解決のため「もはや隠すことない」 蓮池薫さんが初めて語る拉致体験
拉致被害者の蓮池薫(はすいけかおる)さん(67)が5月に、新著「日本人拉致」(岩波新書)を出版しました。北朝鮮で見聞きした秘密工作機関の組織名や工作員の名前、日本人拉致被害者の状況について、初めて詳しく記しています。
これまで公に語ってこなかった事実を、なぜ今回、明らかにしたのでしょうか。蓮池さんは5月末、新潟県柏崎市で朝日新聞のインタビューに応じました。
現れた北朝鮮工作機関の幹部 「立派な革命家になれ」
――1978年7月31日、帰省中の柏崎市の海岸で、後に妻となる奥土祐木子(おくどゆきこ)さん(69)と一緒にいたところを北朝鮮に拉致されました。今回の著書では、北朝鮮での24年間の体験を、相手の名前なども含めて詳細に記載していますね。
「拉致したのは、朝鮮労働党工作機関の対外情報調査部です。北朝鮮到着後間もなく、金正日(キムジョンイル)書記(当時)の側近という姜海竜(カンヘリョン)副部長が現れました」
「姜氏は『わが国はすばらしい国だ。いろいろ学び、立派な革命家になったらいい』と言い、拉致実行犯のチェ・スンチョル容疑者(日本の警察当局が国際手配)も『偉い人になって日本に戻り、大きな仕事をしたらどうだ。そのために北朝鮮で学んだらいい』と語ったのです」
――「立派な革命家に」「大きな仕事」とは、どういう意味ですか。
「私たち拉致被害者を工作員として利用しようとしたのでしょう。まず、朝鮮語の勉強をさせられました。同時期に拉致された地村保志(ちむらやすし)さん(70)と2人1組にされ、北朝鮮への忠誠心や、日本が植民地支配したことへの罪悪感を植えつけようとする思想教育を受けました」
「(国家主席の)金日成(キムイルソン)氏や、(後に総書記となる)金正日氏の誕生日などには、『偉大な首領様のため命を捧げて戦う』との宣誓もさせられました」
「拉致被害者は2人1組で『招待所』という施設で共同生活を送りました。祐木子は増元るみ子さんと、横田めぐみさんは曽我ひとみさん、後に田口八重子さんと一緒に暮らしました。若い女性を多く拉致したのは、拉致した日本人女性を工作員にしようという意図もあったのではないかと思います」
入学命令の中止 金正日氏のメンツ?
――しかし結局、日本人拉致被害者は工作員にならなかったのですね。
「私たちは工作員養成機関の金星(クムソン)政治軍事大学(後の金正日政治軍事大学)に入ると言われ、びくびくしていました。しかし、何カ月たっても入学の命令が出ないまま中止されました」
「日本への帰国後に知ったのは、78~79年ごろ、マカオやレバノンから拉致された女性らが工作員として国外に派遣された際、逃亡を図る事件が相次いでいたことです。それで北朝鮮は、拉致した外国人を工作員として利用するのは危険だと判断したのだろう、と今は考えています」
――工作員にさせることができないなら、拉致被害者は用済みとして「処分」されてしまう危険もあったのでは。
「そうならなかったのは、日本人拉致が金正日氏の指示で行われたからでしょう。拉致は無駄だった、という結論になると組織のメンツが立たないので、何かの役に立ったことにしなければならない。それで私たちに、工作員の日本語教育係という新たな任務を与えたのだと思います」
――日本語を教えた相手の名前や性格なども、著書に詳しく書いていますね。
「79年暮れから89年にかけて、12人に教えました。教師の経験もないのに『日本人らしく見える話し方を教えろ』などと無理難題を押しつけられたが、命令どおりやるしかありませんでした」
「でも、担当した相手の多くは学習意欲や語学能力が足りず、12人のうち10人は秘密工作の任務にほとんど関与しないまま、第一線から外されました。自分が教えた相手が悪質な工作活動に関与しないよう願っていたので、この結果には安堵(あんど)しています」
――日本語教育係の仕事が中止されたきっかけは、87年の大韓航空機爆破事件だそうですね。実行犯として逮捕された金賢姫(キムヒョンヒ)元死刑囚が韓国当局に「李恩恵(リウネ)という日本人拉致被害者から日本語教育を受けた」と供述しました。
「金元死刑囚に日本語を教えたのが『高恵玉(コヘオク)』だろうということは、何となくわかりました。田口八重子さんが北朝鮮でつけられていた朝鮮名です」
「武田信玄」の資料も翻訳
――その後、蓮池さんたちは日本語の新聞や放送の翻訳係となったそうですね。
「ええ。97年に拉致被害者家族会が結成されたことも、日本の新聞記事で知りました。90年に金丸信・元副総理が訪朝する前には、金丸氏が尊敬する武田信玄に関する資料の翻訳を命じられました」
「2000年夏には対外情報調査部の担当副部長から、『柏崎の海岸から船で沖合に出て遭難し、北朝鮮の船に救助された』という虚偽のシナリオを覚えさせられました。ところが、02年に小泉純一郎首相の訪朝が決まると話が変わり、『シナリオは説明しなくてもいい』と担当の幹部から言われました。同年9月17日の日朝首脳会談で、金正日氏は姿勢を大きく方向転換し、拉致を認めて謝罪しました」
――変化の背景には何があったのでしょうか。
「最大のきっかけは、よど号ハイジャック事件の実行犯メンバーの元妻が02年3月に、欧州での有本恵子さん拉致に関与したことを認め、日本の裁判で証言したことだったのではないかとみています。日本人拉致を『でっち上げだ』と強く反発してきた北朝鮮当局が、抗議をせずに拉致を間接的に認めるかのような立場を表明したので、私はとても驚きました。北朝鮮も対日交渉を成功させるため、事実を認めるしかないと判断したのではないかと今は考えています」
「いつかは話さなければと思っていた」
――蓮池さんら拉致被害者5人は02年の帰国以降、日本政府や拉致被害者家族には内々に証言を伝えてきた一方、公表することは控えてきました。3年前の朝日新聞のインタビューでも、「拉致被害者の安全や日朝交渉への影響への懸念があるから話せない」と答えています。
「いつかは話さなければならないと思っていました。有本恵子さんの父・明弘さんが今年2月に他界され、(日本政府に認定された)未帰国の被害者の親で存命なのは横田めぐみさんの母・早紀江さんだけになってしまった。もう時間がない中、もはや隠すべきことなどありません。北朝鮮に『拉致問題は解決済みだ』と言わせないためにも、自分たちが知った事実を明らかにして日本の国民世論に訴えたい、と考えました」
――もっとも強調したいことは何でしょうか。
「横田めぐみさんや田口八重子さんら8人を『死亡』とした北朝鮮の発表については、矛盾が多く裏付けがない内容で、とうてい納得できないということです」
「拉致問題の交渉は日朝の国交を正常化してからやればいい、という主張があります。しかし、拉致問題を棚上げにしたまま国交正常化を進めても、その後も北朝鮮は『解決済みだ』と繰り返すでしょう。結果として拉致被害者が見捨てられる結果になりかねない。とても危惧しています」
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北朝鮮による日本人拉致問題
北朝鮮が1970年代から1980年代にかけて、大勢の日本人を北朝鮮に拉致しました。日本政府が認定した被害者は17人で、うち北朝鮮は13人の拉致を認めましたが、拉致された疑いが拭えない日本人失踪者はさらに多数います。関連ニュースをお伝えします。[もっと見る]