『寄生獣』と『ヒストリエ』に見る「人間」の構造美――岩明均の描く“喪失と赦し”の文学性

岩明均の代表作『寄生獣』は、単なるSF・ホラー漫画の枠を超えた、“人間”という存在の本質に迫る哲学的作品である。そしてその後継たる『ヒストリエ』は、より歴史的文脈の中で、同様の主題を違った角度から掘り下げる。

■『寄生獣』――喪失の連鎖と倫理の回復

『寄生獣』の物語は、人間の頭部を乗っ取る謎の寄生生物との共存・対立を軸に進行するが、その本質は「人間性の再構築」にある。新一は、母を殺され、その後、母の姿をした寄生獣を自らの手で殺さなければならない。この“倫理の逆転”とも言える体験は、新一の感情を凍らせ、彼を一度「人間でないもの」へと変質させる。

この段階において、作品には“母”の三重構造が成立している。すなわち、(1)実の母、(2)その姿を借りた寄生獣、(3)最終的に“母性”を体現する田村玲子。この三重の構造は、単なる生物的存在としての母を超え、“母とは何か”“人間の本質とは何か”という問いを浮き彫りにする。

物語の終盤、かつて冷酷だった寄生生物・田村玲子が“母性”に目覚め、自らの命と引き換えに赤ん坊を守る。その姿を見た新一は、彼女に自らの母の面影を見る。ここに至って、新一は“殺した母”を“敵であった存在”の中に見出し、失った人間性を取り戻すのである。

これは「喪失→倫理の破壊→赦し→回復」という、一つの輪廻であり、読者に深い感情的共鳴を呼び起こす。ここで描かれる“補助線”は、生命や倫理の曖昧な境界を視覚化し、“人間であるとは何か”を思春期という変質の季節を通して問いかけてくる。

さらに、倉森という凡庸な中年男の存在が重要だ。彼は、寄生獣に娘を殺され、復讐を誓いながらも結局は何もできない。その弱さと諦念の中に、人間らしさの極致がある。新一と倉森の対話は、人間であることの“肯定”に満ちている。

新一が田村玲子の死を通じて「母」を回収したとき、彼の中で“思春期”は終わる。つまり、彼はこの物語の中で「倫理なき本能の時代」→「感情なき合理の時代」→「赦しを通した回復の時代」と移行することで、青春そのものに訣別していく。物語のラストで彼が涙を流さないことは、感情の欠落ではなく、成熟の証である。

■『ヒストリエ』――知と孤独、そして人間性の選択

『ヒストリエ』の主人公エウメネスは、歴史の中で確かに存在したが、記録に乏しい人物である。岩明はこの空白を、「世界の本質が見えすぎてしまう男」として再構築する。エウメネスは冷静で知的でありながら、決して非情ではない。彼の中には、常に“人であること”を選び続ける意志がある。

特筆すべきは、エウリュディケの死の場面である。彼女は若く、無垢で、美しい存在でありながら、自分の意志で生きることも、誰かに愛されることもないままに命を絶たれる。この死が、エウメネスの中にある“涙”を引き出す。彼が人として涙を流すその瞬間、観察者だった男が、初めて「ただの人間」になる。

これは、『寄生獣』で言えば田村玲子の死のシーンに通ずる。“敵”や“異物”であった存在が、“人間性”の最後のピースになる。岩明均は、非人間的な存在や冷酷な社会構造の中に、あえて“人間の最後の断片”を宿らせる。そうすることで、私たち読者は、人間とは何かという問いに、答えではなく“沈黙と余韻”をもって応答することになる。

そして『ヒストリエ』においてもまた、エウリュディケの死は、エウメネスにとっての“青春の終焉”として機能している。それは“守りたくても守れなかった存在”を前に、彼がただ一人の“人間”として涙を流すことを許された瞬間であり、思春期という観察と理性の時代が終わり、“情”を引き受ける人格の誕生を意味する。

■結語――人間とは、赦し得る存在である

『寄生獣』も『ヒストリエ』も、結局は「赦し」と「喪失」をめぐる物語である。力や知性ではなく、弱さと涙、そして他者に対する沈黙の理解こそが、“人間である”ということの証明なのである。

母という存在の重層的な意味性、他者との境界を引く補助線、そして思春期からの訣別──。 岩明均は、その筆致で“語られざる感情”を描き切る数少ない作家である。彼の作品は、我々が何を失い、何を取り戻そうとするのか、その問いの前で静かに佇んでいる。


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