【動画】米ロサンゼルスで不法移民の一斉摘発に反発した人々らと当局の衝突が起きた=ロイター

「ルビコン川を渡った」 60年ぶり同意なき州兵派遣、米ロスでなぜ

サンフランシスコ=奈良部健

 米西部カリフォルニア州ロサンゼルスで、不法移民の一斉摘発への抗議行動が続いている問題で、州兵を派遣したトランプ大統領の手法に現地から批判が相次いでいる。州知事の同意なく州兵を大統領が派遣したのは、60年ぶり。トランプ氏が対立する民主党の牙城(がじょう)とされ、移民に寛容な政策をとる同州が標的になった可能性がある。

 トランプ氏が派遣を命じた州兵は、州ごとに編成された軍事組織。基本的には州知事の指揮下にあり、災害対応や州境の警備などの任務にあたる。ただ、連邦法の規定では、外国からの侵略や連邦政府への反乱が発生したり、あるいはその恐れがあったりして通常の軍では法の執行が難しい時には、州知事を通じて大統領が派遣できるとされる。

 トランプ氏が7日に署名した文書では、「抗議や暴力行為が法の執行を直接阻む場合、合衆国政府の権威に対する反乱のひとつの形態となる」とされており、今回の抗議を「反乱」や「反乱の恐れ」とみなした可能性がある。

 トランプ氏は州兵の派遣に先立ち、自身のSNS上に「カリフォルニア州知事とロサンゼルス市長が職務を果たせないなら、連邦政府が介入する」と投稿。「かつては偉大だった米国の都市ロサンゼルスは不法移民や犯罪者たちに侵略され、占領されている。暴力的な反乱者たちが連邦政府の捜査官たちを襲い、強制送還の作戦を阻止しようとしている」とも述べていた。

 一方、同州のニューサム知事は8日、「大統領は感情をあおっている」として、トランプ氏の対応は事態をエスカレートさせるだけだと批判した。「彼らは暴力を望んでいる。それが自分たちにとって政治的に得だと考えている」

 そして、トランプ氏の術中にはまらないよう、こう訴えた。「ロサンゼルスや全米でこの移民摘発に抗議している皆さん。彼らの望む見せ物を与えないでください」

 バス市長も「ロサンゼルスは移民の街」としたうえで「私たちが目にしているのは、政権によって引き起こされた混乱だ」と述べ、州兵の派遣に反対した。「職場を急襲し、親と子どもを引き離し、装甲車の車列を私たちの街中に走らせれば、恐怖と混乱を引き起こす」と訴えた。

 太平洋やメキシコに接したカリフォルニア州は全米でも移民の割合が高く、米報道によると、州全体の4人に1人(約27%)は外国生まれ。州別で最高だ。ロサンゼルスはその中心地で、約4割が外国生まれとされる。農業やエンタメ産業、サービス業などは彼らの存在なくして、成り立たない。

 また、この地域は連邦政府の移民税関捜査局(ICE)と地元警察や行政が協力することを制限したり、不法移民を含む被拘束者の弁護士費用を州が支援したりと、移民に寛容な政策をとっている。

 トランプ氏が牙をむいた背景には、こうした政権の移民政策に逆行する地域の実情や政策があるとみられる。

 さらに、同州は民主党の牙城とされ、ニューサム知事は立候補の表明はしていないものの、2028年の大統領選の民主党有力候補として取りざたされている。

 民主党知事協会は8日、「憂慮すべき権力の乱用だ」との声明を発表。「州知事は州兵の最高司令官であり、連邦政府が州知事と協議も連携もせずに、州内で州兵を動員することは効果がなく、かつ危険だ」とした。

 同州の民主党下院議員デイブ・ミン氏はX上で、今回の抗議は「侵略でも反乱でもない」とし、州兵の派遣には正当な法的根拠がないと訴える。「トランプ氏はルビコン川を渡り、独裁国家への道を歩もうとしている」

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この記事を書いた人
奈良部健
サンフランシスコ支局長
専門・関心分野
テック、インド、財政と政治、移民難民、経済安保
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    三牧聖子
    (同志社大学大学院教授=米国政治外交)
    2025年6月9日21時21分 投稿
    【視点】

    関税政策や減税政策、看板政策に黄信号が点る中、トランプにとって強硬な移民政策は支持者をつなぎ止める最後の砦だ。「不法移民からアメリカを守る大統領」というイメージを全面的に打ち出すためには、デモがさらに拡大し、大規模に軍隊を投入する事態となることが望ましい。トランプは明らかに危機の拡大を望んでいる。 危惧されるのは、市民が暴力に晒される事態だ。トランプ政権1期目にも同様の危険はあった。2020年、黒人男性フロイドが暴力的に殺害されたことを受け、人種平等を求めるブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動が全米に拡大した際、トランプはデモ鎮圧のための連邦軍の動員を主張した。しかし国防長官マーク・エスパー(当時)は、「米軍が市民に銃を向けるような事態はあってはならない」とトランプに反発。解任となった。エスパーは回顧録で、トランプに抗議者への発砲を命じられ、拒否したとも述懐している。 対照的にトランプ2.0に、軍トップの良識は期待できそうもない。現トランプ政権は、1期目に軍トップから反抗を受けたことへの「反省」から、能力や良識ではなく、何よりもトランプへの忠誠心を重視して組閣されているからだ。現国防長官のピート・ヘグセスは、FOXテレビの司会者であったところ忠誠心を買われ、国防長官に大抜擢された。既に事態の推移によっては海兵隊を動員すると宣言し、トランプに完全に従順な姿勢を見せている。トランプの暴走の歯止めにはならないだろう。

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