【書籍化】異世界転生したのでマゾ奴隷になる   作:成間饅頭(旧なりまんじゅう)

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 まず、投稿が遅れて申し訳ありませんでした。
 単行本作業に加え、少し行き詰まってしまい……結果として、ほぼ1か月以上投稿が止まっておりました。本当に申し訳ありません。

 ルキアの過去編は、この話で完結です。前話と併せてお読みください。


第37話

【ある古びた研究日誌-4】

 研究に思わぬ障害が産まれた。

 途中まで、全ては順調に進んでいたのだ。

 『生き物の脳をそのまま機械に組み込む』というアイディアにより、魂の観測技術は格段に向上した。結局、"魂"を科学的に解明する事は困難だった。ならばもう、第六感というあやふやな物をそのまま使ってしまえという非常に乱暴なアプローチだったが……これが、予想以上に上手く行ったのだ。研究の方向性は科学から魔術に、理屈からオカルトに傾倒しつつあるが、それで上手くいくのなら構いはしない。

 

 そう。研究は、僅かずつながら進んでいたのだ。私は、()()になれるはずだった。全ての魂が還る場所。死後の世界。楽園。好き勝手に想像された、空想上の物だったはずの世界。……【()()】へ、私は到達できるはずだったのだ。

 

 だが、此処で問題が発生した。実験材料が、急に手に入らなくなったのである。

 

 モルモットとしても、観測機械の素材としても実に優れていた、とある生き物。高い潜在能力を持ちながらも弱く、愚かで、中途半端な知性を持て余して、まるで苦しむために生きているような下等生物。

 ()()

 彼らが、近年団結の動きを見せ始めているのだ。弱々しくも纏まり、脆くとも結束し……共同体を、『国』を築き上げようとしている。

 

 数は力だ。無論、いくら劣等種が寄り集まろうが、本来なら大した障害では無いが……今は、時期が悪い。もうすぐ、()()()が崩御なされる。そうなれば我々は、また同族内で血で血を洗う争いを繰り広げるだろう。魔王様の後押しで進められてきた私の研究も、大いに停滞してしまう。次に再開できるのは百年後か、それとも千年後か……。

 

 まったくもって不快だ。こんな感情を抱き続けるのは生産的では無いため、ここで書き記して忘れてしまうが……それにしても、目的達成の道筋が絶たれた事は残念でならない。

 

 人間という劣等種(ガラクタ)を纏めあげた、瓦礫(がれき)(あるじ)

 パンゲア大国、初代国王。【()()()】、アルリム・エリドゥ。

 どうにか、奴を排除できればよいのだが。

 

……プランとして挙がっていた、人類圏侵攻による『人間牧場』。コストに見合わないとして却下された案だが……あれの再検討を進めるよう、魔王様に具申してみるか。

 

 

 

 

 

 

『たった一人から国を立ち上げたのはこの男~~~~~~~~~~~!!!

 

 笑 い の ニ ュ ー ウ ェ ー ブ   ア ル リ ム ・ エ リ ド ゥ

 

 (ウィジガンガンガンガンガンガン!)(ウォ−オオ)

 

 というわけでどうも。王です。王。

 初代王、アルリム・エリドゥです。当たり前だが偽名な。

 さて。この手記は、ある条件を満たした、限られた者にしか見えないようになっている。部下にそういう【異能】持ちがいてな。物体に『条件』を付与する【異能】だ。これを使えば、特定の人間にしか読めない文章も簡単に作る事ができる。こういう風に。

 部下の協力の元、この手記は、然るべき時に、然るべき者へ渡る手筈になっている。

 

 ちなみに、この条件を満たしていない者が何らかの手段で手記を探し出しても、ここには大きく『ちんちんの消毒液、ヨードチンチンキ!w』としか書かれていない事になっている。

 

 ……俺も後々、『いくら偽装のためとは言え、普通に白紙にすりゃ良かったな』と思い直したが……まあ、後悔先に立たずだ。もし両方見ている奴がいたら、これを読んでぜひ地の底まで落ちたであろう俺の印象を回復させてくれ。

 

 さて。

 

 俺は、お前と同じ転生者だ。

    この世界の『神』に出会った事がある。

 

 お。こっちを読んだってことは、お前は同郷じゃないらしいな。……すごいな。よく、同郷ならぬ身で条件を満たしたな。物凄く頑張ったんだろう。その努力に、最大限の敬意を表す。

 

 これを読んでいるお前が何年後の人間なのかは分からん。出来れば、せめて百年後以降の人間であって欲しいな~~~とは思うが。こっちは人格破綻者の【英雄(アホ)】たちに死ぬほど振り回されているんだ、せめて百年は国も持っていて欲しい。いや、無理かもな……無理かも……。俺の死んだ後の大国、絶対千々に割れそうだな……。

 

 お前がどんな人間なのか。男なのか女なのか、出身は何処で、今まで何をしてきた奴なのか。これを書いている時の俺には、まったく予想がつかない。

 

 だが、少なくともお前がこれを読んでいる以上、お前が何かに抗っている事は分かる。

 

 これを読む条件は2つだ。

 『人類の破滅に抗い、ありとあらゆる手段を尽くして、それでもどうにもならなかった事』

 そして、『それでもなお諦めていない事』。

 

 この条件を最も満たした者の元へ、この手記は導かれる。そういう条件を付与してもらった。

 

 これを読んでいる、今なお歯を食いしばっているだろう誰かへ。

 びっくりするほど諦めが悪い、神でも仏でも使えるものは使い倒す、俺より後世に生まれた、俺によく似ている不屈の誰かに……先輩から、最期の手段を伝える為に。

 

 ―――神は実在する。そして、それに干渉する方法も。

 

 【誓願(せいがん)術式(じゅつしき)】。この世界の『神』に働きかける、俺の集大成とも言える術式だ。

 

 ……お前はこれを使ってもいいし、使わなくてもいい。こんな面倒な封印をしなければならない程、有効だが碌でも無い手段だからな』

 

 

 

 

 読む。理解する。異能を通じて、かつてたった一人で建国を成した男の手記を読み込んでいく。

 

 私の名はカサンドラ。【不信予言】のカサンドラ。

 一人の少女が、必死な顔で古びた本を捲っている。流れるような銀髪に、神聖さを帯びた端正な顔つき。私の協力者、ルキア・イグナティウスだ。彼女が次々とページをめくる様子を、私は【異能】によって覗き見ていた。

 

 初代王の手記。神。そして、彼の残した【誓願術式】。

 

 やっとだ。やっと、()()()()()()辿()()()()()

 

 初代王の手記。ありとあらゆる歴史家がこぞって追い求め、権力者たちが必死で隠蔽しようとする、世界最古の神秘。当初あれを見た時には、信じられないほど低俗な洒落に目眩がしたものだが……やはり、あれに違和感を覚えた私は正しかった。

 

 

 

 私は、ルキアに幾つもの嘘を吐いていた。

 例えば、私が見る未来について。彼女には『魔族に滅ぼされる』と言っているが、本当は違う。

 

 全てが()()()になるのだ。暗闇の中で灯りを消したように、ある瞬間を境に何もかも見えなくなる。魔王の軍勢が山脈を越えて人類圏へ侵攻し、数多くの小国が滅ぼされる辺りで―――ブツンと、私の視界は真っ暗になる。

 

 『一定以上の死者』が、この未来になる条件らしいと、何度かのループで分かった。

 たとえ【英雄】が残っていても、まだ人類に勝ちの目があったとしても……各国の軍勢がある程度擦り減ると、唐突にそこから先の未来が見えなくなる。

 

 どのループでも、魔王軍の戦略は滅茶苦茶だった。彼らにはてんで纏まりが無く、統一された指揮が無く、戦力を一極集中させればあっという間に勝てるはずなのに、わざわざ複数の戦線を敷いて長期戦に持ち込んでいた。

 

 全ては、『できる限り多くの人間を戦争で殺すため』だ。それもできれば、血で血を洗う戦争で磨かれた強者を。

 

 戦線が膠着し、死者が一定以上まで積み重なれば()()()だ。よって、まずは戦争による死者を減らすことが第一目標となった。ルキアの協力を得た後、目眩がするほど数多くのループによって、私達は人類の戦力を最大限まで押し上げてきた。

 

 それと同時に、『なぜ未来が見えなくなるのか?』を考察する事が、私の第二目標となった。

 私は頭も並で、一瞬の閃きも【英雄】のような直感も無い。ただ人より多い時間だけを頼りに、ひたすらに思索を重ね、自らの【異能】に対する解釈を深めた。

 

 ―――私の【異能】は、本質的には"演算"にあたる。

 サイコロを振る時、入射角や速度、空気の動きや湿度を全て計算すれば、事前に出る目が分かるように。世界を構成する眼に見えない微細な粒子の動き、大気のうねり、天体による引力まで……世界の全てを【異能】によって捉え、計算する事によって、私は未来を導き出している。

 

 であるならば。

 私の【異能】が使えない時……それは、『()()()()()()()()()()()()』が、この世界に入って来たと言うことではないだろうか?

 

 この世界に存在しないはずの物。

 世界の外にある……あるいは、人間()の理解の外にある超越的存在。

 『神』。

 

 ……この発想に至る切っ掛けには、やはり聖教……ルキア・イグナティウスの存在が大きかった。彼女には、本当に感謝している。私は当時、初代王の手記を読むことが出来なかった。自信満々に振舞いながら、内心はとうに折れていたのだろう。だが、今は彼女を通じて読むことが出来ている。未来を共有する協力者の存在に、私がどれだけ救われていたか。筆舌に尽くしがたい。

 

 ルキアが、また一つページをめくる。

 初代王の遺した、【誓願術式】。その詳細が開示されていく。

 

 

 

 

『まず。理解しがたいかもしれないが、この世界は()()()()()

 世界には意思があり、世界自身の流れを正しく調節しようとする機能がある。

 

 例えば、地下を流れる魔力の流れが乱れたり。隕石が落ちたり、火山が噴火したり……そういう予期せぬアクシデントによって世界のバランスが崩れた時、均衡を保とうとする意志が働く。

 

 世界が動く事は滅多にない。たいていの場合、そういうトラブルは時と共に収まっていくからな。だが時折、世界の均衡が大きく崩れかねないような異変が起きる事もある。

 

 そういう時、世界は異変を解決する為に、己の【代行者】を送り込む。免疫機構……と言って伝わるだろうか。人体にも存在する、外敵を打ち倒すための身体機能だ。それと同じように、世界にも異変を片付ける掃除屋が存在する。

 

 自分に置き換えて想像してみてくれ。軽い体調不良なら自然に治るが、大怪我や大病を患ったりしたら、()を飲むだろ? 世界も、それと同じことをする。己以外の何かに、病気の解決を任せるんだ。

 

 世界の免疫機構にして代行者。世界を侵す災厄に対抗する、特効薬(マジックバレット)

 

 それを、【使()()】と呼ぶ。

 

 【使徒】が選ばれる基準はそれぞれだ。長命種である龍は【使徒】として選ばれやすいらしいが、それもあくまで薄っすらとした傾向の話だ。大昔には、噴火に立ち向かった兎の使徒もいたらしいぜ。

 

 使徒は、基本的に普通の生物と何も変わらない。

 【異能】を有していたりいなかったり、頭がキレたりキレなかったり、他の生物を何となく惹きつけるカリスマがあったりなかったり……一口に使徒と言っても千差万別だが、彼らにも一つ共通点はある。

 

 世界が選定する以上―――『問題解決に、最も適した資質を持つ者』が選ばれると言う事だ。

 

 それ以外に一切の基準は無い。世界のありとあらゆる生物から、そして別世界からもその都度異なる基準を最も満たした物が【使徒】として選ばれる。

 

 使徒は、神によって造られる訳じゃない。

 日々普通に生きていた誰かが、ある日唐突に使徒として指名されるわけだ。

 

 ……だからまあ、『どんな目に遭おうが諦めない』ってだけで選ばれた()()()()()()()、後々【英雄】に死ぬほど振り回されてゲボ吐く羽目になる訳だが……。まあ、そこに文句は言うまい。俺も一応、神には感謝している身でね。

 

 改めて、自己紹介をしておこう。

 『人類の生存圏確保』の為に神から遣わされた、人類史上一人目の代行者。

 

 使徒、アルリム・エリドゥだ。

 

 中間捕食者……って言っても伝わらないか。生態系の一部って言えば分かるか……? まあとにかく、世界の一部であるはずだった人間が内ゲバやって滅びそうになってるから、急遽テコ入れの為に遣わされた雑魚の使徒だ。戦闘能力とか一個も無い。 

 

 血反吐撒き散らしながら、なんとか国に見えなくもない何かをでっち上げる事は出来たが……これがもう、子供が作った砂の城より脆い脆い。もうさァッ無理だよ【英雄】が言う事聞かないんだからさァッ って事で、正直こんな国死後10年も持つわけねーべと思っている。

 

 だから、これは保険の一種だ。

 

 この国はほぼ俺のにわか知識で造っている上に、【英雄】の我儘を取り入れざるを得なかったせいで権力構造も滅茶苦茶だが……それでも、愛着はある。愛国心ってやつだ。

 

 正直に言って、この世界はひどく歪で、不安定だ。エネルギー保存の法則をブッ壊している【異能】に始まり、しょっちゅう頻発する災害や異常事態……。俺のいた世界俺の思う世界とは似ても似つかない。世界自体がまだ年若いらしいが (それでも何億年は経ってるだろうがな)、いつまた世界のバランスが崩れる事態が起きるか分かったもんじゃない。

 

 そしてその時、【使徒】が正確に遣わされるかも。

 

 世界は、お前が思っている以上に不安定だ。世界その物の屋台骨を揺るがす様な何かが起きた時……もしかすると、何らかの事情で使徒を送り込めない事態に陥っているかもしれない。だからその為に、此処に世界へのアクセス経路を残しておくという訳だ。ただの()()だがな。

 

 まあ……一応、俺の造った国とか、【英雄(アホ)】どもの子孫とか、もし残ってたらちゃんと生き延びて欲しいからな。

 ちゃんと人類が生き延びていて、にも拘らず異変が起きていて、尚且つ世界のシステムにも何らかの不具合が起きている……そういう最悪に最悪を重ねた為に、この手記をしたためている訳だ。

 

 頭のイカれた英雄たちと、せめてマトモに話し合う為に授けられた俺の異能。

 【統一言語(マスターロゴス)】。

 

 それを、この世界の意志―――神に、通じるよう条件を加えて改良した術式。それが、【誓願術式】だ。

 

 使えば、お前は神に言葉を伝えて……【使徒】を召喚するよう、直接働きかける事が出来る。

 バグを起こしたシステムに、直接プログラミングコードを叩きつけられるって訳だ。この例えは多分通じないだろうけどな。

 

  【使徒】は、それぞれ状況に応じて最適な資質を持つ者が選ばれる。逆説的に言うと、"滅亡の原因"がハッキリと分かっていなければ、たとえ使徒が召喚されたとしても役に立つとは限らない。だがこれを読むまでに散々試行錯誤を繰り返したお前なら、既に滅亡の原因が分かっているはずだ。問題にはならないだろう。

 

 ……散々引っ張って明かした最終手段が、文字通りの神頼みでがっかりしたか?

  申し訳ないが、まだ悪い知らせは続く。

 

 【誓願術式】は、対象と接触しなければ効果を発揮しない。

 この術式を扱う者は、神と直接相対する必要がある。

 

 世界全て―――生きとし生ける者全てを管理する、集合的無意識めいた何か。そんな物が、俺たちが立つ大地と地続きの何処かにいるわけが無い。

 神と接触するには、天上の世界に……天国、楽園、根源……言い方は何でもいいが、そういう次元の狭間へ行かなければならない。

 

 ―――死ぬ事によって。

 

 ……人類全体と一人の命を天秤にかけろとか、必要な犠牲だとか、これ以外に手段は無い、仕方が無いんだとか……そういう通り一辺倒の事は、取り敢えず書いておく。これで気が楽になる訳もないと思うが、俺にはその程度の事しか出来ない。

 

 これを読める奴が、一人の命を『些細な犠牲』程度で割り切れるはずが無いと分かっている。保険だなんだと格好つけて、この程度の手段しか遺せない俺の無様さを詫びさせてくれ。

 

 もう一度だけここに書き記しておく。

 ……お前はこれを使ってもいいし、使わなくてもいい。』

 

 

 

 

「……初代王ってのは、随分屈折した人だったみたいね。しかも、異様に自己評価が低い」

 

 十人を超える英雄を部下におき、人類の決定的なターニングポイントとなる大国を築き上げ、なおかつ後世へ逆転の切札を遺した偉人が、まるで叱られた子供のようにつらつらと言い訳を述べている。しかもその手段だって、たった一人の命で状況をひっくり返せる最高の物だというのに。

 

 チグハグな人物像へそう感想を漏らしながら、続きを読んでいく。

 この先は、【誓願術式】の具体的な内容が記されているようだ。

 

 初代王の部下が得意としていた【屍術】による、死後魂のままで数瞬意識を保つ方法。初代王の異能、【統一言語】によって紡がれた、神へ通じる言語。暗殺者の配下が編み出した、『眠るように苦痛なく死ねる毒』のレシピまで。他にも多数、決して失敗しないよう微に入り細を穿つように手順が解説されている。

 

 【使徒】の遺した、神へ具申するための術式だ。失敗しないよう、万全の対策が施されているのを感じる。

 

 正直に言って、【使徒】辺りの話は一部黒塗りになっていた部分もあったせいで完璧に理解できてはいない。

……だが、この世界に『神』が居て、それは異変を解決する力を持っている。その事だけ分かれば、私にとっては十分だ。

 

『……カサンドラさん』

 

 ルキアが、最後まで本を読み終わったらしい。

 パタンと本を閉じたルキアが、そうポツリと呟いた。周囲には、彼女が【異能】を使う際に発生する虹色の泡がゆらりと浮いている。

 

「……どうしたの?」

『……初代王の手記を、読みました。過去の【異能】によってプロテクトが掛けられていて、今の今まで発見できませんでしたが……読み終わった今なら、その理由も理解できます。こんな内容(もの)、気軽に広められるわけが無い』

 

 彼女からの干渉を感じ取って、私もまた言葉を返す。

 虚空を眺めるルキアの顔は、恐ろしいほどの()()()だった。大きく煌めく眼と相まって、そうしているとまるで高級な人形のようにすら見える。

 

 だが、私は知っている。彼女はこういう時、内に秘めるのだ。

 破滅回避の手掛かりを見つけた喜び、その為に誰かが命を捧げなければいけないという事への反発、初代王への敬意、『神』という人智を超えた者への混乱……そして、何もかも理想通りにならない、世界への怒り。全てを、彼女は内に秘めてしまうから。だから、外見には何も現れない。

 

 そうだ。彼女は、ずっと怒っている。

 この手記に対してだけではない。夕食に出てきた嫌いな野菜に怒り、家庭教師に怒り、懺悔として聞く犯罪に怒り、悲劇に怒り、理不尽に怒り、不平等に、我慢に、不義に、不幸に怒り……。

 

 優しい娘なのだ。

 世界はこんなにも、思い通りにならなくて厳しいから。

 大好きな人々を助けてあげられない事を、そんな自分の事を一番怒っている。

 

「私がやるわ」

『―――――――』

「ごめんなさい。ちょっと前から、貴女の事は視ていたわ。初代王が遺した、【誓願術式】についても全て。その上で言うけれど、私が適任だと思うわ」

 

 手記に課せられた条件を考察すれば、初代王の考えも少しは読み取れる。

 恐らく初代王は、この手記を読んだ者がそのまま【誓願術式】を使う事を想定している。無論、誰か別の生贄を用意するパターンも考えているだろうが……世界を救おうとする善性の持ち主が、そうしない事もまた予測しているはずだ。

 

 国の権力者などにこの方法が渡り、無尽蔵に使徒が量産される事を避けたかったのだろう。

 子孫の事を心配しながら、しかし与えた手段が乱用される事も恐れて、だが手記を残さないという選択も出来ず……初代王も、何が正しいのか迷いながら手記を遺したのだろう。王というのは、色々複雑なようだ。

 

 私の好きな人も、よくそういう事を話していた。国を愛し、王としての責務に殉じようという思いがある。それと同時に、好きになった人()と共に全てを捨てて自由になりたいという思いもあると。どちらも本当だから、余計に苦しいのだ。そういう思い悩む哲学者めいた所が可愛くて、つい絆されてしまったのだが。

 

 【異能】のお陰で随分長く生きたし、好きな人と結婚する事も出来た。更にここで世界を救って終われるとなれば、最上級の”あがり”だろう。

 

『何を……いや。貴女が死ねば、もう未来改変が……!』

「未来は変わったわ。もう、これ以上の改変は必要ない」

 

 正確には、『何も見えない』という事は変わらないが……今までの真っ暗闇では無く、強い光に包まれて見えなくなっている。

 【使徒】という神の力が、近く地上に降りるのだろう。人智を超えた力に私の【異能】は機能不全を起こし、ただ『光』という漠然としたイメージしか掴めなくなっている。

 

「肩の荷が下りたわ。……すごく今、満ち足りた気分なの」

 

 私は、幾つもルキアに嘘を吐いてきた。

 未来視と過去視の組み合わせによる疑似的なループを用いて、私達は未来を変え続けてきたが……あくまで、その()()()()なのだ。 

 私が未来を観測し、結果を変える。私だけが、無数に枝分かれする未来の全てを()り……()()()()の記憶を保持しておくことが出来る。

  

 つまり。私は、ルキアが認識している何倍ものループを行って来たという事だ。

 

 【異能】で見た未来を含めて、いったい何年生きただろう。この世界を楽しみ尽くしたと、今の私は何の憂いも無くそう言える。

 

「言っておくけど、貴女がどう止めたって勝手にやるわよ。 分かってるでしょう? どうせ、もうそろそろ私は死ぬわ。有効活用しないと損よ」

『……ええ。ええ。確かに、そうでしょうね。世界と、一人の命。比べるべくもない……』

 

 押し殺したような声で、ルキアがそう言った。沢山あっただろう言いたい事を、全て内側に封じ込めて。

 

『分かっています……。貴女がそういう、自分の命に無頓着な人だって事。こんなの、私が殺すような物なのに……私じゃ、貴女を止められないって事も……』

「随分後ろ向きなのね。たった二人で足掻いた結果、遂に神まで動かす事が出来るのよ? 誰がどう見たって大勝利でしょう。泣くんじゃなくて笑いなさい、ルキア。私と私の娘の次に可愛い貴女は、いつも美しく微笑んでいなくちゃ駄目よ」

『っ……ふふ……。私は、三番目ですか』

 

 ルキアに私を止める事は出来ない。精神的にも、物理的な意味でも。

 

 初代王の手記を読み、【誓願術式】を使用できるのは私とルキアだけだ。

 そして時間という断絶がある以上、過去に居る私に全ての優位性がある。ルキアはどうあがいても、私より先に術式を使う事は出来ない。

 

『……死んでください。カサンドラ・アストリア。世界を救うために、神に命を捧げて……』

「ええ、喜んで」

 

 にっこり笑って、私はそう言った。

 可愛いわね、ルキア。貴女は嫌がるかもしれないけど、娘のように愛していたわ。

 

「でも悪いけど、あと一週間くらい待ってくれる? そろそろ出産予定日なのよね。その程度なら予知にも影響は無いわ」

『ええ、ええ……』

 

 大きくなったお腹を撫でて、そう言う。ルキアの言葉はもはや、嗚咽にしかなっていなかった。

 

 運命という物が、もしあるとしたら。時間を好きに操った私達の行動も、結局はその道筋を沿っていただけなのだろうか。

 

 私は、『出産直後に死ぬ』と未来で決まっていた。ルキアの居る未来でも同様に。

 だが恐らく、この運命は変えようと思えば変えれたはずだ。まず結婚しなければよいし、その後もルキアから聖国の医療技術を教えてもらうとか、方法は幾らでもあったのだ。

 

 

『ほら、ルキア。見てごらん? 貴女の妹のようなものよ』

『ふん……勝手に母親面されてるのも、未だ不服ではありますがね。何ですかこんな娘、ちょっと小さくてふよふよしてるからって……あっ、指を握りました!』

『だぁあ……あああ!』

『わあ、わあぁ……。ちっちゃいですね、赤ちゃんって……。ふふっ、お姉ちゃんですよ~……』

 

 

 多分……やろうと思えば、生き延びてルキアと直接出会う事も出来たのだろう。そういう未来も、私には見える。世界を救う事を諦め、家族だけの幸福を求めれば……きっと、別の光景があったはずだ。

 

 私は、私の思うように生きた。後悔など一つも無い。好きな事をして、好きな人と結婚して、愛する娘を産んだ。ルキアもそうだろう。誰一人、何かを強制されてなどいない。それぞれが思い思いに生きた結果として、今のこの世界がある。予言者()が、救世主(使徒)を喚び出す未来がある。

 

 それぞれの自由な行動の結果、結果が一つに収束する。世界が救われる、社会全体の幸福へと。

 神の見えざる手というのは、こういう事を言うのだろうか。唯人(ただびと)の私にとっては、何とも不思議に思える。

 

「……じゃあ、もう少しだけどお願いね。使徒が来た先の未来は、もう見えないけれど……それまで、せめて少しでもより良い未来にしましょうか」

『……ええ。そう、そうですね……。まだ、出来る事はあるはずですから』

 

 とにかく魔王軍に対抗するために、各国の軍備を後先考えず増強しまくったせいで……この先、帝国と王国が戦争する未来がかすかに見える。その辺りから光が強くなり、上手く見えないが……せめて、王国がすぐに負けないよう、できる限りの細工はしておこう。

 

 

 

 そうして、細かな改変を繰り返しながら…………一週間が過ぎた。

 

 

 

「ふふ……やっぱり、可愛いわね。世界で2番目に可愛いわ」

『……嘘でも、世界一って言っといた方が良いですよ』

「娘を産んだのは私よ。つまり、もし娘が世界一可愛くなったとしても、やっぱりそれを産んだ私が世界一可愛いって事になるわね」

『暴君の理屈ですね……』

 

 ベッドですやすやと眠る我が子の頭を撫でながら、そう微笑む。

 

 出産というのは、こんなにも大変なのかと思い知らされた。こんなに美しい私が、外面を取り繕う余裕を一切無くしてしまうとは。『骨の形が』とか、『腰の細さが悪さしてる』とか色々言われたが……全く、美の化身の如くスタイルが良いのも考え物である。

 

 まあ、命を一つこの世に産み落とすのだ。簡単なはずもない。許してやろう、寛大な心で。

 

『……決心は、変わりませんか?』

 

 ルキアが、顔を伏せながらそう聞いてきた。

 

『可愛いじゃないですか、子供……。その子の為にも、もう少し生きようとか……他の、手段を探そうとか……。そういう気には、なりませんか……?』

「ならないわね」

 

 震える声で聞いてくるルキアの最後の頼みを、私はそう一蹴する。

 

「正直、もう殆ど体力が無いのよね。【誓願術式】を使わなかったところで、多分私は一週間も持たないわよ」

 

 ……元々、出産に耐えられる身体では無かったのだろう。この体の内に有ったはずの命の大部分が、何処かに抜け落ちてしまっているのを感じた。未来を変える手段は無数にあったが、今からではもうどうにもならない。

 

 そもそも、私はそれを選ばなかったのだ。無数の選択を、私は自分の意思で選んだ。

 

 国を愛するあの人を好きになったから、共に王国を捨てて逃げなかった。可愛い娘を産みたかったから、止められても出産を強行した。愛する夫と()()()娘を守るために、術式を起動する事を選んだ。

 

 悔いはない。

 

「―――楽しかったわね、ルキア。最高の人生だったわ」

『……はい。貴女の事、母親のように思ってました』

 

 そう。私もよ。

 

 好きに演じて、思うがままに生きて……そして今、世界を救って死ぬのだ。

 こんな素晴らしい人生が、他にあるか?

 

「…………【誓願術式】、起動」

 

 最後にマリーの頬へキスしてから、私は術式を起動した。部屋いっぱいに、複雑な魔法陣の球体が広がる。

 痛覚を遮断し、屍術で不完全な仮死状態にして……そのまま、【統一言語(マスターロゴス)】による世界と神への干渉が始まる。他人の【異能】を私が曲がりなりにも使えているのも、初代王の配下にそのような能力の持ち主が居たのだろう。記述にあった、条件を付与する異能の持ち主だろうか?

 

 視界が明滅する。部屋の風景の線がボヤける。今いる部屋と、何処か白い空間が二重に見える。

 

「……ごめんなさいね、マリー。貴女、多分これから先すっごく苦労するわ」

 

 平民出身の私を妃として迎える事自体、相当な横車を押したのだ。夫の権力は大きく減じている。その上で私が死ねば、この娘に対する風当たりの強さは想像もつかない。夫も、表立って庇う事は出来ないだろう。

 

 母親として、貴女を守ってあげたかったのだけれど。どうにも、駄目な母親でごめんなさい。

 

「でも、代わりに……貴女のこれから先を、ちゃんと守ってあげるから。苦労も幸せも、貴女がちゃんと経験出来るようにするから。だから―――」

 

 視界が、ついに白く染まる。

 

 どこまでも続く白亜の空間。その遥か遠くに、何か巨大な球体が浮かんでいるように見える。遥か遠くにあるはずなのに、見上げる程に大きい。球体には細かく線が入っており、呼吸のように白く明滅している。

 

 きっと、あれが『神』なのだ。なら、此処は天国か?

 近づこうとした次の瞬間には、もう目の前に居る。ここに距離や空間の概念は無いのだと、何故か直感的に分かった。

 

 手を伸ばす。さっきから、耳鳴りがする。手の先がかすかに崩れ始めている。全く、此処に来て初めて分かる事ばかりだ。此処は、全ての魂が還る場所。天国、楽園と人が呼ぶ、世界の根源なのだ。私も当然、細かに分解されてまた別の何かに再構築される。

 

 それでも、手を伸ばす。『神』へ直接接触しなければ、【統一言語(マスターロゴス)】は発動しないから。ボロボロと崩れる手足を、必死に伸ばして――――

 

 

 

 

 

【―――使徒召喚シーケンス、起動。】

  

 

 

 

 

 その言葉を確かに聞き届けて、私の意識は無になった。

 

 






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メロンブックス無償特典:『クライヒハルトの胡蝶之夢:現パロ編』。ボクシング部エースの倉井陽人(くらいはると)と、そのマネージャー麻里衣(まりい)の話(約2500字)
メロンブックス有償限定版特典:『クライヒハルトの救済、あるいは先代英雄の凋落』。王国先代英雄、レリア・フォン・ワーズワースとクライヒハルトの話(約3万4000字)
ゲーマーズ無償特典:『クライヒハルトとリラトゥの小話、あるいは本編終了後の何気ない会話』。【未開拓領域】平定後、領地開拓をしながらリラトゥと喋る話 (約2000字)
とらのあな無償特典:『クライヒハルトの胡蝶之夢:様々なIF編』タイトル通り。(約1000字)

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よろしくお願い致します。
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