ネットミーム・デビルサマナー   作:生しょうゆ

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終末の黄昏 3

 

 

 

 

2024年7月16日 20:13

東京都・中野区 瓦礫の中 <出雲菊代>

 

『侮ってはいなかった』出雲菊代は朦朧とする意識にそう思った。『わたしは覚悟して戦場に向かって、それで死ぬんだろう。侮ってはいなかった。わたしは確かに覚悟していた』

 

 ただ、裕子ちゃんと一緒じゃないのは不思議だ。出雲菊代は瓦礫の中に押し潰された自分の隣に、姉である出雲裕子の姿を探した。いない。どこに行ったんだろう? いつも一緒にいたのに。

 

「ああ……」乾いた唇に血が滲んだ。「わたしが裕子ちゃんを逃がしたんだっけ」スルトの転生者が召喚した高位分霊の顕現に、自らが盾となって逃がしたのだ。「だったら……」良かったと、素直に思う。どちらかが生きているのなら、恵まれている方だろう。

 

 尾崎が去った後、姉の裕子に肩を借りて逃げだそうとしたその時、絶叫と共にスルトが顕現した。『お姉ちゃんは、分かってくれるよね』共に生まれ、共に育ち、二つに分かれぬ姉を菊代は思う。炎熱の化身を目の前にして、足手纏いの自分を切り捨てることは正しい判断の筈だった。スクナヒコナだって、確かに預けて押し飛ばしたのだから。

 

『お父さんも、お母さんも』やっぱりこういう時に思い浮かぶのは家族の顔なんだなあ、と菊代は少し笑った。『諏訪お姉ちゃんは、泣いちゃいそうだな』憧れの人の顔を思い出して、少し悲しくなった。

 

 そしてまた、一つの顔が思い浮かぶ。

 

「……あいちゃんは、何をしているんだろう」

 

 掠れた声で、友人の名を口にした。ヤタガラスの本拠地で暮らしている不思議な少女は、たまに後輩の高校生をいびることがあるものの、良い子である。それだって明智の奴が失礼なのだから当然の反応だ。菊代は断じて阿多あいを弁護する所存である。

 

 出会いは確か、驚いて菊代から声を掛けたのだ。ぞっとするほどに──悍ましいほどに美しいという形容を、生まれて初めて抱いた少女は、何故か明智へ向け関節技を極めながらこう言っていたのだ。

 

『ペルソナみたいなもの単に戦闘を補助するだけの道具ではないですか。何をムキになっているのです』

『ふざけんなペルソナ無視して突っ込んで来てんじゃねえよこの人外!』

 

『うわあこんな子がマネモブなのかよ』と素直に思った記憶がある。一月頃に見かけたときから随分身長も伸びて、人外染みた美貌に磨きがかかってきた春の日に、興味本位で姉の裕子と話しかけた。

 

 そして話を聞き、その言動に納得したのだ。納得して、可哀想に思った。何せ彼女はダークサマナーの被害者で、キチガイ本庄に保護されているのだという。あのバカに普段から接していればこうなってしまうのかと、菊代は素直に恐怖した。

 

『えっ、あのキチガイってロリコンだったんだね。ぼくは驚愕を隠せないよ』

『ああ、あのキチガイってロリコンでもあったんだね。わたしは見下げ果てたよ』

『いやちょっと待って下さいよ貴方達。何ですかその口調……?』

『ようやく突っ込んでくれる人が現われたね、菊代ちゃん』

『ようやく疑問を呈してくれる人が現われたね、裕子ちゃん』

『◇この双子は……!?』

 

 少し、いや、かなり変なところがあるものの、阿多あいという少女は良い子だった。裕子も菊代もすぐに仲良くなり『キチガイと無理矢理結婚させられる』という相談にも真剣な顔で付き合ってくれたものだ。

 

 もっとも、それは杞憂ではあったが。或いは本当にホモなのかも知れないと、菊代は怪物の性的指向を疑っている。

 

 触れ合って分かったのは、『思ったより感情的な子なんだな』ということである。人見知りの気があるのか、普段は無表情に凛として、存在するだけで深く取り込むような美貌を浮かべているが、会話してみれば意外ところころ変わる。本庄のことを語る表情など、卵形の卯三郎こけしにそっくりだと菊代は思った。

 

 しかし、この少女が何故、新進気鋭のペルソナ使い二人に『先輩』と呼ばれているのかは分からなかった。彼女がペルソナ使いだという話は聞いたことがない。父母に聞いても、単なる被害者としての情報が返ってきただけだった。

 

『諏訪お姉ちゃんに様付けで呼ばれているから、諏訪家と関係ある立場なのかな』と思い、諏訪に聞いてみたこともあった。しかし曖昧な返事しか返ってこなかった。

 

 まさかヤタガラスに姫として祀られし、姿も知らぬ貴人でもあるまいし、どうして情報を隠すのだろう。キチガイ本庄に関係あるのだろうか。そう思って菊代は笑った。『だったら嫌だな。あいちゃんが汚されているようで』お姫様という敬称は、似合いそうな物ではあるが。

 

 そんな事を菊代は思い「……そういえば」と口にした。「どうして、わたしはまだ死んでいないんだろう?」

 

 スルトから受けた一撃は、確かに致命傷の筈だった。だというのにぼやけた意識は治りつつあり、動かなかった腕が動かせるようになっている。

 

 不意に、ごとりと瓦礫が避けられた。「居ましたよ、臨時隊長」顔の半分が焼け爛れた、厳つい顔をした男が言う。つい先日ヤタガラスに加入した、腕のあるサマナーの筈だったが、彼は恐れるように誰かを見つめていた。

 

「本当に……何者なんです、貴方は。この一帯全てを異界化させ、剰え、魂の昇天さえも阻害するなんて」

「私は私です。私という名の私ですよ。ほら、天魔:マーラをあっちに放ちましたから、貴方も瓦礫の撤去作業を手伝って下さい」

「はあ、なんで超高位分霊を意思だけで使役できるんだって話ですがね。まあ詳しいことは聞きませんよ。命が惜しいですからね」

 

 ひゅっ、と消えるように男は去って行った。その代わりに顔を出したのは、見慣れた二人だった。

 

「菊代ちゃん!」

「……裕子ちゃん」

 

 二度と会うことはないと、そう思っていた姉が、ひしと自分を抱き締めている。その隣には、何故か阿多あいが立っていた。

 

 そして菊代は気が付いた。妙に静かだ。夏の夜に喧噪はなく、押し黙るように無音が降りている。

 

「何が、起こったの、裕子ちゃん」

「あいちゃんが……」

「あいちゃんが……?」

 

 阿多あいは静かに微笑んで天に手を掲げた。菊代はその先を見た。

 

 その先を、天上に顕現する何かを。

 

「なに、これ」

「なんなんだろうね、これ」

「……あいちゃんがやったの? 裕子ちゃん」

「……あいちゃんのペルソナらしいよ、菊代ちゃん」

 

 二人は空から目を逸らすように阿多あいを見つめた。それでも恐ろしいものを見るように。

 

「ま、なりますよね……まあ事実ですから仕方ありませんが」

 

 阿多は静かに微笑みながら、しかし寂しそうに視線を逸らした。

 

「ですけど、怒らないで下さいね。疎んじられることを怖がって、人を見捨てるとか馬鹿みたいじゃないですか」

 

 その言葉に、菊代はふと姉の裕子を見た。裕子もまた、菊代を見つめていた。

 

 何かを言いたかった。何かを言うべきだった。二人は昔から一緒に育ってきて、だからこそ、この場で思ったことも一緒だった。

 

「ねえ、あいちゃん」

「そうだね、あいちゃん」

 

 以前から、ずっと思ってきたことを。

 

 阿多あいはふと目を閉じて、また開いて、覚悟するように「なんでしょうか」と言った。

 

 裕子と菊代は言った。

 

「あいちゃん、ずっと前から思っていたけど、タフごっこはもう止めよう。ヤタガラスでタフごっこは恥ずかしいことなんだよ」

「そうだよあいちゃん、会った時から思ってたけど、タフごっこはもう止めよう。全世界でタフごっこは恥ずかしいことなんだよ」

「な、なにっ!? あ、あーっ!? 何を言っているのか全然分からないんですよね!? 私のどこが、と言うかタフって誰なんですか!?」

「こりゃあダメだね、菊代ちゃん」

「こりゃあ終わってるね、裕子ちゃん」

「あ、貴方達ーッ! 私を愚弄する気ですかぁっ!」

 

 寂しそうな顔を一転させて阿多は声を荒らげた。代わって笑い始めたのは裕子と菊代の方である。

 

 タフ語録を濫用しながら、あんな表情をするなんて、どうかしていると、素直にそう思った。

 

「と、と言うか裕子ちゃんも菊代ちゃんも知ってるじゃないですか! それでなんで私だけ言われなくちゃならないんですか!」

「知っていることと口に出すことは大きく違うんだよ、あいちゃん」

「知っていても口に出さないのが普通なんだよ、あいちゃん」

「た、タフ語録みたいなもの、会話を円滑に進めるための潤滑油みたいなものじゃないですか! 何をムキになっているんですか!」

「これってキチガイの影響かな、菊代ちゃん」

「キチガイの影響じゃなかったらどうしよう、裕子ちゃん」

「ま、待って下さいよ! 本庄様は確かに終わっていますが、私はまだまだ、そう! にわかなんですよ!」

 

 そうだろうか? 裕子と菊代は互いに目を合わせた。絶対に嘘だと思う。と言うか確信があった。

 

 以前、キチガイ本庄が『あっ、シスターズだ』と言って、『出雲の裕子と菊代の双子ですわよこのお馬鹿!』と窘められていたことがある。『いやシスターズは普通だろ……御坂美琴大好きか?』『そ、それもそうですわね』と逆に返されていたが、その時、続けて本庄が二人に言った言葉があったのだ。

 

『というか何故、あのバカキチガイは諏訪お姉ちゃんと親しげなんだろうか』と菊代はムカつくが、ともかくその時言い放った言葉の原因は阿多にあると、二人は確信して言った。

 

「じゃあぼく達のことをなんて本庄に言っているのかな、あいちゃん」

「じゃあわたし達はどんな風に本庄に呼ばれているのかな、あいちゃん」

「正直に」

「明確に」

「嘘偽りなく」

「友情に懸けて」

 

 阿多は狼狽えた。冷や汗を流して視線を逸らした。口笛を吹こうとして出来なかった。

 

 そうして観念したように言った。

 

「へ……変人姉妹、イズモーズ・ツインズ……です……」

「最低だね、菊代ちゃん」

「カスそのものだね、裕子ちゃん」

 

 それから更に、阿多は勝手に二人のことを『裕子と菊代の"YKシスターズ"』だの『イズモ・シスターズ』だの言っていたことを吐き出し、二人に呆れ果てた眼で見られたのだった。

 

 

 

 

 

 

2024年7月16日 20:17

東京都・港区 アメリカ大使館 <三浦智将>

 

 さて、この世に主がおられるのであれば、行って一つ聞いてみたい。

 

「何故、世には悪があり得るか?」

 

 神の答えは決まっている。それは一つ。それで二千年を過ごしてきた。

 

「汝、神を試すなかれ」

 

 それこそが神の意志。神の答え。

 

 この世に遍く疑問に対する、唯一の答えである。

 

『だから貴方は全てを諦めたのね』

 

 十年前、清浄なるメシア教会中枢において、エリーザベトは笑って言った。

 

『父の死物語を涙しながら語ってくれて、ありがとうございます。でも、貴方の涙は悲しみではなくて怒りなのね。この世にある一切の不条理に対する涙。男泣きね? 可哀想に』

『君はトールマンさんの娘として、次代の聖女となるだろう』

『まあ。父の政治的基盤が全て吹き飛んで、私なんか娼婦をやるものと思っていたけれど、違うの? 生まれてすぐ死んだのに、私が平穏無事に育てられているのも、そういう用途に使うのかと』

『君はこれから人体実験を受け、悍ましき怪物へと変貌する。アンチメシアたる君には、そういった運命が待ち受けている』

 

 へえ、とエリーザベトは軽い調子で言った。僅か十歳の少女は、平然と悍ましき単語を飲み込んでいる。

 

『運命じゃなくて、計画でしょう? 偉大なるハニエル様が勘案されたご計画。メシア・プロジェクトの一環、ですね?』

『……私は君に、まだ何も話していないが』

『ナンバーゼロの失敗は、明確な敵が存在しないためだった。そう結論付けたハニエル様は、私を神の敵として利用しようと。それこそが神の御意志と。御意志なら勝手にしておけば良いのにね? 不安なのかしら。自分が神に背いていることが』

『君は……まさか』

『ええ、聞こえています』

 

 何が? 神の言葉が。まさか、そんな。三浦は理外の情報に狼狽え、懐に忍ばせていた短剣を取り落とした。カラカラと大理石の床に転がるそれを見、エリーザベトは笑って言った。

 

『ああ、貴方は私を救って下さるつもりだったのですね』

『本当に、君は、神の敵……アンチ、メシア』

『あら、まさかハニエル様のお言葉を疑っていたの? 背信者がここにいますよー! なんて、告げ口したらどうなるのかしら。私と貴方、共に混ぜられて怪物になるかも?』

 

『それは嫌ね』十歳の少女は眼を細め、薄く笑う。『だから、手伝って下さらない?』エリーザベトは怯え震える三浦に手を伸ばす。

 

『私は生まれながらの神の敵、貴方は生き様が故の神の敵。だったらメシアを望みましょう? ハニエル如きが生み出そうとしている偽物なんかじゃない、本物のメシアをね』

『私は……許されぬ事を。何もせず、ただ、トールマンさんが、変わっていくのを……そして、あの子が脳を切り開かれるのを……!』

『ならばこそ、神に救われぬ者達を、我々こそが救いましょう! それこそが神の御意志。アンチメシアとして生まれし、私の運命』

 

 そこまで言ってエリーザベトは深く目を閉じ、小さな溜息を吐いた。そうして薄目を開け、自嘲するように笑って言った。

 

『……そう思わないと、やってられません?』

 

『ああ、人だ』三浦は恐ろしく震える身体にそう思った。エリーザベトは罪人を裁く神ではなく、聖人ではなく、人だった。少女だった。

 

 敬愛した上司が残した子供の一人。美しく、可哀想な、破滅が待ち受ける人の子だ。

 

『ならば、私がすべき事は』

 

 身体の震えは、何時しか止まっていた。

 

『君を怪物にはさせない。私がどんな手段を使ってでも、君をここから連れだそう』

『あはは! 格好良いこと言ってくれるけど、それよりも簡単な方法があるでしょう?』

『はあ? 何を……』

 

 エリーザベトはくるくると短剣を弄び、じっとそれを眺め、自らの首を触った。ここでは無い何処かを見つめているようだった。しかしそれも一時のことで、彼女は短剣を床に突き立て、言った。

 

『メシア教、乗っ取っちゃいましょうよ。なーに、神の声が聞こえている私なら簡単な事ですよ!』

『えぇ……無理があると思うが……』

『大丈夫ですよ、無理をするのは私ではなく貴方の方なので』

『えぇ……』

 

 そんな約束をして、十年が過ぎた。

 

 エリーザベトは二十歳になった。金色の髪は美しく伸び、碧色の瞳は光輝を放つが如くに輝いている。騒がしいアメリカ大使館の門前に佇み、メシア教の衣装を身に纏って、子供の頃と変わらず笑って言った。

 

「なーんで私はアンチメシアのままなのに、貴方はポッチャマなんてポケモンになっちゃったのかしら?」

「ゾッ……! ゾ……ゾ……」

「そのゾーゾー言うのを止めなさい三浦」

「ポッチャマ……」

「三浦ぁ!」

 

 べしん、と三浦の頭を叩き、「行くぞ三浦」とエリーザベトは先へ進んだ。碌な警戒もない歩みである。『こういう心労が積み重なってインターネットに逃げたのだ』三浦はそう溜息を吐いた。エリーザベトは自ら死にたがっているような気配があった。その心境は変わったようだが、長年の習慣は未だ変わっていないようである。

 

 代わって三浦が建物内の敵に気を配る。しかしその必要はないようだった。何せ「ぬわあああああん疲れたもおおおおん」と聞き覚えのある汚い声が聞こえている。彼とその召喚師である本庄がいるのならば、討ち漏らしはあり得ないだろう。

 

 本庄の口から、元メシア教の一派が画策した計画を聞かされたのはつい先程の事だった。まるでかつてのようにアメリカ大使館を根城とし、かつてのように世の終末を望んでいるのだという。

 

 だが、『今更過ぎる話だ』と、三浦は思う。世の終末は既に過ぎ行き、運命は何も示さない。それが神の御意志に他ならぬ。何よりも、本庄という男の存在が、この世の運命を下らないものに変えている。

 

 だからエリーザベトの顔もぱっと明るくなったのだろう。必要以上に崩れる笑みを手で押し留めて進んで行った。さて、今度はどんな冒涜的な光景が広がっているのか。三浦もまた笑みを浮かべながら階段を駆け上り、

 

 そうして、懐かしい顔に出会った。

 

「……あれ、三浦さんではないですか。懐かしいな。ようやく、顔を見られた」

 

「はは」と厳つい顔をした男、瀬戸は弱々しく笑う。その傍には気絶した禿げの男が倒れている。三浦にはどちらも見覚えがあった。かつて自分の後輩であった瀬戸と、かつてメシア教の幹部であった神戸である。

 

 しかし三浦は目の前の光景が信じられなかった。瀬戸が壁に凭れ、その眉間に本庄が銃口を突き付けている光景など。

 

「お前……お前だったのかゾ……これを引き起こしたのは……なんで、お前が……」

「あれ三浦はん、この童貞ちんぽこ先生とお知り合いだったんすか?」

「ちょっと黙ってろゾ本庄」

「ッス……」

 

 三浦に怒られてしょげた本庄は仲間の悪魔に慰められている。「そんなに落ち込むなよな~サマナー~。どうせ生理か何かでしょ(適当)」「お前がタマゴグループ:メタモンだからって同じ扱いするんじゃねえよ」普段は笑える下らない会話が、耳に入らなかった。

 

『どうして瀬戸がここに居る。どうしてこんな光景が目の前にある……』

 

 三浦は目眩がした。不意に本庄の隣に佇む悪魔が眼に入った。彼は目を伏せ、常の通りに言った。

 

「問題ない」

「……何がですかゾ」

「神は言っている」

「何をですかゾ」

「人は自らの意思で進むべきであり、選択の先に自由を見つけるべきだ」

「……それは、人を救わないのと同じではないのかっ」

「意思とは──」

 

 悪魔、イーノックは静かに指を差した。瀬戸の疲れ果てた眼から、三浦へと。繋ぎ合わせるように指し示した。

 

「巡り合わせで良いにも悪いにもなるだろう。自由と無秩序は違う。開拓と破壊が違うように。言っている意味が分かるか、迷い子よ」

「分かりません。分かりませんよ。私達は、貴方が何も言ってくれなかったから分からないんです!」

「そんな貴方のためにお得な情報! 今ならエルシャダイ本編がなんとswitchで遊べちまうんだ! えっ、steamでも!? こりゃあ買うっきゃねえな!(ダイマ)」

「ちょっと黙ってろサマナー」

「ッス……(二度目)」

 

「ムラハチされても仕方のない言動だぞサマナー」と悪魔に罵倒されながら、本庄は「場を和ませようと思って……(ありがた迷惑)」としょんぼりしている。そして、常ならば笑いと共に本庄へ悪罵を浴びせるであろうエリーザベトもまた、真剣な眼で瀬戸と三浦、そしてイーノックの三者を見つめていた。

 

「瀬戸……確か、父の親衛隊の一人だったか。それも三浦の後輩だったか? なんとまあ、皮肉なことだ。全てが終わった後に終末を引き起こそうとは、その身に宿すサタンに同じく、計画の仕方が下手だな?」

「ああ、君はトールマンさんの娘、聖女か。君のせいで裁きは訪れない。君のせいで、君の狂気の沙汰のせいで、永遠に地上は救われないんだよ」

「あはは! 言うに事欠いて救いを説くかよ。あくまで私に救いを説くと? アンチメシアたるこの私にか?」

「君が怪物として世を乱さず、無意味に人を殺さず、姦淫に耽らなかったせいで、地上は滅ぶんだ」

 

 その言葉に、三浦が瀬戸の胸ぐらを掴んだ。「おえー……」本庄が心底下らなさそうに言った。

 

「何を言っているんだお前」

「事実でしょう?」

 

 瀬戸は弱く笑って言った。

 

「君は死ぬべきだった。救世主の足下に、無様に、愚かに、この世で最も醜い姿で。それがアンチメシアというものだろう」

「おいお前」

「君はお父さんの意志を継いで、神のために生きるべきだった。三浦さんを巻き込まず、ただ一人、神の敵として生きるべきだった。ましてや……」

「お前……!」

「君は、人として生きるべきではなかった!」

 

 瀬戸がそう言い放った途端、三浦がその首を強く絞めた。その言葉だけは許せなかった。そんな、二の舞を演じさせるような。ましてや、敬愛した上司と可愛がった後輩すらも侮辱するような、そんな言葉だけは。

 

 しかし三浦が瀬戸の首を折る直前、「あら三浦はん、そいつ殺すんすか? 折角生きる道があるってのに」軽い調子の声がその手を止めさせた。『何を言っている……!』三浦は振り向き、本庄を睨みつつ言った。

 

「こいつをどう生かすというのだ。君は、救いようのない罪人でさえ救うと宣うのか。君はあくまで救世主を気取るのか? 君はこの世に、本気で、愛と正義を説こうというのか」

「いや全然! あくまで道があるってだけだよ。三浦はんが殺したいなら仕方ない。俺よかずっとそいつのことを知ってそうだしな」

「っ……救世主気取りの次は主を気取るのか? 人に選択を任せ、その果てが何であろうと自由と言うか。あくまでこれを自由と呼ぶか!」

「三浦ッ!」

「黙れエリーザベト! 君には何も分からないだろう! 神の声が聞こえない人間の気持ちなど、君には……ッ!」

 

 言った後で後悔するように三浦は口元に手を当てた。嘔吐を堪えるようですらあった。その差違に誰よりも思い悩んでいる人間が目の前の少女だというのに。その差違に運命を縛られ、自ら死を覚悟した少女こそ、エリーザベト・トールマンだったというのに。

 

 エリーザベトは恐れるように唇を閉じ、再び何かを言おうとして、しかし何も言えずに目を伏せた。三浦もまた目を伏せた。嫌な汗が流れる。涙さえ溢れそうだった。『しかし何に泣くというのだ』罪に、罪に。己が抱えし果てしのない罪に。

 

 神に望み、少女に望み、目の前の青年に望む、救済という名の浅ましい欲望を、三浦はただ罪だと思った。

 

「はあ~……あほくさ」

 

 場にそぐわぬ長い溜息が本庄の口から漏れ出た。くるくると拳銃を指先に回し、銃口を瀬戸に向け、三浦に向け、エリーザベトへ向け、最後に己の額に向けた。そうして馬鹿馬鹿しそうに床に投げ捨てた。

 

「ぶっ殺して全部解決すれば良いのにな。世の中は何時もそうだ。殺すより生かす方がずっと難しい。ましてや救うのはもっとだ。世界の救済なんて誰にも出来ねえよ」

「……そうだな、本庄」

「なあ、三浦さん。選択の先がなんであろうと知ったこっちゃねえけどさ、それでも死ぬよか生きる方が良いだろう? 俺はただ、人を救うんじゃなくて、人を生かしたいだけだ。それがこの世で一番難しいことだからな」

「……そうか、本庄」

「だから野獣ママにこいつのチンポをシコシコさせる必要がある」

「ちょっと待ってくれ本庄」

 

『いきなり何を言っているんだこの男は』驚愕とドン引きをない交ぜにした顔で三浦は本庄を見つめた。「だから話は最後まで聞けってなあ?」本庄はあくまで当然のように話を続けようとする。

 

「野獣ママにチンポをシコシコさせてしまえば、こいつの脳内には野獣ママが植え付けられる。ただそれだけで射精するほどにな。だから二度と悪さも出来なくなって安心! 名付けて時計仕掛けの野獣先輩作戦だ! 我ながらなんて人道的な作戦なんだ……(自画自賛)」

「どう考えても非人道的な作戦だが……(ドン引き)」

「うるせえな。だったら代案寄越せよ。ヤジュミエール現象によってこの世の全てを野獣先輩と認識し、悪事を行おうとした瞬間に野獣ママが現われる以上の治療法をよぉ!?」

 

 とんでもない無茶苦茶を言い始めた本庄に対し、三浦はドン引きした顔で瀬戸を見つめた。瀬戸は何を言われているのかすらも分からぬようであった。『当たり前だろうが』こんな状況でどうして野獣ママなんて単語が出てくるのか、今更ながらに本庄という男は何なのか、疑問に思う三浦であった。

 

 しかし、エリーザベトは笑った。おかしそうに笑った。伏せていた目を開き、軽快な調子で言った。

 

「……あはは! それは結果的に元ネタのルドウィコ療法の二の舞にはならないんでしょうか? それに、本庄さん。ルドウィコ療法に同じく、罪人の根本的改心にはなりませんよ、それでは!」

「妙に乗り気だなお前……。まあ耐性が出てきたなら今度はオメガバース野獣ママ(核兵器)を発射するだけやし……あと別に根本的改心なんて望んでねえし? 俺はただ、もう人が死ぬのはやーやーなの! 寝付きが悪くなるから! それだけ!」

「野獣ママが罪人共のチンポをシコシコすることは許せるのか……ゾ(呆れ)」

「許せるって言うか笑えるでしょ。人殺しがゆうすけ(あなたですよん)になるとか草生える(人間の屑)」

 

 げらげらと下品に笑って、へらへらと軽風にふざけて、そして本庄は「なあ!」と瀬戸に向けて言った。

 

「今から頭の中に野獣ママ流し込むから、後で感想を聞かせてくれよな!(死刑宣告)」

「……最悪だね。僕を巻き込むなよ、救世主。僕はサタンと違って、そちらには行かない。僕は決して、君を巻き込むことはない」

「いいや巻き込ませて貰う。つーか何? 負け犬が死に方を選べるとでも思ってんの?」

 

「奥歯の自爆スイッチを押しても無駄だぜ。もう止めたから」そう本庄は言い、瀬戸は目を見開いた。何度か確かめるように口内を動かし、そして諦めたように言った。

 

「淫夢で人を救うなど絶対に間違っている。第一人権侵害だろう。恥ずかしくないのか?」

「おお(図星)。でもさ、地球爆発したら一緒にお風呂入れないよ?」

「こんな救いは傲慢だ。エゴでしかない。僕は君を呪うだろう」

「そうだよ(肯定)。エゴだよこれは! 呪え呪え。その位必死こいて生きて見せろよ。テメエが勝手に否定したこの世界でよお」

 

 本庄は笑い、笑って、「ああ」と溜息ともつかぬ声を吐いた。

 

「それだって、とても難しいことなんだから」

 

 三浦は思う。救済の望みは現世の否定か。神の到来は、全てが醜悪に満ちていることの証左か。『否、否』否……であると、三浦は思う。

 

 神は美しいものを掬い上げ、醜く汚らわしいものを裁くだろう。福音は心地よい調べで心身に満ち、溢れ、天国までの階段を指し示す。

 

 本庄の言葉が正しいのか正しくないのか、きっと答えは出されないし、隣に佇む主の化身は、それもまた無数の選択と自由の内の一つとして見るだろう。

 

 しかし、自らの隣にて、それまでの強ばった顔を緩ませ、安心したようにほっと息を吐く少女を見れば。

 

 救済の望みを否定するに足る言葉であると、そう思えた。

 

 

 

 そして瀬戸は「ママーッ!!!!!」と、迸るような叫びと共に射精した。たまげたなぁ。

 

 

 

 

 

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