美郷町がどう解釈したにせよ、当家と志ら梅の湯川家は親戚ではありません。「筆の跡」という本から確認済み。
本なので簡単に。この湯川家は伝承が正しければ武田家の一族の末裔だとのこと(諸説あり)。
なお佐竹一族と甲斐の武田氏は元は同じ血筋です。
龍角散の原料を美郷町で作る経緯は、
江戸期の六郷では甘草が栽培されていた
六郷町史に藤井父子が出身だとある
つまり六郷出身の親子と思い込み、薬草栽培を始めたのが美郷町でしたね。
しかしながら玄信、玄淵を親子とするには年代が合わない。龍角散の原型は水戸の〜とは何度も説明しましたね。