俺のHENTAIラブコメを語るのにシリアスはいらない。

白黒淡

序章 HENTAIは語る。

 序章 HENTAIは語る。


 たとえ、どんな学校にも有名人というのは、一人か二人はいるものなのだろう。


 それは例に挙げるとすれば、格好のいい男子。告白待ったなしの女子。運動部でその成績に優れたスポーツマン。勉強のできる優等生などなど、学校の規模が大きければ大きいほどにそういう噂は絶えず存在する。


 ただし、それらの噂の中には、決していい噂ばかりが含まれているわけではないことを、ここに一つ俺は明言しておこう。


 いわゆる悪目立ちという奴だ。先ほど例に挙げた彼ら彼女らとは全くの別。いや、真逆といって差し支えのない存在だっている。学校とはそういう場所であり、社会の縮図といっていいものだろう。


 そして、悪目立ちという四文字こそ、今の俺の現状を示す言葉だった。


 教室は現在授業中だ。特別進学校というわけではないが、理数科クラスに割り振られた俺たちのこの教室には、あいにくと教師が振るうチョークの音しか響くものはなかった。カツカツと鳴り響くそれは、まさしく神聖な授業を象徴するものだといって差し支えないだろう。


 しかし、その神聖さゆえに眠気に誘われるのも無理からぬことだった。なにせ、ここ最近はあまりにもいろいろなことがあったからだ。つい、首が揺れて船をこいでしまうのも、いたしかないことだと俺は思うのだ。


 そんな中、ふいに廊下を駆けてくる足跡が聞こえた。

 残酷ともいうべきか、その足跡はまっすぐにこの教室の前までやってくる。その足音の主はバタバタと大きな音を立て、俺に嫌な予感を滲ませると同時に、教室の前で一瞬静止する。


 この音にはむろん、教室内の生徒含め教師だって気が付いているだろう。わずかに訪れた静寂に、誰しもの脳裏に嵐の前の静けさという災厄の単語がアラームを上げるのがわかった。もちろんではあるが、その中には俺も含まれている。


 つまり、この教室にいるものたち全員が、この足音の正体を理解しているのだ。


 ゴクリッと、誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。


 そして、それを見計らっていたわけでもないだろうに、扉の開く音が聞こえた。それもよりによって教室の後方、俺の席から考えて間近の扉だった。


 開かれた扉から入ってきた少女は、金髪の青い目の少女。ものの見事に海外の血を受け継いでいるだろうダイナマイトボディ……とはいかず、どちらかといえば年相応よりも背が低く、そのくせ胸が大きいという完全なるアンバランスボディの持ち主。


 少女は、キョロキョロとあたりを見回すと、すぐさま目的のものを見つけたというような嬉しそうな表情で、トテトテとその人物のもとへと近寄ってきた。


「あっ、見つけましたよ、マサ! 今日は大切なお話があります!」


 目的の人物、というか俺を前にしてその少女は、はきはきとした声量でそう告げた。見れば、少女はカーテンのような白いマントを羽織っており、それでいてニコニコと俺にとって嫌な予感以外のなにものでもない笑顔を浮かべているではないか。


 周囲の生徒たちがヒソヒソと何かを話しているのをしり目に、俺は冷や汗をかきながらその少女の「大切な……お話……?」という言葉を、ゆっくりとオウム返しをしていた。


「はい! マサに約束のものを見せようかと思いまして」


「やく……そく?」


 はて? 今、俺の体全体がこれ以上の破滅を許すなと警戒態勢に入った気がする。それゆえに、俺は少女が発した約束という言葉をヒントに、記憶の海を全力でバタフライしながらさかのぼっていた。

 一向に反応のない俺に業を煮やしたのだろう、少女はごく普通の声量で怒ったように言葉を発したのだった。


「もーっ! 昨日、旧スクール水着をお見せするって言ったじゃないですか!」


 それはさながら処刑台の号砲が響いたかのように感じられた。

 教室全体に、冬を通り越してシベリアにでもやってきたんじゃないかというほどの冷気と侮蔑の空気が発せられた。


「おい、日下……お前……」


 信じられないものを見るかのような英語教師の視線を感じる。俺は驚愕のあまり停止させていた呼吸を再開すると、脳みそに最大限の酸素を送って、この現状を打開する言い訳をコンマ一秒以下の速度で思考した。


「あっ、あははーっ! やだなー、シエナさんは。今日は水泳の授業はないって教えていたのにー。まったくもーっ! それに勘違いしているみたいだから教えるけど、この学校には旧スクール水着の指定はないよ! だからとりあえず、更衣室に行って着替えてこようねー」


 苦しい。我ながら苦しすぎるいいわけだ。おかげで周囲からの疑惑の目がまったく緩む気配がねぇ。なんなら一部男子の殺気ともとれる感情がむき出しになりつつある。このままだとまたあらぬ方向に噂が流れてしまいそうだ。


 俺の言葉に今もきょとんとしているシエナは、唐突に手をたたいて得心いったとばかりに納得の表情を見せた。


「あっ、そうですね! 水泳の授業がないのに水着を着てもシチュエーション的にバッドって意味ですね!」


 ソレ違う。いや、ある意味ではあっているともいえるけど、それは今この状況で言っていいセリフじゃないことをまず自覚してくれぇ。


 ああ、俺はもはや断頭台で処刑を待つ死刑囚。このまま、英語教師の言葉一つで今後の学校生活、ひいては、俺の人生においてあらゆる意味を持つ判決が下されるのだろう。


「ふむ、なるほど。詩絵菜・ユーニス・エイベル。日下の言葉通り、今日は水泳の授業はないぞ。昨日の今日だ。ひとまず遅刻には目を瞑るから、急いで着替えてきなさい」


 神はここで勘違いを許したぁぁぁっ。俺氏、今世紀最大のガッツポーズである。あとは素直にシエナが着替えてくれれば――、


「へ? でも、まだマサに見せていませんよ?」

「よぉーしっ! シエナさん、女子更衣室がどこかわからないんだね!? 勘違いついでに俺が案内してあげるよ!」


 油断も隙もあったものではない。俺は彼女がこれ以上何か余計なことをしゃべる前に、急いで教室の外へと引っ張り出す。何気ない風を装って教室に聞き耳を立ててみるが、英語教師の一言のおかげか生徒諸君も授業へとシフトチェンジしたようだ。


「ふぅーっ、ふぅーっ、あっぶねぇ」

「どうしたのですか、マサ? 息をそんなに荒げて――」

「あっ」


 俺は、自分の口から空気の抜けるような音が出たのを自覚した。先ほど慌ててシエナの腕を引っ張ったせいもあるのだろう。俺を心配したシエナが屈んだせいで、纏っていたマント状のものがはだけて、その全身が俺の視界いっぱいに広がったのだ。


「し、白スク……だとっ!?」


 シエナが着ていたのは、ただのスクール水着ではなかった。旧スクール水着のなかでも、滅多にお目にかかることのできない白のスクール水着だったのだ。しかも、体躯のわりに胸が大きいシエナの場合、肌に食い込むようになっているその際どさ。それでいてドアップで広がる大きな胸。これ以上ない危険なHENTAI要素満載の恰好だったのだ。


「ふふっ、やっぱり見ちゃいましたね、マサ」


 ドキッとした俺は慌てて視線を上げる。だが、その先にはシエナのどこか蠱惑的でマゾヒズムにあふれた瞳が、俺をとらえて離さなかった。そして、彼女はその瑞々しい唇からプルンとなめらかな音を発した。


「やっぱり、マサはとてもHENTAI(へんたい)さんですね?」


 そう、俺はこの学校で悪目立ちをしている。何を隠そう、この詩絵菜・ユーニス・エイベルとの出会いからたった一週間。学校一勉強のできる天才から、学校一のHENTAI疑惑を持つ問題児として認識が変わったのだ。


 どうして……どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 ああ、過去の俺へと忠告ができるのであれば、俺はたった一つの願いを託そう。


「あのとき、空から降ってきたパンツを手にしなければ……」


 あるいは、そのパンツを勢いで頭にかぶったりしなければ――――。


 俺の高校生活にHENTAIという烙印が押されることはなかったのだろう、と。


 これは、オタク文化の発展とともに、海外に様々な意味のオタク用語が残念な形で広まってしまったがゆえのお話。あるいは、かなりのマゾ気質な美少女ガールと出会ってしまった正真正銘、天然百パーセントのHENTAI男子高校生の物語である。

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