絶滅オオカミ復活の虚構 ゲノム編集で作られた未知の生き物の意味

一筆多論

ハイイロオオカミの遺伝子を改変し、絶滅したダイアウルフの特徴を持たせて生まれた子(コロッサル・バイオサイエンス提供、ロイター)
ハイイロオオカミの遺伝子を改変し、絶滅したダイアウルフの特徴を持たせて生まれた子(コロッサル・バイオサイエンス提供、ロイター)

絶滅した古代オオカミを遺伝子操作で「復活」させたと米バイオ企業が発表し、論議を呼んでいる。

米コロッサル・バイオサイエンシズ社は今年4月、現在のオオカミより少し大きいイヌ科の動物で、約1万3千年前に北米大陸で絶滅したダイアウルフを復活させたと発表した。絶滅動物の世界初の復活だと表明し、大きな反響を呼んだ。

同社は骨と歯の化石からDNAを採取して解析し、ダイアウルフに特有の遺伝子変異を見つけた。これを現存するハイイロオオカミの細胞の遺伝子にゲノム編集技術で組み込み、3匹の子をイヌに代理出産させ、白い毛を持つダイアウルフを蘇(よみがえ)らせたと主張した。

しかし、直後から科学者らの間で疑問の声が上がった。遺伝子を改変したのは20カ所で、膨大な遺伝情報のごく一部にすぎず、ほとんどはハイイロオオカミのままだったからだ。

オオカミの研究で知られる総合研究大学院大の寺井洋平准教授は「ハイイロオオカミは進化の過程で約600万年前にダイアウルフと分かれた。ごく一部の遺伝子を改変してもダイアウルフとは全く別物で、復活と呼ぶのは誇大広告だ」と指摘する。

同社は絶滅種に似た生物を作ることが復活の新しい定義だと釈明した。しかし白い毛がダイアウルフの特徴だとする主張にも懐疑的な見方がある。ファンタジーの世界を描いた米国の人気テレビドラマに登場する架空のダイアウルフをイメージして作ったのではないかと疑われている。

同社は絶滅動物の復活は個体を作るだけでなく、失われた環境を復元する目的があるという。今回の技術を応用してマンモスに似た動物を作り、野生化させる計画も進めている。

ダイアウルフに似た動物を作ったことにどんな意義があるのか。仮に野生に戻しても、群れで生活したことがなく、狩りの方法を知らないので生きられないだろう。古代の本物と同じように行動する保証はなく、時空を超えた外来種として生態系を乱しかねない。

遺伝子操作で作られた動物は健康に予想外の悪影響が出る可能性もある。同社は3匹を作った目的や方法の詳細を明らかにした上で、健康状態や飼育方法などの情報を継続的に公表する責任があるだろう。

一方、技術的には有益な点もあるという。国立環境研究所の大沼学副領域長は「今回のゲノム編集技術は現存する絶滅危惧種の遺伝的多様性の復活に応用できる。遺伝子の配列を改変することで、失われた多様性を持つ個体を産ませることができる」と話す。

化石から遺伝情報を完全に読み取り、大昔に絶滅した動物を真の意味で復活させるのは現在の科学では不可能だ。森林伐採や密猟で野生動物の絶滅は加速している。絶滅種に似て非なる生き物を作り出すよりも、危機に直面する多くの絶滅危惧種を救うことの方が大切ではないか。

絶滅動物の復活計画はロマンや郷愁を誘い、魅力的に映りやすい。しかし科学的、倫理的な課題は多い。復活できるなら絶滅させても構わないという風潮を生んだり、大衆に人気のある動物だけが恣意(しい)的に作られたりする懸念もある。遺伝子を自在に改変できるゲノム編集はノーベル賞に輝いた人類の英知だ。その使い方が問われている。(論説委員)

会員限定記事

会員サービス詳細