「あら嫌ですわ。そこに居るのは人に順位を付ける人間の屑こと本庄ではないですの。まあ性根が性根、それも仕方ありませんわ」
「ハァ……ハァ……敗北者……?」
「言ってませんわ」
「敗北者……? 本庄、その言葉を貴方が、貴方が、言うのですか」
「本庄も言ってませんわ言ってますけどもこれは違うのですわライドウ様っ!」
今日はよく人と会う日である。結局、雨宮と明智の鍛錬の様子を見ることは叶わなかった。だってあの後、明智が器ちゃんにボコられたから。口は災いの元(至言)
それで食堂に顔を出したら二人に出会ったんだよね。茶にも茶菓子にも手を付けず、茶碗の中を見つめ続けるライドウと、その傍で呑気にコーヒーで羊羹を食っている諏訪さんである。食い合わせ悪くない?
「おー何、お前人の評価とか気にするタイプだったん? 意外だわ」
「こいつホンマ……ですわ。ライドウ様とは言え人の子。ホモガキ風情に低評価を付けられて快く思うはずがないでしょう」
「……この二人、まさかどちらも……いえ、まあ、そちらの方が良いので良いでしょう」
ライドウが謎なことを言うのは何時ものことなのでスルーしていると、「では、何故私は貴方に嫌われているのか? それを解決しましょう」とか言い始めた。えぇ……(困惑)
「いや、怖いからだよ(直球)。存在に魂が悲鳴を上げているんだよ。お前がお前でいる限り無理だわ」
「確かに私は葛葉ライドウであり、その完全なる顕現は常人の魂魄すら焼くでしょう」
「何を当然のような顔をして言ってるのこいつ(戦慄)」
「ですが、当初に比べると、慣れてきたではありませんか」
そこでライドウはようやく顔を上げ、薄く笑みを見せた。
「初対面では格の違いすら察知できず、会話も出来ない有様だったのが、こうして談笑するまでになりました。私達の関係は進歩しています。いずれは本能的な恐怖すらも解消されるはず」
「そうかな……そうかも……」
「どうでしょう……」
「何故、諏訪まで疑問に思うのですか」
それは多分ミームに乗っかっただけだと思うが、しかし諏訪さんは些か硬く話した。
「だってこいつ、どこまで行っても凡人ですわよ。ライドウ様に並び立てる日は来ませんわ。過剰な期待を掛けるのは、どちらにとっても悲しいことです」
「そうでしょうか? 事実、本庄は世界を救ってみせたではないですか」
「それは偶然の産物でしょう。こいつにそんな器はありませんわ」
「……見てきたように言うではないですか」
「え? まあ、見ていますし。こいつ酒飲むと泣きながら愚痴こぼすのですわよ。情けない男ですわねえ」
「だ→ま↑れ↓!」
俺に煙草を教えたのは諏訪さんである。酒と煙草が大好きな二十七歳とかもう終わりだよこの婚期。「……いや、あの」ふと、ライドウが苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。はえ^~すっごい珍しい……。
「……まあ、良いです。良いと言うことにします。それでこの話は終わりです」
「そうですわね。本庄がデリカシーのないクズだということはもう変えようのない悲しい現在ですもの」
「おう喧嘩売ってるのなら買うぞ!」
「売っていませんわ。私、阿多様を慰めに行かないといけませんの。この馬鹿に思うところがあるでしょうに、足も運べずに居るとは可哀想な……」
「いや器ちゃんならさっき会ったけど」
「えっ、よく五体満足で居ますわね」
「おい」
諏訪さんも諏訪さんで失礼だな。器ちゃんだって日進月歩、頑張っているのだ。頑張りすぎているような気もするが(冷や汗)
「つかお前、阿多様にどういう態度を取るつもりでいるのです?」
「美少女に好かれて嬉しい気持ちと、そんなことしちゃあダメだろ(マジメ君)って気持ちがある。心が二つある~~!」
「いやダメに決まっているでしょう(マジメさん)。相手は子供ですわよ子供。最近になってようやくご友人が出来たばかりの子供ですわ」
「器ちゃんの押しがすごくて……あともったいない精神がすごくて……(クズ)」
「ちゃんと向き合いなさいよボケ」
チッ、分かってるっつーの(分かってない)。だけど怖いから仕方ないってはっきりわかんだね(人間の屑)
「まあいずれは時間が何とかしてくれると信じて……!」
「だからお前は超人になれないんですわ~~」
「ま、多少はね? 俺が選択することも極めることも出来ない人間だって事はあんたもよく知ってるだろ」
「ま、多少は。ね?」
諏訪さんは得意げに笑った。そうとも俺に超人に至る資格など無い。
だって性根が凡人だからな。心が二つあると言ったのは半ば本音だ。
真剣に思い悩む自分が居る一方で、美味い飯を食う自分が居て、オナニーする自分が居て、淫夢でげらげら笑う自分が居る。
そういうもんじゃない? 人間ってさ。まあ、こいつらは、特にライドウは違うのだろうけども。
そこでふと、茶菓子の大学芋を食っていたライドウが「いや、違いますよ」と呟いた。
「私も人の子です。貴方と同じですよ」
「人の子……? ライドウって木の股から生まれて霞食って生きてきたんじゃねえの?(適当)」
「おい、ボケ」
「ボケ!?」
諏訪さんの心ない罵倒に傷付いていると、ライドウは不機嫌そうに眉根を寄せた。あっ、ヤベっ(戦慄)
「貴方は勘違いしているようですが、私の名は、葛葉ライドウだけではありません。私にも父母がおり、家があります」
「そーなのかー?」
「そうですわよ(半ギレ)」
「つまり、何が言いたいのかというと」
ライドウは大学芋を載せた皿をこちらへ向けながら、真っ直ぐに俺を見つめて言った。
「いい加減、自分をしょうもない人間だと思うのは止めなさい。私だって、十四代目である高祖父に比べれば、大したことがないのですから」
「……あー」
ああー……そっかぁ……(納得)
ライドウも、ああー……人だよなぁ……いや人か? いや人か。ああー……まだ十七だよなぁ……年下じゃん……。
……つか噂の戦艦ぶった切り男ってお前のご先祖さんだったわけ……? うあー……血縁と家名と期待と重圧ぅー……俺の比じゃねえだろ……。
「まあ、これからも修練を積み、何時かは十四代目も超えますが。ですので、貴方も相応しい地位に就き、私と共に……」
「うおえー……げろげろー……おえー……」
「ちょっと本庄、真剣に……あーいや、これマジのやつですわね」
おえー……ちょっと吐き気が凄い。心臓が苦しい。酸欠で死にそう。
自分がされて嫌なことをするんじゃねえよ他人にボケェ……。ライドウこそ、そういう目の中で育ってきたんだろうがカス野郎……。
怪物とかじゃなくて、友達欲しいだけの子供じゃん……。おええー……相変わらずしょうもねぇなこいつ……。
俺は停止したままのCOMPを叩き、吐くように言った。どうせ聞こえているんだろ。
「野獣ぅー……出てこい俺の友達……」
「おっ、大丈夫か大丈夫か?」
「煙草吸いに行こうぜ……」
「あっ(察し)……おっ、そうだな!」
「すまんこ」と手を挙げて二人に別れを告げる。諏訪さんは「お馬鹿」と溜息を吐き、ライドウは「私なにかやっちゃいましたか」とか言っていた。
「う~~、喫煙所喫煙所!」
今、煙草を求めて歩いている俺は、ヤタガラスに所属するごく一般的なサマナー。
強いて違いを挙げるとすれば、自分が過剰な期待に苦しんでいる癖に、無意識に他人にも同じ目を向けていた糞野郎って所かナ……名前は本庄素幸。
そんなわけで野獣を連れていたが、ふと、廊下の向こうから金髪の男が歩いてきた。そう思っていると、突然その男は俺の目の前で、テンプルナイトの正装をがばりと開いたのだ……!
「やらないか?」
「ウホッ! いい男……」
「えぇ……(困惑)。俺、お前が偶に分からなくなるんですがそれは……」
いい男に弱い俺は、誘われるままホイホイとついていった。彼──つーかワグナスが何でヤタガラスに居るのかは知らん。お前暇なの?
ワグナスは俺を連れてヤタガラス本拠地の外に出、皇居近く、黒塗りの高級車が止まっている公園に案内した。
「良かったのか、ホイホイついてきて。私はノンケだが」
「ところでホイホイって言葉、くそみそとゴキブリホイホイでしか聞いたことねえんだけど他の用例ってあるの?」
「む……気にしたことがなかったな。ちょっと待て。考えてみる」
「何をやっているのお兄ちゃん!」
黒塗りの高級車から出てきたのはエリーである。それもうわっ、コイツもメシア教徒の青色のシスター服着てやがる。うげぇ。
「まあちょっと待てエリー。考えたことがないか? ホイホイという言葉について……」
「ないしこれからもないから(半ギレ)。それよりも!」
エリーはそこで何時ものように笑みを繕い、「一日と待たずプレゼントを用意しましたよ!」と俺を手招きした。正直今は帰って欲しいのだが。野獣も難しい顔をして黙ってるし。
「では出発しますので乗って下さい。あと、必要なのでスーツに着替えて下さいね。こちらで用意しましたから」
「何が『では』なんだよナメやがってクソッ! クソッ!」
「聖女様は話を急かしすぎるゾなあ?」
「あっ、三浦はんオッスオッス!」
車の運転席には三浦はんが座っていた。常の雑多な服装とは違い、こちらもメシアンの青い正装である。はえ^~メシア教の重鎮勢揃いじゃん。どこにカチコミに行くの?
しかし三浦はんは俺の姿を認めると、「あっ(顔面蒼白)」と目を逸らした。あっ……(察し)
「あっ……ゾ。ほ、本庄兄貴、いや本庄くん。今日はお日柄も良く何よりゾ……」
「み、三浦はん……いや三浦さん……(気まずい)。いや、上から九番目ってのはそのー……野獣が悪い(確信)」
「ま、多少はね?(反省なし) 面白かったダルルォ!?」
「ほら! な! だよな! よし野獣後でタコ殴りな!」
「ゾ、ゾなあ! ポ、ポは嫌われてない……ちょ、ちょっと親しくないだけゾ。ゾ、ゾ……」
「スイマセ……」
「いや謝る必要は無ゾ……ゾ……」
「いやさっさと着替えて乗って下さいよ」とかエリーが急かしてくるが、この状況どうするんだよなあ! YO! お前のせいでメチャクチャになってるんだよなあ!
「あとそんな怪しげな車に乗るわけがないだろいい加減にしろ! 何がプレゼントじゃ!」
「えっ、の、乗らないのかゾ……折角ここまで運転してきたのに……」
「よっしゃあお邪魔しま~~す!(ヤケクソ)」
「おお(安堵)。入って、どうゾ」
何故か採寸がぴったりのスーツに着替え、ガチャコン! と扉を閉めたところで、「なあ」と不意に野獣が言った。
「んあ? 何? 煙草なら後で吸おうな。まあすぐに終わるだろ(適当)」
「いや、長話した方が良いんじゃないすかぁ? 偶には」
「はあ?」
そう言って野獣はCOMPの中に入り、またうんともすんとも言わなくなった。コイツ好き放題しすぎだろ。
そうしてワグナスが助手席に座り、一時間ほどの車旅である。どこに向かっているのかと思えば西の方、恐らく目的地は吉祥寺であった。
「これがプレゼントなのぉ……? なんか暇だよぉ……!」
「まあポに免じて許してくれゾ。……いや、免じて……ポ如き……上から九番目……」
「どんなプレゼントなんだろ楽しみだなぁ!(大声)」
三浦はんが暗い目でハンドルを握りつつ、車は閑静な住宅街へと進み、一軒の家屋の前に止まった。見覚えのある景色である。
というか雨宮の実家の隣だった。というか雨宮がそこで待っていた。こちらに気が付いたのか、スマホを弄る手を止め、眼鏡を押し上げて頭を下げた。
「どうも、エリーザベトさん。今日はありがとうございます」
「いえいえ、これは私達が片付けなければならない事ですから。寧ろ、貴方が同席する必要はないのですよ。役割としてもね」
「そう言うわけには……。ずっと、気になっていたものですし」
こうして普通に会話している分には本当に様になるなこのイケメン。その傍には薄らとだが青色の燐光が見える。まーたツァ犬といちゃついてでもいたのか。
「お前さエリーさ、どうせだったら雨宮も一緒に乗せてくれば良かったのになあ? 雨宮、俺が交通費申請してやろうか?」
「ウッス! 定期の方で申請しているので要らないっす! あと、ちょっと心を落ち着けたかったので」
「……ふうん?」
その、心を落ち着けるという理由は、エリーがトランクから出した箱にあるのだろうか。
エリーが慎重に抱えた青色の小箱には、メシア教の十字架が刻まれている。それを持って、彼女は三浦を共にし、インターホンを押した。
バタバタと、軽い足音が、慌てふためいて聞こえた。鍵が外され、玄関の戸が開かれた。
一人の女が、線の細い、幸薄そうな女性が、エリーの姿を見て目を見開き、三浦の顔を見て安心し、そして、青色の小箱を見、「ああ」と声を溢した。
「……ようやく、ご主人の遺骨が見つかりました」
エリーの言葉に、女性は涙を流して立ち崩れた。