2話
「セバスチャン! あれは何なんだ! 悪魔か? 童話に出てくる人を食らう悪魔か!?」
気絶から目が覚めて早々、コミット様は私を指さしながらそう言いました。
「落ち着いてください。あのお方があなたの婚約者のカニカマボコ様です」
「人間じゃねーじゃん! 名前聞いて『あれ?』って思ったけど、まさか人間じゃねーとは思わなかったよ!?」
「落ち着いてください。確かにカニカマボコ様は人間ではありませんが、マボコ家に生まれたれっきとした公爵令嬢です」
「どうやって生まれたの!? コウノトリが人間と間違えてアレを持ってきたのか!?」
「とにかく、彼女は育ちの良いお方です。きっと王子の事も大切にしてくださりますよ」
「……えっ!? まさか私、あれと結婚するの!? いやいやいや、無理無理無理! せめて人間! 人間と結婚させて!」
……コミット様に『アレ』呼ばわりされてしまいました。
とにかく執事のセバスチャンさんとコミット様の言い争いは加熱している。私が止めなければいけませんね。
「あの、申し訳ございません。私が来たせいで、コミット様を不快な気分にさせてしまいましたでしょうか……」
「うわ、喋った!? どこから声だしてんの!?」
「つきましては、婚約の方もあまりコミット様の気になさらず破棄してしまってよろしいですわ。きっと、王子にはもっと素敵な女性のお相手ができますわ」
私は婚約の破棄を申し出ました。このまま婚約しても、ゲームのヒロインのササカマボコと恋人となり結局婚約は解消されてしまう。ならば、私から婚約をお断りした方が気持ち的にも楽だと思ったからです。
「うん! じゃあとっとと婚約破棄しよう! はい、解散! 今日の会合はお開き! というわけであんたら帰れ帰れ! その人外を連れて帰れ!」
「王子、わがままはいけませんぞ! ……カニカマボコ様もそんな事は言ってはなりません」
「そ、そうだぞカニカマボコ。せっかく私が必死で婚約に取り付けたのに、そんなこと言っては駄目だ」
しかし父とセバスチャンさんに破棄を止められてしまいます。まぁ確かにそう簡単に婚約が覆るわけありませんよね……。
「とにかく二人とも、自己紹介をしなさい。話もせずに婚約破棄だなんて、前代未聞だぞ?」
「そ、そうですわね。では……初めまして、私はカニカマボコと言います。趣味はゴマアイス作り、好きな食べ物は高野豆腐ですわ。以後よろしくお願いいたします」
私はスカートの裾をつまみ、お辞儀をしました。
「食べ物関係ばっかでややこしいな!? そこはせめてカニカマボコで統一しろよ! と言うかあんたどうやって高野豆腐食べるんだよ、怖いわっ!」
「王子、疑問を口にしてはいけません。相手に対する礼儀ですぞ」
セバスチャンさんが釘をさします。
「口にしたくなるわ馬鹿! あとこいつスカートどうやって着てるの!? それに『スカートの裾をつまみ』ってさも当然のごとくやってたけど、カニカマボコのどこに手があるの!?」
「見ての通りですわ」
「見てわからないから言ってるんだよ!」
「王子。疑問の答えを知るには、まず観察からですぞ。ちゃんと見れば何もかも分かるはずです」
「存在自体が意味不明な奴が目の前にいてそんなこと言われても説得力ねーよっ!」
「慣れれば意味不明じゃなくなりますぞ。このセバスチャンも、20歳まではこういう者が意味不明に感じていましたが、今ではちっとも気にしてません」
「気にしろ! それ気にしなくなったら人間としておしまいだぞ!?」
「まったく、わがままですな王子は。すみません、カニカマボコ様。せっかく来ていただいたのにこんな事になるなんて」
セバスチャンさんが、はははと乾いた笑顔を見せます。
「別に大丈夫ですわ。こちらこそご迷惑をかけてすみませんでした」
「流石カニカマボコ様は礼儀をわきまえておりますな。さ、王子も謝って」
「いや、私は絶対間違ってない! 間違ってるのはここにいる全員だ!」
「まったく強情ですな。これでは埒があきませんですぞ」
呆れた顔をするセバスチャンさん。
「セバスチャン、そんな事よりそろそろ国王様に謁見させて頂けないだろうか」
そんなセバスチャンさんに、父上が謁見を希望しました。
「それもそうですな、国王様もお待ちでしょう」
「カニカマボコ。お前はコミット様と庭園にでも言って親睦を深めていなさい」
「分かりましたわ。じゃあ庭園に行きましょうか、コミット様」
「……いや、お前どうやって移動してんの!?」
私はコミット様のツッコミを無視し、庭園へと駆けて行きました。
「答えろよ! カニカマボコがどうやって駆けるんだよ!?」