【書籍化】異世界転生したのでマゾ奴隷になる   作:成間饅頭(旧なりまんじゅう)

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第40話

 

 どうも。バリバリ最強No.1、クライヒハルトです。看板に偽りなし。

 

「クライヒハルトー。今日のご飯どうするー?」

「え~……あれだ、3日前行った酒場行こうぜ。珍しく肉が獣臭くなくて良かったんだよな」

「んー、賛成。あそこは食材持ち込んでも調理してくれるからいいね」

 

 ゴロゴロとソファでくつろぎながら、リラトゥと適当に今日の晩餐の予定を決める。

 俺はソファにぐでんと身体を預けているし、リラトゥはそんな俺の膝を枕にしてくつろいでいる。リラトゥが身じろぎするたび、彼女の金髪がサラサラと俺の腿をくすぐる。

 

「あ、リラトゥちょっと頭上げて。飲み物取ってくる」

「んー……仕方ないな。早く帰って来てね」

「ふてぶてしいなこいつ……。俺のが感染(うつ)ってきたか?」

 

 棚の水差しからコップに水を入れ、ソファに戻ってくる。リラトゥは当然のように再び俺の膝へ頭を載せてきた。

 頭をぐりぐりと擦りつけて来ながら、リラトゥが気の抜けた声をあげる。

 

「……ご飯まで、どうしよっか。またボードゲームでもする?」

「あー……アリだな。もうちょいダラダラしたらやるかー……」

「んー」

 

 ごろごろだらだらと、リラトゥが俺の膝へ軟体生物めいて絡みつく。

 多分、この姿を帝国の部下あたりが見たら卒倒するんだろうな……。

 

 大聖祭開催まで、残り数日。

 俺とリラトゥは、完全なるニートと化していた。

 

 

◆◆

 

 

「【聖武試合】の参加者が例年の約30倍になりました」

 

 と、大会運営関係者に告げられたのがついこの前の事。

 眼鏡に黒髪、全く印象に残らないモブ顔をしたその年若い男性は、ドサドサと資料の束を机に置きながら眼鏡のつるを指で上げた。

 

「厳正なる審査を行い、物見遊山や悪ふざけ、そもそも実力不足と判断された者などを弾いたうえでこれです。単純な申込数だけで見ればおよそ数百倍。事務員の中にはあまりの量に絶望して職場から逃走した者もいます」

「ええ……いくら何でも増えすぎだろ……」

「これは私見ですが、【英雄】が集まり過ぎましたね。広大な版図と莫大な工業力を持つ帝国の皇帝リラトゥ、世界の流通の半分を担うと噂される商国の番頭エリザ。そして何より、【人類最強】【世界最高の騎士】と噂される王国の騎士団長、クライヒハルト卿。数々のビッグネームを前にして、『たとえ負けたとしても挑んでみたい』と考える者達が殺到しています。元々、【聖武試合】には人材発掘、登竜門としての側面もありましたから」

 

 山のように積み上がった書類を前に、その文官は恐ろしく深いため息を吐く。

 

「【英雄】が同じ大会に出る……いえ、そもそも纏まって動く事自体が前代未聞です。事前にルキア様が、『もしかしたら【聖武試合】に出場するつもりかもしれません』と予測して事務方を増員していなければ、私も彼らと同じく逃走していたでしょう」

「堂々と語る事じゃねーぞ」

 

 積みあげられた書類をパラパラとつまみながら、エリザがそうジトッとした眼で突っ込む。

 

「今回の【聖武試合】は国家間の結束を証明するパフォーマンスでもある。遅れは許されねえ、分かってんのか?」

「分かっちゃいますがね。私たち文官にも睡眠時間という物があるんですよ」

「けっ、商国(ウチ)研究者(バカ)共なら不眠不休で動けるがね……ま、良い。イベント自体がグダグダのぐずぐずになるのが一番最悪だ、商国から何人か事務方を引っ張って来てやるよ」

「……他国の人員を運営に関わらせるのは……。一度、持ち帰って検討させて下さい」

「おいおい、つれない事言うなよ。一緒に行こうぜ、ちゃんと上の爺共も説得してやるよ」

 

 そう言って、冷や汗を流す文官と共にエリザは何処かへ行ってしまった。聖国のお偉方に貸しを作る気満々である。まあ、エリザならノウハウの吸収もコネクション構築も上手くやるだろう。

 しかし、嵐のように去っていったな……。

 

「という訳でクライヒハルト卿、しばらく俺は忙しくなる。マリーにはよろしく言っといてくれ」

「【異能】をボイスメッセージに使うなよ……」

 

 エリザ達が颯爽と消えた数秒後、バチバチと鳴る火花と共にエリザの声が虚空に響く。物凄くイキイキした声だった。貸しを作れるのが嬉しくて仕方ないと言わんばかりだ。

 

 俺は一身上(主に頭の出来)の都合によって事務仕事が苦手だし、リラトゥの頭脳はスパコン染みて優秀だが、コミュニケーション能力に大いなる難がある。そしてそんな俺たちの苦手をカバーしてくれるはずのマリー様は、最近なんかルキアに絡まれていて忙しい。よって、最も万能であるエリザが各所との折衝を担うのは当然の成り行きと言えた。

 

「「………………」」

 

 そして、後にはピーキーすぎる【英雄】二人だけが残されたのであった。

 

「……マリー様、早く帰って来ねぇかね」

「ねー」

 

 【悲報】クライヒハルト、ただの鍵っ子と化す。え、鍵っ子ってもう通じねえの?

 

 

 

◆◆

 

 

 

「ふう……でも正直、このダラダラした暮らしは悪くないんだよな。マリー様がいない事だけが不満だが」

 

 ソファに寝転がりながら、何度目かも分からないぼやきを吐き出す。

 

 マリー様は、最近ルキアと物凄く仲がいい。以前はマリー様が一方的に話しかけてフラれていたはずなのだが、つい先日仲直りイベント(?)でもあったのか、ここ最近はずっと二人で何やら話している。あまりにも真剣な顔なので、『ちょっと虐めて欲しいタル~~w』と割って入る事も出来ない。

 

 この前とか、『……クライヒハルト、何か私に隠している事ってない……?』と真面目な顔で聞かれたしな。隠し事なんてそんな、ありすぎて困るわ(カス)。ちょいちょい勝手に出撃して貢ぐ用の魔物退治(素材狩り)に行ってる事とか、【英隷君主(ディバインライト)】の影響でマリー様の寿命がめっちゃ延びてバストもデカくなりつつある事とか、あとリラトゥに闇調教して頂いている事とか……。

 

 正直に全てをゲロッたが、マリー様は『それじゃないのよね……』と言いたげに苦々しい顔をしていた。横からルキアが『言ったでしょう、制約は絶対だと』と慰めていたが、【制約】って何の事だよ。何かの暗号か? 俺以外が隠語を使うなよ……!

 

「殺……いや、まだ早い……。一応、ほぼ野生児だった頃に常識を教えてもらった恩がある……」

 

 ルキアと別れてから色々 (公国に裏切られて殺されかけたり)あったので忘れていたが、ルキア・イグナティウスと言えば俺が転生してから初めて出会った人類の【英雄】である。

 

 俺が転生した後、しばらくサバイバル生活を送っていたという話を何処かでした事がある気がする。してなかったっけ? してなかったかも (健忘症)。そこら辺正直定かではないが、俺には野生児だった悲しい過去があるのだ。

 

 分け入っても分け入っても深い森(種田山頭火)をなんとか抜け、やっとこさ人里への脱出を果たした後。初めて出会った第一村人が、ルキア・イグナティウスだったのだ。

 ……正直これ忘れてるの結構人でなしだとも思うが、あの後色々忘れたい事があったから仕方ないのだ。

 

「昔の事はあんまり思い出したくないから忘れてたんだよな……。というより、忘れるように努めてたと言うか……。正直、一つも良い思い出なんて無かったし」

 

 うう……木の実と野草しか食べ物が無くて、結局ほとんど飯抜きで動き回っていたあの頃……。そしてルキアに近くの国を幾つか紹介してもらって、指運で選んだらまわり回って毒殺……!

 

「ディスカバリーチャンネルみたいなサバイバルさせられて、やっと人類圏に降りてこられたと思ったら主君に裏切られて毒殺されかけて……ううっ、考えてみたら俺って可哀想……! 人生ハードモード! 闇堕ち不可避! 殆どダークヒーローの過去編……! こういう悪い記憶を忘れるよう、俺の脳味噌くんが守ってくれてるんだね……!」

 

 ありがとうな、都合よく出来てる俺の脳味噌……! これからも色んな事を覚えたり覚えなかったりしてくれ……!

 ソファに埋もれながら、ぐねぐねと蠢いて俺の脳に感謝を告げる。

 

「むー。クライヒハルト、動かないで。本が読みにくい」

「お前はいつまで俺の膝を占有してるつもりなの? 独占禁止法に引っ掛かるぞ、その占有っぷり。邪魔するなよ、人がハードな過去に浸ってる時にさぁ……」

「私、両親が教祖の宗教二世。産まれた直後に両親に食べられかけた。二人が死んだ時も遺言に従って死体を全部食べた」

負けを認めよう(リザイン)

 

 【英雄】は過去が重くないと駄目な決まりでもあるのか……? いや、エリザが居るか。別に彼女の過去は知らんけど、あんな豪快な、現代だったらバリキャリやってそうな人に重い過去など無いだろう。無いよな……?

 

「そういやリラトゥ、お前は大聖祭にいっちょ噛みしにいかなくて良かったのか? このままだとエリザだけ利権に食い込んで色々得しそうだけど」

「聖国と帝国は、地理的に遠い……。有力者とのコネクションは確かに有用だけど、距離が遠すぎて価値としては低い。だったら、エリザに譲る方が合理的」

「はー……なるほど」

「……それに、エリザが他所に行ってるから、クライヒハルトと仲良くなれた」

 

 そう言って、寝ころんだ体勢のままリラトゥはニコリと笑った。

 

「隣国である王国の【英雄】であり、世界最強の騎士……。貴方と仲良くなる方が、聖国の利権よりもよっぽど重要。帝国にとっても、もちろん私にとっても」

「……はいはい。リラトゥ、やっぱお前ちゃんと頭良いよな」

 

 何となく流れに任せているだけかと思ったら、ちゃんと自分の国にとって何が得かを考えていた訳だ。今後利用する機会があるかすら分からない聖国との曖昧なコネよりも、明確に隣国の【英雄】である俺との仲を深める事を優先したと。

 

 悔しいが、その狙いは成功していると言わざるを得ないだろう。

 実際、このダラダラした数日間でリラトゥには何だかんだ結構ほだされてしまった。単純接触効果と言うか、ずっと一緒に居るとなんとなく邪険に出来なくなってくるのだ。

 

「えっへへへ……クライヒハルトは優しいし、実はけっこう寂しがりだよね」

 

 頬をごしごしと俺の脚に擦り付けながら、リラトゥがそう聞き捨てならない事を言う。

 

「なんだとぉ……」

「ふふ。ちょっと前のクライヒハルトなら、膝枕なんて絶対許してくれなかったもん。『俺の細胞一片に至るまでマリー様の物なんですけど!?つまりこの膝枕もマリー様の膝!』とか言いそう」

「俺の事を狂人かなにかと思っていらっしゃる?」

「うん」

「なんだとぉ……(デジャヴ)」

 

 まあ……言うか言わないかだったら多分言うが……。こんなFラン英雄に権威なんてありませぇええええん!!

 

「私も同じ寂しがりだから分かるの。誰かが一緒に居てくれると、嬉しいよね。特に【英雄(わたし)】たちは、そういう存在が少ないから。だから、余計に大切に感じるの。でしょ? クライヒハルト」

「……まあ、分からんでもないな」

「えへへ……それでね? そういう絶対に寄り添ってくれる存在の究極が、家族なの。温かくて、優しくて、ずっと傍に居てくれる家族」

 

 そう言って、リラトゥが光の見えない目で俺を見つめる。 

 

「ね? クライヒハルト、私のパパになって? クライヒハルト相手なら【異能】の新しい使い方が出来そうなの。私を再定義して、クライヒハルトのお腹から産まれ直す使い方で……」

「闇が出てきたので駄目です」

「むう。まだ時期尚早だった」

宇宙の終焉(ビッグクランチ)までに来ると良いな、その時期とやら」

 

 そのまま、しばらくリラトゥとうだうだする事しばし。

 

「―――お」

 

 ポン、ポンと空に白い煙が打ち上がる。

 

「……花火か」

 

 世に数多ある商国の発明品、その一つだ。炸裂性の火魔術と金属の粉を組み合わせて、炎色反応を起こす。昼間に打ち上げれば正直ただの白い煙にしか見えないが、その大きな音だけでも十分に役目を果たしている。未だ量産など出来ない貴重品のため、聖国にも僅かしかない貴重品だ。

 

 この花火が上がったと言う事は、つまり……。

 

「―――やっと始まるのか。【聖武試合】」

 

 起き上がり、ぐるぐると肩を回す。ニートは卒業、ここからは仕事の時間だ。膝に頭を載せていたリラトゥも、既に真剣な顔で自らの武装を確認している。

 

 聖国内部の勢力争い。対魔族への結束を示すパフォーマンス。【英雄】間における格付け。

 

 複数の思惑を内包した【聖武試合】が、とうとう始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

「さて」

 

 カツン、カツンという音と共に、一人の男が廊下を歩く。

 

 中年の、冴えない風貌の男だ。中肉中背、平凡で印象に残り辛い顔つきをしている。何処にでもいそうな男だ。痩せた頬を緩ませて、人好きのするニコニコとした笑みを浮かべており、ここに背広を着れば一端のサラリーマンにも見えるだろう。

 

「さてさて、皆と会うのは久しぶりだなぁ……どうかな、この姿。気合い入れて高い服にしちゃったし、似合わないって思われないと良いんだけど」

 

 ギギィ……というきしんだ音と共に、男がドアを開く。

 

 ドアの先は、バルコニーに繋がっていた。城前の広場を一望できるバルコニーだ。ここから、誰も手入れせず荒れ果てた庭園を見つめるのが男の楽しみだった。

 だが、今男に見えるのは荒れ果てた庭園では無い。男に見えるのは、視界全てを埋め尽くすような魔族の群れ。視線をどこに向けようが、広場へ押しかけた魔族の姿で埋まっている。

 

「おお、皆来てくれたんだね」

 

 カツ、カツと男が歩みを進める。庭を一望するバルコニー……彼の為に用意された、()()()へ。

 

「やあ、みんな! まずは集まってくれてありがとう!」

 

 どこまでも朗らかに、男はそう声をあげた。彼の声は複数の【異能】持ちによって中継され、彼の統治下にある土地全てに広がっていく。

 

 日時は昼。日中にも関わらず、雨雲に覆われて空は暗かった。

 しとしとと小雨が降っている。だが、魔族の誰一人としてそのような事を気にする者はいない。皆が、彼へ静かに視線を向けている。

 

「龍や亜人(エルフ)、獣人の生息地へ出向いていた者達も、無事に帰って来てくれて良かった! 長期間の遠征、本当にお疲れ様! 皆が無事でいる事が、僕の最高の幸せだ!」

 

 弁舌を振るう男の言葉に、全ての魔族が耳を傾ける。誰も、彼の言葉を遮ろうとはしない。

 

「そして、ありがとう―――君たちの一挙手一投足全てが、()()()()()()()()()()()!」

 

 当然の事だ。彼こそ、数世代に一度現れる唯一の指導者。

 『そうあるべし』と遺伝子に刻み込まれた、彼らの王なのだから。

 

「エルフには疑心暗鬼と火種を! 獣人には過剰な人口増加と食糧難を! 龍には、生息地の分散と生態系の乱れを! 君たちは、見事に僕の任務を達成してくれた!」

 

 【という訳で、現在は王都で凱旋パレード真っただ中である。

  何か南の方でワイバーンが異常発生したらしいので、それをパッパと殺してきたのだ】

 

 かつて、とある王国の【英雄】はそう言っていた。

 彼があまりに素早く解決したため、誰も原因の究明をしようとはしなかったが……ワイバーン(亜竜種)たちは、彼らの上位種である龍の縄張り争いに負けて追いやられたのである。

 

 人類を狙った行いではない。全世界へ不幸と悲劇をもたらす、魔族の様々な試みの一つ。その波紋が、たまたま人類種に降りかかったというだけだった。

 

 そのような事は(つゆ)とも知らず、男は続けて弁舌を振るう。

 

「君たちを導く! 君たちを繫栄させる! 君たちを、()()()()()! 僕の全存在を賭けて、それを約束しよう! ―――そしてだからこそ、君たちには力を貸して欲しい!」

 

 拳を握り締め、声に抑揚をつけ、感情を込めて男は語る。洗練された演説の技巧。聴衆を引き込み、その脳髄へ言葉を染み込ませる力が男にはあった。

 

 【異能】ではない。ただの身振り手振りと発声、活舌と抑揚を極めた先の技術。それを思うが儘に振るい、男は聴衆へ叫ぶように告げる。

 

()使()()()()()()()()()

 

 ざわ、と聴衆にさざ波が走る。

 

「今は亡き、ザジ・シルバラインが遺した最期の功績だ! 彼は、掛け値なしに優秀だった! 最期の最期、【使徒】を見つけるという偉業を残して死んだ!」

 

 【使徒】を見つけた。【使徒】が、とうとう現れた。ざわざわと、魔族たちの間で言葉が伝播していく。それはつまり、彼らの最終目標が定まった瞬間でもあるからだ。

 

「【使徒】が現れた! 世界の寵愛を一身に受けた代行者! 勝利の化身が、【使徒】が現れた!」

 

 単純なフレーズを何度も何度も繰り返す。明確なスローガンを、最後の一人が理解できるまで。扇動のテクニックの一つだ。彼は、これを誰からも教わった事が無い。社会性が喪失している魔族の中で、他者とのコミュニケーションの一種である”演説”の技術など磨かれる訳が無いからだ。

 

「【使徒】は南に居る! 山脈の向こう、人類が暮らす大陸南部に【使徒】は居る!」

 

 だから彼は、ただひたすら思索を積み重ねる事によってこの演説技術を手に入れた。

 仮説を立て、理論を検証し、数度の思考実験を経て実証する。そういう思考活動の積み重ねによって正解を導き出す。有体に言えば、彼はいわゆる「天才」だった。

 

「世界の意志が! 混沌の根源が! 尊ぶべき宝が、今も大陸南部に居るんだ! だから―――」

 

 聴衆の熱が高まっていく。彼の弁舌によって高められた物ではない、ドロドロとした欲望の炎による熱だ。魔族は皆、己の幸福のみを求めている。魔王による統帥下にある今でも、その利己的な本能に陰りは無い。

 

 ―――魔族の中で、連綿と受け継がれた研究があった。

 

 ある狂人の(げん)から始まった、果ての無い探求。

 生命と魂に迫ろうとした数々の研究は、代々子孫に受け継がれ、細々と紡がれていた。

 魂を測り、死亡と共に産まれる『なにか』を見つけ、数々の死体を積み重ねて……そして、ついに当代でその研究は完成を迎えた。

 

 数世代に一度現れる、魔族の突然変異種。その中でも"史上最高の魔王"と謳われる天才。

 当代【魔王】の手によって、彼らの妄執は報われたのだ。

 

 一度【使徒】によって砕かれた計画は、しかしその失敗を糧にして完成へ至った。

 

「―――さあ、扉を開く時が来た」

 

 聴衆の熱を歓迎するように両腕を広げ、魔王がそう語りかける。

 

 雨が止む。雲の切れ間から日光が差し込み、広場を暖かく照らしていく。

 

「皆が、幸せを願っている。限られた命の中で、最大限の幸福を得たいと願っている。生命として当たり前の事だ。産まれて来たならば、誰もが幸せになりたいに決まっている―――。

 ―――だから、僕は! 為政者としての責務を果たし! 君たちの、『()()()()』を実現する事を約束しなければならない! 」

 

 バルコニーから身を乗り出すようにして、魔王が叫ぶ。陽の光がまるでスポットライトのように彼を照らし、大仰な身振り手振りを映えさせる。

 

 まるで、世界が彼を祝福しているように。

 

 演説の開始時刻も会場も自分で決めた。雲の動きと風、湿度などから気象を読み、日照条件を予測した。聴衆の反応や演説時間、陽の動きなどを考慮に入れて適時修正を行い、演説の終盤に条件が重なるよう調節した。一から十まで計算で出来上がった"奇跡"だった。

 

「だから、沢山殺そう。出来る限り多くの人間を、隅々まで掃き清めるように殺し尽くそう」

 

 【使徒】が、少しでも『誰を助ければいいか』迷うように。

 彼の対処能力を少しでも飽和させ、弱体化させるために。

 

 そして、人間は【魔王】に捧げられる贄でもある。

 

「―――全ては、神を打ち倒すために。僕は、僕の持つ全てを懸けて君たちに尽くそう」

 

 後に、魔族の歴史に【大戦争】とのみ記される秘された戦争。

 その始まりは、概ねこのような演説と共に始まった。

 

 

 

 

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