性悪説、性善説みたいな話だけど、皆が皆自分可愛さ、身内可愛さってあるよな。当たり前に。
だから保守批判の左派とか心底受け入れられないのかもしれない。
彼ら、保守をとことん嫌うのは自身が保守でないとする根拠を他人の保守性の批判にしてるだけでしょ。
性犯罪者が性犯罪批判して自身の更生を保とうとするのと同じようなものかも。
思想が違う相手にはとことん差別的に見下した言葉だろうが構わず使ってボロクソに批判したり嫌悪するけど、自分事や身内事になるとこれは差別じゃないやらデマじゃないやら言い訳ばかりで滑稽になる。
さらには自身の痛いところを身内と思ってた人が指摘したら極右になったとか言って何も聞き入れなかったりして、下手に保守派とされてる人よりめちゃくちゃ保守っぷりが前面に出てくる。
人として無様すぎるんだよな。
日本人批判する時も彼らためらわないのはその“日本人”の中に自分がいなくて、“自分は違う”“自分は反省している”“自分は差別的じゃない”等と全て自己申告性の保身が出来ているからズケズケと批判できる。
でも本当に批判が自分に向けられた時には耐えられないから保守しぐさになっちゃう。
保守批判しながら結党100周年とかめちゃくちゃ誇り持ってるのも滑稽すぎる。都合の悪い歴史は修正してるしね。どの口で他所を責めれるんだ。
そもそも保守や全体主義に反する人って保守のように群れたり、寄ってたかって叩いたりして悦に入らない。
集ってデモしてシュプレヒコール上げて、カウンターとか言ってみたり。あれのどこが左派なのか。
チー牛とかネトウヨとか世の有象無象に好き勝手にレッテル貼られて馬鹿にされても我関せずと立派に生きてる男性達や、フェミアンフェやら男女対立のいざこざに絡まず他人は他人と個々に生きてる立派な女性方々こそが一人一派や多様性があり、左派リベラルを自称する方々よりよほど左派的であると思う。
とりあえず保守に対しての左派とか言う欺瞞はもう世界的にやめて良いと思う。
集ってデモしてシュプレヒコール上げて、カウンターとか言ってみたり。あれのどこが左派なのか。 それはふつうに左派の自然な姿だろ…なにいってんだこいつ