取り取りの世界を巡っていく内に、ふと、諏訪さんが「あら」と呟きました。火山が噴火する死滅の地に在りながら、木石の泰然たる雰囲気。私にもその気配が感じられます。ミシャグジさまです。この様な所に流れ着いていましたか。
巨岩が転がり連なる岩陰。そこに潜まるようにして、白い蛇がとぐろを巻いています。零落し切ってはいますが、間違いなく諏訪さんのミシャグジさまです。「ミシャグジさまぁ!」駆け寄った諏訪さんに白蛇が頭をもたげ、嬉しそうにしてその胸に飛び込みました。
「ああ、この様なお姿に……痛ましい……」
「なんだ、敵ではないのか。つまらないな」
「その剣をガチャガチャ言わせるのを止めなさい! ミシャグジさまが怯えるでしょうが!」
「フフ、これは強敵のおかわりが欲しいというサインだよ」
「やかましいですわ! 向こうへ行きなさい!」
フフ……と謎めいた笑みを浮かべながら、ワグナスさんは本庄様に水を掛けました。それでも本庄様は「あづいあづいあづいわボケェ……」と茹だっています。上半身を裸にして目の毒ですね本当に目の毒ですがまあはい。
「なんだってテメエらは平気なんだよ……火山だろここ。さっさと次行こうぜ」
「私は魔人だからな。ある程度までの環境変化など無意味だ。寧ろそのレベルでまだ覚醒者なのが異常なんだが」
「霊格って何だよ(哲学)。暑いのがなくなるなら今すぐなりたいわ……」
「基本的には三段階だ。愚者、覚醒者、超人。愚者が目覚めて覚醒者となり、覚醒者が人を超えて超人に至る。まあ己を完成させると言うことだ。即ち属性の決定、アライメントの不動とも言える」
「俺は俺で完成してるうー……」
「していないぞ。何故なら君に確固とした信念など無いからな。法にせよ混沌にせよ中道にせよ、道を行くには信念が必要だ。それに身を捧げるほどのな」
「だが、それで良い。でしょう?」ワグナスさんの声に、イーノック様が顕現して答えます。
「その通りで問題ない。サマナーの意思は何かを決めつけない。法に則り混沌を抱いて中道を歩く。軽挙妄動な衆愚の代表その物だ」
「イーノック……馬鹿にするだけなら帰って良いよ……野獣も暑い暑い言って戻ったし……」
「大丈夫だ。これでも褒めている。君は完成しないからどこまでも歩ける。超人は願いを抱き、それを全うするか、居場所を見つければ停滞するからな。それは成就とも呼べるだろうが」
「ふむ、人という種の化身のような男だな。鑑みて思うに、人とは満足しない生き物なのかも知れないな。ならばメシアが全てを救おうとも、更に救いを求められるだけか」
「救いのない話だ。メシアのメシアが必要だとは。或いはそれが神か」嘆息してワグナスさんは本庄様に水を掛けます。魔法か何かでしょうか。しかし腹筋割れてますね。関係ないことですが。結構がっしりとした身体をなさっているのですね。関係ないことですが。
「うう……お労しや……阿多様、お頼みします……」
「あ、はい」
諏訪さんからミシャグジさまを預けられ、改めて意識を集中させます。宇宙が数多であろうとも、このミシャグジさまの断片は少ないはず。何より私はそれを学習しました。要素を選び抜き出し、概念を結晶させるという技術は、元来この身にもあった機能。故、片手間にも無数の断片を引き寄せられます。
……いやしかし、短く切った黒髪が、水に濡れて尖っていますね。下のジーンズまでしとどに濡れて、肌に貼り付き身体のラインを浮かび上がらせます。ああ、そう。ちょっと引いて眺めてみましょうか。改めて、どういった人かを考えるに。
何処かに行きましょうと誘うと、とても楽しそうに付き合ってくれます。本庄素幸様。20歳独身。誕生日は2003年5月14日。血液型はA型。好きな言葉は『下克上だ!』と仰っておりましたが、この間再び聞けば『えー……焼肉定食?』と帰ってきたので適当を言っているだけですね。身長は174センチで体重は70キロです。仕事は真面目でそつなくこなしますが、常に文句ばかりを言っています。なんか『キチガイみたいな目をしている』と言われ、事実こうしてワグナスさんや諏訪さんと並べてみてみると、目鼻立ちは整っているものの、それが却って没個性的な、印象に残らない顔をしています。ですが、その目だけで印象をキチガイ一色に塗り潰していると思われるため、一般的退魔師の方々からは倦厭されますが、ヤタガラスからは重要任務を任されるなど信頼されています。お煙草は吸われません。代わりにお酒は浴びるように呑みます。睡眠時間は日によってまちまちで、十二時間ぐっすり眠る日もあれば、三時間しか寝てないのに『我……八時間睡眠なり!』と誤魔化して誤魔化し切れず、一日中ぼけっとしている日もあります。自宅は世田谷区の下北沢駅近くにありますが、通っている大学は御茶ノ水にあるようです。何故わざわざ下北沢に住んでいるのかと問いますと目が泳ぎ口ごもったので、多分あの汚らしい悪魔に関係する理由なのでしょう。本庄様は何時もそうです。高校生の時分に東京大学を志すなど、頭は良いようですが普段の態度からは大して知性を感じません。そもそも本庄様は大学の話をしません。何を学んでいるのかの話もしません。サークルなどには参加なさっているのかと聞けば、『十個入って全部辞めたぜ!』と元気よく返されました。お労しいですね。
こうして知っていることを並べてみますと、悪いです。これといった情報のない……薄い知識ですね。私はもっと「阿多様ー……? あのー……」あっ、ちょっと考え込みすぎました。「ちょっと、よく分からない悪魔まで呼び寄せてしまっているようですが……」なにっ。普通に気を取られてしまっていたと考えられます!(クソバカ)
「うう……諏訪さん、申し訳ありません……」
「ま、まあお気になさらずに……掻き集めることは出来たのですし……ちょっと想定外に強い悪魔が現れそうなだけで……」
「人差し指でトントンと二回鞘を叩く。これが『ありがとう』のサインさ」
「黙りなさい!」
確かに諏訪さんに擁護して戴いた通り、ミシャグジさまの断片集めは完了しています。既に白蛇は元の姿を取り戻しつつあり、この瞬間にも身を延ばし、霊格を一つに纏め上げていきます。しかしそれに付随して飛来する悪魔が問題なのです。
蛇を根幹としたのが徒となりましたか、あの汚らしい悪魔にも似た、救世主を誘惑する悪魔の気配。それは"死"そのものとも感じられますが、しかし魔人に非ず、奇妙な言い方ですが、概念的な確かさを感じられます。
なればこそ、身構えるのです。懸念が確かであれば、顕現する悪魔は邪悪の極み。御仏を誘惑した東方におけるサタン!
「天魔波旬……マーラ・パーピーヤスですわね」
「えっ第六天!? マジ!? みんな死ぬしかないじゃない!」
「阿呆。仏教の方です。お前の懸念が真実になるのなら、夜刀神は東京を牛耳っていますわ」
急に本庄様が慌て始め、「出番だ三馬鹿!」とCOMPを操作しました。「アーツィ! アーツ! アーツェ! アツゥイ! すいませへぇぇ~~ん! アッアッアッ、アツェ! アツェ! アッー! 暑いっす! 暑いっす!」うるさっ。汚らしい悪魔が汗をだらだら流して叫ぶのが気色悪いです。それに気を取られている内に、悪魔は顕現しました。
緑色のMAGの渦。悍ましい気配。「忌まわしき気配……煩悩の魔王か」イーノック様が語ったとおり、悪魔は巨大に天へと聳え立ち、その面を勇ましく上げ──。
「ワシを呼び出すとは、それなりにご立派なモノを持っていると思えば……下の毛も生えておらぬ女子ではないか!」
[魔王:マーラ Lv119が 出た!]
……いや、あの。これ緑色の。何と言いますか。うわぁ。
いや、確かに天魔波旬は煩悩の化身であり、特に日本においては魔羅とも呼ばれ、仏道修行の妨げとなる一切を象徴するものですが、それにしたって、えぇ……(ドン引き)
「ドーモ、チンポ=サン。サプライズニンジャです。死ね! オヌシの存在そのものが青少年のなんかを害している! 死ね!」
「チンポと呼ぶな、マラと呼べ!」
「イヤーッ!」と猿叫にも似た声を上げ、ニンジャさんが緑色の頭部……と言いますか、いや確かに頭と呼びますがの部分に蹴りを繰り出します。しかし通じません。硬いですね。カッチカチですね。
……ふうん、形容すること自体が下品になると言うことですか。マーラってやつは結構最悪ですね。
しかし皆様はまるで怖じ気づいた様子もなく、果敢に魔王へと向かっていきます。本庄様はニンジャさんの空手の背後から<氷結弾>を連射し、ワグナスさんがイーノック様と同時に<シナイの神火>を放ち、その間を縫って諏訪さんが回り込み、袋のように膨らんだ身体へと貫手を繰り出します。この方々には戸惑うと言うことがないのでしょうか。
一方で、糞はその連続した攻勢に守られるようにして、後衛で必死にうわっ死ねば良いのに。地面に腰を何度も打ち付けています。予想していた光景ではありますが、この行為によって開けた穴を今まで通ってきたと思うと最悪すぎます。
「おいジュセさっさとしろ! あかんこれじゃ俺達が死ぬゥ! 俺達が死ぬねんこんなレベルじゃ!」
「やってますねえ!(必死)」
「ふうむ、中々のテクニシャン。サタンを食い破ったホモの腰使いも、それを導いたホモの銃撃もな」
数の上では有利ですが、まるで安心材料にはなりません。レベル119とは埒外の数字です。チイッ、なんだってこんな悪魔が現れたんですかっ!
「……私のせいでしたあっ!(バカ)」
「おうとも煩悩に満ちた女子よ。と言うかワシは被害者だぞ! 本体ごと無理矢理呼び出されかけ、慌てて高位分霊として引き千切ったのだぞ!」
「き、貴様ーッ! 私を愚弄する気ですかぁっ! 私は煩悩に満ちてなどいませんよっ!」
恥ずかしかったので嘘を吐きました。事実だからしょうがないわけがありません。と言うか思考のブレだけでこんな大悪魔を召喚するとか、我ながらどうなっているんですかねこの身体。
しかしマーラはその顔……顔? をにたりと淫猥に歪ませ、おちょくるように言うのです。
「その様な虚言が、ワシに通じると思うか? ワシこそは煩悩の象徴、三毒の化身よ。オヌシの小っ恥ずかしい内心などタマを転がすように分かるわ!」
「ぐ、む、むうううう……!」
「いやさ哀れなる娘、悔やむも改めるもないぞ! 何せオヌシは六道の化身にして、衆愚たる人を支えし星の御子! それがどうして法に依るか! 寧ろ四向四果を妨げん天魔として、混沌王と成るが正道ではないのか?」
「いやはや、混沌が正道とはこれ如何に!」マーラは楽しそうに笑いました。その様に、私は喉奥に声をくぐもらせます。言葉が出ないのです。仮初の運命を打ち破りはしましたが、しかしこの身に宿されし業は、却って窮極を深めていくように思われるのです。
私は確かに私の影を受け入れました。しかし、それによって完成した私とは、即ち魔人でしかない。人の世に混沌を撒き散らす、苦諦に塗れた悪鬼なのです。
なれば眼前に聳えし天魔こそ、私が授かるべき具足戒か。鬼には鬼の道があり、逃れようもないのだと。或いはそれこそが解脱の逆、六欲に堕ちに堕ちて極めし先、反仏陀の完成か。
「しかし、いえ」不意に気が付きました。これは誘惑なのです。「私は私、象徴でも化身でもなく、私はただ一人です」強くマーラを睨み付ければ、愉快そうに笑って言いました。
「ならば御身、我の問いに答えられるか?」
「マイ・ペンライ!」
私は皆様の動きを手で制し、単身マーラの前に立ちました。タフって言葉は、私のためにあるのです!
「什麼生!」
「説破!」
「苦諦、集諦、滅諦、道諦、それら悟りの理全て、現世にて生きるにそぐわず、寧ろ混沌をもたらす物なれば!」
「ふっ……分かりません!」
「えぇ……(困惑)」
本庄様が呆れるように声を漏らしました。いや、当たり前でしょう。私は次の巫女として仏教やら神道やら好きでもないのに教えられていたものの、そこまで深いことは知らないのです。哲学的な意味など解しませんよ。
しかしマーラはその答えに笑い、更に問いを投げ掛けてきます。
「三毒の癡のままに無明を誇るは天魔なり! 故にこそ御身は六道の化身、魔を従えし混沌王よ!」
「知りませんよ魔を従えるとか! そもそも私には関係ない事でしょうが! 誰が好き好んで貴方みたいな気色の悪い悪魔を従えますか!」
「グハハ! なれば御身は一にして混沌! 王ならぬ魔人か、或いは神か! 神を超えし神、即ち混沌なる事象に至るか?」
「あんなボケと一緒にしないで下さいよ! 事象というならば既に事象です。私は生きて動いて物を言う、私という名の事象です!」
「確かにあの小物とはまるで異なる! しかし御身は魔道に在る。混沌と邪悪の化身……なれば異教の阿羅漢に共するは相応しからず! その煩悶こそが、御身の煩悩よな」
「だからこそ私は在るのです。象徴でもなく化身でもなく、私は私の意思で以て、私として在るのです!」
「なんすかこれ」と本庄様が呟きました。ええそうですとも! そもさんもせっぱも無いですよ。第一、それは禅問答の文句でしょうが。先程から私が言っているのは、勝手に人を決めつけるんじゃないですよこのオスブタァッ! と言うことなのですから。問いに返す言葉としては不適切、一を繰り返しているに過ぎません。
ですが、マーラは愉快そうに笑います。「意思、意思と来たか」ゲラゲラと笑います。
「ならば御身は我と同じ。意思と言う名の煩悩の化身よ。この醜く汚らわしい姿が御身の正体よ。それが御身の答えかな?」
「馬鹿ですか。そんなものを隠す行儀くらいは心得ています。心得ているのが私です」
「隠すと来たか! 意思は宿命を撥ね除けるというのに? そこまで怒張した意思を隠すなど出来るかね? 人の世に住み難さを覚え、魔の世に身を委ねるかも知れぬが?」
「当たり前です。だって、貴方は魔羅でしょう?」
ふん、と嘆息して言いました。下らない問答です。
「そんなものは簡単に隠せます。何故ならば、往来を歩くに魔羅を隠さぬ者は、変態と呼ばれるのですよ」
「是はしたり! 我はただの変態か!」
ゲラゲラと非常に楽しげにマーラは笑い、「ならば御身は人よ。仏陀ならぬ天魔ならぬ、苦諦に悶えし人よ」そう言って頭を下げました。礼をしているようにも見えます。
「いやはや、ワシも久々に役目を遂げられて楽しかったぞ。そこな蛇に同じく、ワシの側面は試す者。その側面が出張ることなどないと思っていたがなぁ」
「……チンコが難しいこと言ってるんだけど、なにこれ? もしかして魔界ってギャグ空間だったりする?」
「辛辣だな、異教の無学位よ」
「誰が単位全く無し男だボケ! ……まあ事実だからしょうがないけど(震え声)」
本庄様が顔を背けて言いましたが、無学位とは阿羅漢の事であり、即ち仏教における聖人の事です。それが異教の、と言うことは……まあ、イーノック様の言うとおりなのでしょうね。
ともかく、既にマーラには戦う意志などないようです。諏訪さんもミシャグジさまが復活し、喜んでその身へと迎え入れました。それを見つめ、不満そうにしているのはワグナスさんです。
「……それで、戦わないのか? 何だかもう剣を収める流れになっているのだが」
「あっ、分かりましたわ。お前も阿呆ですわね。もうやることは終わりましたし、さっさと帰って貰うだけですわよ」
「いや、それはどうだろうな?」
マーラが再び聳え立ちます。ガチャガチャと金色の車輪を回し始め、その身には闘争の気配が溢れていきます。
「折角だ、ワシがオヌシ達の望む地へと、サタンの住処へと送ってやろう。だが、これも折角だ! ワシのご立派な力を受け止めて見せよ! 勝っても負けても、超特急で掘り進んでやるぞ!」
「えぇ……暑いからやだ……涼しいところなら良いゾ。凍土の魔界とか」
「ワシが寒さで縮んでしまうではないか! この場でだ!」
そう言ってマーラが全身から緑色の炎を立ち上がらせます。悍ましい魔法。煩悩が燃え上がる炎として顕現した不浄の概念です。これを受け止めるのは不味いですね。
しかし炎は既に目前。故に私は、自らの身体に備えられた機能を、権能を用いました。
「強制召喚──魔人:アリス、超人:葛葉キョウジ!」
「ねーおじさんたちー、そろそろアリス、またニンゲンで遊び……んぎゃああああああっ!?」
「成程。君達如きが、この僕に"判決"か。些か滑稽に映るね……ってうわあああああああ!?」
強制的に召喚した二体を盾として、私はペルソナを顕現させます。『いやちょっと待って下さいよ私。私にあれを触れって言うんですか』言うんですよ! 舐めてんじゃないですよこら!
「さあ行きますよアリスに元生首に私! みんなで倒すから尊いんです、絆が深まるんです!」
「げえっ!? お友達!? 赤おじさん黒おじさんごめんなさい! 謝るから助けて! ねえアリスを助けて! もう勝手に外に出ないからー!」
「ちょ、何!? ここ魔界!? えっ何で!? というか何であんなレベルの魔王が!?」
簀巻きになったキョウジが芋虫のように這いながら言ってきます。取りあえず解いてやり、そのまま蹴っ飛ばしてアリスに言います。
「お友達なら一緒に戦って下さいよ、鬼龍のように!」
「だから鬼龍って誰……。そ、それよりもね。アリス、お友達辞めたいんだけど……」
「はあああああ!? 先にお友達扱いしてきたのはそっちでしょうが! 知らないなら後で全巻貸してあげますよ!」
「もうやだこの娘……」
「成程、少女の悪魔がガキ大将に勝てるはずがないね……」
その様にして、私達の決死の戦いは始まりました。仲魔を召喚し、強敵に立ち向かうのです。これで私もデビル・サマナーですねっ。