【書籍化】異世界転生したのでマゾ奴隷になる   作:成間饅頭(旧なりまんじゅう)

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第27話

 

「なになになになに何!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

 横っ飛びに跳んで、物凄い音と衝撃と共に飛んできた弾を何とか回避する。

 ドパァアアアン!!! という音と共にエリザの構える銃から発射された閃光は、地面を抉り取りながら私の身体を掠めていった。

 

 どうも。訳も分からぬ内に状況が大いに動いているでお馴染み、マリー・アストリアです。

 現在、やっと迷宮の最深部に辿り着いたと思ったら何故かエリザが豹変して、進化したらしき【異能】を使って銃を私たちに突き付けています。出口はいつの間にか閉じられており、どうも戦うしかなさそうです。

 

 どういうこと???

 

「えっ、は……ほ、ホントに何が起きてるの!?」

 

 報連相をご存じない!?!?!? 報告・連絡・相談!!! 何か起きる前にはちゃんと私に理解できるよう説明して!?!!!!???

 

「ア、アァアアアアアアァアアアァアアアアアア!」

「―――失礼、アストリア第二王女」

 

 エリザの持つゴテゴテに装飾された銃が何度も(またた)き、空間全てを埋め尽くすような弾丸が私を襲う―――直前、脇に手を入れて抱きかかえられる。

 

「クライヒハルト!」

「逃がすかよ!!!」

 

 抱きかかえられた、と思った次の瞬間に視界がブレる。クライヒハルトが私を横抱きにして、走り出したのだ。

 

「―――――――!」

 

 クライヒハルトが加速する。エリザの連射を背後へ置き去りにし、重力に逆らって壁に足を埋め込ませながら駆ける。

 

「チッ……やはり化物染みた脚力だな。だが! 【革新的軌跡(グレイテストジャーニー)】―――大量生産(マスプロダクト)! 『もっと大量の銃を(レールガン×100)!』」

「嘘でしょ!?」

 

 火花が散り、エリザの背後に更に大量の銃が召喚される。瘴気と【異能】によって造られた異形の銃が、エリザの背後に針山めいて展開される。私たちを睨みつける無数の銃口は、まるで一つの怪物のようだった。

 

「少し揺れますよ……!」

「うわわわわわわわわわ!!!!!」

 

 クライヒハルトのスピードが上がる。背後から聞こえるエリザの銃撃音は、【英隷君主(ディバインライト)】で強化されていなければ鼓膜が破れるであろう程の物になっていた。

 

 強烈な揺れと重力に翻弄され、口から悲鳴染みた声が漏れてしまう。自分が今何処に居るのかも分からない超速の中、音が少しずつ大きくなっている事だけが理解できる。エリザの銃撃が、クライヒハルトを捉えようとしているのだ。

 

 マズい、このままでは追い付かれる。ヒト一人抱えたクライヒハルトの脚力では、少し銃口の向きを変えるだけで良いエリザに追いつかれてしまう―――!

 

「……っ、降ろして、クライヒハルト! 【防御形態(ディフェンシブシフト)】にすれば、多分大丈夫だから……!」

「まさか。恐れながら、アストリア第二王女……【英雄】である私を、もっと信じて頂きたい」

  

 ふわりと宙に浮く感覚。流線形に引き延ばされていた視界が180度回転し、上下がひっくり返る―――そして衝撃。クライヒハルトが走りながら宙返りし、床を踏み砕いたのだ。迷宮は破壊出来ないという話など、彼にはまるで関係無いらしい。

 

 ガリガリと地面を削りながら、クライヒハルトが急停止する。床が砕け、瓦礫が飛び散る。

 まるで私たちを包むように宙に舞う破片の中、宣告めいた彼の言葉だけが静かに耳に届いた。

 

「―――《疑似王権》、起動。【周辺岩石】を対象に偽権(ぎけん)付与を開始。僭王(せんおう)による護りを此処に」

 

 バチン! と音を立て、周囲の岩石が()()()。円形のドーム状に固まり、銃撃から私とクライヒハルトを守る壁となる。外から響く轟音。本来ならエリザの銃撃に吹き飛ばされるはずの脆い壁は、しかしそこに縫い付けられたようにビクともしない。

 

()()()()()()()()()()()。一時的な物ですが、これでしばらくは持つでしょう」

「そ、そんな事も出来たの!?!?」

 

 あまりにも無法なクライヒハルトの【異能】の使い道に、状況も忘れてつい突っ込んでしまう。石の【英雄】って何、どういう言葉……? 凄く硬そうだが、ドーム状に固まっている事の説明にはなってなくないか?

 

「いや、違う。今は、エリザをどうにかしないと……!」

 

 クライヒハルトが構築した壁に銃撃が殺到しているのが、激しい揺れで分かる。混乱した状況の中、貴重な小休憩の時間をクライヒハルトが作ってくれたのだ。今の内に、状況と目標を共有しなくては。

 ええと……混乱した時は、客観的な事実から纏めるのがセオリーよね……。

 

「……まず、エリザが今の【迷宮の主】よ。私たちに対して極めて敵対的。殺す気で来てるわ」

「ええ」

「彼女の様子は……今にして思えば妙だったけど」

 

 異能の詳細を、これでもかと言うほどつまびらかに明かしてくれた事。私に【異能】を弾かれた後、まるで人が変わったように理知的になった事。態度。言葉遣い。目線。イザベラの、『精神系の【異能】は、本人にも自覚が無い事が多い』という台詞。夢見るように明かしてくれた、彼女の願い。

 

 それら全てを勘案すれば、『彼女は操られて、本意ではない事をさせられている』という非常に"楽観的"な予想は大いに立つ……。『エリザは私たちを本気で殺す心算で、今も正気のまま』であるよりは、100倍もマシだ。

 

「でも、どちらにしろやる事は変わらないわ。彼女を、【迷宮の主】であり【英雄】である彼女を、何とか無力化する……」

  

 言いながら、あまりの難易度に言葉が尻すぼみに小さくなってしまう。

 

 英雄が【迷宮の主】になったなんて話、聞いたことも無い。ただでさえ迷宮の主は大幅に強化されるのに、彼女は【瘴気】にまで触れている。どれ程の進化を遂げているかは想像もつかない。それを、殺害ですらなく無力化(生け捕り)なんて……。

 

 リラトゥの様に、クライヒハルトの【英隷君主(ディバインライト)】を彼女に掛ける事も出来ない。私たちには、そもそもエリザが【異能】の影響下にあるかどうかも確信が持てないからだ。推測が外れた時に、取り返しがつかない。

 

「…………どうかしら、クライヒハルト。」

 

 出来れば、クライヒハルトに人を殺して欲しくない。末端とは言え"王族"の一員として、私が誰かを殺すのは別に構わない。覚悟している。けれど、『完璧な英雄』である事、『御伽噺の騎士』である事にこだわるクライヒハルトには、できれば。その理由が心底下らない(性癖)だとしても、彼がそれを大切にしているならば尊重してあげたいと思うのだ。

 

 しかし、勿論クライヒハルトの身そのものには代えられない。だから、最悪の場合は……。そういう思いを込めながら、クライヒハルトに問いかける。

 

「もちろん、目標設定に異論はありません。貴女のやりたい事を叶えるのが私の役目です」

 

 エリザの銃撃が激しくなっている。私たちを囲う壁にも、徐々にヒビが入り始めている。地響きの中、クライヒハルトはあくまで涼し気にそう言った。

 

「ですが、わざわざアストリア第二王女が御無理なさる事はありません。ここは私一人に任せて―――」

「―――駄目よ、クライヒハルト。貴方いま、凄く()()()()でしょう」

 

 私に観察眼は無い。戦闘経験も、洞察力も無い。

 でも、見てきたのだ。私の犬であるクライヒハルト(英雄)を、ずっと。だから、そのくらいは分かる。

 

 クライヒハルトは、弱体化している。【英隷君主(ディバインライト)】で力を吸われていないはずなのに、何故か。強力な【英雄】のままではあるが、少なくとも今のエリザを相手にしては重傷を負うだろう。では、私は? 私の犬であるクライヒハルトが地下で必死に戦っている中、のんびりしているのが私の仕事だろうか。

 

 そんなわけが無い。【英雄】の(あるじ)であるならば、下僕以上に苦労を背負うのが役目だ。

 

「それでも貴方は、最後には勝つって信じてる。―――だけど。私の犬が私の為に頑張って傷つこうとしてるって時に、のんきに紅茶でも飲んでるなんてご主人様のする事じゃ無いわ」

「……お見通しでしたか。参りましたね」

 

 クライヒハルトが、そう言って柔らかく笑う。

 ヒビが広がっている。殺到するエリザの銃撃によって、防御壁がもうそろそろ崩れそうになっている。

 

「貴女に傷一つ付けない自信があったからこそ、迷宮への同行に何も言わなかったのですが。……自ら傷つく事そのものを望まれてしまうと、どうすればいいか」

「……クライヒハルト」

「―――王権、()()。『マリー・アストリア』を対象に、権能の強化を実施。強化形態(エンハンスドシフト)へ移行」

 

 ブワリと、眼に見えない風が吹き抜けていったような感覚。五感が拡張され、今までよりも強い万能感が全身を満たす。

 

「出来る限りの強化は施しました。お願いします、マリー・アストリア様。私と共に、エリザと戦ってください」

「……ええ。ええ! 任せなさい、クライヒハルト! 弱体化についても後で話してもらうから!」

「勿論。"後から言った方が理想の英雄っぽいよな"程度の理由で黙っていただけなので」

「それはそれでどうかと思うわ!」

 

 余りにも"クライヒハルト"らしい理由に、少し笑ってしまう。なんだ。最初、私は今のクライヒハルトを少し恐ろしく思っていたけど……別に、彼も彼で親しみやすいじゃないか。普段の彼と同じく、どこか抜けていて、可愛らしい。

 

 壁が崩れる。同時に、私とクライヒハルトは左右に走り出した。

 

「引き籠りは終わりか!? 寂しかったぜ、お二人ともよお!」

「エリザ……取り敢えず、話は全部ブチのめしてからにさせてもらうから!」

「ハッ、舐めてんじゃねえぞ! お前らが挑むのは偉大なる人類の歴史、叡智の果てだ! 【迷宮の主】である俺に、そう簡単に勝てると思うな―――!」

 

 避けられる。見える。エリザの銃撃は到底この世の物とは思えないほどの速度だが、【英隷君主(ディバインライト)】で強化された今の私ならば回避できる。

 

「チッ―――だが、お前らのような単純暴力相手に接近戦するほど馬鹿じゃねえぜ、俺は!」

 

 いつの間にかエリザは、ゴテゴテとした巨大な鎧のような物を身に纏っていた。

 吐き捨てるように告げたエリザは、複雑な構造をした脚部から炎を噴射させ、後ろに遠ざかる。そして同時に、彼女の左眼に嵌まった【迷宮の核】が眩く煌めいた。

 

「【迷宮の核】! 俺の望みに応えろ!」

 

 迷宮が胎動する。ただでさえ広かった一室が、更に拡張していく。左右上下に、今までの神殿からより広く、距離を取れるように。上空、鎧の炎で飛翔するエリザに有利なフィールドへと整えられていく。

 

「【迷宮の主】……! この迷宮を動かすのなんて、自由自在って訳ね……!」

「その通り! 言ってなくて悪かったなあ、俺も知らなかったもんで! 」

 

 頭上を鎧で飛翔しながら、エリザがそう叫ぶ。【瘴気】の影響で錯乱しているのか、単純にハイになっているのか。彼女の笑みは今まで以上に凶悪で、ギラついていた。

 

「お返しと言っちゃなんだが、もっと楽しんでくれよ……! ―――来い、『機化魔兵』!」

 

 エリザによって閉じられていた扉が開く。壁に穴が空き、新たな通路が幾つも開通していく。

 その中から、現れたのは。

 

「ガァアアアアアアアアアアアアア!!!」

「……何、あれ……! 新種の魔物!?」

「正っ解! 【革新的軌跡(グレイテストジャーニー)】を組み込んで産み出した、機械(マシン)と魔物の混合種だ!」

 

 車輪と臓物が組み合わさったような、魔物に無理矢理歯車を埋め込んだような、全身が金属で出来た像魔(ゴーレム)のような。多種多様な怪物が、四方八方からこちらへ押し寄せて来る。

 

 迷宮の魔物は、【迷宮の核】によって産み出され、強化される。それは知っていたが、しかし実際に見るとこんなにも理不尽なのか……!

 

「くっ……【英隷君主(ディバインライト)】―――殲滅形態(アニヒレイトシフト)!!」

 

 押し寄せる魔物へ、剣を媒介としたエネルギーの奔流を振るう。光が溢れる。膨大な力を込めた私なりの【異能】の発展形は、押し寄せる魔物たちを纏めて蒸発させた。

 

 だが。

 

「グ―――ッ、ガ、ガァアアアアアアアアアア!」

「……倒せた……けど、キリがない……!」

 

 通路の奥にいた魔物が、次から次へとまた現れる。

 帝国と王国の戦争で、クライヒハルトがリラトゥと戦った時と同じだ。一騎当千の個である【英雄】にとって最も辛いのは、無数の群による圧殺……! だからこそ、個にして群であるリラトゥは、周辺諸国に対して無敵を誇っていたのだ。

 

「……私がクライヒハルトみたいに、もっと馬鹿馬鹿しいくらいに強かったら……!」

 

 個だとか群だとか、そんな理屈を粉砕するくらいに最強でいられれば。【英隷君主(ディバインライト)】を得てなお、私はこれを十全に使いこなせていない。力そのものに干渉する【英隷君主(ディバインライト)】は、本来もっと『万能』であるべき物なのだ。

 

「良いねえ……! 隊列を組め、魔兵ども! 一撃で消し飛ばされる事を前提に、波状攻撃をかけろ!」

 

 エリザの指揮によって動かされる、無数の魔物たち。重厚な盾を装備して突進を仕掛ける魔物に、私の身体以上に大きな銃を撃って遠距離から行動を制限して来る魔物。人間の知能によって動かされる魔物の軍勢は、信じがたい程に厄介な物だった。

 

「【瘴気】による知識と、魔物生物学の融合。それによる『魔化機兵団』。ハハッ、効いてるようで何よりだ! ただ再現してるだけじゃ能がねえ。国立研究所(ターミナル)の長として、俺たちもやるもんだって所を見せねえとなあ!」

「……っ、そんな、勝手な事ばかり言って……!」

 

 頭上から私を見下ろし、エリザが嗤う。

 

 分からない。彼女が本気で私たちを殺す気でいるのか、【異能】によって操られているのか。

 彼女は人類の発展のために、技術の進歩を望んでいる。瘴気によってもたらされる知識はそれを叶えてくれる。だからその為に、瘴気の器となり得る私たちを確保する。そうエリザが考えたとしても、論理の筋道は通っているのだ。

 

 つくづく最悪だ。周囲にも本人すらも【異能】の介在が判別できないからこそ、精神系の【異能】は稀少で、敵に回したく無いのだ……!

 

「―――アストリア様」

「クライヒハルト!」

「手分けしましょう。魔物の群れは私が対処します。一匹たりとも近づけさせません」

 

 状況の変化を察して、今までエリザの銃撃に対処していたクライヒハルトが私へ近寄る。

 

「エリザは任せます。……私が思うに、きっと貴女の方が向いている」

「……分かったわ! お願いね、クライヒハルト!」

「ええ。」

 

 クライヒハルトが地を蹴り、魔物の群れへ飛び込んでいく。

 

 危険に向かう彼を押し留めたい感情を、理性で捻じ伏せた。地に溢れかえる魔物の群れと、空を飛翔するエリザ。()()()()()()()を任せてくれたクライヒハルトに掛ける言葉は、激励であるべきだと思ったからだ。

 

 大丈夫。強化形態(エンハンスドシフト)なる物でより強化された私なら、エリザにも負けない……はずだ。多分。少なくとも時間稼ぎくらいは出来るわよね?

 

「あ゛ー……分担されると面倒だな。数は力だ、単純に手数が多いってだけで嫌だね」

「それはどうも……! その言葉だけで、迷宮に来て良かったって気になれるわ……!」

 

 衝撃が響く。四方八方から押し寄せているはずの魔物の群れを、全てクライヒハルトが退けているのだ。

 

「まあ良い。マリー・アストリア。強大な身体能力に、【異能】を弾き、エネルギーへ干渉するような凄まじい【異能】。そんな英雄(お前)だって、いずれ人類(俺たち)が超える壁だ……! 」

 

 鎧から炎を噴かし、エリザがより高く飛び上がる。バチバチと火花が散る中―――【異能】行使の前兆―――、片手を掲げて叫ぶ。

 

「この機体の名は『カラビンカ(迦陵頻伽)』! 遥か彼方の世界の神話、楽園を謳う鳥の名だ! 」

「エリザ……!」

人類(俺たち)は止まらない! 英雄(お前ら)を超え、神を(あざけ)り―――そして、未踏の果てに<()()>へ至る!」

 

 空中を飛ぶエリザに、私の攻撃は届かない。私には身体強化以外の【異能】も無ければ、そもそも武術の心得すらないからだ。クライヒハルトならば、宙を舞う瓦礫やエリザの放つ弾丸そのものを足場にして三次元機動を行う事も出来ただろうが……私に、そんな芸当が出来るわけが無い。

 

 では、どうするべきか。エリザを私に任せたクライヒハルトは、何を考えていたのか。

 

 私には分かる。クライヒハルトから、迷宮探索の話を事細かに聞いていた私には。第一層の攻略中、クライヒハルトが示威行為として何を行ったか。

 

「おおっ、りゃああああああああああああああああああああああああ!」

「【革新的軌跡(グレイテストジャーニー)】、―――ッ!?」

 

 異能を行使しようとしていたエリザが、急旋回して宙を避ける。エリザの右頬には、僅かな切り傷が……私がブン投げた瓦礫によって出来た傷が、確かに刻まれていた。

 

 投擲。

 人類が最も古くに獲得した、遠距離攻撃手段。

 

「マリー・アストリア、テメエ……!」

「カラビンカですって? 何か随分最新でカッコいい、洗練された名前じゃない……! でも、残念でした! 私が投げた、原始的で野蛮な()()の方が強いみたいね―――!」

 

 振りかぶって、第二投を投げる。第三投、第四投もついでに投げる。

 

 エリザの銃撃も、煙を引いて飛んでくる棒状の細長い物体も押しのけて、私の投石が空に軌跡を描く。遠い昔に、兄上とキャッチボールした時以来の投擲よ。謹んで受け取りなさい。

 

「―――っこの、クソ脳筋が……! 無茶苦茶やりやがって!」

「隙みっけ!!」

「っ、ぐぅぁあっ……! 」

 

 動きを止めたエリザに向かって跳び、炎を噴かしていた部位を蹴りとばす。

 私に空は飛べない。だが、【英雄】の力を込めて跳躍すれば、投擲を避けるために速度を落としたエリザに追いつくこと程度は可能だ。

 

「おぉおお落ち、ろぉおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 顔への防御を固めていたエリザの腕をすり抜け、私の脚がエリザを地面へ叩き落とす。

 英雄の脚力で蹴り飛ばされたエリザは、轟音を立てて地面に墜落した。

 

「ッ、飛行ユニットが……!」

 

 もうもうと立つ土煙。

 すぐさま立ち上がったエリザは、火花を散らす自分の鎧を見て顔をしかめた。

 

 良し。別に一回で決まるとは思っていなかったが、運よく重要な部位を破壊出来たらしい。後は、再召喚の隙を与えない……ように、出来ればなあとは思うが。無理だろうなあ。まあ、その時はまた同じことをするだけだ。

 

「……カラビンカ、地上戦へ移行……。ハァ。簡単に済むとは全く思ってなかったが、やはり【英雄】は一筋縄じゃ行かねえな……」

「さっきから、英雄英雄って……。貴女も【英雄】じゃない」

「人間だよ、俺は。【魔導具】が無けりゃ英雄に至れなかった、半端者の成り損ないさ……」

 

 悲しそうに、そして嬉しそうにエリザが言う。自らを卑下しているにも関わらず、その顔は覇気に満ちて輝いていた。

 

「だが、だからこそ! 俺は、人類(俺たち)の可能性を信じている……! 俺たちはいずれ【英雄】を超え、あの空の彼方まで飛び立てると!」

 

 エリザの鎧に、再び炎が灯る。駆動音が響き、ギャリギャリと音を立てて、高速機動が展開される。

 クソ。こっちを殺そうとしながら良い事を言うんじゃない。本当に正気でやってるんだったら後でビンタしてやるし、【異能】で操られてるんだったらソイツは絶対に死刑に処す……!

 

 瘴気に触れており、【迷宮の主】であり、【英雄】であるという、いわば三重に強化されているエリザ。彼女を無力化したとして、その後どうすれば良いのかなど私には分からない。

 

 だけど。

 

『《仕込み》は八割方終わっています。後はもう少し、時間を稼げれば……』

 

 防御壁が崩れ、私たちが左右に分かれる直前。クライヒハルトは、確かにそう言っていたのだ。

 

 だから、私は彼を信じる。理想の英雄であり、御伽噺の騎士であり、私の犬である彼が関わっている以上、必ず最後は幸せな結末(ハッピーエンド)になるはずだと信じる。

 

 ならば今は、それを実現するために血反吐をはいてでも頑張る時だ……!

 

「故に、死んでくれよ【英雄】……! 俺たちの、人類の発展の礎となれ―――!」

「良いわよ……ブチのめしてやるから、その後もっかい(おんな)じ事言ってみなさい……!」

 

 うろ覚えの格闘術で、私は拳を握る。

 片や最新鋭の技術の粋を集めた機体で、片や【異能】によって極限にまで強化された身体で。

 

 私たちは、原始的な決闘のように殴り合ったのだった。

 

 

 

 

 

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