【書籍化】異世界転生したのでマゾ奴隷になる   作:成間饅頭(旧なりまんじゅう)

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第39話

『……ごめんなさいね、マリー。貴女、多分これから先すっごく苦労するわ』

 

『でも、代わりに……貴女の未来(これから先)を、ちゃんと守ってあげるから。苦労も幸せも、貴女がちゃんと経験出来るようにするから。だから―――』

 

 美しい笑顔と共にそう言って、母上は伸ばした手をパタリと倒した。

 呼吸が停止している。脈拍が止まっている。閉じられた眼の奥では既に瞳孔の散大が始まり、かつてあったはずの体温は夜闇に奪われて消えていく。

 

 死んだのだ。私の母親、【未来視】の異能を持つ予言者、カサンドラ・アストリアは死んだ。思うように生きて、()の未来を守って死んだ。目を閉じたその死に顔は、何も悔いはないと主張するように微笑みを浮かべていた。

 

 知らなかった。私が、こんなに愛されていたなんて。母上が、どこまでも"母親"を全うしてくれた事なんて。私は既に、母上から一生分愛されていたのだ。

 

「母上………」

「先に言っておきます。カサンドラさんが死んだのは、貴女のせいではありません。それだけは、彼女の誇りにかけて絶対に違います」

 

 追憶が終わり、私達は焚書庫の中へ戻って来ていた。 

 思わずそう声を漏らす私に、ルキアがそう声をかける。

 

「……私が貴方を遠ざけようとしていたのも、貴女を嫌っての事ではありません。貴女が幼い頃には聖国へ留学に来るよう打診しましたし、帝国との戦争中も貴女の身柄だけは聖国が預かれるよう取り計らっていました。貴女は、カサンドラさんの一人娘です。出来る限り健やかに、幸せに生きて欲しい」

 

 そう語るルキアの眼に、嘘は見えない。

 実際、聖国との交換留学の話は持ち上がっていた。既に庶子として疎まれていた私を排除するつもりなのだと、私自身が断ってしまったのだが。

 

「……私が、貴女に会いたく無かったのは。だから、ただただ、合わせる顔が無かったんですよ」

 

 恐かったんです、全部。

 

 そう静かに語るルキアの顔には、何の感情も浮かんでいなかった。能面のような無表情。内に激情を秘めながら、彼女はどこまでも冷たい声色で続けた。

 

「……ずっと、今になっても私の頭の中はグチャグチャのままです。カサンドラさんは、私が発見した【誓願術式】を使用して死にました。私が殺したような物だと思う私が居ます。カサンドラさんは最期まで誇り高く、己を貫いて死んだのだと、それを否定する私が居ます。カサンドラさんは必要な犠牲だったような気もしますし、彼女が死ぬくらいならいっそ世界など滅びてしまえと思ったような気もします」

「……………………」

「彼女の声とか、言葉とか、歌とか……そういうのが、ずっと消えてくれなくて……。未だに、彼女に対しては整理が出来ていないんです。だから、貴女には会いたくなかった。貴女に、どう接したら良いか分からなかったから」

 

 ……私の【異能】が、ルキアの内に秘めた感情を教えてくれる。以前『愛憎入り混じった』と表現したが、それは少し正確では無かった。あれは、私に対しての物では無い。

 

 母上への愛と、ルキア自身への憎しみだ。

 彼女は未だ、理想の結末を掴めなかった自分を憎んでいる。

 

「……それでも、ありがとう。母上の事を教えてくれて。それに何よりも、世界を救ってくれて。知らないままだったら、ちゃんと御礼を言う事も出来ないから」

「そうですか……それは、どういたしまして。『母の仇』と、言っても良いんですよ?」

「言う訳ないでしょう、そんなの」

 

 今まで、理由なく母上の事が好きだった。産まれた時に死別したにも関わらず、何故か母上は私の事を愛してくれていたと確信していて、母上の事を誇りに思っていた。

 その理由がやっと分かった。これだけの事をしてくれていたなら、当然だ。ルキアと母上は、私や世界中の人々の恩人なのだ。

 

「何度御礼を言ったって足りないわ。本当にありがとう、ルキア。私たちを助けてくれて、諦めないでくれて」

「……ええ。当然の事です。私は、【英雄】で、神ですから」

 

 神。そう言えば、ルキアは己を神と自称する事で、聖教勢力と対立しているのだったか。

 彼女の過去を知った今では、その見え方も少し異なってくる。きっと、ただ傲慢から来るものとは違う、彼女なりの理由があるのだろう。

 

 だが、今はそれを詳しく聞く時では無い。そもそも、ルキアが話してくれるとも思えないし。

 幾つもの新情報が判明し、私の頭も多少混乱を起こしている。一度状況を纏めておきたい。

 

「……整理しましょう。ちょっと、流石に判明した情報が多すぎるわ」

「ええ」

「まず……現在、魔族勢力の蠢動が各国で確認されてるわ。王国の未開拓領域然り、商国の地下大迷宮然り……。そこで魔族は、何らかの儀式か、もしくは実験を行っている。【瘴気】を呼び出す呪文は、ここで発見された物ね」 

「話には聞いています。【瘴気】については、商国で一悶着あったとか」

「そうね……。それで、魔族の動きが怪しい、戦争が起こるんじゃないかと言う事で、聖国に協力を取り付けに来たわけだけど……」

 

 そう。元々は、”いずれ起こるかもしれない戦争に備えよう”という話だったのだ。あやふやな、数年先を見据えた将来的な協力体制の確立が本来の目的だった。

 

「でも、違うのね。本来、魔族との戦争は()()()()()()()()()()()だった。私の母上とルキアが、命懸けでそれを捻じ曲げてくれただけで……本来、人類はもうとっくに滅んでいておかしくなかった……」

「ええ。【誓願術式】を用いて『使徒』を呼び出す事で、私達は滅亡を回避しました。そこに至るまでには、幾つものループと試行錯誤がありましたが……事実、今に至るまで魔族との戦争は起きていません。未来改変は、確かに成功しました」

 

 使徒。世界のバランスを正す、世界の意志の()()()。それにより、世界は救われた。少なくとも、起こるはずだった大戦争は回避された。

 

 ……はずだ。では、今確認されている魔族の動きは何なのだろうか?

 

 再び、何かが起ころうとしているのか。ルキアによって過去の真実が明らかになった今でも、未だ多くの謎が残されている気がする。

 魔族の動きは未だ不可解だし、それに何よりも……。

 

「……ねえ。【使徒】というのは、使命を果たしたら天に消えていくような存在なのかしら?」

「……個体差があります。大抵の使徒は短命ですが、初代王の様に天寿を全うした者もいます」

「そう……じゃあ、今代の使徒はどうだったのかしら」

「…………」

 

 ルキアの沈黙が何よりの答えだった。

 起こるはずだった魔族との大戦争。その危機へ対処する能力は、きっと多岐に渡るだろうが……少なくとも、初代王のようなカリスマを持つタイプではなかったはずだ。そんな傑物の噂など聞いたことが無い。

 

 ならば、求められるのはきっとシンプルな強さだ。例えば北大陸の果てに攻め込み、魔族の王を単独で討つような……そういう単純かつ強大な暴力を、今代の使徒は有しているはずだ。

 

「王族の私が噂すら聞かない以上、初代王の様に人を纏めるタイプではない。少数、あるいは単独で【使徒】は魔族の進軍を止めた。そうできるだけの、並外れた戦闘能力があった……」

 

 口にしながら、脳裏に一人の男が像を結んで行く。

 共に過ごしていても、全く底すら見えない莫大なエネルギー。聖教の司教に『神が宿っている』と言わしめた黄金の身体。もし、その言葉が誇張でも何でも無かったとしたら。

 

「……並外れた単騎戦闘力。亡国の危機をひっくり返せて、魔人も一蹴出来る、圧倒的な人類最強……そんな人、私は一人しか知らない……それに」

 

 あのマゾの力は並外れている。人類の外れ値である【英雄】。その言葉で言い表せる範疇すら超えていると、私は何度も考えたのでは無かったか。

 

「クライヒハルトには、公国に突如現れるまでの記録が一切無い……」

 

 己の過去について、クライヒハルトは決して話さない。

 忠実な下僕であろうと己を律している彼は (性欲に関してはタガが外れているが)、私に対して嘘を吐いた事は無い。だから彼が言わない事は、言いたくない事なのだろうと考えあえて聞き出そうともしなかった。

 

 だが、もし……もし、私の予想が正しければ。彼は、私が想像していた以上の秘密を隠していたのかもしれない。

 

「教えて頂戴、ルキア――――クライヒハルトが、使徒なのね?」

「……私は、己を神であろうと律しています」

 

 私の質問に、ルキアは少しズレた返しをした。

 

「聖神は統治のための虚構(フィクション)で、本物の神は世界のバランスに執心するばかりで……だから、私がとって代わってやろうと思ったんです」

「………………」

「……そんな私が、何故クライヒハルト卿を『()()』と呼ぶか分かりますか?」

 

 いや、違う。これは彼女なりの答え合わせなのだ。

 神であるルキアが、クライヒハルトを『先輩』と呼ぶ理由。そんな物、一つしか考えられない。

 

「正解です、マリー。クライヒハルト先輩こそ、私たちがループの果てに呼び出した救い主。魔族を止め、人類を救った偉大なる私の先達(せんだつ)――――世界の代行者であり、【使徒】です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と先輩が出会ったのは、北山脈の麓……定期的に行っていた巡回の最中、【魔人】に遭遇した時の事です」

 

 カサンドラさんの忘れ形見、マリー・アストリアへ、私は詳しい過去を語ります。

 

 ループが終わり、カサンドラさんが予言した大戦争が起こるはずの時期が過ぎ去った後。

 私は未だ魔族との国境線を警戒し、定期的に巡回を行っていました。私の指揮下にある極少数のみで行う極秘任務です。【不信予言】のプロテクトによって魔族の動きについては誰にも伝えられませんし、そもそも不要な混乱を招く内容ですから。

 

 険しい山脈の向こうに暮らすはずの魔族は、異常なほどに静かで……だからこそ、知らず知らず気が緩んでいたのかもしれません。

 

 山脈を越えてきた【魔人】に襲われ、私達はあっという間に全滅しました。

 

 基本的に、魔族が人類圏に降りてくる事はありません。強力な魔物が多数棲む北山脈が、自然の防壁となってくれていました。険しい山脈をわざわざ越えるだけのメリットも、人類圏にはありませんし。

 だからこそ、わざわざ人類圏に降りてくる魔族は相当な変わり者で……そんな無茶を単独で押し通すだけの力を持つ、【魔人】である事が殆どでした。今回もその例に漏れなかったようです。黒い炎を操る魔人は、たまたま遭遇した私達を「丁度いい獲物」だと判断したようでした。

 

『ハァ……運がいい。流石に、少し疲れたんだ。人間は脂が多くて不味いが、いい滋養になる。さっさと魔力を補給して、また動かなければ―――』

 

 今でも、鮮明に思い出すことが出来ます。

 やけに後ろを気にした様子の魔人が、既に全滅した護衛と、満身創痍の私に手を伸ばして―――

 

『―――逃がさねえよ、雑魚が』

 

 後ろから現れた剣に、まるで豆腐のように両断されました。

 生傷でボロボロになった顔に、返り血と泥でボロボロになった服。ギラつく眼光はまるで刃物のように鋭く、彼が極限状態に居た事を察するには余りある物でした。

 

『あ? 誰だ……あー……えーと。済みません、大丈夫でしたか? あんまり大丈夫じゃなさそうですけど、周囲の人は取り敢えず回復したのでいったん大丈夫だと思います』

 

 男はそう言うと、周囲の護衛たちに向けて一瞬手をかざしたように見えました。さっと振っただけに見えましたが、いつの間にか護衛の傷は塞がっており、一命を取り留めたようです。【異能】なのか何なのか、何にせよ信じられない治癒の腕でした。

 

『あ……あ、ありがとうございます……』

『いえいえ、全然。正直さっきのももっと早く殺せればよかったというか、こっちの主観で言うと殆どMPKなんで、逆に感謝してもらえて有難いと言うか……』

 

 息も絶え絶えの護衛たちが身じろぎする中、男は久しぶりに人と話したのか、謙遜に舌を時々もつれさせながらこう続けます。

 

『それで、俺の方は正直全然大丈夫じゃ無くて……さっきまで野イチゴとか食ってて、結構限界が近いというか……。本当申し訳ないんですけど、良ければ人里まで案内してもらっても大丈夫ですか?』

 

 この男は、何回大丈夫と言うつもりなのでしょうか。語彙力が低すぎます。

 化物染みた実力と、それに反してあまりにも軽い態度に戸惑いを隠せません。

 

 ……いえ。これ程の戦闘力を持ちながら、私は彼の風貌を知りません。過去のループにおいて何度も周辺諸国の戦力を精査した私が、彼の事は全く知らない。それはつまり、彼こそが―――。

 

『ええ……勿論、構いません。危ない所を助かりました。私はルキア・イグナティウス。聖国の【英雄】です』

『【英雄】? えーと、俺の名前は()()()()……じゃ、ちょっと変か。クライヒハルトです』

 

 小声でブツブツと呟いた後、男が差し出した私の手を取ります。

 これが、私と先輩のファーストコンタクトでした。

 

「そんな時に助けてくれたのが、クライヒハルト先輩です。()()()()()から現れた先輩は、【魔人】を一瞬で八つ裂きにして私たちを助けてくれました」

「……クライヒハルトの伝説の一つ、【魔人殺し】ね。まさか、そんな事情があったとは知らなかったけど……」

「好きに脚色されていますからね。今思い返せば、あの魔人はやけに焦っている様子でした。先輩に追われている最中で、一刻も早く栄養を補給したかったのでしょう」

 

 今でも思い出します、あの時の先輩の鬼気迫った様子を。今のゆるい大型犬のような雰囲気とはまるで別物、剝き出しの刃物のような鋭い眼をしていました。

 

「まあつまり、先輩が初めて出会った女性―――最初の女(ファーストレディ)は私なんですよね。其処のところをちゃんと覚えておいて欲しいと思います」

「え? 何のマウントを取られているの、私?」

 

 試行錯誤の果て、ついに世界を救ってくれた救世主という感謝。

 【魔人】を殺し、窮地を助けてくれたという初対面時のインパクト。

 鬼神のような強さと覇気に対し、話してみれば気さくで、程よく抜けていて、そして善良。

 

 クライヒハルト卿は、私が『先輩』と呼んで目標とするに相応しい人格の持ち主でした。

 己を【使徒】だと隠したがっている節のある彼に、基礎常識や周辺諸国を教えたのは、何を隠そう私なのです。

 

「右も左も分からなかった主人公へ感謝し、優しく世界の手ほどきをする美しい少女。世に数多ある小説ならば、私が正ヒロインである事は疑いの余地も無いでしょう」

「全員クライヒハルトが絡むと馬鹿になる法則でもあるの?」

 

 マリーが何か失礼な事を言っていますが、まあ気にしないでおきましょう。こういうのには反応すればするほど格を下げますからね。

 

「……話が逸れましたね。兎に角、先輩は【使徒】についてあまり話したがりませんでしたが……それでも、話の節々から分かった事もあります」

 

 出会った時の先輩は、あまりにも無知でしたからね。軽い誘導やかまかけも面白いように通じました。彼本人がポロっと漏らした事を、私はそのままマリーへ告げます。

 

「―――先輩は、()()()()()()()()()()()()

 

 起こるはずだった魔族との大戦争を、先輩がどうやって防いだか。

 それは、清々しいほど単純な()()()()でした。

 

 魔族は利己心に塗れ、常にどう相手を出し抜き自らの利益を最大化するかばかり考えています。北大陸の果てで、永遠に同族殺しを繰り返しているはずの呪われた種族。そんな彼らを唯一従えることの出来る存在が【魔王】です。最低でも【魔人】と同程度のスペックを持つ、魔族にとっての神。

 

 それを殺す事で、先輩は起こるはずだった大戦争を止めたのです。

 

「神は、信じられないほど乱暴な手段を取りました。先輩は、魔王の居城へ直接送り込まれたそうです。敵の拠点のど真ん中に送られた先輩は、周囲の魔族をなで斬りにしながら魔王の元へ進撃。側近数名に守られた魔王の元まで辿り着き――――そのまま、全員を鏖殺(おうさつ)したようです」 

 

 あまりにも無茶苦茶で、作り話のような解決法。

 『それが出来るなら苦労はしませんでしたよ』と、私がどれだけ思ったか。

 使徒が選ばれる条件は、時と場合によって異なるようですが……先輩はまず間違いなく、その類い稀なる戦闘能力で選ばれたのでしょう。

 

 世界を救う使徒が持つ、圧倒的な力。私の努力とカサンドラさんの献身を思えば、全てが虚しくなってしまってもおかしくない程でしたが……何故か、そう言った気は一切起こりませんでした。 

 私たちの全ては、救世主()()ぶ事に繋がっていたのだと信じる事が出来ます。

 

「は……はあ!? そんな、馬鹿な話……!!」

「疑いますか? ですが、先輩なら出来ますよ。あの人を近くで見ていた貴女なら、分かると思いますが」

「……でも、じゃあ……何で、クライヒハルトはそれを教えてくれなかったのよ。既に魔王が死んでいるなら、対魔族戦争の準備なんて全くの無駄足じゃない」

 

 そう言って、マリーは少し拗ねたような、複雑そうな顔をします。

 成程。引っ掛かっているのは先輩の戦闘能力では無く、己に隠し事をされた事ですか。『クライヒハルトなら魔王も殺せる』と、そう無意識でも信じ切っているのですね。

 

 しかし、無理はないでしょう。先輩は、北大陸での出来事をあまり思い出したくも無いようでしたから。口調の端々からにじむ拒否感や忌避感。あれは、新兵がよく陥る『殺害行為』に伴う本能的な精神的外傷(トラウマ)に少し似ています。 

 無論、【使徒】である先輩がまさか()()()()()()()()()()なんて訳も無いので、恐らく別の要因があるのだと思いますが……とにかく、先輩が魔王についての話題を避けていたのは明らかです。その原因までは推し量れませんが。

 

「それに、既に【魔王】が死んでいるのだとしたら……今起きている、魔族の不審な行動の説明が付かない。ザジ・シルバラインは、明らかに誰かの命令で動いていたわ」

「ええ。そしてきっとそれが、先輩が【魔王】について口に出さなかった理由の一つでしょう。【魔王】の死と、現状の魔族の動きは矛盾している……」

 

 【英雄】には、優れた危機感知と直感があります。【使徒】である先輩なら、なおの事。

 意識的にか無意識的にか、先輩も気づいているのでしょう。魔族から香る、戦火の匂い……それに備える動きを、妨害しない方が良いと言う事に。

 

「代替わりしたのか、先輩が殺し損ねたのか、それとも他の要因があるのか―――魔王が、復活したのかもしれません」

「―――――――!」

 

 彼らにとって、【魔王】こそが唯一の君主。

 無論、魔王軍残党が未だ生き残り、組織を奇跡的に維持できているという可能性もありますが……首筋に走る悪寒が、それを否定します。

 

 再び、最悪の事態が……人類の存亡を賭けた、大戦争が起こる。

 一度は、カサンドラさんの命を犠牲にして食い止めました。次はどうするのだと、私に問いかけるのです。

 

「次こそ、私は完璧にやってみせます。聖国全てを動かして、次こそは、もっと……」

 

 やる事は既に決まっています。

 老人達を排し、聖国の頂点に立つ。魔族に対する防衛線を構築し、今度こそ大戦争を防ぐ。

 前回は掴めなかった、理想的な結末。それを、今度こそ……。

 

「……差し当たっては、まず【聖武試合】ですね。此処で力を示す事で、私の聖国における権威を確たるものにします。マリー……貴女は、どうぞ特等席で見ていてください」

 

 もう、未来を見通す予言者は居ない。疑似的なループも二度と出来ない。

 構うものか。彼女の犠牲が無駄ではなかったと、私は私の全てを懸けて証明する。

 

 大聖祭のメインイベント。【聖武試合】が、迫ってきていました。

  

 

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