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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
黄金の少年期:才能胎動編
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師匠

 まるで手品を見ているようだった。


「もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐもぐもぐ」


 手折れそうなほど華奢な身体に、大量の食物が次々と飲み込まれていく。

 空の皿はもう10を超えた。メイドや執事が続々と料理を運び込んでいるが、彼女が食べるスピードのほうが速い。

 俺たちが連れ帰ってきた女エルフの、恐るべき食べっぷりだった。


「……げふ。……ごちそうさまでした」


 そう静かに告げたエルフの前には、結局、30もの皿が積み上がっていた。

 女エルフの見た目年齢は15~6歳。体格もそれ相応なのに、どこにそんだけ入る容積があったんだ。

 そのダボっとしたローブの下、実は力士なのか?

 ……いや、超細かったな。さっき潰されたときの感じだと。


「すごーい! 食いしん坊なんだねー!」


 と、父親共々、昼食に同席していたフィルが言うと、


「このくらいは、朝飯前」


 と言って、エルフ少女は親指を立てた。

 いや、朝飯の前にメシ食うなよ。


「いやあ、はっはっは!」


 この家の主であり、いまエルフ少女が腹に収めた食料の持ち主であるところの父さんは、なぜだか愉快そうに破顔した。


「いい食いっぷりだった! 振る舞いがいがあるというものだ!」

「ありがとう、ございます。食べ物をくださって」

「気にすることはない。我々ヒトは遙か昔、君たちエルフ族に大恩を受けたと伝えられている。エルフに出会った際には礼を尽くして歓待するのが習わしなのだ」

「ご先祖様に、感謝」


 言葉少なに言って、エルフ少女はかすかに微笑んだ。

 ……だからってわけじゃないが、やっぱりエルフって、すごい美人なんだな……。

 いや、美少女と呼べばいいのか? この人の場合。


「ジャックとフィリーネちゃんに聞きましたが、森で倒れていたんですって?」


 母さんが言った。あの二人組はもう帰ったんだろうか?

 エルフ少女は頷く。


「わたし……ラケル、って、いいます。エルフの里を出て、各地を旅しているのですが……前にいた村から、お腹が空くのを計算に入れずに出発してしまって……」

「お腹が空くのを計算って……」


 なんだそれ。


「ジャック」

 父さんが言った。

「エルフ族は長命ゆえ、俺たちとは時間感覚が異なるんだ。

 俺たちに『気づいたら何時間も経っていた』ということがあるように、エルフにも『気づいたら何日も経っていた』ということが当然に起こる。食事間隔は同じなのにも拘わらずな。

 ゆえに、エルフの最も多い死因は『餓死』であると言われている。それも『食事のし忘れ』による餓死だ」


 それだけ聞くとすげー間抜けな種族に思えるが……このラケルというエルフのぼーっとした様子を見ていると、あながち間違いでもなさそうな気がした。


「だからエルフは自己管理力を補うために、ヒトと夫婦になることが多いそうよ。しかも相手が寿命で先に死んでしまっても、再婚することは決してないんですって。ロマンチックね~」


 母さんがうっとりとして言ったが、それ、相手の人間のほうがすげえ大変なんじゃないか?


「ねえ!」


 突然、フィルがラケルの膝の上に出現した。

 見れば、直前まで彼女が座っていた椅子は空になっている。

 いつの間に……。

「こ、こら!」とポスフォード氏が注意するが、フィルは聞いてもいない。


「かくちをたびしてる、って言ってたけど、どして?」

「どして? ……どうして?」

「うん」


 旅の目的を訊いているんだろう。首を傾げていたラケルもすぐ得心したようで、


「目的は、特になし……かな。強いて言うなら、精霊術の蒐集」

「せーれーじゅちゅのしゅーしゅー?」


 質問者本人はまったくピンと来ていない様子だったが、父さんが「ほう?」と眉を上げた。

 俺も興味を惹かれた。精霊術の蒐集……?


「精霊術の蒐集……とは、一体どういうことだ? 差し障りがなければ教えてくれないか」

「ええっと……見せたほうが早い、かな」


 ラケルはそう呟くと、右手の手のひらを上にして顔の前まで上げた。


「これが、精霊〈アイム〉の【黎明の灯火】」


 瞬間、手のひらの上に小さな炎が灯った。

 あの妹が転生したメイド――アネリも使っていた【黎明の灯火】。

 これが彼女の精霊術なのか?


「そしてこっちが――」


 さらにラケルは、左手を右手と同じ高さまで上げる。

 直後に起こったことに、俺、父さん、母さん、ポスフォード氏が、同時に声を上げた。


 ラケルの前に置かれたコップ――

 その中に残っていた水が、ラケルの左手に引き寄せられて球になったのだ。


「――精霊〈フォカロル〉の【原魚(げんな)の御手】」


 ラケルの右手では、依然、小さな灯火が揺らめいている。

 それと同時に(・・・・・・)、左手では球体にまとめられた水が宙に浮いていた。


 二つの精霊術を……同時に使っている……!?


「そっ……それは一体どうやっているんだ!?」


 父さんは狼狽し、腰を浮かせていた。

 母さんも目を見開き、口を手で覆っている。

 本人たちはあまり語らないので人づてに聞いた話だが、父さんと母さんも昔、そこそこ名の知れた精霊術師だったらしい。

 にも拘わらず自分たちで俺に術を教えようとしないのは、かなり変わったタイプの術師だったからのようだ。


 だから、俺よりも遙かに衝撃を受けているんだろう。

 一人の人間が複数の精霊術を使っている、というあり得ない現実に。


「わたしの精霊術によるもの……です」


 右手の炎を消し、左手の水をコップに戻すと、ラケルは淡々と告げた。

 その様子に頭が冷えたのか、父さんも椅子に腰を戻す。

 だがまだ衝撃が冷めやらないようで、両手をしきりに組み直していた。


「君の精霊術とは……一体……?」

「精霊〈シャックス〉の、【神意の接収】です」


【神意の接収】……?

 精霊〈シャックス〉は盗みを司る。だからその精霊術も、離れた場所にあるものを手元に引き寄せるとか、盗みに応用できるものが多かったはずだ。

 そんな力でどうやって……?


「まさか……」

 父さんの声は少し震えていた。

「君の【神意の接収】は――他人の精霊術を盗める(・・・・・・・・・・)のか!?」

「……はい」


 ラケルははっきりと頷いた。

 他人の精霊術を盗む精霊術だって……!?


「『盗む』というよりは、『模倣する』……です。模倣するだけなので、本来の持ち主が術を使えなくなったりはしません……。

 わたしは……他人の精霊術を一目見ただけで、模倣できる……みたいです。同時に使えるのは、2種類まで、ですけど」

「そうか、なるほど……。職人が弟子に言う『見て盗め』を、究極的にしたようなものか……」


 いわゆるチートってやつだな……。

 エルフは精霊に近しい存在だから精霊術にも長けてるっていうけど、これほどのもんなのか?


「さっき蒐集と言っていたな。君はその術で、精霊術を模倣して回っているのか?」

「……はい。わたしに必要な術がある……そんな気がして」

「どのくらい旅をしているんだい?」

「ええと……」


 ラケルは指を折って数えた。


「……100年くらい、です」


 うおー……。

 時間のスケールが違う……。


「そんなに旅をしているのなら、もうほとんどの精霊術を蒐集しきってしまったんじゃないか?」

「いや……宿る精霊が同じでも、発現する術は千差万別なので……。

 精霊の種類だけ見ても、序列1位の〈バアル〉とか、32位の〈アスモデウス〉とか、稀少なものには出会えていないのも多い……です」

「そうか……いや、それもそうだな。ふうむ……」


 などと唸って、父さんは考え込み始めた。


「質問ばかりで悪いが……」

「はい。ご飯がおいしかったので、いくらでも」

「そいつはよかった。……ラケルさん、〈アンドレアルフス〉の【巣立ちの透翼】は、君のコレクションの中にあるかな?」

「……!」


 俺は息を呑んだ。

 父さん、何を考えてるんだ?

「ええと……」とラケルは頭の中を探るようにこめかみに指を当て、


「……はい、あります。自分自身または触れたものから、重さを消し去る術……ですね」

「そうか。ではさらに質問だ。これから何か予定はあるかね?」


 ラケルはきょとんと首を傾げた。


「……いえ。予定どころか、行く当てすら……」

「それはいい!」


 父さんは満面の笑みで手を打った。

 ……わかってきたぞ。父さんの考えてること。


「ラケルさん――提案なんだが、しばらく我が家に住まわないか?」

「え?」

 目を瞬くラケル。

「さすがに……そこまで甘えてしまうわけには」

「心配はない。代償はきっちりもらうさ。――ウチの息子に、精霊術を教えてやってほしい」


 ……やっぱり。そう言うと思った。

 ラケルは首を傾げ、俺のほうを見る。


「……精霊術の教師なら、他にいくらでもいる、と思います……けど」

「手前味噌になるが、息子のジャックは精霊術にかけてはいわゆる天才でね。そこらの教師では勤まらないんだ。何せ生後8ヶ月で術を発現させて以来、趣味のように訓練ばかりしている変な奴だからな」


「ほう! 生後8ヶ月で……」とポスフォード氏が声を上げた。

 っていうか変な奴とか言うなよ父親。


「その点、ラケルさん、君ならば心配いらない。精霊術に長けるエルフであり、ジャックと同じ【巣立ちの透翼】が使える。

 そして何より、100年にも及ぶその経験だ。精霊術のみならず、我が息子にいろいろと教えてやってほしい。

 どうだ、頼まれてはくれないか。望むなら報酬も出そう」

「うーん……」


 ラケルは唸って考え込み始めた。

 その隙に俺は口を挟むことにした。本人を置き去りにして話を進められると何だか据わりが悪い。


「父さん。僕の意見は聞かないんですか?」

「なんだ、嫌なのか? 可愛い女の子の家庭教師なんて、男なら泣いて喜ぶところだろう」

「……あなた?」


 母さんがにっこりと笑った。


「い、いや、一般論だ一般論」

「へえ。そうですか」

「そ、そうです……」


 父さん弱っ。

 ……まあそりゃ、3番目の教師みたいなプライドで凝り固まったおっさんよりかは、可愛い女の子に教えられたい。


 でも俺にだって自負がある。

 前世から持ち越した知能をフルに使って、この6年やってきたんだ。

 エルフとはいえ、精霊術ならそうそう負けはしないはずだ。

 自分より劣る術師の教えを受けるつもりはない――とまでは言わないが、本当に正しい教えを授けてくれるのか、若干の疑問が残るところだ。

 何せ、今までの教師には、できなかったわけだから。


「……じゃあ」

 ラケルは顔を上げて言った。

「とりあえず、息子さんの力を見てみたい……と、思います。教師をするかどうかは、それからで」

「ああ。それがいいだろう。ジャック、いいか?」

「……はい。わかりました」


 俺は席を立った。

 何を見せればこのぼーっとしたエルフを驚かせられるか、算段を立てながら。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「ふーん……いろいろある」


 ラケルはきょろきょろと訓練場を見回した。

 砂場の他にも、登坂練習用の岩山とか、液体浮遊の練習に使う池とか、いろいろと設えてあるのだ。

 その中で、ラケルが目を留めたのは細長い岩山だった。

 高さは7メートルくらい。斜面の角度は70度を超える。

 ラケルはそのてっぺんを指さして、俺にこう言った。


「術を使って、あそこまで行ってきて。ちょこっと足を引っかけるだけでもいい。ただし、途中で岩山に触っちゃダメ」


 つまり、1回のジャンプでぴょーんと岩山の頂上に飛び乗れってことか。


「わかりました」


 答えて、俺は岩山の目の前まで歩いて移動した。

 7メートル上のてっぺんを見上げ、それから、目の前のごつごつした岩肌に視線を転じる。

 ええーっと……。


「あのー!」

 ラケルに振り返って言った。

「『途中で』ってことは、今なら触ってもいいんですよねー!?」


 ラケルが怪訝そうに首を傾げた。


「まあ、いいけど。まだ跳んでないから」

「わかりましたー!」


 ようし。

 俺は薄く笑い、唇を舐めた。

 なんか楽しくなってきた。悪戯でもするみたいで。


 俺は右手で岩山に触れる。

 そして、精霊術を発動した。


「……? 何を――」


 直後、起こったことは、極めてシンプルだ。

 俺が右手で岩肌の出っ張りを掴み――

 ――そのまま、岩山を丸ごと地面から引っこ抜いたのだ。


「おッ、おぉおぉおおおっ!?」

「すごーい!」


 見学に来ていたポスフォード氏が腰を抜かし、フィルが両手を挙げて歓声を上げた。


「まさか……あんな大きさの岩山を……」


 俺は宙に浮かばせた岩山の下端を、コン、と軽くノックする。

 すると、7メートル――地面に埋まっていた部分を含めて10メートル近くになった岩山が、くるん、と縦に180度回転した。

 よって、自然。

 てっぺんだった場所が、俺の目の前に来る。

 俺はそこに、ちょん、と爪先を触れさせた。


「足をちょこっと引っかけるだけでもいい――でしたよね?」


 聞いているのかいないのか――ラケルはぼーっと、上下を反転させたまま宙に浮かぶ岩山を見上げていた。


「明らかに500キロじゃ利かない……もしかして、あの子は……」

「ああ。どうやら『本霊憑き(ルースト)』のようだ」


 父さんが言う。

 ラケルは口元を押さえ、


「なるほど……ルースト……〈尊き別離のアンドレアルフス〉の……見るのは初めてだけど、あれほどの出力が……」


 瞬間――俺の心臓が、跳ねた。

 今までの教師は、俺がこういうことをすると、大きく分けて3パターンのことしかしなかった。


 呆然と立ち尽くすか。

 猛然と怒り出すか。

 悄然と諦めるか。


 しかし――ラケルの反応は、そのどれとも違っていた。

 隠した手の向こう側。

 指の隙間にかすか覗く、唇。

 桜色のそれが――今、確かに。


 笑みの形に、歪んでいたのだ。


「鍛えがいが……ありそう」


 その呟き声には、かすかに喜色が滲んでいる。

 結局、驚かされたのは俺のほうだった。

 まさか、俺の才能を。

 神様に贔屓されて手に入れた、この反則を。

 笑って認める奴が、いるなんて――


「彼の教師……お引き受けします」


 ラケルがはっきりそう言うと、父さんは「おお!」と嬉しそうに笑った。


「いい……ん、ですか?」


 まだ少し戸惑いつつ、俺は尋ねる。敬語を維持するのに苦労した。

 ラケルはかすかに口角を上げ、


「元々、人を育てるのはそんなに嫌いじゃない。……それに、せっかくの才能がちゃんと使われてないのを見ると、イライラする」

「は?」


 あれ? 今ディスられた?


「もしかすると、君は自分のことを、最強だとか自惚れているのかもしれないけど――」


 言いながら。

 ラケルの身体が、ふわりと宙に浮いた。


「――まだまだ甘いよ、小童が」


 直後のことだった。

 ラケルの身体がロケットのように地上から飛び立つ。

 そして空高くでふわりと身体を回転させ――天地を逆にした。

 さらに。

 折り畳んだ膝にため込んだ力を、爆発させるようにして――

 ――虚空を、蹴る。


「あっ……!?」


 何もない空中で鋭角にターンしたラケルは、同じ要領でもう一度反転する。

 そして、さらに、さらに、さらに――。


 例えるとしたら、空中に見えない箱があって、その中をスーパーボールが跳ね回っているかのようだった。

 ラケルは空中を自由自在に駆け回る――

 俺がまだ3段までしかできない2段ジャンプを、何回も何回も使って。


「――これ、できないでしょ」

「うわっ!?」


 突然、後ろから声が聞こえた。

 見れば、空にはすでにラケルの姿はない。俺の背後に着地したのだ。

 振り返ろうとしたが、その前に後ろから抱きしめられた。


「捕まえた」


 耳元で囁かれて、ぞくぞくっとした感覚が背筋を貫く。

 青みがかった長い髪から漂う甘い匂いが鼻を刺激した。


「出力はすごいけど、制御が全然、なってない。だからこういう、繊細な術の使い方ができないの」


 早くも授業をしてくれているようだけど、こっちはそれどころじゃない。

 せ、背中に……! 服の上からじゃわからないけど、こいつやっぱ、でっ……でかっ……!


「あ、あのっ……離れて、くださっ……!」

「敬語はいい。ただし、わたしのことは師匠と呼ぶこと。いい?」

「わっ、わかりましっ――わかった! わかったから! 師匠!」

「よろしい」


 言って、ラケル――師匠はようやく俺を解放する。

 あぶっ……危ねえーっ!

 齢7歳にして第二次性徴が来るところだった……。


「改めて……わたしは、ラケル」


 師匠は少しだけ頬を緩め、俺に手を差し出してきた。


「今日からあなたの、お師匠さま。……よろしく、ジャック」


 俺はその手を……おずおずと、握る。

 こうして、俺に精霊術の師匠ができた。

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おいジャック気を抜くな!そいつが妹だったらどうするんだ!
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