王太子と悪役令嬢
マイマウ王立魔法学園。竜神と対話する光の踊り子を育てるために設立されたという学園。現在では男女問わず多くの貴族の子供達が通っており、さまざまな教育を受け国のため役立とうと努力している。そしてどこからともなくリズミカルなダンスミュージックが流れてきた。
「いやー、やっぱぶっ続けで踊るのって楽しいわー。いつまでたってもこれはやめられないね」
昨日はあまりにも楽しかったのでパラパラを一晩中踊り続けた。真夜中になった頃にはついにお父様から「うるさいからもう寝ろ! というかなんなんだこの面妖な音楽は!?」と止められにきたが、私の気迫の『REIJOU tonight』の踊りを見たおかげで諦めてくれた。視線が病人を見る目だったけど。
そして今日、私は普段通う学園へと来ていた。学園にも行かず家の中で一日中踊ると言うのも乙な物だが、両親に引きこもっていいかと聞いたところ「せめて学園生活は普通にやってくれ」と泣きつかれたので普通に通うことになった。
「それにしても……改めて見るとけっこうマナーが悪い学園な気がするわ。生徒がずっとヒソヒソ話ばっかしているんですもの」
私は聞こえてきた音楽に合わせて体をリズミカルに沈ませながら周囲を見渡す。貴族の通う学園と言うのだからもっと高貴な物だとイメージするかもしれないが、実際は違う。授業の合間の休み時間になると意外と皆ヒソヒソと俗っぽい噂話をくっちゃべりまくるのだ。
「××家の令息には恋人がいるらしいわよ……」
「△△様の家はかなり財政が苦しいって噂が……」
「■■先生は絶対★★先生とできているわっ!」
「というか、オードリー様はなんでリズミカルに体を沈ませてるの? 不可解ね……」
「あとなんか音楽が聞こえてくるような気がするけど、気のせいかしら……」
教室内はやれ恋愛がどうだの、お金の流れがどうだの、勝手な噂ばかり流れている。……なんか私の話題も出てきた気がするが、多分気のせいだろう。
下世話な話ばかりでうんざりしつつもその噂話のリズムに合わせて体を左右にスライドさせる。すると……。
「……でもあの噂は聞いた? 特別枠で入学した庶民がフツーダ様と仲良くなろうとしてるって話!」
「もちろん。というか私、この目で見たもの。学園の裏庭のベンチで、仲良さそうに話してたわ」
「でもフツーダ様ってオードリー様と婚約していたわよね? 図々しいったらありゃしないわよね!」
「むしろ、オードリー様が捨てられたんじゃない? オードリー様ってきつい性格だし、フツーダ様も嫌がったのかも……」
「しっ。すぐそこにいるんだから聞かれちゃうでしょ! ってかオードリー様はなにやってんのあれ。なんか私たちの会話に合わせて体をスライドさせてない?」
「公爵令嬢の考える事ってよく分からないわ……」
気になる会話が耳に入ってきた。
特別枠で入学した庶民がフツーダ王太子と仲良くなろうとしてる……。
その庶民とは後々光の踊り子となる『どうか貴方と踊らせて』のヒロインの事だろう。ゲームの設定では、彼女は魔力が大きかったため庶民であるにもかかわらず光の踊り子候補として学園に入学できた経緯があった気がする。ダンスばっかやりこんでたからよく覚えてないけど。
という事は、ゲームのストーリーは進んでいるという事だろうか。それは非常にまずい。もしゲームの通りの展開がこの世界でも起こったとすれば、私は最終的に『REIJOU tonight』のサビを歌いながら牢にぶちこまれる。『REIJOU tonight』のサビを歌うのは楽しいが、牢にぶち込まれるのは避けたい。牢が狭くて踊りづらかったりしたら死活問題だ。
少し長めの休み時間だからか、件の二人は今教室にいない。もしかしたら今も裏庭で歓談を楽しんでいるかもしれない。
(一度、その二人を確認しに行った方が良いわね……)
思い立ったが吉日。私はムーンウォークで教室を出て、大急ぎで裏庭へと向かった。
「な、なんか特殊な歩き方で教室を出たわよ!? なんなのあれ!?」
「公爵令嬢って頭おかしいのかしら……」
なんか去り際に教室にいる令嬢たちから嫌な言葉を投げられた気もするが、気のせいだろう。
***
「フツーダ様ぁ。私、怖いです。庶民だからって皆私の事をいじめるんですぅ。シクシクシク……」
「大丈夫だ。困ったら俺がいつでも相談に乗ろう、ビギーナ」
「ありがとうございますぅ、フツーダ様ぁ」
(……いた)
裏庭には高貴な見た目のフツーダ王太子と、ビギーナと呼ばれたやや平凡な顔立ちに見える物のよくよく見ると美人な赤髪の少女がベンチに座って楽しそうに話していた。そしてどこからともなく教室にいた時よりも現代的なサウンドのダンスミュージックが流れてきた。
私は裏庭の影で隠れてその様子を眺める。そして流れてきたダンスミュージックに合わせて腕を上下に揺らしつつ大股でステップを踏む。がっさがっさがっさと周りの草木がやかましく鳴り響くが気にしない。
(あれはフツーダを攻略中って所かしら。確かにフツーダ様に悲しい表情で不安を打ち明けるシーンはあった気がする。……でも変ね? そのルートだったら、涙を流しながらヒップホップダンスをキレッキレに踊るはずなのに……)
私はがっさがっさと音を鳴らしながら疑問に思った。『どうか貴方と踊らせて』のヒロインはゲームの性質上、オープニングからエンディングまでストーリー中はほぼ休みなく踊りまくっている。告白シーンではキレッキレのダンス、魔力テストの最中でも可愛くダンス、そして私を断罪した時は『REIJOU tonight』のパラパラをキメる。そんな女だった。
しかし見たところ、彼女が踊りだす気配はない。のんびりゆったりと二人だけの世界を楽しんでいる様子だ。なぜ彼女は踊らないのだろうか。
(あれってゲーム上の表現で、ふつうの視点から見るとこんな感じなのかしら? それはそれでちょっとつまらないわね……)
そう考えながら、私ががっさがっさとダンスを続けていると……。
「あの、フツーダ様ぁ。何か聞こえてきませんか……?」
「ん? ……確かに何か音楽のようなものが聞こえてくるな。聞いたことのない音楽だ」
「いえ、それもそうなんですが。なんかあっちからがっさがっさとやかましい音が鳴ってる気がするんですぅ」
「確かにそうだな。もしや誰かいるのか? いるならさっさと出てこい」
(あ、バレた)
そりゃ、こんなに音をたてて気づかれないはずはないよな。私は諦めて二人の前に顔を出すことにした。
「あらあら、ご機嫌うるわしゅうフツーダ様……」
私はさもたった今やってきたかのような顔つきで、音楽に合わせて足をツイストさせながらフツーダ王太子のそばへと近づいた。
「何その足の動き……」
「何その足の動き……」
フツーダ王太子とビギーナは、私の足の動きを見つめてぽかんとしていた。が、フツーダ王太子はすぐにハッとした表情になり私に言葉を投げかけてきた。
「お、オードリー。貴様何の用だ。俺の会話を盗み聞きしていたなど、婚約者として取る態度か?」
「あらあら、盗み聞きをするつもりなんかありませんわ。(クネックネッ)ただ私は婚約者として確認しに来ただけですわ。(クネックネッ)」
フツーダ王太子の厳しい言葉に対し、私は凛とした態度で腰をくねらせながら反論する。
「か、確認? いったい何を確認しに来たというのだ?」
「もちろんフツーダ様が良からぬ女に引っかかっていないかの確認です。(クネックネッ)今、王太子はビギーナさんとの話題で噂になっていますからね。一度確認したかったのです。(クネックネッ)」
「……彼女が良からぬ女だと言いたいのか。ビギーナは俺に相談をしてきただけだ。悪い奴じゃない!」
「悪いかどうかはこの際どうでもいいのです。(クネックネッ)王太子と言う立場でありながら、見知らぬ女性と付き合うだなんて貴族としての礼儀が……(クネックネッ)」
「さっきからリズミカルにクネックネッて腰を揺らしてんじゃねーよ!? いったい何の動作だ!?」
高い身分であり、婚約者がいるにもかかわらず見知らぬ女と接触する事は本来ご法度だ。『どうか貴方と踊らせて』ではダンスパワーがあるなら大丈夫と言うよく分からん設定があったが、今ビギーナ嬢は踊っていなかったのでその設定は適用されない。なので私はこれはマナー違反であると王太子に指摘をした。が、王太子は私の腰の動きが特徴的なダンスに気になって話に集中できなかったようである。
……この指摘をするのは欠点もある。厳しい態度であると見られてしまうので、王太子たちと敵対してしまう可能性が高まるのだ。悪役令嬢のルートから外れるためには避けた方が良かったかもしれないが、まぁダンスでテンションが上がった中で自分の感情を抑える事はできなかった。
「ふ、フツーダ様に酷いこと言わないでください~。フツーダ様は私に優しくしてくれたんですよ~? それの何が悪いって言うんですかぁ!」
王太子の横にいたビギーナが、王太子の腕をしっかり掴みながら目を潤ませて叫ぶ。その声はだいぶ甘ったるい声色で、男性に甘えることに特化したような声だった。
「ビギーナさん……でしたっけ? あなたも王太子にむやみに近づくのはやめなさい。(クネックネッ)これからいじめがひどくなるわよ(クネックネッ)」
「な、何言ってるんですかぁ! せっかく仲良くなれたのに、そんなのひどいですぅ!」
「そうはいっても、身分の高いフツーダ様と重要な理由なく接触するのはマナーに反しているわ。(クネックネッ)令嬢っていうのはマナーに厳しい人たちも多いから、仲良くするにしてももうちょっとそこを気にしないといけな……(クネックネッ)」
「シクシクシク。ひどいですぅ……。私、ただフツーダ様と仲良くしたいだけなのにぃ」
腰をくねらせながら、ビギーナに小言を言うと最終的に彼女は泣き出してしまった。だがこれは嘘泣きだろう。実際に泣くときの振り付けはもっと細かな動きのはずだ。今の彼女の振り付けは大げさすぎる。これでは『どうか貴方と踊らせて』の泣き曲を踊らせても高得点は取れないだろう。
しかしこれを真に受けたのか、王太子はビギーナをかばうように前に出て私に厳しい表情を向ける。
「ビギーナをいじめるな、オードリー。彼女は俺に悩みを打ち明けてくれただけだ。それの何が悪い。あと、腰をくねらせるな」
「ですがフツーダ様。(クネッ)」
「いいから、お前はさっさと教室へ帰れ。お前がいるとビギーナが悲しむ! あと、腰をくねらせるな!」
「正気ですか、フツーダ様。(クネッ)」
「うるさい! これは王太子命令だ!」
<ヴェー、ヴェッヴェヴェヴェーヴェーヴェーヴェー! ヴェー、ヴェッヴェヴェヴェーヴェーヴェーヴェー!>
王太子の怒りの感情が直に私に向けられた。場のボルテージは急上昇で、流れるダンスミュージックもノリのいいワブルサウンドに切り替わる。私はここぞとばかりに振付を大きく替えた。足を後ろに滑らせるように引く動作を繰り返し、その場で立ち位置を変えないまま走っているかのような動きをする。昔『R.E.I.J.O.U.』と言う曲と共に流行した、ランニングマンと呼ばれるダンスだ。
「え……一体何なんだ、その動きはっ!?」
「え……一体何なの、その動きはっ!?」
王太子とビギーナは二人して、突然の私のランニングマンを見てそう叫んだ。得体のしれない物を見る表情だ。
「これはランニングマンです。フツーダ様もビギーナさんも一緒にやりませんか?」
「いやいやいや、なんで俺が怒っている状況でそんな奇妙な踊りをしだすの!? 頭がおかしいんじゃないか!? あと、どこからか聞こえてくるこのヴェーヴェーした音は何なの!? どういう原理なの!?」
王太子は混乱した様子で私にツッコミを入れる。その横では、ビギーナ嬢がおろおろとどうすればいいのか分からない様子となっている。
はて。なぜ二人はこんなに混乱しているのだろうか。かたや断罪中にパラパラをしだす女、かたやそれを無視して断罪をする男だ。これくらいのダンスを見たって別に焦ったりはしないはずである。
……いや、待て。思い出した。王太子は『どうか貴方と踊らせて』内でも最初はヒロインのダンスに驚いていたのだ。最初のダンスを見せるイベント時に「い、いったいなんなのだそのダンスは! 革新的過ぎるぞ!」と言われたような気がする。
だがダンスを何度も繰り返すうちに「うっ……脳が……! 脳がダンスに侵される……!」「も、もしやこの踊りに洗脳の力が……?」「助け……て……。俺が俺じゃなくなっていく……」「オレ、オマエノダンススキ! ソウイウダンススルノハ、アタリマエ!」と言った感じに、恋愛イベントをこなすうちに少しずつ態度が軟化していくのだ。だからこのダンスを今初めて見たのなら、驚くのも無理はないかもしれない。
しかしそれならヒロインであるビギーナはなぜ混乱しているのだろう? 彼女はダンスを踊る側の人間のはずで、音楽が流れてきたならすぐにこのダンスを披露するはずだ。いったいなぜ踊りもせずおろおろとしているのか……。
「ま、どーでもいいかっ!」
まぁそんな謎なんてどうでもよかった。今私が集中するべきはこのノリのいいサウンドに合わせて踊りあかすことだけだ。私はランニングマンのステップを続ける。
踊りを続けているうちに、周囲から照明やらスポットライトやらスピーカーやらが生えてきて音楽を更に大ボリュームで鳴らしたりチカチカと光ったりする。
「なんか照明器具と音響器具が生えてきてるんだけどー!? どーなってるのぉっ!?」
ビギーナ嬢が叫びだす。一見超常現象だが、ゲーム上の演出なので安心してほしい。
「び、ビギーナ! 早くここから逃げようっ! 何というか……ここにいたら脳が溶ける気がするっ!」
「ど、どーなってんのよー! 乙女ゲームっぽい世界に転生したから王太子様とフラグ立てようとしたのに……。こんなトンチキな世界観だなんて聞いてないわーっ!」
王太子はビギーナの手を引き、大慌てでダンスフロアと化した裏庭から逃げ出す。なんか去り際にビギーナが気になる言葉を発してたけど……。まぁダンスで忙しいからどうでもいいか。
そうして取り残された私はそのまま夜まで踊りあかすのだった。その後先生方に「裏庭で何やってんだてめー!?」と怒られたりもしたのだが……私気にしない。パーリナイ。