美見たことも読んだこともないしな。 あの、俺エスパー魔美見れないんですよ。観てないとかじゃなくて、見れない、見ちゃダメ、絶対に無理。 なんでだと、ジェラシーなんだな。ネット上の情報でちょっとわかるじゃないすか、どういう作品かとか。 それでもうだめだと。ね、すごい魅力的な作品だと思う。でもね、高畑なんですよ。高畑君。良いやつだと思う。 ネット上に落ちている少しばかりのシーンから見ても、良いやつですよ。でもね、顔がね、体型・・・俺はね、美少女と美少年ならいいと思うんだよ。 それか美少女とフツー、その逆もいいけど・・・じゃあね、高畑君はね、デブだと、ブスなんだと。多分俺は魔美が好きなんだと思う。 ま、ミーハー感覚でね。一つアイドルとしてみてるんだと。でもそのアイドルがね、例えば現実で捉えて欲しいんだけど、 そのアイドルが男前とかさ、いわばルックスの良いやつと結婚したら、ま、落ち込むかもだけど納得はできるじゃん。 でもそれこそさ、自分らファンと同じようなルックスの不細工と結婚したらさ、なんか「え?」ってなるじゃん。「俺の可能性出てきた」とかはならないと思うんだよ。 百年の恋も冷めるっていうかさ・・・男女逆でも同じことになると思う。それにさ、本作だけ藤子作品の中では異端なワケ。 それ以外はさ、上位の女のコと下位の男のコみたいなのが多かったと思う。下位の主人公が上位の異性に好かれるという、ま、少女漫画でもありがちなヤツ。 本作は違うのよ。上位同士。いや、ルックスは魔美で、知性は高畑・・・妙にリアルっつーか、なんか関係性が生々しいワケ。 それを象徴するのが高畑。小太りの天才。なんかすごい生々しいワケ。体型すら生々しい。なんだろうな。お前じゃダメなんだと。なんでだと。 それこそのび太的なヤツでね、いや、ルックスすらのび太そのままでいいんだ。 もしそうだったらばエスパー魔美は俺のマイベストになっていたかもしれない。でもそうじゃないからな。 総括して、俺のジェラシーなんだよ。やばいって本当。エスパー魔美のジェラシーぶりはやばいね。これまたTVアニメ史上最強だと思う。 俺絶対見れないよ。高畑。お前、どうすんだ。観れないから、ジェラシー妬いて。自意識過剰なんかじゃないのよ、魔美がセクシーなのが悪い。 あの魔美を抱くデブ高畑・・・抱くなーっ、いや本当生々しいよな。黒澤明が嫌うクソリアル。リアルなのはそこそこでいいのよ。 この作品は本当ヤバいと思う。ヤバすぎて観れない。観たら頭狂っちゃうね。やばいっすよ、死ぬまで見れないよ。もしこの作品を俺が見ることがあったら もうその時は今の俺はいないと思ってくれ。それが俺にとっていいことなのか悪いことなのかは分からないけど、少なくとも俺は変わっているハズ。 まーでも昨今の糞みたいな規制ブームからして、今度メディア化・・・BDとかになったら、それが手に入れる最後のチャンスになるかもしれないからね。 手には入れるけど見ないみたいな。あると思います。・・・考えたら宮崎駿は良いやつなんだよ。美少年と美少女の公式を絶対に崩さないから。それは偉い。 ・・・ アスカはもういいんですよ、ある意味ではね。ただこういう流れを見ていくと、 つまり長寿アニメの締め方を見ていくと、光哀は確実にくるんだなと。 小学校のころはコ哀だったけど、中学の時に光哀になったんですよ。 感覚で言ったら、コ哀も光哀も確実なんだよね、ただ理屈でいえば、コ哀はありえないんですよ。 だってコナン君が元に戻って蘭と結ばれないと、これまでの20数年ってのはただの茶番になってしまうから。 まずコナンと灰原がゴールインすることはあり得ない訳。で、コナンはもどらなくちゃならない。 じゃ、灰原はというと、戻らなくてもいいわけ。理由がないから。人生の再構築という意味でも子供のまま過ごすオチだろうと。 そうなると光彦しかありえないワケだ。光彦くんってのは可愛いからね、頭いいし、顔もいい、で、嫌味がない。 完璧なカップルだと思うけどね。光彦より実年齢上な灰原、いわば姉さん女房、俺は光彦はそういう関係性で上がると思うけどね。 同年代とか後輩とかじゃなくて、なんかね、コナンとの関係性からしてもそうだけど、弟分ってのが抜けないんだよ。 お姉ちゃんもいたけどさ、そーゆーワケで優等生ながらナンバー3に甘んじる光彦ってのがいいわけだ。 なにより敬語キャラ、紳士、で、灰原をリスペクト、灰原もそういう関係を楽しんでいる、と、楽しい以外ありえないじゃないかお前。これは賭けてもイイ。 ・・・ なんつーか、エヴァって旧劇までだったんじゃないかなって改めて思うんだよね、前から思ってたけどさ。 まあ新劇だったら破まででもいいかもしれないけどさ、以降は絵が変だし。なんだろうな、別になんかあるってワケじゃないけど やっぱ旧劇までなんかな。世紀末のムード、アナログ、で、シンアスでしょ、やっぱ旧劇までなんかなあ、不思議やなあ。 ・・・ 映画がすごい文化ってなったのは金になって、次に芸術性が認められたから。凄い人たちが出てきたからね。 凄い人たちっていうのは自分を活かしてくれるところに行きますから、だから映画はすごくなった。 アニメも同様に。その中でいうと役者もそうね。 で、現状ですよ、彼らすごい人たちがそういう文化を「高めた」ワケだけども その高めた先にどんな輩が活躍しているかというとしょーもない輩ばかりというね。 でも「文化はすごい」ってことになってるから、「その文化で活躍している人もすごい」ってことになって、しょーもない輩はチヤホヤされるんだね。 認められていない時期の方がすごいやつらばかりで、認められて以降はクソばかりってのは皮肉っていうか、バカらしいよ。 ・・・ 虚構をぶち壊す方法 映画でもドラマでもアニメでも漫画でも、結局虚構世界ってのは最低限の約束事があるから安心するワケ。 前提としてね、表でも裏方でも、厳しかったりするかもだけど最低限は守っているだろうと。 だから例えば殺人を起こしたヤツがいたら、一気に安心できなくなる。急に現実が頭に入ってきて、虚構にハマれなくなる。 虚構>現実が現実>虚構に・・・。 押尾学がそう。それまでは普通に見れたのに、殺人となると一気に生々しい存在としてしか捉えられなくなる。 既に虚構世界の住人ではなくなるというのだ。 次に薬物だが、これはそこまでって感じだな。ヤクザとか色々あるんだろうけど自分の中の話だから。一応禁止されていない国もあるみたいだし。 じゃあヤクザ関連、これはキワキワかもしれないな。たまにヤクザとの写真が出回ったりするけど、何とも言えない。ま、薬物と同じぐらいかもね。 じゃあ次はと言えば風俗落ち。これは殺人に匹敵する。本当。いや、それ以上かもしれない。 日本で一番虚構をぶち壊した女優と言えば小沢なつき。本当にヤバイ。ドラマの主演を務めアイドルとしていくつかの曲を作り映画も出て・・・ からのアダルト女優ですから。もう昔の作品もマトモに見れませんよ。例えば島田陽子もAV落ちとか言われたけど ソフトAVという実際の性行為はなしの芸術品(イメージビデオ的な)になっていたんで、あれはいくらAVという名称だろうと限りなくグラビアレベルだった。 ここまで落ちたヤツはいないと思う小沢なつき。ちゅうかなぱいぱいというドラマの主演者ですよ。戦隊ものの女性ヒーローがAV女優になったらどう思う?そういうレベルだぜ。 次には小向美奈子、こっちは現役のAV女優ですから。ドラマとか色々あったんだろうけど、一番はアニメホイッスル。こいつのせいで主題歌も変わり オリジナルキャストでの映像は見れず、ボイスリメイク(全員)された版しか観れないというね。 そして七海まい(松野井雅)。マシュマロ通信の主題歌でお馴染み。借金とかでなくてフツーにAVデビューした。 マシュマロ通信の世界観と真逆の生々しさ、やってくれたなあ。 AV女優がバレて解雇された声優・石原絵理子も有名だ。「北へ。」とかメモリーズオフとか、有名タイトルの美少女キャラを担当し 地上波でもレギュラーがあったりと割にキャリアが豊富な彼女、とーぜん北へ。もメモリーズオフもリメイクボイスとかないので、 そのキャラクターたちは永遠にその汚れちまった悲しみを抱えていくしかないのである。あー美少女キャラが。 AVは生々しさがダンチですから。アダルト、風俗、虚構と生々しさね、真逆のそれね。これを考えたらエロゲ声優とか ただのアングラ芝居っすよ、安心ね。エーロエロゲ エロゲロゲ 最後にフツーの一般人としての姿を見せまくってしまうということ。テレビとか雑誌とかでの日常シーンって どうしてもプロの手が入ったり事務所だったりの意向が入ったりするので、また一般人併せプロ(虚構半)としての自分を出しているので 虚構は潰れない。しかし芸能界を辞めて一般人になり、急に日常を語りだしたら?そしてめっちゃ生々しい話だったら? ネット上で有名なアイマスの雪歩の初代声優なんかがそれなんだろう。虚構も糞もない。ぶち壊しよ。 そして個人的には柴田由美子。声優ね。恐竜時代とかリアル麻雀とか聖闘士星矢とかで活躍していたんだけど 最後には仕事がエロアニメしかなくなって、で、廃業したのかな。で、今ユーチューバーやってます。 5000再生ぐらい。声の仕事やってたからってナレーションとかするんだよ、で、生活も楽じゃないらしい、離婚したらしいし。 もうね、生々しいわな。虚構ぶち壊しよ。リアル麻雀もちょっと距離置いちゃったですから、ちょっと戻って来たけど。 じゃあ昨今激しい役者たちのバラエティ進出。やっぱり虚構はないね。 でもあれだね、彼らを役者でなくタレント、アイドルとしてみれば合点いくんだ。 徹子の部屋はドラマだよな、虚構ですよ、あのセットと徹子が生々しさをかき消してくれているんだ。 そういう意味じゃね、やっぱ戦前戦中世代はすごいんですよ。だからこそ作品もすごかった。 どういうことかと言うと、殺人だったりまた人には言えないことをやっていた、やらざるを得なかった時代を 生きた人々が虚構を作ったというね。今じゃ全員タブーだろう人々が虚構を作る もう「超えていた」ワケ。超える、分かるね。全員がタブーだったからできた豊かな創作時代だった。 平成で完全に消えたけど。 ・・・ 芸能界全体に言えることだが、徐々にトップ基準が下がってきたということだ。 例えば声優、いわゆる山田康雄だったり富山敬だったりが、今の声優業界や役者業界だったらば役者を志していたかどうか。 答えはノーだ。そういう意味で、彼らのような当時からしてすげー才能あるダンディなオトナってのが、現状芸能界に入らないのだ。 永遠に続くものはない。芸能界はここ100年にできたものであって、だからあと100年続くかどうかは分からない。 そして100年という文化を考えると、その中間あたりが最もおもしろかったんじゃないかと思わせる。 その点、彼らは良い時代に生きたということ。そして大切なのは、良い時代があるということは悪い時代があるということだ。 現代は既に終わった「後」なのでもう何もいうことはないかもしれないが、そういう上の基準が下がり、つまり しょぼいやつらを「名優」とか広告代理店や内輪業界が無理に持ち上げようとする、信者がそれを喜ぶ、そしてまた 界隈が内輪的になり、軽薄になり、そしてまたも上の基準が下がっていくという・・・ 俺が生まれたときにはほとんどそうなっていたのだよ。そういう意味で山田康雄とか富山敬が死んだ1995年ってのはある種のメモリアルだな。 ほんと芸能界ってなんなんだろうね、その域に達していない変な輩ばかりが蔓延して、で、従来のプロ以上に表に出張ってくる。 誰でもいいところに入って必要以上に持ち上げられる、地に足着かない浮つき、何にもないんだ、ゼロだよゼロ。 虚構に次ぐ虚構、痛みとかそんなもんはない。マトモに喋れないし、まともに演技できない、積み重ねもない、既に芸能界は終わっている。 作家とかもそうでしょう。未だピークが黒澤、宮崎だぜ。今後100年、新たな文化の創造が待たれる。あったらね。 ・・・ オトナ帝国。良い映画にありがちな「これは良い映画だから正しい思想なんだ」と思いこんじゃう素敵な例がこの映画。 しかしこの映画、もう終わっている。大体、昔を懐かしむ、これの何がいけないのかと。 この映画の基本テーマ「今より昔を大事にするな、昔にこだわる奴は哀れ、今を見つめろ」は資本家の考えだった。 昔より今の方がいい、昔より今の方が進歩している・・・資本の構えだ。俺たち人間の営みには資本の考えは通用しない。 大体、この映画は21世紀の始まりの時期に作られた。つまりまだ21世紀に希望が持てた頃だと。 しかし現状どうだ。20年経たないうちに決着がついてしまった。20世紀の方が良かったと。 20世紀こそ人間が人間らしく生きられた最後の時代だった。21世紀、完全にデジタルに支配されてしまった。 これが現実だ。あれは素晴らしい映画だが、描かれているのは2001年時点での「ぼんやりとした希望」だった。 ぼんやりとした希望は現実にぶち壊された。残っているのは殺伐な21世紀だけ。 野原家も今見るとエリート一家だ。あの映画自体が旧時代の遺物だった。だから、あの映画そのものが「ノスタルジック」だった。 FC2無料カウンターFC2無料カウンターFC2無料カウンターFC2無料カウンターFC2無料カウンターFC2無料カウンターFC2無料カウンターFC2無料カウンターFC2無料カウンターFC2無料カウンターFC2無料カウンターFC2無料カウンター
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