ネットミーム・デビルサマナー   作:生しょうゆ

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終末の黄昏 終

 

 

2024年7月16日 20:27

東京都・中野区 中野駅 <伊武恵>

 

 

 

 美しいものを見たかった。美しい物が欲しかった。美しい物になりたかった。

 

 絢爛、光輝、満ち溢れ、何者にも侵されぬ絶対者。美とはそうでなければならぬ。美とは永遠にして絶対でなければならぬ。

 

『なればこそ、力とは美であり、暴力とは美であり、支配とは美に他ならない』

 

 伊武恵はかつてそう思った。それは逆説だった。美とは自ずからそう在る物だ。美とはその存在だけで力あり、暴力的であり、万物を支配し得る。

 

 しかし伊武は美しくなかった。全く美しくなかった。故に美に近付くには、その在り方を逆に辿っていくしかなかった。

 

 物質、形成、創造、流出──マルクトからケテルへと。カバラ思想は神の威光を語った物ではあるが、伊武にとっての神とは美である。寧ろ美こそが神たるアイン・ソフと言えるだろう。

 

 美という名のセフィロトを登り切る。それこそが伊武の人生であったはずだ。

 

 しかしながら、今の己は。

 

「あああああ、ああ、あああ──」

 

 乾いた叫び声が耳に木霊する。悍ましき獣の声は、己の口から発せられている。

 

 その腕は肩のみならず背からも腹からも生え、その目は頬に顎に喉に開き、その頭は首に腹にと生えている。

 

「ああ、ああ、ああ──」

 

 鱗に覆われた自らの腕を見、伊武は空に叫んだ。長々とした尾が地を削る。月光が己の姿を明々と照らし出す。

 

 その先、空高くにそれは在った。

 

『あれはなんだ』微かな意識で伊武は思った。『あれは母か』空を埋め尽くす女の肢体は、母の様な笑みを浮かべながら手を伸ばす。咆吼もなく絶叫もなく、無表情にも似た慈愛の笑みを浮かべ、空高くに君臨している。『あれは美か』そうに違いないと、伊武は思った。

 

 それはペルソナと呼ばれる物の極致にして例外。星深くに接続し、星を取り込んだ御子の影。

 

 言うなれば、それは人型の惑星だった。

 

「……で、お前は折れてくれませんのね」

 

 ふう、と息を整えながら、巫女服を纏ったサマナー、諏訪が言う。足首を傷付けられ、その他大小の傷を負って尚、女の目は揺るがない。その在り方を伊武は純粋に美しく思う。

 

 諏訪という女は気高く、強く、決して折れることのない、女という名の美であった。

 

『俺は』星の影と諏訪を重ね合わせ、両者と対峙した伊武は思った。『俺は蛇か』美しき物を汚し尽くした楽園の蛇。下賤なるサタン。美の敵対者にして汚濁の化身。『俺がそうなのか』嘔吐では収まらず、腹を掻っ捌いて中身を打ち捨てた。

 

 美しくありたかった。初めはただそれだけだった。『だが、美とは何か?』伊武は不意にそう思った。美とは何か。この世において、真に美と呼べるものは何か。

 

『力、暴力、支配』それは美か。神に仕えし父母を異端の名の下に切り捨てられ、テンプルナイトを殺すために捧げた己の人生には、美など欠片も見出せない。悪魔を使役し、闇の中に己を磨き上げるほど、望んだ美は酷く遠ざかっていったように思う。

 

 目の前の女とは違い、気高くなく、強くもなく、折れに折れた果てが己だ。人としての、女としての幸福を、全て投げ捨てて至った己は。

 

『俺は』伊武は不意にじっと手を見つめた。悍ましく、恐ろしく、悪魔そのものの己の様相。『俺は何を』美とは何か。『あああ──』美とは何か?

 

 伊武には分からなかった。それはキリストに同じく、神に同じく、永劫にして真理という敬称しか付けられぬものだった。

 

 故にこそ、分からぬからこそ、既存の物を奪い取るように「あああああああッ!」叫び声を上げ、何も分からぬままに突進する。「ああもうっ!」諏訪が腕を振る。拳を重ね合う。

 

 悪魔に身を売り果たした己と、人の身で打ち合う事が出来るその在り方。その美。「てめえ諏訪あああああッ!」激情と共に嫉妬を吐く。月光に向け、己の絶望を叫び狂う。

 

 とうに終わった戦場に、自らを終わらせるように、伊武は諏訪に掴み掛かった。

 

 ──しかし、不意に伊武は「あッ」と、掠れた視界に人影を認めた。

 

 瓦礫を足蹴にして下らなそうな顔を浮かべる男。「あ、ああッ!?」伊武は咄嗟に諏訪から離れた。ざわりと、敗北に空を見上げていた数多のダークサマナー達が声を上げた。

 

「……え、何? まだやってんの?」

「後はこいつだけですわよ、遅刻魔の本庄」

「留年の理由三位くらいを持ち出してくるのはヤメロォ! 何すぅ!」

 

 その光景は何時かの再現だった。破壊と死骸の上に王を気取っていた己の前に、唐突にやって来た破滅。力と言う名の美の化身。

 

 暴力という名の、支配という名の、いやいっそそれらを越えて、理不尽という名の美の化身。

 

 本庄素幸という美が、自分を見つめている。

 

「うわキチガイだ。死ね!(挨拶)」

「あっ、本庄はんだ。死ね!(挨拶)」

「おー来たぞ尾崎。これでようやく終わりかな? いやー楽しかったな! 俺達はまともな終わり方で良かったな!」

「異界で隔離されて素直に感謝したのが俺……! 流石に野獣ママで射精したくはない尾崎健太郎よ」

「ほんとほんと! あいつらと違って俺はめっちゃ活躍したし爺ちゃんも地獄で喜んでるだろ!」

「活躍したのはお前じゃなくてアラハバキだろ。あと俺のスルトちゃんの方が活躍してたから」

「地面に縫い付けられているというのに元気だなお主ら……」

 

 天上の何かに身体を縛られ、一カ所に纏められたダークサマナー達が口々に言う。それらに本庄は「死ね!(挨拶)」と声を返し、そうして伊武を見た。

 

『ああ、いい目をしている』と、伊武は何時かのようにそう思った。『理不尽で、傲慢で、狂気的な』それこそが美という物だろう。だからこそ、伊武は自らの顔を掻き毟った。

 

「うわ何こいつコワッ!?」そんな事は言わないで欲しかった。「悪魔人間の行動なんて考えるだけ無駄ですわよ」お前にだけは分かったようなことを言われたくない。「諏訪さん、こんなの(直球)と戦ってたの……?」「お前が戦え言ったのでしょうが!」そんな、そんな、「見せ付けるなッ!」伊武は喉元を引き千切り、絶叫を上げた。

 

「なにこの怪奇ヘビ男……(困惑)」

「ヘビ女ですわよ。覚えております? 先週私達で轢き殺したはずのダークサマナーですわ」

「もう性別とか分からないくらいぐちゃぐちゃじゃん……(ドン引き)」

 

 そんな会話が眩しく、羨ましく、吐き気がする。これは美だ。「あああああッ!」父母の美だ。「諏訪あああああッ!」悪魔に食われた父母が目の前にいる。最上の暴力。最上の美。故にこそ、それは父母でなければならない。美しい物は父母でなければならない!

 

「──あ、ああ」

 

 不意に伊武は気が付いた。

 

『美とは』美とは何か。『それはかつての俺か』過ぎ去った過去を求め続けた。『永遠に失われた』かつての暖かく柔らかな。『俺は』無意味。『俺は!』全てが無意味だった。『だったらッ!』伊武は血走った幾多もの眼で諏訪を睨んだ。

 

『どうしてお前は美しく在れる。お前だって同じだろう! いや俺よりも醜いはずだ。そんな悍ましい物を腹に抱えて!』

 

 呪いの極致を腹に抱えて、この女は笑っていられる。それが狂おしいほど憎くて苦しくて吐き気がした。

 

『分かっている』自分と諏訪はまるで異なる。伊武は互いの立場にそう納得しようとする。しかし『分かるわけがない! どうしてお前が』頭を掻き毟りながら絶叫する。「俺だって!」震える指先で、何かを求めるように手を伸ばす。「俺だって、お前に……!」成れたのか。成りたいのか。この醜い身体に、美しい男は笑ってくれるか。

 

『あの下品な悪魔を共にしているこの男なら、きっと自分だって。この悍ましき悪魔を腹に抱えた女が許されるなら、自分だって』

 

 だが、『なんだ?』伊武はもう何も分からなかった。『俺はなんだ? 許して欲しいのか? 俺は美に』美になりたかったのではないか。かつてを取り戻したかったのではないか。『成れなかった』いや成ったはずだ。暴力的で支配的な。『もっと強い男が』目の前の理不尽に。「俺はッ!」本庄と諏訪は何時かのように己を睨んでいる。

 

 醜く汚らわしいものを見る目で、父母が己を睨んでいる──。

 

「ああああああ──!」

 

 脳裏に何度も情報が走る。髪を引き千切り脳漿が迸るまで頭を掻き毟る。精神を狂わせ情報を植え付けるその現象は、まるで本庄に近付けさせないように何度も何度も伊武を襲う。

 

 だが「黙れッ!」そんな母親はとっくに死んだのだ。とっくに悪魔に食われて死んだのだ。だからこそ伊武は天上に微笑む母にさえ悪罵を放つ。「何も知らないくせにッ!」母は、ただ慈愛の笑みで伊武を見つめている。

 

「……まあ、通じない手合いも出てくるよな。気が狂った奴相手には」

 

 本庄が溜息を吐き、進み出ようとする諏訪を押し留め、伊武に近付いた。それだけで伊武の口元に笑みが浮かび、どうしようもなく嬉しくなる。

 

 だから「殺したい」だから「殺されたい」この男を終わらせたい。この男に終わらせて欲しい。

 

 その漏れ出た呟きに、本庄は「ああ」と言って、COMPを操作しようとした手を止めた。

 

「悪魔人間なんて物になる時点で分かっていたが、そうか、お前も自分が嫌いなんだな」

 

 本庄はふと、遠くを見つめた。それは天上に微笑む母の根源。そちらをじっと見つめ、「なるべく使いたくはなかったんだが」そう、溜息を吐いた。

 

「野獣ママ以上の核兵器。オメガバース野獣ママ以上の核兵器だ。本当の本当に使えない兵器という意味でな」

「そんなバケモン(直球)以上の奴なんて存在するんですの……?(恐怖)」

「言ってくれるな諏訪さん。流石に奴と並べられるのは心外だろう。なあ?」

 

 本庄はそう言って、COMPから手を離し、身体の中に語りかけるように言った。

 

「召喚──魔人:デストルドー」

 

 瞬間、本庄の影から何かが飛び出た。嬌笑と共に顕現した影は、真っ赤な瞳を暗黒に浮かべ、伊武と相対した。

 

「あは」

「あはは」

「あっはははははあああっはははははははあっははははははは!」

 

 そしてその形が変わる。醜い己の姿に。悪魔と合体する前の己に、人殺しに身を窶す前の己に、父母が生きていた頃の己に。瞬きの度に姿を変えて、真っ赤な目で己を笑っている。

 

『俺はどうしてここに居るのか?』

『俺はどうしてまだ生きているのか?』

『俺は何がしたいのか?』

 

 ──ああ、殺されていく。醜い己は、己自身の意思で殺されていく。

 

『こんなものは己ではない』と、『こんなものが己であって欲しくない』と、そんな欲求と共に己は殺されていく。

 

 その死は恐れる物ではなく、寧ろ喜ばしい物として、伊武は進んで己を殺そうとし──ふと、身体が軽くなった。

 

「どうした?」死はどこへ行った。「俺は」殺された身体はどこに。「俺が」ふと掌を見る。人の手だった。「お前ッ」殺されたのは、悪魔と融合した己のみ。「お前は、俺から死すらも奪い取るのか!」その声に、赤眼の影は「あは」と嘲笑を浮かべた。

 

「貴方如きを殺してやるものですか。お兄様を傷付けるのは私だけで良いのです。私という自殺願望だけでね」

 

 そして影は消えた。何もなくなった伊武を残して。

 

「さて、正気に戻ったところ悪いが」本庄は自らの影に手を振りつつ言った。そうしてぐるりと辺りを見回し、笑って言った。

 

「器ちゃんの領域展開でぶち込めなかった分、今からぶち込んでやるぜ! お前ら全員野獣ママにチンポをシコシコされて、生きろ!(殺害予告)」

「……はッ?」

「……お前、マジで言ってますの?(震え声)」

 

 伊武が呆けた顔で言ったのと、ダークサマナー達から悲鳴が上がったのは殆ど同時だった。

 

「てめぇ様は、何をしてくれちゃってんだスギ? ぜってぇ死んだ方がマシだわ!(全ギレ)」

「どうなんだよ人として! 爺ちゃん! 爺ちゃん見てるかー!? アラハバキさーん! ありがとー! フラーッシュ!(救助信号)」

「ゲイリンさー……お前さー……礼節云々の前に倫理観を叩き込んでくれね?」

「いきなり冤罪で逮捕され死刑宣告されたような気分だ。もう笑うしか……笑……笑えねえよ(全ギレ)」

「スルトちゃんはどこ……? ここ……?(焦り)」

「ウワーッ! 野獣ママダーッ! タスケテクレーッ!」

「あぁ~ダメダメダメダメ! 太い野獣ママが脳内に入っちゃう! ハイットゥル・ハイットゥリ!(アレイスター・クロウリー直伝の呪文)」

「いや元気だなお主ら……(ドン引き)」

 

 急に汚らしく悪罵を放ち始めたダークサマナー達に対し、本庄は下らなさそうにキレ気味で言った。

 

「うるせえな。何が死んだ方がマシじゃボケ共。テメエら全員淫夢厨のゴミの癖して格好付けてんじゃねえよオォン!?」

「お前にだけは言われたくねえよキチガイ」

「おっ、ブーメランか?」

「げっ、諏訪シコ兄貴って伊武だったのかよ……コミュ抜けるわ……」

「つーか何があって諏訪シコ兄貴もといメシアン殺しの伊武は元に戻ったんですかね……?」

「本庄がキチガイだから(42)」

「あっ、そっかぁ……(納得)」

「うるせえぞテメエら!(半ギレ)」

 

 罵声を放ち、「おっ」と何かに気が付いたように本庄は顔を上げた。遠くから駆け寄ってきた少女達に、居場所を示すように手を振った。

 

「本庄様っ! 貴方の器ちゃんが来ましたよ! ってなにっ、私が何やら満足げな顔で後方彼女面をしていますっ!」

「足早えーよ、あいちゃん」

「急ぎすぎだよ、あいちゃん」

「あっ、器ちゃんとひで姉妹だ」

「「お前ほんと死ねよ」」

 

 そうして、本庄は伊武から離れていく。自分とは異なる場所へ。「あッ」不意に縋り付くように手を伸ばそうとして、「ああ?」と本庄が振り返った。

 

「何? あの……ぜ、全身タトゥー姉貴さん……(ドン引き)」

「さ、最後に一つだけ、お願いが……」

「お願い言う前に乳くらい隠して欲しいんだが……(ドン引き)」

 

「えぇ……」と言いながら、本庄は腰を屈めて伊武と目を合わせた。その瞳に、舌を震わせながら、伊武は言った。

 

「す、諏訪と『おちんちん……。おちんちんいじってほしい……♡』『……♡ お姉ちゃんに任せて下さいまし♡』『アッアッアッ…おねーちゃんしゅきぃぃぃぃ♡♡♡』と会話してくれ。俺が『ヤバスギでしょwwwwwwww』と締めるから(性癖の複雑骨折)」

「えぇ……(ドン引き)」

「何を言ってますのこいつ(困惑)」

「頼むから! 後生だから! それで俺が『俺が先に好きだったのに!』って泣き叫ぶから!(手遅れ)」

「先でもな……ええと、あー、好きでもありませんし、訳の分からないこと言わないで下さる?」

「はあああああ!? てめえ日和ってんじゃねえぞてめえ諏訪ああああああああッ! てめえのせいで俺が本庄きゅんで気持ち良く『俺が先に好きだったのに』出来ねえんだろうが諏訪ああああああッ!(怪奇!アラサー俺っ娘女)」

「マジに何なんですのこいつ(ドン引き)」

 

 支離滅裂な思考・発言を放ち始めた伊武に対し、二人は揃ってドン引きした。

 

 

 

 

 

 

2024年7月20日 12:00

東京都・千代田区 ヤタガラス本部 <大道寺竜胆>

 

「それでは、7月16日午後七時より中野にて発生した事件に関する事実確認会議を開始する」

 

 二十二代目葛葉ゲイリンの声に合わせ、ヤタガラス本部に居を構えた建物の一室に、パラパラと慣れぬ様子の拍手が木霊する。和服姿の彼らにとってパイプ椅子が新鮮な物であるというのもあるが、以前までとはまるで異なる会議室の様子に面食らっている、というのが大きい。

 

 世界の危機に際して打ち壊れたヤタガラスの会議の間は、当初は元の通りに畳敷きに再建しようとしていたものの、『これを機に新しくした方が良いんじゃね』という声で官庁風のそれに変わっている。鶴の一声を上げた本庄を元退魔庁の官僚等が支持し、坂上公麿が『それもそうでおじゃる』と認めた結果であった。

 

 全体としてはDの字型の形に机が置かれており、直線部分には坂上公麿を初めとした取り纏め役が。円形の部分には四天王及び有力な戦闘者、そしてそれぞれの事件における重要参考人が座る決まりとなっている。

 

 もっとも、今回は関わった人数が多いので、それでは入りきらず、急遽机の後方にパイプ椅子を置いての会議となったが。

 

『随分と大変な事件だったのだな』と大道寺竜胆は素直に思った。これが坂上公彦であったのならば『随分と面白そうな事件だったんすね』とでも言いそうなものだが、竜胆に騒乱を楽しむ趣味はなく、殺しを楽しむ気質もない。

 

 ただ『そう在るべきだからそう在るのだ』という、義務と責任だけが彼女を二十代目葛葉ライドウの席に座らせている。

 

『それにしても』と竜胆は自らが配置された席の隣、欠伸を噛み殺しながら茶を啜っている男、本庄素幸を見た。『また誰に望まれずとも世界を救ったのか、この男は』

 

 彼女の口端にほんの僅かに、誰にも気取られぬ笑みが宿る。じっと本庄の頭を見つめてみる。『茶菓子はどら焼きが良いなあ』と阿呆なことを思っていた。

 

「……で、探りを入れたところ、本庄の提供した情報の通りに事態が動いていたわけだが……本庄、これについての詳細な説明を頼む。如何様にして事前に計画を掴んだ?」

「クソッタレキョウジが匿名掲示板で遊んでいたら、碌でもない奴等が碌でもない遊びを計画してたんだよ。……って前にも言わなかったっけ? 資料にも書いてあるじゃんなあ」

「順序立てて事実を確認していくのがこの会議の目的だ。つべこべ言うな」

「じゃあゴミアホキョウジに話を聞けば良いじゃん。なんであの馬鹿ここに居ねえの?」

「罪人を会議に参加させることは出来ん。あとその口調を改めよ。不必要な罵倒も止めんか。全て議事録として記録されているのだぞ」

「おまんこぉ^~(気さくな挨拶)」

「死ね!!!」

 

 罵倒と共に振り抜かれた刀をギリギリのところで本庄は避けた。「おっぶえ! 赤穂!」「誰が浅野!」簡略し過ぎて訳が分からなくなっている言葉の応酬に、ざわ、と会議に慣れていない者共から声が漏れる。素直に本庄がドン引き野郎だというのもあるが、ゲイリンの抜刀が全く見えなかったためである。

 

『まあそんな話は今更過ぎるのでどうでも良いとして』竜胆はあくまで慣れきっている側である。この程度の応酬など日常茶飯事でしかない。彼女の関心は、自らが関わらなかった事件に向けられている。

 

 何故と言うに、『嫌な顔をしているな』と、横目で本庄の顔色を窺い、そう思ったからである。

 

 今回開かれた会議の主題は、名目上は事実確認であるものの、本質的には生け捕りにした数十人のダークサマナー達の処遇に関してである。常ならば纏めて根切りにするところ、何故か本庄の口から待ったが出ていた。

 

 彼の述べる助命理由としては、以下の通りである。

 

「野獣ママがチンポをシコシコした結果、頭の中に野獣先輩が植え付けられ、この世の全てが野獣先輩に見えるようになった彼らは、悪事を成そうとする度に射精するようになった。だからもう殺す必要はないってはっきりわかんだね!」

「おい、誰か翻訳しろでおじゃる」

「野獣ママ『ゆうすけ、起きてくれよなぁ~頼むよぉ~』っすよ、パパ上」

「公彦はもう何も言うなでおじゃ(半ギレ)」

 

 ケラケラと笑う自らの息子へ呆れ果てた眼を向けながら、「しかし、その方法には疑問が残るでおじゃる」と坂上公麿は何とか話を真面目な方向へ戻そうとする。

 

「光景に関連付けた心的外傷により彼奴等の悪性を封じると言うが、そう都合良く行くものでおじゃるか? そのサタンもどきに触れずに生きていくことも出来るでおじゃろう」

「じゃあ、これ何に見える?」

 

 そう言って本庄は飲みかけの湯呑みを掲げた。釉薬が滴るように施されたその品は、一見して何の変哲もない湯呑みである。

 

 坂上公麿も注意深く観察したが、結局「……普通の湯呑みでおじゃろう」と言った。

 

 しかし本庄は確信を抱いて言った。

 

「いいや俺には野獣先輩に見える。正確には四章で『曇ってきたな。中入るか』と言って立ち上がりかけたポーズに見える。そしてあいつらにもそう見える(呪い)」

「えぇ……それもう病気でおじゃろう……(ドン引き)」

「そんな病気にあいつらは罹っているんだよ。だから安心! 終わり! 閉廷!」

 

「えぇ……(困惑)」と言う声が会議室を満たし、「やっぱりこいつキチガイだわ」「淫夢はヤタガラスでは恥ずかしいことなんだぞ!」という言葉が小声で溢される。それを他所に本庄はゲラゲラ笑って言った。

 

「それにさあ! 折角政府から認められるようになったんだから、その矢先に大量殺人しちゃいかんでしょ。心証悪くなりますよ~なるなる。これからは清く正しいヤタガラスで行こうぜ!」

「我らは元より清廉潔白にして平等でおじゃ」

「ほんとぉ?(疑念) そうでなくても使い道はいっぱいいっぱい裕次郎! 異界潰しや巡回にも人手が足りないし、ダークサマナー共も自首しやすくなるだろうし、得ばかりじゃないかたまげたなぁ……」

「ふん。確かに人手不足は絶えぬ悩みでおじゃるが、しかし絶対に安全とは言い切れぬでおじゃろう。耐性の問題や、根本的な倫理観の欠如へ、どういう対応をするつもりでおじゃ?」

「耐性に関してはこれから核兵器(意味深)を作っていけば良いでしょ(適当)。そして精神のアーキタイプとして世にも稀なる善人の俺を参考にするから安心!」

「全く安心できないのでおじゃるが……」

 

 一応は考えて来たようで、本庄は坂上公麿の問いに対してそつなく答えていく。その内に「ふうん」と納得を示すような声も漏れ始めた。

 

 人手不足は長年の問題であるし、情勢が決着しつつある今において、寛容を示すのも悪手ではない。政府の方からこれまでのやり方に苦言を呈されているのも事実ではある。

 

 そして何よりも、本庄素幸という男がそう判断したのなら。最適解だけを躊躇なく選ぶことの出来る男が『大丈夫だ、問題ない』と言うのであれば、信用するに値するだろう。

 

 多くの者はそう思った。本庄素幸という人間をそう思っていた。

 

 だが、大道寺竜胆は静かに本庄を見つめ、『嘘だろう』と思った。

 

『貴方は単に人を生かしたかっただけだ』

『全ての理由は後付けに過ぎない。話を最もらしく運ぶための、言い訳に過ぎない』

『そして、それがあくまで言い訳でしかなく、本質的な解決になっていないことにも、貴方は気が付いている』

 

『……合っているだろうか?』竜胆は不安に思った。自分はこの人を見間違えては居ないだろうか。じっと脳を見つめる。『ああ、やはり合っていた』それが嬉しくもあり、悲しくもあった。

 

 本庄は、人類が救われる事を諦めているのに、どうしようもなく『人は救われて欲しい』と願っている。人類の善性を諦めているのに、どうしようもなく『人は善くあって欲しい』と願っている。

 

 それは信念と呼べるほど強くない。それは願いだ。世界へ希望した淡い願いだった。だから本庄には超人に至る資格が無い。自分は動こうとせず、単に願うだけの人間を、人は凡人と呼ぶだろう。

 

『それでも』竜胆は粘ついた何かが胸内にのたうつのを自覚した。『それでも貴方は、信念がないままに、成し遂げてしまうのだから』

 

 自らのような立場も伝統もなく、信念も覚悟すらもなく、愚痴を吐き、弱音を吐いて、嫌だ嫌だと言いながらも、結局は成し遂げてしまう。淡い夢だけを胸に抱いて、茨の道を進んでいる。

 

 竜胆は初めて会ったときからその歪んだ人間性に興味を抱いていた。意味の分からぬ銃撃に、思わず敵にそうするように、権能を行使したその際に。

 

 人間の遺体なんてありふれた物を前に、目を見開いて脂汗を流し、耐えきれぬように顔面を片手で抑え、器具を取り落としたその光景に、一つ思ったのだ。

 

『なのに彼は、どうして人を殺せるのか?』

 

 答えは無かった。本庄は答えなんて持っていなかった。答えを出すことを恐れてすらいた。

 

 それを言い訳にして、自らの行為を肯定することを恐れていた。

 

『そういう人間がいるのか』と竜胆は思った。『そういう人間が力を持ってしまったのか』と不思議な感傷に襲われた。『そういう人間は、どうなってしまうのだろうか』地面に倒れる男を見下ろしながら、そんな風に思った。

 

『だから』竜胆は眼を広げる。『見たい。見たい。全てが見たい』口端がほんの僅かに歪む。『全てが欲しい。貴方の全てが』嫌われると分かっていても、この理解できない男の全てを見つめたくなるのだ。

 

 自らの権能である瞳を、竜胆が普段使いすることは無かった。まるで、人ではないようで嫌だから。

 

 それでも本庄へ向け安易に使用し、剰えその事実を露呈するのは、偏に。

 

『貴方には、私の全てを受け入れて欲しいから』

 

 そんな事は、恥ずかしいので言わないが。

 

 そんな追想をしている内に、本庄が発狂しかけていた。『いや、何故?』坂上を筆頭とした重鎮に「そもそもお主の解決方法は汚すぎるのでおじゃる」などとぐちぐち責め立てられたためである。

 

「こんな方法を表沙汰に出来る物か」

「いい加減ヤタガラスで淫夢ごっこはやめろ」

「二十一歳にもなって恥ずかしくないのか」

「俺は別にキチガイのままで良いと思うっすけどねえ。面白いし」

「……ま、今更真面目ぶっても似合わないというのは、ありますわね?」

「そうだね、諏訪お姉ちゃん。ぼくは似合わないどころの話じゃないと思うよ」

「そうでしかないね、諏訪お姉ちゃん。わたしは事の顛末にドン引きしたよ」

「青少年の教育に悪いから口を開くな」

「儂の言動に一々汚らしい物を見出そうとするな!」

「麻呂にじっぷなるあだ名を広めようとするなでおじゃ」

「きっしょ。もうベルベットルームに顔出すな。そして死ね。……ってラヴェンツァが言ってました(責任転嫁)」

「進学について相談に乗ろうとしてくるの気色悪いから止めろ」

「本庄大先輩のチュートリアルとか言う奴のせいで僕のクロノスが合体させられたんだけど……尊鷹になっちゃったんだけど……(絶望)」

「あのお客人を介して資格も無いのに勝手に入ってこないで」

「いい加減娘を引き取って欲しいのだが」

「外国語が使えるからってマウントを取ってくるな」

「東大という単語で急に発狂するの怖いからやめろ」

「素直にくたばれ」

「四天王を"四大幻獣(モンスター・フォー)"とか呼ぶな」

「四天王を"四大幻獣(ビースト・フォー)"とか呼ぶな」

「四天王を"四大幻獣(モンスター)"とか呼ぶな」

「ヤタガラスの用語を語録に改変するな」

「靴下は裏返しにしないで洗濯籠に入れて下さいね、本庄様?」

「な、何故あいちゃんがここに居る」

「な、何故あいちゃんの存在が無視されている」

「私を見たという過去なら荼毘に付しましたよ」

「えぇ……」

「こえぇ……」

「淫夢語録使えば四天王になれるとかほざいてんじゃねえぞこの野郎」

「会議を開く度に茶菓子を催促するんじゃない」

「誰が呼び始めたのか知らないけど三代目葛葉狂死って名乗りだけは本気でやめろ」

「ヤタガラスの経費でホモビデオを買うな」

「ホモビデオ鑑賞会を開くな」

「鍛錬の間にタフを置くな」

「お前のせいで若手の連中が語録使い始めてるんだけどほんとどうしてくれんの?」

「メシア教の聖女がウザったいからさっさと移籍しろ」

「ワグナスを気軽に呼んでくるな」

「ワグナスと一緒に酔っ払って若手にちょっかい掛けるな」

「ワグナスと一緒に酔っ払ってラ・マンチャの男ごっこをするな」

「ワグナスと一緒に酔っ払って無駄に高次元の戦闘をするな」

「ワグナスと一緒に酔っ払った挙げ句ゲロを吐くな。それをメシア教の聖女に掃除させるな」

「ワグナスと友達止めろ」

「お酒は程々にして下さいね? お煙草も程々に。約束しましたよね、本庄様」

「……それは別に良いではないですの」

「僕のペルソナどうやって直すんですか。一生尊鷹のままですか(絶望)」

「私が頑張るから……。マイ・トリックスターを唆すな阿呆(全ギレ)」

 

 重鎮どころかこの場の全員に口々に言われ、本庄はキレ気味に叫んだ。

 

「そっか! 全部俺のせいなんだ!! ちょこっっと解決をミスしただけで全部俺が悪いんだ!! 勝手に物事決めて俺のせいにして俺なんかヤタガラスクビになって死んじゃえばいいんだ!! そう言いたいんだ!! あぁー『敵』!!『敵』『敵』『敵』お前ら『敵』!!」

「お前いくら貰ったの?」

「お前も『敵』ゆんか!?」

「うぜ~ですわ~」

 

 諏訪に食ってかかる本庄に、『また出遅れた』と竜胆は眉根を寄せた。『しかし挽回は可能だろう』この自覚しているのかしていないのかよく分からぬ女に対し、一手先んじるには素直に言葉にするしかない。

 

「本庄」

「なんだライドウ! お前は『敵』ゆんか!?」

「私には分かってますよ、本庄」

「……な、何が?」

「全てが」

 

 その内心の動揺、結論に至るまでの全てを。そう微笑んで言葉にしようとして、どうにも喉が詰まった。

 

『成程、逃避か』竜胆は「えっ、なんで何も言わねえの……コワ……」と強ばった顔で呟く本庄を見つつ思った。『大事なことを前にして、逃げたくなるというのは、こういう感情か』そんな恐れが自分にあることに、彼女は素直に驚いた。

 

 それでも何とか口に出そうとして「あ」と声が漏れ出た。それに対し本庄は「吽。あうん?」と東方キャラを思い浮かべている。昨日はそれをオカズにしたのだ。『はあ?』竜胆は素直に苛ついた。

 

 そんな呑気さと、そもそもこんな風になったのはお前のせいだろうとムカつきよく分からなくなりぐちゃぐちゃになり、竜胆は言った。

 

「あ……貴方が悪い」

「お前は『敵』ゆんか!!!」

 

 そんな見当違いの逆ギレと共に、本庄はCOMPを起動させて悪魔を召喚する。

 

「出てこい三馬鹿! 出て来いっつってんだよ! YO!」

「ええいこの様な場面でマルナゲとはふざけるなよオヌシ!」

「大丈夫じゃない、大丈夫かサマナー。君の苦悩は理解しているが、苦悩とは関係ないところで頭がおかしいだろう」

「お、お前さサマナーさ。本当はこれも何かの作戦なんだら? そうだと言ってくれよな~頼むよ~……た、頼むよ~……(弱気)」

「うるせえぞお前らも『敵』ゆんか!? 今度こそライドウを倒して俺はトラウマを克服するんだ!」

 

 それは告白だろうか。竜胆は口端を歪ませながら赤口葛葉を抜き放った。

 

 

 

 

 

──年─月─日 ─:─

魔界・地獄界第九圏 ジュデッカ <サタン>

 

「あ~つまんね~……」

「クソッタレホモガキとクソッタレ野獣先輩に力奪われて何も出来ないし、何か話広まってるし……」

「精々ルシファーにも責任を押し付けることしかやることないじゃん……なんで我こうなったの……」

「あ~暇だし人間界の様子見るか~……でも本庄見たくねえしな~……」

「あっ、良い物あるじゃん。あの駒が作った匿名掲示板かぁ」

「……というかニャルラトホテプも見てんじゃん! まだ諦めてないのかよあいつ」

 

「うはは。本庄めちゃくちゃ散々に言われてて笑える。もっと言ってやれ」

「そうそう、あいつ本当にキチガイなんだよ。なんで言葉だけで全人類動かせるんだよ……」

「精々サジェスト汚染で嫌がらせしてやろ」

「あー、居たなあゲイリンとかいうの。あっそうだ。コピペを改変して……」

「うはは! このキチガイ、爺に手コキされて喜んでるよ! 本当にホモになったわ! うはは!」

「……虚し」

 

「……ん? おー何、ヤタガラスに喧嘩売るの? へー面白そ。勝てそうにないけど頑張れ頑張れ」

「あーいや、こいつらトランペッター呼ぶための餌か」

「あいつうるさいから嫌いなんだよな……この間も『ホモビデオ男優の喘ぎ声を代わりに使うとか死ねよ。もう死んでるようなもんか!』とか笑われたし……」

「と言うか滅茶苦茶嘲笑されまくってるな我……あああああ全部本庄のせい!」

「もうあいつ本当に何なんだよ死ねよ! サリエルなんか『恥ずかしいから二度と関わらないで』とか言ってくるし! 同じような存在だろう我とお前は!」

「ガブリエルも『お前のせいで主に斬られた』とか言って我の敗北を率先して喧伝してるし……」

「でも、ミカエルに『馬鹿?』って真っ直ぐな眼で言われたのが一番キツかったな……」

 

「……あれ、なんか思ったよりも大規模になってるな」

「げっ、あの星の御子いるじゃん……」

「あれなんでまだ人間界に居られるんだよ……人間性的に……本庄居るからか~……死ねよほんと……」

「んあ?」

「えっ、マジ? 本庄来るの?」

「ヤバイヤバイ切らなきゃ切らなきゃ……」

「ってなんで切れないああああああ霊格が繋がってるからだああああああああ!!!」

「お前事あるごとに我から力奪っていくの止めろほんと!!!」

「あっ待って! 助けて下さいお願いします!」

「あっ」

「ママーッ!!!!!」

 

 

 

 




終わり(三ヶ月ぶり四度目)
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