性同一性障害特例法の改正巡り「新たな要件」浮上 専門家から懸念も

国吉美香 佐藤瑞季 二階堂友紀

 トランスジェンダーが戸籍上の性別を変更する際の要件を定めた「性同一性障害特例法」の改正に向け、自民・公明・立憲民主の各党の方向性が出そろった。自民党内の議論では、二つの手術要件を見直す代わりに、「新たな要件」を設ける案が浮上。専門家からは改正の行方を懸念する声もあがる。

「違憲」判断出ず、外観要件の削除に異論も

 法改正の議論は、昨年10月の司法判断を受けて始まった。最高裁が、性別変更の5要件のうち、生殖能力の喪失を求める「生殖不能要件」は違憲と判断し、この規定は効力を失ったからだ。

 7月には広島高裁が、性器の見た目の変化を求める「外観要件」について、「手術が必須なら違憲の疑い」と判断。性別適合手術を原則として求めてきた二つの手術要件をめぐり、立法府は対応を迫られている。

 自民党の「性的マイノリティに関する特命委員会」(委員長=高階恵美子衆院議員)は6月、見直しの方向性について報告書をまとめ、党政調審議会に提出した。党全体での議論に向けた「たたき台」と位置づけている。

 報告書によると、生殖不能要件は「削除でおおむね一致」。外観要件も「今後、違憲と判断される可能性が高い」として、「改正・削除で異論はなかった」と記した。

 ただ、報告書を出した翌月の広島高裁決定が、「違憲」ではなく「違憲の疑い」にとどまったことで、党内からは「外観要件の削除は時期尚早」(保守系議員)との声も上がり始めた。

 特命委の報告書は、生殖不能要件を削除し、外観要件も改正・削除する場合、「新たな要件」が必要との考えも示した。

 新要件としては、特例法が定める医師の診断を受ける前に、出生時の性別への違和感と、自認する性別に基づく社会生活が、いずれも継続していることを求める案が「有力」という。継続の期間については、2年との意見もあったとしたうえで、「一定期間」との表現にとどめた。

 公明党の「性的指向と性自認に関するプロジェクトチーム」(座長=谷合正明参院幹事長)も7月、生殖不能要件を削除し、外観要件を見直して「より制限的でない新たな要件」を検討する、との方向性をまとめた。

 自民党と足並みをそろえつつ、「より制限的ではない」と付記し、新要件が当事者にとって過剰な負担にならないよう配慮した形だ。谷合氏は「関係者の声を踏まえて検討していきたい」と語る。

 一方、立憲民主党は手術2要件に加え、未成年の子がいないことを求める要件も削除する改正案を衆院に提出済みだ。

 与野党で考え方に隔たりがあるうえ、自民党内の議論では見直しに消極的な保守派の反対も予想される。党幹部は「党としてはまだ何も決めていない」と話しており、秋の臨時国会での法改正は見通せない状況だ。

リアル・ライフ・エクスペリエンスとは

 自認する性別に基づく社会生活が、一定期間継続している――。自民党が提起し、公明党も足並みをそろえる新要件は、「実生活期間(リアル・ライフ・エクスペリエンス、RLE)」と呼ばれる考え方に近い。

 現行法のもと、戸籍上の性別変更に原則必要とされてきた性別適合手術のため、医師が法定の診断書を出す際、指標の一つとしてきたものだ。

 日本精神神経学会の「診断と治療のガイドライン(第4版改)」は、手術を行う八つの条件の中に、実生活期間を位置づけている。自認する性別での生活を、私的な場所でほぼ希望通りに送ることができている状態が「少なくとも1年以上、後戻りしないで続いていること」と定める。

 日本GI(性別不合)学会理事長の中塚幹也・岡山大教授によると、成育歴などから、性別への持続的な違和感について確認していることが前提だ。そのうえで、今の社会で性別を移行する困難さも踏まえ、自認する性別で安定的に暮らしていけるか判断する。

 専門の医療機関では、おおむね「1~2年程度」かけて、慎重に診断しているという。

専門家「新たな権利侵害」を懸念

 一方、自民党の保守系議員らでつくる「全ての女性の安心・安全と女子スポーツの公平性等を守る議員連盟」(共同代表=片山さつき参院議員ら)は、手術要件を削除する場合、「10年以上の治療と社会生活」などを求める新要件を設けるべきだとする提言をまとめている。

 中塚氏は「長すぎる実生活期間を求めることになれば、これまでより後退してしまう。手術要件による人権侵害をなくすための法改正で、新たな権利侵害を生んではいけない」と話す。

 立法府には幅広い裁量権があるが、限界もある。生殖不能要件を違憲とした最高裁決定の補足意見で、弁護士出身の岡正晶裁判官は、国会が「より制限的でない新たな要件」を設ける可能性に言及。あえて「憲法に適合する限り可能」と指摘し、「裁量権の合理的な行使に期待」と述べている。

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この記事を書いた人
国吉美香
政治部
専門・関心分野
国内政治、沖縄など
二階堂友紀
東京社会部
専門・関心分野
人権 性や家族のあり方の多様性 政治と社会
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    仲岡しゅん
    (弁護士)
    2024年8月9日3時57分 投稿
    【提案】

    「一定期間継続した社会生活」を手術要件の代替要件とすることは一つの落としどころではあると思う。 というのは、実際に性別を移行してきた当事者としての実感を踏まえて言うと、性別移行というのは何年単位の長い時間をかけて少しずつ自分のあり方や周囲との関係性を再構築していくものであって、ある日突然なし得るようなものではないからだ。 他方で、問題は、「自認する性別に基づく社会生活」とは具体的にどういうことを指しているのか、またその期間がどれくらいなのか、という点である。 自認する性別に基づく社会生活と抽象的には言っても、当人の具体的状況によって、個人差が極めて激しい。(当人の主観と周囲との関係性がズレているケースもある。) また、人によって比較的短時間で社会的な移行ができる人もいれば、逆に性別を移行し始めてから10年経ってもなかなかうまく自認する性別に基づく社会生活を構築できない、というケースもあるだろう。 また、それを判断する主体の責任や解像度も問われる。記事中に登場する日本GI(性別不合)学会理事長の中塚医師は私も色々とお世話になっており、真摯に当事者のことを考えている方だが、他方で医師によって理解にバラつきがあることは否めず、より解像度を上げたガイドラインなどが必要になってくるのではないだろうか。 また、外観要件の位置付けについても、当事者間でも様々な議論があるため、いわば「又は」要件として置いておくという方法も取り得るだろう。 つまり、性別適合手術により変更したい人は従前通り性別適合手術を受ける方法で変更し、「又は」性別適合手術なしで変更したい人には別途の要件を設定した上でその途も開く、という要件の立て方である。 そうすれば、手術が必須ではない形で、なおかつ当事者の様々なニーズにも応えられるだろう。 いずれにしても、こうした議論が政治的な力関係の中で極めて一部の人々の間でのみ展開されていることに懸念を感じている。 その法律を実際に使うトランス当事者の様々な意見を聞きながら、またそれを実際に運用する医師や法曹、事業者などの疑問も汲み取りながら進めるべき課題だろう。 日本社会の実情や法制度に馴染んだ法律でないと、かえって混乱した状況に立たされるのは、他でもない市井の当事者たちだからだ。

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