【書籍化】異世界転生したのでマゾ奴隷になる   作:成間饅頭(旧なりまんじゅう)

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帝国編が終わり、今回から商国編がスタートします。




第16話

 

 

「やあ、妹。貴方と仲が良く、確執が無く、公私ともに支え合う刎頚の友である貴方の兄が来ましたよ」

「うわ」

 

 どうも。シグルド王国次期女王にいつの間にか内定していた、マリー・アストリアです。内定辞退はどこで手続きすればよろしい?

 

「マリーと私の仲の良さと言えば、古代に語られるポルトヌスとモルガナに勝るとも劣りません。あ、ちなみに刎頚の友というのは、"こいつの為であれば首をはねられてもいい"という意味だそうですよ。知ってましたか?」

「知らない知らない知らない」

「おやそうですか、いやしかしそれならそれで構いません。友情とは言葉によって定義されるものでは無く、互いの心が決める物ですから。型ばかりに囚われては本質を見失ってしまう。まったく、貴方といるといつも教えられてばかりですね。そういう所も尊敬できるのですよ、愛する我が妹よ」

「き、来て早々勢いと詭弁が凄い!!!」

 

 私の領地……そう、私の領地だ。ついに手に入れた自らの土地の開発が進んで数日。第一王子であるグリゴール・アストリアが、私の領地 (嬉しくて何回でも言ってしまう) へ訪れた。

 

 そして到着したと思えばいきなり、なんか物凄く心にも無さそうな事をペラペラ喋っている……。誰と誰が刎頚の友ですって?

 

「……兄上。何のご用でいらっしゃったのですか?」

「寂しい事を言いますねえ。愛する家族同士、顔を見るのに用など必要ですか?」

「それはもう分かったわよ。端的に、用件を言って」

 

 口から産まれたと噂される兄上の話に、付き合っていてはキリが無い。そう思いながらヒラヒラと手を振って促す。

 

「そうまで言われては仕方ないですね。今回の用件は3つです」

 

 話しながら、兄上が細い指を三本立てる。

 

「一つ。そもそも貴方に会いに来たという既成事実の為です。どうもまあ、最近私と貴方の不仲が囁かれていまして……こういう小さい所から、友好をアピールしていければと」

「ああ……だからさっき、あんなにわざとらしい芝居をしてたのね」

 

 まあ……普通に考えて当然である。盤石であった第一王子から突然、みそっかすであった妹へ王位継承権が移ったのだ。しかも、英雄というどうしようもなく理不尽な理由で。この状況で仲良くなれる訳も無い。何一つ気にしていない兄上がおかしいのだ。

 

「二つ。領地経営の様子を見に来ました。役人たちから報告は受けていましたが、やはり現地視察も大切ですからね。リラトゥ陛下の協力の元、順調に進んでいるようで何よりです。殴り合って仲良くなる……雨降って地固まるというやつですかね?」

「ハハ……」

 

 違います。一匹のマゾを取り合って仲良くなりました。

 

 もちろん、そんなことは言わないが。表向きの説明としては、クライヒハルトが主の意に沿わぬ婚約に激昂したと言う事になっている。リラトゥの企みや、ヴェスパーの正体なんかは全て秘密だ。今も、リラトゥがでっち上げた人型の魔物がヴェスパーとして来賓に謝罪している。

 

 なんとか繋がった帝国との和平に、これ以上圧力をかけたくない……それくらいなら、リラトゥとの交渉カードとして取っておいたほうが良い。そういう判断である。

 

 事実、彼女のお陰で街のほとんどが完成しつつあるわけだし……。中身はカラッポだけど。箱物(はこもの)を造ってから人を呼び込むという、前代未聞の開拓が行われている。

 

 そして最後、兄上は指を折りたたみながら話す。

 

「三つ目。旅行のお誘いです。クライヒハルト卿と共に商国へ行き、『魔族の呪文』について話をしなければなりません」

 

 あれを解析していた研究者が十人ほど死にました。王国では、到底手に負えません。

 

 そう言って、兄上は手にしたチケットをヒラヒラと振った。

 

 

 

 

 

 

 

 商国。複数の国家が合併して出来上がったという経緯から非常に長い正式名称を持ち、人々からはただ"商国"と呼ばれている。

 

 特筆すべきは、その技術力。『すべての発明は商国から始まる』と謳われるように、あらゆる分野の研究・開発に国力の殆どを注いでいる。イザベラがよく読んでいる小説も商国のものだ。

 

 文化、技術の集積地。研究者たちのメッカ。それが商国である。

 

「ちなみに今代の英雄も、技術に関する異能を有しているそうで……。国風の関係か、そういう異能を持った英雄を引き込みやすいんでしょうね。技術的なアドバンテージを握られきった今からでは、どの国も真似できない独自の生存戦略です」

 

 商国へ向かう馬車の中で、兄上がそうペラペラと解説を行う。

 

 王国謹製の、特殊魔導馬車。馬型の自動人形(ゴーレム)の走行音が響く広い室内には、私とクライヒハルト、兄上、イザベラの4人が座っていた。後ろには執事やメイド、護衛たちの馬車が続くが、その規模は非常に小さい。王国最強であるクライヒハルトが護衛の役割を果たしているというのもあるが、兄上が見栄えよりも早さを優先した結果だ。

 

「なるほど……勉強になります。恥ずかしながら、商国については詳しくなかったのですよね」

「おや、そうだったのですか? クライヒハルト卿は高度な教育を受けているようですし、商国出身なのではと言う貴族などもいたのですが……」

「ハハハ、予想が外れたその方には謝らなければなりませんね。私は単なる平民育ちですよ」

 

 馬車の中ではクライヒハルトと兄上が、仲良さげに談笑している。私とイザベラはクライヒハルトの堂に入った演技に、ただ白い眼を送るばかりである。

 

 コイツ、最初は『俺とマリー殿下の間に男が挟まっている!!!!!!!』って発狂してたのに……私の家族だと知って、コロッと態度を変えたわね。外堀を埋めようとするな。そもそも、第一王子である兄上の顔くらいちゃんと覚えてなさいよ。

 

「ところでグリゴール殿下(義兄上)、マリー様の幼い頃についてお話をお聞きしても……?」

「ええ、勿論かまいませんよ」

「私がかまうのよ」

 

 マリーは幼いころから気の強い子でしてね……と思い出話をしようとした兄上を遮る。本人のいる前でやる話じゃないでしょ。どんな羞恥プレイなのよ。

 

 ……自分で言ってなんだけど、いま"羞恥プレイ"とかいう単語がスッと出てきたの、普通に最悪だな……。あの変態(クライヒハルト)のせいで、私の語彙力が汚染されつつある。

 あとクライヒハルト、さっき兄上の呼び方おかしくなかった?

 

「コホン。それで、本題は魔族の動向についてでしょ? 商国に研究してもらうっていう」

 

 このまま二人に話をさせていたら永遠に与太話が続く。そう思った私は、強引に話を切り替える。

 

「未開拓領域で見つかった、魔族による儀式の痕跡。わざわざ商国に頭を下げてまで研究させるって事は、そんなに厄介な物だったの? 研究していた者が死んだって……」

 

 クライヒハルトとリラトゥによって行われた、未開拓領域の探索。今は私の領地として開拓されつつあるそこで、二人は魔人と遭遇した。それによってリラトゥが自殺させられかけたり、クライヒハルトの異能がリラトゥにも接続されたりと散々だったわけだが……。

 

 その中で唯一持ち帰れた手掛かりが、リラトゥが記憶していた『魔族の呪文』だ。魔人の痕跡抹消が間に合わなかった、ほんの一部。それはすぐに王国の魔術学園へと持ち込まれ、選りすぐりの魔導師たちが解析にあたっていたはずだ。

 

 どうも話を聞く限り、それはとんでもない大失敗に終わったらしいが……。

 

「そもそも、そんな危険物、商国だって欲しがらないんじゃ……」

「それは無いですね。商国にとって、技術は国家の基幹そのものです。こちらから譲歩を引き出すためにあれこれと拒むでしょうが、あくまでポーズ……表向きの演技に過ぎません」

 

 私の懸念を、兄上は笑顔で否定する。

 

「そしてあれは、絶対に全容を解明すべき危険物です。商国は断りませんよ、絶対にね」

「…………」

 

 基本的に、兄上はのらりくらりとした人だ。こうまで何かを断言する事は珍しい。魔人が遺した、儀式の痕跡。それがどれ程の危険物か、兄上の態度がそれを物語っていた。笑顔の中に真剣味を漂わせながら、兄上が話を続ける。

 

「10人ほど死んだ、と言いましたね。なぜ『ほど』などという曖昧な言い方をしたか分かりますか? 生きているのか死んでいるのか、今の我々では定義できないからですよ」

「……どういうこと?」

「研究者10人のうち、9人が解析中に突如発生したガスに呑まれて死亡し……残る一人は、()()()()()()()()()()

「…………!」

 

 それは。

 魔物の恐ろしさ、悍ましさを良く知る私たちにとって、余りにも衝撃的な情報だった。

 

 兄上が伝えるのをもったいぶった理由も良く分かる……。魔導馬車という、余人が介在できない交通手段を選んだ理由も。それ程までに驚異的な情報なのだ、これは。

 

「商国には及びませんが、王国の研究者だってそれなりのものです。呪文の一片を組み換え、導き出した仮説を元に全体図を想像し……僅かながらに、魔力を通すことに成功しました」

「……そしてその結果、全員が死亡した……」

「『瘴気』と、擬似的に我々は呼称していますがね。人を殺し、魔物へと変える未知の毒物。おそらく魔人は、それを呼び出す儀式をしていたのではないかと推測されています」

 

 ……聞けば聞くほど、寒気のする話だ。魔族の動きが活発になっているという噂は聞いていたが、事前の想定を遥かに超えている。最悪の場合、これを諸国全土にバラ撒かれるだけで人類は滅亡するだろう。

 

「瘴気の仕組み、対処法、拡散のスピード……それらを明らかにせねばなりません。そのためには、やはり商国の力を借りなければ」

「なるほどね……兄上がいきなり商国行きを決めた理由、やっと納得できたわ」

 

 淡々とした兄上の説明に、こくこくと頷く。大雑把にまとめるならば、魔族が想像よりもヤバい事をしていそうだったので他国の力を借りるという事だ。

 

「……ん? でもそれ、私たちが商国に行く理由にはなって無くない……?」

「はっはっは。その儀式の跡地が、いま貴方の領地として開拓されつつあるのですよ。当事者じゃないですか」

「あ」

「我が妹ながら、本当にヒキが強いですねえ。為政者には必要な資質ですよ、きっと」

 

 た、たしかに……! これは私がアホだった、むしろ私がお願いして連れて行ってもらう立場じゃん……!

 

 ん? いや、そうか……? 私って今被害者なの? 責任者なの? 一応公式には私の領地って事になってるんだから、そこで起きた事は私の監督責任になるのか?

 

「な、なんか納得いかない……! 詐術にかけられてる気がする! 私、不良物件掴まされてない!?」

「選んだのはマリーですし、どちらかと言うと掴んだ側だと思いますが……無論、こちら側からも補填はしますよ。貴方の奇運のお陰で、魔族の動きを掴めたわけですから」

 

 そうだ……なんかそれ以外に色々あり過ぎて忘れてたけど、私の領地って魔人が侵入してたりグロテスクな儀式が行われかけてたりで、超厄モノじゃん……!

 

 いやだ……! 私は辺境の領地で、畑を耕しながらスローライフをしてみたかったのに……!

 

「ちぇ、チェンジで……」

「まあまあ。乗りかかった船です、報酬は山程払いますからついてきてください。クライヒハルト卿を見出したことといい、今回の事といい……貴方のその天運を、私は非常に頼りにしているのですよ」

「嬉しくないわよ……」

「まあまあまあまあ。基本的に交渉は私達が担当しますし、貴方も商国の重要筋と顔を繋ぐことが出来ますよ? 彼らとのツテはかなり便利ですし、会議以外は好きに遊んでくれて構いません。殆どバカンスと考えてくださいよ」

 

 むう。詭弁の匂いがプンプンするが、確かに『商国とのツテ』という言葉はかなり魅力的だ……。

 

 兄上に言えるわけもないが、私は商国の本から日々の調教に対する着想を得ているのである。よりディープな内容の本を仕入れるには、確かに商国に知り合いがいると便利ではある……。魅力的に感じる理由が終わりすぎているが、しかし……。

 

「数時間だけ働いて、あとは芸術と技術の国で好きに遊ぶ。素晴らしいじゃないですか。無論、その間の費用はこちらが持ちますよ」

「……はいはい、分かったわよ。そもそも、馬車に乗ってる時点で今更だし……乗せられてる感は否めないけど、あえて乗ってあげるわよ」

 

 兄上の事は、これでも信頼しているのだ。小さい頃から明に暗に、私の世話をしてくれた。なんとなく丸め込まれている気がして釈然とはしないが、(おおやけ)のためにちゃんと働ける人だ。悪いようにはなるまい。

 

「貴方もそれでいいわね、クライヒハルト?」

「………………。! ええ、もちろん」

 

 こいつ……。良く分からない難しい話が始まったと思って爆睡かましてたわね。頭脳労働を全て私に任せるその姿勢はある意味ありがたいが、つくづく心臓の強いマゾである。

 

 

 

 

 

 

 そこから、暫くの間馬車で揺られ……途中で飽きたクライヒハルトが馬車を抱えあげて高速移動し……私達は、商国の国境に辿り着いた。

 

「おお……! 噂は聞いてたけど、実際に見るともっと凄いわね……!」

 

 途中から道路は黒々とした石畳に覆われており、背の高い建造物たちが門の向こうから覗いて来る。それぞれに煌びやかな意匠が施されていて、遠くから見ているだけでも満足してしまいそうだ。

 

 周囲を歩く市民や兵隊たちも、心なしかやけにオシャレに見える。あれ、材質は何かしら。独特の光沢があって、柔らかそうで……。

 

「―――――――」

 

 クライヒハルトも、伝統ある王都とは大きく違う進歩的な街並みに驚いているようだ。彼の視線の先では、衛兵たちが詰め所を忙しなく移動している。馬車に乗った衛兵たちが、荷物の積み下ろしをしているようだ。

 

 あの衛兵が持っているのは……何だろうか。長細い筒? 新しい魔術用の杖だろうか。中々格好いいデザインである。

 

「流石は商国ね。衛兵たちが乗ってる馬車、たぶん新型の魔導馬車よ。あれ高いのに……」

 

 魔術で動く自動人形(ゴーレム)は、日々のメンテナンスが必要なので維持コストが高いのだ。技術力のアピールだとしても、このような詰め所に置くには少々覚悟がいる。金属質な光沢を放つ馬車からは、技術を誇りとする商国のプライドが垣間見えるようだった。

 

「……? クライヒハルト?」

「……いや」

 

 クライヒハルトの返事が無い事に疑問を抱き、彼を見上げる。彼は目の前にある物が信じられないとばかりに、街並みを眺める兄上へ震えた声で問いかける。

 

「……グリゴール殿下。情報通の貴方であれば、あれらについてご存じでは無いですか?」

「はい? ああ、あれですか。クライヒハルト卿もお目が高い。あれは商国で最近開発されたものでして、現在兵士たちに実験配備されているらしいですね。中々便利なようですよ」

 

 クライヒハルトが指さす先を見た兄上が、彼の質問に答える。

 

「――――たしか名を、それぞれ『銃』と『自動車』というそうです」

 

「…………へえ」

 

 その答えを聞いて。

 クライヒハルトは何故か、獰猛に笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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