緋い記憶

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子供の頃、消防車に興味があり、
日曜日によく父に消防署に連れていって
もらっていました。
その頃の写真。

(習志野市中央消防署。多分1986年3月撮影)
退息所

(習志野市中央消防署のはしご車と救助工作車。
この顔のはしご車は結構珍しいです。
当時としても相当に旧い車)
退息所

(市原市の出光興産の構内の消防署。
この時は私はおりませんで、
父が仕事中に撮ってくれた写真)
退息所

(高所放水車が3台も並んでいるというのは、
自治体消防ではまず考えられない光景です。
左の1台は2節、右の2台は3節ブームの放水車)
退息所

(成田消防署赤坂分署の〈右から〉シュノーケル車、
大型化学車、起震車)
退息所
(起震車というのは地震を体験できる車です。
当時は県内でも数台しかいなかったのではないでしょうか)

シュノーケル車
退息所

シュノーケル車(空中作業車)は当時、
千葉県内に
千葉市北消防署(現在の花見川消防署)にボンネットのものが1台
船橋市北消防署に同じ顔のが1台。
市川市高谷出張所に、やはりボンネットのがいたそうです。
これは直接顔を見ておりません。
そして上の、成田の1台。

(船橋市北消防署)
退息所

(左奥にいるのがシュノーケル車)
退息所

(同署のはかい放水車。パワーショベルを改造してつくった車。
サソリの様に突き刺して、中に放水する全国的にも珍しい車。
船橋にはこれが、確認しただけでも3台いました)
退息所

ボンネットでないものですと
茂原市の中央消防署に1台。
八千代の米沢分署に1台、
市川市の西消防署に1台

(茂原の中央消防署、左端にシュノーケル車)
退息所

(同署のシュノーケル車と救助工作車)
退息所

私の知らない車がおそらく松戸や柏にも
いたのではないかと思われます。
向こうは大分後になってから連れていって
もらったので、その頃にはもう新しいはしご車に
更新されていましたから。

高所放水車は
行徳にある市川市南消防署に1台いました。
2節ブームだったと思います。

(市川市南消防署の大型化学車と高所放水車)
退息所

県内の自治体消防で「バスケット無し」の
純然たる高所放水車があったのは、
ここだけだったと思います。

上の出光興産のように、
工場の構内の消防署にはたくさんいたんですけどね。

「バスケット付き」つまり
実質シュノーケル車と同じの形の
高所放水車は、
千葉市に2台。市原市に2台。君津市に1台いました。
全部三菱の車でした。

千葉市の1台は「め組の大吾」の東条マート火災で
出て来る、あの車のモデルです。
退息所
(大吾のいる消防署のモデルは
この、千葉市臨港消防署高浜出張所だそうですが、
そこにいたこの高所放水車もそのままモデルになりました)

本当はこの種の車は、
海浜工業地域の消防署にみられるもので、
従って大型化学車、泡原液搬送車とセットに
なって車庫に納まっているのが普通です。
高浜もそうです。右が大型化学車。

上に挙げた高所放水車達も1つの例外を除いて
「3点セット」になってました。

ただ千葉市の臨港消防署のみ
大型化学車が耐爆装甲化学車になっていたため
「3点セット」とは認められず
高浜と同じ車なのに、高所放水車という
名前を名乗ることを許されず「屈折はしご車」扱いでした。

(千葉市臨港消防署。これがこの署の全てではないですよ。
凄く大きい消防署でした)
退息所

(高浜と同じ仕様なのに、右の化学車が普通の化学車では
なかったというだけで「屈折はしご車」扱いにされた
高所放水車。右の 耐爆装甲化学車は全国的にも有名な車で
子供用の消防車の本によく登場しました)
退息所

(耐爆装甲化学車の出初め式風景。1987年?
大分あとの1992年の出初め式の時にもまだ
生き残っていて、出初め式の帰りにコンビニに寄っていました)
退息所

(市原市中央消防署五井分署の耐爆装甲化学車。
千葉市のものより古く、ごつい。耐爆装甲化学車は
今やもう完全に絶滅してしまったのではないでしょうか。
写真の彼等も一代限りで普通の化学車に更新されてしまいました)
退息所

何故、昔の消防車ってこんなに美しいんだろう?




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