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阪神暗黒時代伝説③~あるある編

・選手全員が中途半端という奇跡。

 打つ方は全員が下位打線の小兵選手。

 投げる方は全員が敗戦処理系リリーフ。

・三連敗は連敗に入らず。

 真の連敗は二けた負けること。

・和田豊の打率だけが楽しみ。

・お立ち台で新庄が「明日も勝つ!」と宣言する。

 翌日から怒涛の 12 連敗。

・少年隊と言えば、和田豊、大野久、中野佐資。

・NHKと言えば、中西清起、平田勝男、木戸克彦。

・ファン感謝デーでたけし軍団に敗れる。

・巨人の先発が、斎藤、槇原、桑田だと三連敗を覚悟。

・ベンチ入りピッチャーの半分がアンダースローやサイドスロー。

 先発の川尻にはじまって、伊藤敦、遠山、葛西、田村と出てくる投手が全員アンダースローやサイドスローということもしばしば。

 ロッテに移籍した遠山も、阪神復帰時はサイドスロー。

 当時、サイドスロー、アンダースローはお約束。

・無死満塁のチャンスで、中軸が三者連続三振。

・新庄、檜山、大豊と四番がいつも大型扇風機。

・巨人の槙原に、「若い頃の檜山は、フォークボールを投げておけば、ワンバウンドでも振ってくるような楽なバッターだった」と言われる。

・四番がなぜか平塚克洋。

・キャンプで居残り練習をしているのが和田と坪井の二人だけ。

・スポーツ新聞で「阪神一位」と書いてあるので、よく見たら、評論家の最下位予想数が一位だった。

・プロ野球珍プレー好プレーでは、好プレーで出ることはない。

・バースの再来は来ない。

・掛布二世はいない。

・江夏二世もいない。

・野村監督時代にカツノリが入団した際は「本物の二世」と言われる。

・川藤幸三が外野守備コーチに就任する。

 一部のファンから疑問の声が上がる。

 翌年は、一軍総合コーチに就任する。

 さらに疑問の声が上がる。

・オーナーが「中村の采配はスカタンや」と発言。

 中村監督、そのまま休養する。

 ・新庄のおバカ発言

「僕、Jリーガーになりたいんです」

「主食はポテトチップスです」

「ジーパンが似合わなくなるんで、下半身は鍛えません」

「僕は外人になりたいんです」

(この時は、髪の毛を緑色にしている)

・1998 年の横浜との開幕戦

 一番の和田がヒットで出塁。

 続く二番の桧山がダブルプレー。

 あとは九回までパーフェクトの準完全試合となる。

・スポーツ紙に「阪神、破竹の二連勝」と書かれる。

・ちびっこ阪神ファンにダメ出しをされる。

・最下位を脱出しただけでファンが大騒ぎ。

・多くのピッチャーが、防御率はそこそこにもかかわらず、 7勝 12 敗と負け数の方が多かったりする。

・二軍がやたらと強い。

・ノックアウトされた投手の多くは、ブルペンでは調子が良かった。

・平凡なセカンドゴロを量産するバッターが多い。

・PL学園より弱いと言われる。

・ 19 時になってテレビの野球中継を見ると、すでに先発投手が降板している。

・開幕前にファンが勝ち星を計算すると、なぜかいつも百勝を超えてしまう。

・1992 年に優勝を逃したのは「八木の幻のホームラン」のせいと言われる。

・「ヨワイワヨ ハンシンハ ヨワイワヨ」という回分が誕生する。

・巨人ファンにとって巨人は趣味の一つ。阪神ファンにとって阪神は生活の一部(西本聖)

・阪神ファンにとって球場での応援は「観戦」ではなく「参戦」である。(国定浩一)

・その一方で、負けること前提で試合観戦をしたりもする。

・阪神が負けても、巨人も負けると盛り上がる。

・阪神タイガース 60 周年の年に、サンテレビが豪華賞品を用意して、阪神が 60 勝するのはいつかという企画を行う。

 ちなみに、そのシーズンは 46 勝止まり。

・期待されたピッチャーのほとんどが大した活躍もないままベテランになる。

・七夕の短冊に「阪神優勝」と書く。

 叶うことはない。

・順位表は下から見る。

・月曜日は阪神が負けない日。

・四番に偵察メンバーが入ることがある。

・死のロードの前にとっくに死んでいる。

・投手が好投すると打線が沈黙、打線が爆発すると投手が大炎上。

・大量得点で勝った日は、明日に取っといてくれと思う。

・トレードで出した、野田、オマリー、関川が、移籍先で優勝に貢献する活躍をする。

・トレードで来た、山沖、高橋慶彦、藤本修二が、不思議なくらい全く活躍しない。

・藪恵一が、六回、七回あたりにいつも打たれる。

 突発性炎上症候群と言われたりする。

・藪恵一が、野球が六回までなら大エースと言われる。

・山田勝彦の打率が、自分の身長(183㎝)とそんなに変わらない。

 九番のピッチャーの方が、打率が高い場合がある。

・阪神の下位打線、七番・久慈、八番・山田、九番・ピッチャーは、相手ピッチャーからするとオアシス。

・山田勝彦の配球が、いつも外角スライダーのワンパターンと言われる。

・バッターボックスに山田勝彦が立っている時に、インコースの球をよけた際に、解説の吉田義男から「当たれー!」と言われる。

・ストッパーの田村が、契約更改の際に、ママチャリで球団事務所に行く。

・サンテレビの解説者に、「伊藤とマイク仲田はブルペンだと沢村賞なんですがね」と言われる。

・野球中継で、実況アナが「一回の表、先頭打者にストレートのフォアボール」と言った場合、先発は、猪俣隆であることが多い。

・猪俣隆、谷沢健一から「キャッチボールに毛が生えた程度の投球」と酷評される。

・猪俣隆、プロ入りして以来 79 打席連続無安打という珍記録をマークしている。

 ちなみに、現在は、アメリカですし職人をしている。

・今岡の走塁に対して、「やる気がない」「手抜きに見える」「スター選手気取り」と野村監督が激怒する。

・西武の清原和博がFA宣言をした際に、吉田監督が「縦じまを横じまにしてでも来て欲しい」と清原獲得に覚悟を見せる。

すると、清原も「阪神の熱意がすごく伝わった」と。

その後、巨人の長嶋監督が「思いっきり、僕の胸に飛び込んできて欲しい」と言うと、そのまま飛び込んでしまい、阪神清原は夢となる。

※実際に阪神から提示された条件は「 10 年契約・合計 36 億円・監督および球団社長への終身雇用」であり、一方で巨人から提示された条件は当初「 2年契約・合計 5億円程度」という大きな格差があったという。

・「遠山VS松井」は、野村阪神時代の名場面。

・「遠山⇒葛西⇒遠山」も、野村阪神時代の名場面。

・スポーツ紙に「坪井 4の 2、行けるぞ新人王!」とでっかく書かれ、その下に小さく「チームは 5連敗」と書かれる。

・スポーツ紙に「亀山!遅刻常習犯!最悪解雇」と書かれる。

・スポーツ紙に「亀起きて!目覚まし 12 個!」と書かれる。

・阪神タイガースの人生ゲームが売られる。

箱の表紙には「ノムさん、阪神強うしたってや!ホンマにたのんまっせ!」と書いてあった。

しかし、ノムさんをもってしても、三年連続最下位。

・野村監督が阪神監督に就任した際、一体百万円もする純金ノムさんを販売。

 最終的に売れたのは 27 体。

・野村再生工場として有名な野村監督でが、阪神監督時代は、今岡、坪井、大豊などの主力選手と衝突する。

・野村監督が阪神監督に就任した際、和田豊が、自分たちは野球選手である以上、やることは変わらないという意味で「僕たちは変わらない」と発言したところ、「だから、阪神はダメなんだ」と野村監督に怒られる。

・野村監督が生み出したF1セブンであるが、キャンプ中の短距離走で和田豊に負ける欠陥車が数台いたことが判明する。

・本来、F1セブンはF1エイトであったらしいが、野村監督が田中秀太を忘れていたらしい。

余談であるが、田中秀太のお父さんは、夏の甲子園で松山商業との戦いで奇跡のバックホームで敗れた熊本工業の田中久幸監督。

・ 98 年 4月に吉田監督がエイプリルフールにちなんで「阪神優勝」という架空のギャグ会見を開催する。

「皆様、一年間、応援ありがとうございました。こんなに嬉しいことはないです」とコメント。

フランス帰りの吉田監督が神の啓示でも受けたのかと周囲は大騒ぎする。

ちなみに、チームは一軍はお約束の最下位であったが、二軍は見事に優勝をする。

・久慈がファインプレーをした後に、実況がそのプレーを褒めると、解説者が「バッティングもこれぐらい素晴らしいと良いんですがね」と言う。

・一アウト満塁のピンチでなぜか半笑いの湯船敏郎。

 一応、ポーカーフェイスと言われていたが。

・1勝6敗の成績にもかかわらず、これまでの実績を理由に年俸アップを要求した川尻哲郎。

・「僕には野球センスがない」と言って引退を表明した新庄剛志。

・一時期、阪急(オリックス)から、山沖、星野、松永、石嶺、本西、平塚と大量の中古電車が阪神に出される。

・暗黒時代は、助っ人選手をカタログだけ見て取っていると言われる。

 

今回はこの辺で。

 

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