ネットミーム・デビルサマナー   作:生しょうゆ

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大救世のあとしまつ 下

 

 

 

「……で、なんで俺を同席させたの」

 

 数時間後、雨宮と分かれた後。車内にて俺はエリーにそう問うた。エリーは笑いもせずに答えた。

 

「貴方が彼女を救ったからですよ」

「救ってねえよ」

「救いましたよ。ロウヒーローという化け物は、貴方のお陰で天国に行けました。それをようやく、あの人に伝えることが出来ました」

 

 俺はじっと黙り、流れゆく夜の景色を見つめた。ぼそりと呟いた。

 

「……運命って、なんだよ」

「神の思し召しです。人格的な主を超えた、宇宙の意思ですよ。イーノック様でさえ物質界に投影された影に過ぎなければ、我々にその全てを計り知ることは出来ません」

「その運命で、雨宮のおばさんってのは苦しみ続けたのか」

「そうですよ。それが運命でした。寧ろ幸福な方ですよ、まともな人の形をして生きているのですから」

 

「おい」そう文句を上げた俺の声をエリーは片手を上げて止めた。

 

「雨宮蓮。彼の父親は本来、30年ほど前に世界の命運を握るはずでした。その傍には、彼の言うおじさん、ロウヒーローが居たはずだった」

「……普通の男だったろ、あの父親は」

「ええ。()()()()()()()()()。ですが、本来は違う。起きるはずだった大破壊により、あの女性もまた、30年間を生きた屍として……比喩ではなく、そういった悪魔として、苦しみに苦しみ、苦痛の末に死ぬはずだった」

「やめろ」

「行方不明になった夫の帰りを、何時までも待ち続ける妻。その苦しみは、悪魔となって死を望み続ける事と、どちらが辛いのか」

「黙れ」

「黙りませんよ本庄さん。だって貴方が救ったんですから」

 

 ……沈黙。

 

 風景が流れる。ワグナスが腕を組み、じっと黙っている。三浦が溜息と共にハンドルを握っている。

 

 エリーが俺の目を見つめ、はっきりと言った。

 

「貴方はもう救われません」

 

 重々しく、罪科を宣告するように、碧色の瞳で。

 

「魂の平穏は過ぎ去りました。いい加減に認めなさい。貴方は多くのものを救った。そのために相応しい立場に就かなければならない。何時までも逃げる事は出来ませんよ」

「……政治とかめんどくせーし」

「ええ、面倒臭い。しかし私は、ヤタガラスやイーノック様のように甘くはありません。だから貴方を同席させたのです。貴方が救ったものを見せるために。あはは! これがプレゼントですよ」

「おいおい、秀吉かお前は。イーノックも呼び捨てにしろよ」

「伊賀の統治に関する書状の一文でしたか。……そうやって、貴方は何時も誤魔化す。別の話に、別の話に。自分を語ろうとはせずに」

 

「何故でしょうか?」エリーは微笑んで言う。「貴方は分かり切っていますよね」囁くように甘く言った。

 

「今日の話。好感の話に関して。『ボーダーライン』という言葉が気になったのですよ。貴方は野獣先輩という悪魔をボーダーラインと言いました。それより上がまともな人間。それより下がまともじゃない人間と」

「……それが?」

「それって好感度に関係ありますかね? まともじゃなかろうとも、親しい人間というのはあるでしょう。貴方は意識的にか、無意識的にかは知りませんが、人間的な尊敬を抱く方を高く評価しています」

「それが俺の評価軸ってだけでしょ?」

「では、聞きましょう。もし仮に、好感度ではなく、人間的な尊敬で順位を作るとして、貴方は自分をどこに置きますか?」

 

 ……俺は答えなかった。

 

 エリーは微笑んで続けた。

 

「私の兄を正気に戻す際、貴方は思ったそうですね。『こんなしょうもない一般人が頑張っているんだから、ワグナスみたいな立派なやつが負けるはずがない』と。貴方の自己評価は限りなく低い。はっきり言って、その能力と言動に合致していません」

「まあ……多少はね」

「多分に、ですよ。何故ならば、能力の方はともかく、その言動はペルソナに過ぎないからです。何時か言いましたね? 貴方は只人であると。その才能が、その功績が、貴方を死地に向かわせ、貴方の心は悲鳴を上げている」

「今更だろう」

「ええ、今更です。それを分かっていたのにも関わらず、目を焼かれた馬鹿な女が居ましたが」

 

 ああ、雨が降ってきた。

 

 夜の闇に、重い雨が。

 

「貴方、自分が嫌いなんですね」

 

 布擦れの音が、静かな車内に小さく響く。

 

「凡人である事が貴方の罪ですか。苦悩に真正面から向き合えないことが、貴方の罪ですか」

「……そんなもの罪じゃないだろ」

「そうとも罪ではない。貴方は赦されるまでもなく赦されてある。法も混沌も中道も選べず、自らの信念に欠けることは、決して罪ではない。……これで納得しましたか?」

「おっ、そうだな!」

「……あはは、ビョーキですね」

 

 エリーは笑い、俺の顔に手を添え、無理矢理目を合わせた。

 

 冷たい指先が、目に、鼻に、唇に触れていく。

 

「何時か私は言いましたね。『人々は磔刑の聖女を望んでいる』と、或いは『盲目の聖女』であると。その真意、貴方には分かったのでしょう? だから誤魔化した」

「知らねーよ、そんなの」

「いいや貴方は知っていた。貴方は何時だって分かっていた。だから歩み続けてきたのでしょう。取り返しの付かない、この場所まで」

「……自己満足に過ぎねえよ」

「人はそれを自己犠牲と呼ぶのです。自分がどう思おうと、他人はね」

 

 ……その言葉に、ふと、ベルベットルームを初めて見た時の事を思い出した。

 

 器ちゃんの体内で、サタンの誘惑を振り切ったあの時、仮初の主人は確かに言ったな。

 

『自己満足に見返りを求めることは醜悪やが、救われる側を見向きもしないこともまた醜悪なんや』

 

 ……分かったようなことを、言いやがって。

 

 あいつも、エリーも。器ちゃんも──阿多あいという、可哀想な少女も。

 

 可哀想な……俺なんぞを慕う、可哀想な少女を、俺は輝かしく思う。彼女こそ、どこまでも歩んでいける人間だろう。俺とは違って。

 

 そして、恐ろしく思う。その輝かしい道程に、俺の存在が挟まっているという事実に。

 

「いいや貴方は進み続ける。永遠に、休むことなく」

 

 思考を覗いたようにエリーは言う。「分かりますよ、それくらい」強く顎骨を押さえ付けられる。

 

「磔刑の聖女、盲目の聖女。それは犠牲になるということ。世の安寧のために、世の救済のために、都合良い存在として在ること。……貴方、このまま世界を背負うおつもりで? その功績を否定しながら。なんとまあ、都合の良い」

「面白いことを言うなぁ、この聖女様は。そんなの出来るわけないだろ」

「ええ、出来やしない。人の身に成せる所業ではない。だから貴方は仮面を被る。あの野獣という悪魔のような、常にふざけて、馬鹿馬鹿しくて、めちゃくちゃで面白くて……どう扱っても良いような、そんな存在」

「酷いこと言うなぁコイツ……」

「酷いことをしているのは貴方の方でしょう。彼をヒーローとして扱っているのは貴方だ」

 

 エリーは言う。「たかがホモビデオの男優に、世界が救えるものか」エリーは強く、指先に力を込める。「貴方がそうしているのだ。貴方が世界を救うから、あの悪魔は世界を救うのだ」いつの間にか、笑みは潜んでいた。

 

「まさしく、相棒ですか。一心同体ですか。貴方の仮面はあの悪魔。そんなに憧れて?」

「まあ……野獣は、特別だからな。俺にとってのヒーローだから」

「その根源はどこに?」

「つまらねえ話だよ。本当につまらない。……単に、二年からの解剖実習に、どうしても付いていけなかった時に、笑えた動画があった。それだけだ」

 

 素朴で純粋な『人を救いたい』という気持ちは、確かに俺を医学生にしたが、冷たい地下室に整然と並べられた死体の列に、俺はどうしても耐えきれなかった。

 

 思い起こす。地下室でごうごうと鳴る換気扇の音。それでも払いきれぬホルマリンの臭い。献体という名の授業資料は確かに死体で、人の生き様そのものであって、その志は確かに立派な物として目の前にあるというのに、それに向き合うことを俺は恐れた。

 

 だから授業にも碌に出席せず、それなのに未練がましく大学に行って、ただただ暇を潰すだけの日々。酒に逃げて、無聊を誤魔化して、毎日を暇だと呟く日々。誤魔化しが利くという事実が、何よりも苦しかった。

 

 その最中にあいつが現れたことは、俺にとって確かな幸福だった。

 

「だから貴方は逃げたのか?」

 

 ……エリーは多分、俺に代わって嘲笑を浮かべた。

 

「人を救うことから逃げて、その結果、何が生まれた? 夥しい数の死体だよ。貴方は単なる殺戮者だ。卓越した、才気に溢れた、世界を救えるだけの殺戮者だ。その第一の殺人は、貴方自身だった。貴方が貴方を殺したのだ」

「そうだよ」

「だからこれからも殺すのか? 世界の救済なんて関係なく、ふざけてへらへらと笑って、殺し続けるのか?」

「そうだ」

「その結果、多くのものが救われたとしても、貴方は殺戮を続けるのか? 貴方のヒーローの仮面を被って、救われたものに目を背けて」

「そうなってしまえ」

「いいえ、そうはなりません」

 

 エリーはそう言い、俺の首に手を伸ばした。そうしてそのまま首を絞めた。

 

 強く、本当に殺すように、ぎりぎりと指が肉に食い込んでいる。

 

 だが、この程度では俺は死ねない。もう、ここまで来てしまった。

 

「……何の真似だよ」

「たかが殺戮の才気に溢れただけの人間が、自分を救世主と勘違いしている。傲慢ですよ、それは。神の子でさえ、全ての救済を果てなき明日へと先延ばしにしたというのに」

「だから何の真似だ」

「一度目は偶然です。偶々貴方が合致しただけだ。単なる殺戮者に過ぎない貴方は、確かに一度、世界を救えた。しかし二度目はありません。貴方は世界を背負えませんよ」

「何の真似だと言っている!」

「何故なら、こうして私が邪魔をするからです」

「……はあ?」

 

 エリーは額に汗を滲ませながら、両手でぎりぎりと俺の首を絞め、笑って言った。

 

「私が貴方の邪魔をします。貴方なんかに世界を背負わせてやるものか。世界は人の手で救われる。それこそが神の御意志なのですから」

「……何、元気付けてくれるつもり? お前が?」

「ええ、私が。私だからこそ、ですよ。救われない貴方を、私が救ってあげましょう!」

 

 エリーはそこで手を離し、真っ直ぐに俺を見つめて言った。

 

「だって私は、貴方の邪魔をする者(アンチメシア)ですから」

 

 ……まるで、聖女のような笑みを。

 

 本当に、優しい顔で。

 

「……っへへ、クビになったくせに」

「あはは! 良いんですよ別に。貴方が私だけのメシアであるように、私は、貴方だけのアンチメシアなんですから」

「おいおい愛の告白かぁ!?」

「そうですよ。気付きませんか? 鈍感ボケカス男」

「えっ(素)」

 

「あーやだやだ! こんな男、私しか好きになりませんよねえお兄ちゃん!」とエリーは顔を真っ赤にしながらワグナスを無理矢理押しのけて席を替わる。っていうかえっ、えぇ……(困惑)

 

「あはは! これが本当のプレゼントですよ! ねーお兄ちゃん見てよ本庄さんの顔! この間抜け面! こんなのが救世主気取りとか馬鹿馬鹿しいと思わない? ね! あはは!」

「いや、あの……」

「うん? どうしたのお兄ちゃん?」

「メチャクチャ重い話をしている最中に、妹が突然親友の首を絞め出したと思ったら、また突然愛の告白をし出した私の困惑を、少しは考えて欲しいのだが……!」

「ああ、うん……ごめんなさい」

 

「催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなものじゃないって感じなんだが……」と、ワグナスは腕を組んだままだらだらと冷や汗を流している。「うーん……ツンデレヒロインは今日日流行らないってポは思うゾ」と三浦まで口を出してきた。

 

「いや、ツンデレって言うか……なんゾこれ。ヤンデレ? メンヘラ? なんかドロドロしていてあんまり可愛くないやつゾ。どろかわゾ。どちらにせよ流行りそうにねぇゾ」

「三浦」

「でもツンデレヒロインポは好きゾ。ポの青春はツンデレで出来ていたんだゾ。ルイズたんくんかくんか」

「黙りなさい三浦ぁ!」

「ゾっゾっゾ」

「……いや、ワンピースの敵キャラかよ」

 

 ようやく、へらへらと笑って、俺はそう言った。エリーのお陰で気分が楽になった気がする。エリーのお陰で笑みも軽く、エリーのお陰で……。

 

 ……あーマジでどう接すれば良いんだろこれから(焦燥)

 

「……というかエリー、余裕こいていて良いのか? あのカオスヒーローもとい母子合体魔人もとい灘神影流正統後継者もといタフ娘が居るんだが……」

「何よその異名の多さ……。いや、あれって子供が懐いているだけでしょう? それに私十九歳よ? 十四歳に負けるわけないでしょ! あはは! お兄ちゃんったら中学生を恋愛対象に含める変態だったの? 死ね」

「いや変態って言うか……どっちかと言えば変態なのはあちらなのだが……いや変態ではないんだが……」

「負けて輝け、少女達! ゾ。アニメ面白かったゾ~~これ」

「なんで俺が器ちゃんに絡め取られるのが前提なんですかね……?(困惑)」

 

 エリーは大変不満そうに溜息を吐きつつ、「では、良いでしょう」と言った。

 

「説得でもしてみますか。中学生は中学生同士で、大学生は大学生同士で付き合うべきですよ、と。まあ一般的な倫理観のなさそうな少女です。私がきっちり教育してあげましょう!」

「あっ、これ死ゾ」

「絶対に私が同席するからな。良いな? 絶対だからな」

「あはは! お兄ちゃんったら何時までも妹離れできないんだから!」

 

 そうエリーは軽々しく笑った。三浦とワグナスは全く笑っていなかった。

 

 

 

「ペル・ソナ──メムアレフ!」

「う あ あ あ あ あ あ(PC書き文字)」

 

 地上に完全顕現したメムアレフに対し、雨宮と明智がベルベットルームの力を総動員して集合的無意識のリソースを引き剥がし、エリーがお得意の口八丁とジャンピング土下座をかまして事無きを得た後、くどくどと文句を言い続ける器ちゃんを置いて俺はその場に背を向けた。

 

「いや本庄さん助けて欲しいんですけど……私のメシア……」

「面白いことを言いますねこの蛆虫は。で? 何でしたっけ? 『貴方の恋心は錯覚です!』でしたっけ? ……舐めてんじゃないですよこら!」

「私のメシア~~!」

「ふぅ~~あっつぅ~~! 修羅場! 修羅場! 冷えてるか~~?(ホモガキ・ザ・ヒーロー)」

「今なんか言いましたか雨宮。明智もここに座って下さい」

「なんで僕まで……」

「俺達が阿多先輩よりヤタガラスでのコープランクを深めていることに嫉妬しているんだろう。この人基本的にコミュ障だからな」

「い、今なんか言いましたか雨宮!(図星)」

「あっ、そうだ(唐突)。ところで"塔"のコープランクが全然上がらないんですけど、どうすれば良いですかね?」

「だから何なんだよコープランクって……僕はそんなの知らないんだけど……というか本人に聞くのかよ……(ドン引き)」

 

 うるせえなこいつら(半ギレ)。「俺ちょっと用事があるから(迫真)」と声を掛けて去ろうとした。

 

 しかし、その間際、器ちゃんがふと振り向いて、笑って言った。

 

「本庄様っ」

「んー何?」

「怒らないで下さいね。一人で思い悩むなんて、馬鹿みたいじゃないですか。こんなに馬鹿みたいなのが居るのに、ね?」

「……ほんっと、君はさ」

 

 成長しすぎでしょ(冷や汗)。頭の中覗かれてるのかって思うくらいだわ。まあ、その頭覗いてくるやつ(ヤタガラス)に今から会いに行くんだけど。

 

 ……だから、まあ、なんだ。

 

「今後ともよろしくな、あー……あいちゃん」

「……気に入りませんね」

「えっ?」

「そんな心境の変化が私の目の前以外で起きたことが気に食わないと言ったんですよ、本庄様(バッドコミュニケーション)」

「えぇ……(困惑)」

 

「それと、()()()に感化されて呼び方を変えたのも気に食わないので器ちゃんが良いです。私だけの特別です。忌憚のない意見というものです」とあいちゃんもとい器ちゃんがエリーを足蹴にしながらそう言った。その女はそこに居るんですがそれは……(恐怖)

 

「だって、あいちゃん呼びはもうされてますからね。あっ、私のお友達からですよ、本庄様! アリスなんかとは違う、人間のお友達ですよ」

「へー、どんな子? 同じ中学生? それともヤタガラスの? どこ住み? てかLINEやってる?」

「はいはいネット・ミームですね。同い年の、ヤタガラスの子ですよ。……本庄様には絶対に会わせられませんけどね」

「えっ、なんで……?」

「裕子ちゃんと菊代ちゃん、二人とも『キチガイと無理矢理結婚させられる』って泣いていたからです……」

「人の心とかないんか?」

 

 つかちゃんと存在したのかそいつら……。そして、そんなほのぼのとした日常話? なのに、エリーを足蹴にしながら話しているので違和感が凄いんだが……。

 

「まま、ええわ(ぞんざい)。じゃあ俺は用事があるので」

「三浦ぁ! 三浦ぁー!? 本庄さんが全然助けてくれないので三浦ぁー!?」

「二番手扱いとか悲しいゾ……逝きてぇなぁ……あとポが勝てるわけねえだろバア」

「三浦っ!?」

 

 そんな喧噪を後にして食堂を覗けば、そこには先日のように諏訪とライドウが、そこに加えて坂上さんも居た。三人とも羊羹をもっしゃもっしゃと食い、茶を飲んでいる。いや諏訪さんだけはコーヒーだった。

 

「この間聞き忘れたんだけど、それ食い合わせ悪くねえですか?」

「俺も見てて気分が悪くなるっす。忌憚のない意見ってやつっす(感染)」

「坂上さん……あんた遂にペルソナ使いに……」

「タフ語録使うだけでペルソナ使い扱いされるの笑っちゃうんすよね。いやマジで。この間ぶっ殺したダークサマナーにもそう思われたっすよ。(汚染が)広がってないか?(これも汚染)」

「は、ハハァ……(もう手の施しようがない)」

 

 語録を喋りまくる坂上田村麻呂(淫夢)に『もう終わりだよこのヤタガラス』と思いながら、ようやっと羊羹を呑み込んだ諏訪さんが不満げに言った。

 

「色々と言いますがね、意外と合いますわよ。これすっげえうんめぇですわ」

「エセお嬢様のエセジャンクフード反応やめろ」

「ガチお嬢様ですわ~~」

「うぜー……」

 

 というか二十七歳をお嬢様とか呼んでも良いのか? そんな年齢で嬢を名乗るのは水商売ぐらいしかねえだろ(偏見)

 

「つか俺が見合い云々言ってるのにあんたらは何をしているのだよ(疑問)」

「パパ上がうるせえっすけど暫くは独身貴族を続けたいっす。まだ二十代っすしね」

「私のお父様もうるさかったのですが、最近は何故か言わなくなりましたわね……妙に優しくなったのが気持ち悪いですわ……」

「気持ち悪がらないであげて……(悲哀)」

 

 いや自由だなこいつら。もしかして、こいつらが自由だから俺にお鉢が回ってきたのでは……?

 

 ああいや、そんな事を言いに来たのではないのだった。

 

 ライドウは無表情で羊羹をもしゃもしゃやっている。茶を飲み、一息呼吸を吐き、どうにも待っているようなので話しかけた。

 

「で、ライドウ」

「私なにかやっちゃいましたか」

「……何だその反応。いや、まあ。先日のことなんだが」

 

 あー、えー。と気まずく俺は頭を掻いた。「もう、しゃきっとなさい」と諏訪さんが声を掛けてくるも、どうにも、ねえ? いや覚悟決めるか。

 

「えー……この間はすまなかったな」

「はい? 何の話です?」

「その説明をする前に今の俺の精神状況を理解する必要がある。少し長くなるぞ(早口)」

「勇を失いましたわね……」

「もう散体しろっす。で、何の話なんすかね?」

 

 あーうっさいうっさいシリアス苦手なんだよ野獣出てこい! おい野獣! こういう時こそお前の出番だろうに、なんだって肝心な時にだけ出てこねえんだよ。「いえ……成程、分かりました」本当に便利だなお前、説明に頁を割かなくて良いという意味で。

 

 しかし、ライドウは少し考え込み、小さく首を傾げた。

 

「まあ、私には理解しがたい悩みでしたが。そう在るものは、当然の責務として、そう在るべきでは?」

「やっぱこいつライドウだわ(確信)」

「私が言ったのは、立場がどうこうではなく、私も思い悩むことがある、と言うことです」

 

「ふふ」とライドウは薄い笑みを見せ、謎めいた視線を俺に向けた。やっぱりコイツが一番訳分からんな。

 

「ちなみに、私が一番聞きたいのは、謝罪の言葉ではありません」

「……じゃあ何?」

「この状況で言うと卑怯になるので言いません」

「なにそれ」

 

 訳分からんなこいつ。頻りにお茶と羊羹とコーヒーを交互に指差しているのも訳分からんわ。お茶と羊羹の距離を縮めて何を満足げにしているんだ。

 

「まあ、分からないなら良いですよ。いずれ分かりますので。四年後ぐらいに」

「はえー気が長え話だな。四年後とか就職先探しにマッチングやってる時期だぜ俺は」

「ええ。その時に迎えてあげましょう。その前になるかも知れませんがね?」

 

 ライドウは一人でほくそ笑んで指を組んだり離したりしている。何の話をしているのか分からんが、俺はすっかり将来の面接を想像して気が滅入ってきたぞ。ただでさえ留年しているのに、その理由が人に話せねえんだからなぁ……。

 

『貴方が留年した理由は?』

『ウッス! 野獣先輩と一緒に世界を救ってたからでっす!』

『では面接を中断して精神科に行きましょうか』

 

 もう終わりどころか始まりもしねえよこの研修医生活。最初の研修が精神患者への参与観察とはたまげたなぁ……。

 

 ……まあ、そこに行くまでは頑張ってみるかと、そう思った。

 

 

 

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