ネットミーム・デビルサマナー   作:生しょうゆ

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閑話 阿多■■、魔界へ行く(下)

 

 

 

「おらおら、犯人はそのアクマで決まりだ! 早く俺達を帰させてくれよサタンさんよお!」

「魔界の本体はどれ程のものか……と思ったが、酷いやつれ様だな、サタン」

「結局、最後まで来てしまいましたわ……ミシャグジさま復活したから帰りたいのですけど……」

 

 全力を以てしてマーラに打ち勝ち、その戦車に乗って魔界を掘り進むこと一時間ほど、『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』と書かれた門を吹き飛ばし、奥へ奥へと掘り進み、至ったのは氷の世界。思ったよりも早くサタンの本拠地へと辿り着きました。

 

 到着した途端、マーラは「寒いので縮む前に帰るぞ!」と消えていきました。その消失に唖然とした三面を浮かべているのがサタンです。半身を氷漬けにして、ぽかんと開けた口から三人の人間が転がり落ちました。

 

「いや……え? どうし、いや、いやいやいやいやいや……ゆ、夢か?」

「夢じゃありません……! これが現実……! と言うわけで……ニコニコを、返せッッッ!」

「何を言っているのか訳が分からんぞ本気で狂ったか本庄モトユキィ!」

 

 そう叫び、氷の中にもサタンは圧を発しますが……弱いですね。マーラの分霊の方が余程強いです。これはどういう事でしょうか?

 

「申し上げます。申し上げます。お嬢さま。サタンは、惨い。惨い。はい。惨い罰を受けたのです。私が居なくなった後、何があったのか、皆目、見当もつきませんが、それでも、惨い罰を受けたのは確かです」

「何ですかー貴様ー!?」

 

 何かサタンの口に捕まっていた内の一人が話しかけてきました。やけに卑屈な話し方です。古めかしい服装をした、彫りの深い壮年の男性です。泣きそうな顔でへらへら笑って、ゴマをするように揉み手をしています。

 

「悪魔の末路と、言ってしまえば、はい。それまでですが。それでも奴は、嘲笑され、無様なものでした。奴が、あの人のように、畏敬や尊敬を糧として、いいや、あの人は立派だった! いやいや、何を立派だったと。っへへ、いや、それでも凱旋する将軍のように、いや、その光景は、そこの二人の方が、よっく存じているでしょうが、っへへ、私に劣らず、無様なものだ。はい。ともかく、人の尊敬とか、畏敬とか、恐怖とか、純粋なものを糧としていたことは、確かでございます」

「いや、あの……そういうのは業者に頼んで下さいよ……はっきり言ってそれって病気ですから……」

「それが、なんでしょうか。あわれなものです。侮蔑、嫌悪、恥辱とは、悪魔の象徴でしょうに、それは奴の腹には溜まらず、むしろ、腹を空かせ、飢えさせていくのです」

 

 あーっ何言っているのか分かりませんよ。変なお薬でもなさっているのですか? そう思って、もういっそ足蹴にしてしまおうと思って……う、と顔が引き攣りました。

 

 私はその人の目を見たのです。狂人の目とは違う、罪人の目です。狂おしいほどに悔やみ、それでも狂えぬ、罪人の目です。

 

「惨い、惨い罰を、受けたのでしょう。それは、なんでしょうか。あの人の言うとおり、天国が近付いたとでも言うのか。まさか。ばかげている。神の国の福音なんてものが、この世にあるはずがない。だから、これは夢なのです。お嬢さまは、夢だから、こんなに美しいのでしょう? ああ、私は悪夢の中に居るのです。まさか、あの人が、本当に神の子であったはずがない」

 

 ……ああ、分かりました。この人は、サタンの口に捉えられし罪人。救世主の裏切り者。銀貨を手にした自殺者。

 

「……私、貴方の正体に心当たりがあるんです。イスカリオテの、ユダですか」

「ああ、ご存じでしたか。いいや、夢ならば、不思議ではない。私は、私に言っているのです。はい。申しおくれました。私の名は、商人のユダ。へっへ。イスカリオテのユダ。美しいものを、美しいままにしたかった。それは崇高な考えでしょうに、何故か人々は、私の名を、貶める。愛に生きた人の名を、裏切り者と、そう呼ぶのです。あああ、いいや、私は裏切り者だ。私は、進んで、あの人を裏切ったのだ。なにが、愛だ。なにが、天国だ。あの厭な。嫌みったらしい。卑しい生まれの、乞食」

「……どうして病院に行かず、いえ、逃げずに、私に話しかけるのです?」

 

 その言葉に、ユダはきょとんとした顔を浮かべました。遠くではサタンがとんでもないことになっていますが、私はどうにも、それに参加する気にはなれませんでした。

 

「夢だと思っているのなら、逃げれば良いでしょう。話しかける意味もないでしょう。それこそ、あの人にもう一度会うため、走り出せば良いのでは?」

 

 私は遠く、イーノック様を見つめました。彼はこちらを見、静かに首を横に振りました。

 

「それは、お嬢さまが、私だからです」

 

 ユダは歪んだ笑みを浮かべ、囁くように言いました。

 

「他は、私の夢ではない。あの人の夢だ。あの人は、たまに、こうして私に夢を見せる。あの男など、どうだ。傍に天使を連れ、そのものではないですか。ああ、意地悪だ。あの人は、私を罵っている。賤しめているのです。私は立派だと、お前は間違っていたと、きれいな、とてもきれいな景色を見せて、私を誘惑するのです。どうだ、と。こちらへ、と。いいや、その手には乗らない。その手を取れば、私の、この純粋な愛情は、どこへ行くというのか。私は、救われるのか。他の、ばかな弟子達と同じく。あああ、しかし、救われるのならば、救われたい。ここは、寒い」

「……どうして私が貴方なのです」

「おかしなことを、おっしゃる。お嬢さまは、私だ。美しい人に、付き従う、へっへ、賢い、嫉妬深い、裏切り者です」

 

 ──ああ。

 

 ()()は末路です。既に終わった何かです。どう足掻いても救えぬ、罪人そのものです。

 

 この人には、確かに意思があったのでしょうね。そして、自負もあったのでしょう。美しい、とても美しい人に付き従いながら、その内に醜い内心を隠し持ち、長い旅路を共にして……遂には壊れた。

 

 私は恐ろしく思いました。これは予言でしょうか。或いは預言でしょうか。世に名高い罪人が、私を同類だと口にしたのです。

 

 そうなるのか。私はそうなるのか。恐ろしくて堪らなかった。これの落ち窪んだ眼窩に、私は己を見つめたような気さえした。

 

 本庄様──救いを求めるように目を向けました。その先に、ああ、ああ……。

 

「どうされましたか? サタンさん。当店自慢のメニューを受け付けないということでしょうか?(ノリノリ)」

「で、出ますよ……(ガーゴイル先輩)」

「ンンッ…… マ゜ッ! ア゛ッ!↑」

 

 ……あ、ああ……(め そ ら し)

 

 急に、物凄く、物凄く、どうでも良くなりました。というか何をやっているんですかよえーっ!? 嘘でしょう、こんな事が許されるんですか!? サタンの顔面にうんちがうんち出しているじゃないですか!?

 

「……混沌の少女よ、それに耳を貸すな。君の未来は大丈夫だ。煩悩の魔王を、君は見事に打ち払ったではないか」

「いや遅いですよイーノック様! そんな事を今更言うくらいなら本庄様とあの塵を止めてきて下さいよ!」

「す、すまない。ちょっと大丈夫じゃない」

 

 そう言ってイーノック様は頭を下げました。と言うかこんなボロボロの男と、どうして私が似ているというのです。いや、分かっています。混沌を宿したこの身に、彼が歩む道は相応しくない。そう言っているのでしょうね。マーラも言っていましたし。

 

 ですが、怒らないで下さいね、サタンの顔面に嬉々としてうんちを食らわせる人が救世主とか馬鹿みたいじゃないですか。そもそも遅いんですよ。それはもう乗り越えました。思えばこの男、伝承から見ても遅くないですか? 裏切るならキリストに言われる前に裏切りなさいよ。馬鹿じゃないんですか?

 

「そうですか! 貴方は頭が悪くて他にとりえがないから、その人の役に立つことでしか自尊心を満たせなかったんですね。かわいそ……」

「なに、何をおっしゃる。私は……」

「他に自尊心を満たせる物を持って下さいよ、鬼龍のように!」

「き、鬼龍とは、誰でしょうか……?」

 

 そんな事を言う奴には蹴りも浴びせません。他の二人もごろごろ転がせたままにして、本庄様の元へと向かいます。あほくさです。時間の無駄です。そもそもこんな所へ来たこと自体が時間の無駄でした。

 

「サタン様逃げては駄目ですよ? お口が止まっ……て見えるのは、私だけでしょうか?」

「ホラホラホラ、クチアケーナ、ホラホラホラホラホラ!」

「もうやだぁ……やだもーやだ……無理ぃ……むりもーむり……」

「何時までやってるんですかクソボケが──っ!」

「んげえっ!?」

 

 うんちのうんちを囃してる本庄様の首根っこを掴み挙げ、無理矢理引きずり出しました。というか出した端から凍っているじゃないですか。本庄様もテンションが上がっているのか気にした素振りも見せませんが、その指先は悴んで震えているのです。

 

「こんな所にもう用などありません! 今すぐ帰りますよ!」

「まあ、待ってくれ。私はそもそもドン・キホーテとの再会を目指してだな……」

「強制召喚──英傑:ドン・キホーテ! さあこれで良いでしょう!」

「えぇ……無茶苦茶すぎるだろう……」

 

「おお、何時ぞやの騎士! 所でドルネシア姫は何処に?」「ううむ。変わらないな、ドン・キホーテ」と感動の再会も済んだことですし、さっさと帰りますよ!

 

「嫌だ! ニコニコが復活するまでサタンの顔面に糞を浴びせ続けるんだ! 俺はここに残るぞ!」

「ですよねぇ! チンポもシコシコしてやるからな~~♡♡♡」

「やめろおおおおおおおッ!!!」

「イーノック様!」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 そう言って、イーノック様がごろごろ地団駄を踏む本庄様の頭をぶっ叩きました。青色の閃光が眩く散ります。その後には、妙にポカンとした顔の本庄様が残されました。

 

「……あれ? クォクォア……? って何で俺ノリノリで糞尿レストランの再現を!? 正確な名称としては『BLACKHOLE 8 糞喰漢』の内の一パート、自称食通の客、我修院と、その後輩、徳川をメインとして、ドラマ仕立てで描かれる……」

「詳細な説明をしないで下さいよ! どうなっているんですかイーノック様!」

「力が暴走し、妙な未来を見てしまったようだな。やっぱりサマナーは、私が居ないとダメだったよ」

 

 肩をすくめて言うイーノック様の足下で、本庄様は今更ながらに「オエエエエエッ!!!」と吐いています。本当にこの人は、しょうもない人ですね。

 

「ああもう、お馬鹿。ほら、背中さすってあげますわよ」

「この諏訪さん超助かオエエエエエッ!!!」

「うわきったね! ですわ!」

 

 吐瀉物が服の端に掛かり、諏訪さんはゲシゲシと本庄様を蹴りました。そのごろごろ転がった本庄様をイーノック様が抱え、「さあ、行こう(逃走)」と駆け出しました。

 

 その後、速やかに地獄を抜け、超特急で台形の山を登り詰め、山頂へと至りました。何だか居るだけで気分の悪い場所だったのですが、『神は言っている。さっさと帰れと』という声が聞こえたかと思うと、気が付くと私達は元の場所に戻っていました。

 

 既に部屋の中に人影は無く、書き置きが残されているばかりです。ワグナスさんへのエリーの長々しい手紙というか叱責文と、諏訪さんへ向けた指令書。『ミシャグジさまは今後もお前に』の文字が目に入ったので、成功を信じての手紙でしょうか。

 

 本庄様に残された文書は簡素な物です。みっちりと隙間無く刻まれたスケジュールが、無慈悲に書き残されていました。

 

「……俺、大学行けるの何時になるんだろうな(白目)」

「もう留年決まってるからサボれば良いじゃねえですの。二十五歳学生ですわ?」

「そうですよ!(便乗) 学校が何だというのです。そもそも、私との結婚の話はどうなっているのですか!」

「あー……チョーネムジム行き!(逃走)」

「このオメゲが──っ!」

 

 逃げ、逃げられましたあっ! 戸惑い通り越して怒りが湧いてくるんですよね、酷くありません?

 

 ……いや、しかし。疲れているということは、分かります。怒濤の一日でしたからね。私も少し疲れてしまいました。もう寝床に入って眠りたいです。眠ります。そう告げて、諏訪さんとワグナスさんと別れました。

 

 

 

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