導入迫る離婚後の共同親権、学校に影響は? 専門家に聞く

導入迫る離婚後の共同親権、学校に影響は? 専門家に聞く
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 昨年成立した改正民法によって、導入まで1年を切った共同親権。これまでの日本では、両親が離婚すると父親か母親のいずれか一方が子どもの親権者となる単独親権しかなかったが、父母双方を親権者とする共同親権も選べるようになった。近年、結婚した3組に1組は離婚していると言われ、学校現場でも、両親の離婚問題に直面していたり、すでに離婚を経験していたりする子どもも珍しくない。離婚は基本的には家庭の問題であるとはいえ、共同親権が導入されると学校現場や子どもの学校生活にはどんな影響があるのだろうか。専門家に取材した。

共同親権のポイント

 父母が離婚してからも子どもの利益を確保することを目的として、2024年5月に成立した改正民法では、子どもを養育する親の責務として、父母が親権や婚姻関係の有無にかかわらず、子どもの人格を尊重し、子どもを扶養する責務を負っていることを明確化。子どもの利益のために父母は互いに人格を尊重し、協力し合わなければならないと規定している。

 その上で、離婚後は共同親権か単独親権かを選べるようにすることや、離婚の際に養育費の取り決めをしていなくても、子どもの監護を主に行う親は、もう一方の親に対して一定額の法定養育費を請求できることなどを定めている。

【図】共同親権でも親権の単独行使ができるケース・できないケース
【図】共同親権でも親権の単独行使ができるケース・できないケース

 共同親権は文字通り、親権は父母が共同で行うのが原則だが、一方の親が親権を行使できない場合は、もう一方の親が行使するとされている。さらに例外として①監護教育(子どもを監督・保護し、教育する権利義務)に関する日常の行為をするとき②子どもの利益のため急迫の事情があるとき――は、親権の単独行使ができるとされている(=図)。

 ①とは、日常生活の中での監護教育に関する行為で、子どもに重大な影響を与えないものを指す。例えば、子どもの食事や服装、短期間の観光目的の海外旅行、一般的な医療や通常のワクチン接種、習い事、高校生の放課後のアルバイトの許可などが当たる。

 日常の行為に当たらないものとしては、進路に影響する進学先の決定、子どもの転居、心身に重大な影響を与える医療行為の決定などがある。これらについては、父母の双方が協議して親権を行使することになる。なお、財産管理は監護教育に当たらないので、やはり共同行使の対象だ。

 親権の行使が間に合わず、子どもの利益を害する恐れがある場合も考えられる。それが、②の「子どもの利益のため急迫の事情があるとき」だ。例えば、子どもが事故に遭い、緊急手術が必要であるときや、入試の結果発表があり、入学手続きの期限に余裕がないような状況が想定される。

共同親権をそれほど恐れる必要はない

共同親権が導入された後の学校の対応について解説する池田弁護士=撮影:藤井孝良
共同親権が導入された後の学校の対応について解説する池田弁護士=撮影:藤井孝良

 こうして整理すると学校や病院が関係する事柄が多いように思えるが、共同親権の制度設計を議論していた法制審議会家族法制部会の委員である、くれたけ法律事務所の池田清貴弁護士は「婚姻中は双方が親権者なので、今でも共同親権だ。それが離婚後も続くと考えれば、基本的に婚姻中の父母と同じ対応でよいのではないか。共同親権が始まったからといって、学校の対応で何か大きく変わるということはない。共同親権をそれほど恐れる必要はない」と説明する。

 ただ、「共同親権を離婚後も選択するような父母は、それなりに子どもに関心があって、別居していても関わりを持ちたいからこそ、共同親権を選択するので、学校に対してもいろいろ言ってくる事態がある程度見込まれるかもしれない。そのときの対処をどうするか、という問題はある」と話す。

 その場合も保護者と学校の間でやりとりをすることの多くは「監護教育に関する日常の行為をするとき」に該当するので、基本的に学校は子どもと同居している方の親から必要な同意を得ればよい。ネグレクトなどで同居している方の親が子どもにとって不合理な判断をしてしまう場合は、逆に別居している方の親に同意を求めることもできる。

 池田弁護士は「親の間で判断が真逆だった場合も、学校としては子どもの利益になると思って同意を求めているので、基本的にはどちらかの親の同意を得ればいい。ただし、同意しない側の言い分が正しいこともあるので、なぜノーと言っているのかはしっかり聞いて判断する必要がある」とアドバイスする。

 問題となるのは、進学先の決定など日常の行為に当たらないものだ。この場合、共同親権では双方の親の同意が必要になる。もし双方の親の同意が難しい場合は、家庭裁判所が請求に応じて親権を行使する親をどちらにするか指定することができる。

 「実際の高校受験などを考えると、家庭裁判所もかなりスピーディーに審理を進めていくことになるだろう。学校としても、そうした状況は把握しておかなければいけなくなるかもしれない。今までのように、家庭内の事情だからタッチしないということでは済まされないかもしれない」と池田弁護士は話す。

子どもが夢を諦めてしまう制度になりかねない

共同親権の導入を危惧する熊上教授=撮影:藤井孝良
共同親権の導入を危惧する熊上教授=撮影:藤井孝良

 しかし、実際には他にもさまざまな問題が学校に持ち込まれてしまうのではないかという懸念は残る。

 元家庭裁判所調査官の経歴を持つ和光大学の熊上崇教授は「共同親権になれば、父母が離婚後も子育てを協力していけるというものではない。共同親権を名目にして、一方の親が、子どもが許可なく転居したり進学したりすることを許さないという主張をしてくることや、子どもが望んでいないのに面会交流を求めてくるようなことが増えるのではないか」と警鐘を鳴らす。

 子どもと一緒に暮らしている親や子ども自身の意向に関係なく、もう一方の親が学校に過剰な要求をしてくることも考えられる。「共同親権だからと、無理やり運動会や授業参観に参加させろと要求してくるなど、学校が矢面に立たされるケースが増えると予想される。父母の間でもめているようなケースに対し、学校が調整に入るのは困難だ。そういう場合は家庭裁判所で判断してもらうことを、学校や教育委員会は徹底してほしい」と語る。そのためには、学校側が共同親権を理解し、毅然(きぜん)とした対応を取れるようにしておく必要がある。

 ポイントになるのは、子どもの最善の利益だ。熊上教授は「共同親権は、子どもが希望する進学なども、一方の親が反対するから諦めてしまうような制度になりかねない。それで悩む子どももいるかもしれない。学校は、そんな子どもの気持ちに寄り添ってあげてほしいし、子どもの権利擁護のためには、子どもの声を代弁する子どもアドボカシーの仕組みを保障することも大切だ」と強調する。

両親の離婚に直面した子どもをどう支援するか

両親の離婚問題が子どもの心理面に与える影響に詳しい藤田教授=撮影:藤井孝良
両親の離婚問題が子どもの心理面に与える影響に詳しい藤田教授=撮影:藤井孝良

 そもそも、こうした問題は現在の単独親権の状況でも十分に起こり得る。今まさに両親の離婚問題で不安を抱えていたり、かつて両親の離婚を経験したりした子どもは、決して少なくない。

 家族カウンセリングが専門の駒澤大学の藤田博康教授は「子どもの様子がおかしいときは、離婚かどうかは別として、家庭の状況が難しくなっていることが多い。ケアが必要な子どもへの対応の中で、教員やカウンセラーが家庭のことをピンポイントで聞くことはなくても、話を聞いていくうちに、両親の不和や離婚問題が背景にあると分かる場面がしばしばあるだろう」と話す。 

 藤田教授は子どもの頃に両親の離婚を経験した大学生たちに、インタビュー調査を実施したことがある。「かつて両親の離婚問題が起こっていたときに、自分の気持ちに耳を傾けてくれる相手がほしかったと話す人はかなり多い。自分の不安な状況を誰かに話してみたいと思っている子どもは少なくない。教員が問題を直接何とかするというよりも、寄り添ったり、話し相手になったりすることが、子どもたちの支援になる」とみる。

 両親が離婚する事態に直面した子どもがどんな気持ちになりやすいか、教職員の間で共通理解を持つことで、そうした支援につながりやすくなるかもしれない。

 「学校は、共同親権についてある程度知っておく必要はあると思うが、それが導入されるから何か特別なことをやらなければならないというよりも、共同親権だろうと単独親権であろうと、両親の不和や離婚によって子どもの心理的負担が大きくなることを想定して、どれだけ子どもたちに寄り添おうとするかが大切だ」と指摘する。

Q&A形式の解説資料に学校現場の対応も

 改正民法は来年5月までに施行されることになっており、共同親権の導入まで約1年しかない。政府は昨年6月、施行準備のための関係府省庁等連絡会議を設置し、法務省では法改正のポイントを解説したパンフレットなどを作成している。現在、Q&A形式の解説資料を作成中で、できるだけ早い完成を目指している。そこには、関係機関の対応などについても盛り込まれる予定だ。

 このQ&A形式の解説資料について、5月23日の閣議後会見で阿部俊子文科相は「共同親権の導入によって、学校現場で父母による具体的な親権交渉を巡った混乱が生じるのではないか、という指摘があることも踏まえ、文部科学省としては法務省と協力をして、この解説資料において、学校現場での対応も想定した内容を盛り込む予定としている。改正法の施行前に、その内容の周知にしっかりと努めていきたいと思っている」と答えた。

 父母間のトラブルに巻き込まれることを防ぐためにも、学校現場は共同親権について理解し、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー、スクールロイヤーなどとの連携も視野に、あらかじめ対応方針を決めておく必要があるかもしれない。その際の視点として、子どもの最善の利益を尊重することは欠かせない。

 

【キーワード】

子どもアドボカシー 子どもの権利擁護の観点から、子どもの声を聴き、子どもの意見表明を支援する活動。日本では社会的養護の子どもの権利を擁護する取り組みの一つとして推進されている。アドボカシーを行う人はアドボケイトと呼ばれ、独立性が求められる。

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