ヒルベルト空間において非常に基本的な定理である射影定理 (projection theorem) について,その定理の主張と証明を行いましょう。
ヒルベルト空間における射影定理
実あるいは複素ヒルベルト空間 H に対して,A⊂H が凸集合 (convex set) であるとは,
x,y∈A⟹tx+(1−t)y∈A(0≤t≤1)
を意味します(→凸集合とは何かをわかりやすく~定義と性質~)。このことを踏まえて,定理を述べましょう。
定理1 (射影定理)
H をヒルベルト空間とし,A⊂H を空でない閉凸集合とする。このとき,任意の x∈X に対して,
∥x−y∥=a∈Ainf∥x−a∥
となる y∈A が唯一つ存在する。また,A が閉部分空間ならば,x−y⊥A である。
x∈A なら,単に y=x とすればよいです。
x−y⊥A とは,∀a∈A,⟨x−y,a⟩=0 の意味です。
閉部分空間は明らかに閉凸集合ですから,定理1の「閉凸集合」の部分は「閉部分空間」にしても成立します。x=y+(x−y) であり,y⊥x−y ですから,さらに以下の定理が成立します。
定理2(射影定理2)
H をヒルベルト空間,L⊂H をその閉部分空間とする。また,
L⊥={x∈H∣⟨x,y⟩=0,∀y∈L}
を L の直交補空間とする。このとき,任意の x∈H に対し,
x=y+z,y∈L,z∈L⊥
となる y,z が唯一つ存在する。特に,H=L⊕L⊥ である(→ベクトル空間の和・直和の定義)。
直交補空間については,以下の記事でも掘り下げています。
定理1と2はどちらも射影定理と言われます。
射影定理の証明
さて,早速証明しましょう。
H をヒルベルト空間とし,A⊂H を空でない閉凸集合とする。このとき,任意の x∈X に対して,
∥x−y∥=a∈Ainf∥x−a∥
となる y∈A が唯一つ存在する。また,A が閉部分空間ならば,x−y⊥A である
- y の存在性について
- y の一意性について
- A が閉部分空間のとき x−y⊥A について
に分けて証明していきましょう。どれもある程度テクニカルであり,証明も大事ですが,結果を身につけることがとても大切です。
定理1の証明
1. y の存在性について
infa∈A∥x−a∥=α とおく。下限(inf)の定義より,{yn}⊂A で,limn→∞∥x−yn∥=α となるものが存在する。中線定理も用いることで,
∥ym−yn∥2=∥(ym−x)−(yn−x)∥2=2(∥ym−x∥2+∥yn−x∥2)−∥(ym−x)+(yn−x)∥2=2(∥ym−x∥2+∥yn−x∥2)−4∥∥2ym+yn−x∥∥2
である。A は凸より,2ym+yn∈A である。ゆえに α の定義より,∣2ym+yn−x∥≥α である。したがって,
∥ym−yn∥2≤2(∥ym−x∥2+∥yn−x∥2)−4α2n→∞2(α2+α2)−4α2=0
となり,{yn} はコーシー列である。ゆえに ynn→∞y∈H が存在し,A は閉より,y∈A である。ここで,
α≤∥x−y∥≤∥x−yn∥+∥yn−y∥n→∞α+0
より,∥x−y∥=α である。以上から存在性が示せた。
2. y の一意性について
y1,y2∈A が ∥x−y1∥=∥x−y2∥=α をみたすとする。中線定理より,
∥(x−y1)+(x−y2)∥2+∥(x−y1)−(x−y2)∥2=2(∥x−y1∥2+∥x−y2∥2).
言い換えると,
4∥∥x−2y1+y2∥∥2+∥y1−y2∥2=4α2.
A は凸より,2y1+y2∈A なので,α の定義より,∥x−2y1+y2∥≥α である。よって,上式は
4α2+∥y1−y2∥2≤4α2.
したがって,y1=y2 となって,一意性が示せた。
3. A が閉部分空間のとき x−y⊥A について
z=x−y と略記する。a∈A とし,さらに ρ=⟨z,a⟩ とする。ρ=0 を示せばよい。t∈C について,tρa∈A である。φ(t)=∥z−tρa∥ と定めると,∥x−y∥ の最小性より,φ(0)≤φ(t) である。 一方で,t∈R なら,
∥z−tρa∥2=∥z∥2−2∣ρ∣2t+∣ρ∣2∥a∥2t2
となるため,ρ=0 でなければ φ(0)≤φ(t) に矛盾する。
証明終
H をヒルベルト空間,L⊂H をその閉部分空間とする。また,
L⊥={x∈H∣⟨x,y⟩=0,∀y∈L}
を L の直交補空間とする。このとき,任意の x∈H に対し,
x=y+z,y∈L,z∈L⊥
となる y,z が唯一つ存在する。特に,H=L⊕L⊥ である(→ベクトル空間の和・直和の定義)。
定理2の証明
存在性については,定理1より明らか。
一意性について
x=y1+z1=y2+z2,y1,y2∈L,z1,z2∈L⊥ とする。このとき,y1−y2=z2−z1∈L∩L⊥={0} であるから,y1=y2,z1=z2 となり,一意である。
証明終
一意性の証明は,ベクトル空間の和・直和の定義とその次元の等式の証明での証明と同じで,一般のベクトル空間でも成立します。
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