あの事件は、犯人が携帯サイトの掲示板で受けた“悪意”に影響されたと言われている。誰かに否定され、排除され、追い詰められた結果、彼の怒りは本当に無関係な第三者に向かった。
つまり、責任を持たない言葉の“悪意”が、現実で誰かを殺す力になった。
もちろん、ああいう事件は極端な例だ。でも、極端だからこそ、可視化されただけなんじゃないかと思う。
実際、ネットには悪意が溢れてる。揚げ足を取って笑ったり、マウント取って気持ちよくなったり、皮肉や嘲笑で「お前は間違ってる」と言い続けたり。それらの言葉は、まっすぐではないかもしれないけど、少しずつ誰かを削ってる。
しかも、その“誰か”は、当事者とは限らない。たまたま見てしまった無関係な人、自分に重ねてしまった人、あるいは弱ってる時に刺さってしまった人。
悪意は、必ずしも狙った相手にだけ届くわけじゃない。
こういうの、可視化されてないだけで、常にどこかで起きてると思う。
ネットで生きてると、「何かを叩く空気」に巻き込まれることがある。自分も同じ方向を向いてる気がして、言葉を重ねてしまう。でもそれが、まったく関係ない誰かを静かに追い詰めてたりする。
指摘を攻撃ととらえるようなメンタルした人間がネットで口開くなってことなんだよね、それ一番言われてるから