ネットミーム・デビルサマナー   作:生しょうゆ

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最終話 プロローグ

 

 

 

 貴方は深い眠りから目が覚めた。

 

 ぐいとベッドの上に背を伸ばし、カーテンから漏れ出る朝日に目を細める。そして壁に掛けられた、見慣れぬ制服に目を留めた。

 

『秀尽学園高校』その名を貴方は知っていた。貴方が明日から通う事になる高校だ。

 

 だが、どうして通う事になったのだろうか。その理由が、どうにも貴方は思い出せない。

 

 貴方の家は吉祥寺にあり、父も母も、祖母もまた健在であるというのに。

 

 

 

 貴方は家族と共に食事を済ませ、いつもより早く家を出た。何故なら秀尽学園高校は青山にある。以前までは地元の公立に通っていたが、距離の問題で早起きをする羽目になってしまう。

 

 真面目な貴方は、事前に登校までの道のりを確認しようと思ったのだ。しかし玄関を出、『何故通う事になったのか』そんな事を考える頭にふと犬の鳴き声が聞こえた。

 

 小さな黒犬だ。嬉しそうに寄って来た。貴方が先日、拾ってきた子犬である。しかし、こじんまりとした庭には既に立派な犬小屋が立っており、そこにはまだ『パスカル』と書かれていた。

 

>ついでに道具を買ってくるから、帰ってきたら直してやるからな。

 

 貴方の父親が昔、飼っていた犬の名前だ。この犬の名前もそれにあやかり、パスカルと名付けられようとして、強く反対した思い出が貴方にはある。

 

 だが、どうしてこの名前を付けようと思ったのか? それが思い出せなかった。

 

>行ってくるよ、モルガナ。

 

 その声に「ワン!」と元気よく返され、さあ、貴方は駅に向かおうとして──

 

「いやクッソ適当過ぎるだろサタンの奴。猫じゃなくて犬じゃねえか。ガバチャーにも程があるだろ」

 

 ──家の前に、黒いスーツに身を包んだ、異様な男が立っていた。

 

 

 

「ま、座れよ。俺アイスティーだけどお前は?」

 

 貴方は何故か学校ではなく、青山でもなく、三軒茶屋のとある喫茶店にいた。喫茶店の名前に聞き覚えは無い。マスターである老夫婦二人の姿にもまるで見覚えは無い。

 

 だが、何故か貴方は、この光景に見覚えがあるような気がした。

 

>……コーヒーで、お願いします。

 

 注文を受けた老人が、愛想よく答えて豆を挽く。やはり見覚えなどまるでなかった。しかしどうにも……と、そう思い悩む貴方を、目の前の男がじっと見つめている事に気が付いた。

 

 異様な男だった。いっそ異常と言ってしまってもよかった。貴方は平凡な高校生だが、平凡なりに様々な人間を目にしてきた。そう、平凡な人間の只中に生きてきたと言ってもいい。

 

 だが、違った。目の前の男は違う。何よりも違うのが瞳だった。

 

 真っ黒な瞳が鋭くこちらを見つめている。それは見定めている様であり、何も考えていないようである。推し量れなかった。底深い狂気を目の前にしたようだった。

 

 この男は、紛れも無く日常から逸脱した存在だ。そう思ったからこそ、貴方は様々な疑問を飲み込んで、三軒茶屋の喫茶店まで着いてきたのである。

 

「聞きたいかい?」

 

 男が笑った。貴方は目を逸らした。貴方には、何故か得体のしれぬという以上に、この男に苦手意識があった。精神の奥底に恐怖があった。

 

「ま、怯えるなよ。取って食うわけじゃない。寧ろちゃんと教えろ導けって、ヤタガラスと長鼻と……特にあの、何てったっけ? 何とかツァ? に言われてよ」

 

 イケメンだからって贔屓しやがって……と、男は運ばれてきたアイスティーを口にした。貴方の下にもコーヒーが運ばれてきた。「あらほんとにイケメンねぇ。でも貴方も良い男じゃない!」老婆が愛想よく笑って去って行く。

 

 だが、貴方はそれに口を付ける前に、ふと言葉が口を突いて出た。

 

>……ラヴェンツァ。

 

「おお?」

 

 男が意外そうに目を細めた。そして笑った。笑って言った。

 

「ペ・ル・ソ・ナ」

 

>……っ。

 

 貴方は半ば茫然としていた。男が口にした不思議な言葉を、貴方は確かに知っていた。何かが自分の中にあった。何か、とても重要な事を忘れていた。そして、目の前の男はそれを知っている。

 

 だが、男は飄々と煙に巻く様に笑う。

 

「一月にあった不思議な事件……知っているかい? ある一日の出来事を、全人類がすっぱり忘れていたっていう奇妙な事件さ。だけどニュースにはならない。当たり前だよな。何せ人類自身が忘れたがっているんだから」

 

>何を……。

 

「獅童正義と明智吾郎」

 

 その言葉に、また貴方の中の何かが揺さぶられる。

 

「……前者は失脚、ってか投獄。後者はそもそも自意識が皆無だったからって、今はヤタガラスで器ちゃんの後輩扱いよ。生意気言う度に灘神影流使われるんだから怖えよな。ゲイリンもドン引きしとったわ」

 

 貴方は男の言葉が殆ど耳に入らなかった。二人の名前は知っていた。国会議員と、最近有名な高校生探偵。だが、その名が並び立つ事など無かったはず。

 

 だというのに、貴方は何故か酷く心揺さぶられる。まるで、その並びに重要な意味があると知っているかのように。

 

>……貴方は、何を知っているんですか。

 

 意を決して貴方は問いを発した。知りたかった。どうしても心の霧を晴らしたかった。霧の先を見通す何かが欲しかった。

 

「……知りたいかい? 本当に?」

 

 すう、と瞳を鋭くし、男は居を正した。その変貌に貴方は息を呑んだ。

 

「頼まれはしたがね、オススメしているわけじゃねえんだよ。知らんなら知らん方が良い。……お前の親御さんだってそうさ。エリーは言っていたよ。『運命が引き継がれているかもしれない』ってさ」

 

>……父と母に、何の関係が。

 

「あるかもしれない。無いかもしれない。何せ賽を振る神は死んだからな。ご丁寧に、二度と出てくる気はないと言い残してよ。だからメシアンも大騒ぎ。存在意義そのものがなくなっちまった。そういう面倒臭い奴のせいで、ここまで遅れちまった」

 

 だが、と男は言って、懐から何かを机の上に乗せた。

 

「その資質と才能は、必ずどこかに嗅ぎ付けられる。クソッタレな運命という形でな。……だからさっきのは、逃げ道さ。お前は強制されているわけじゃない。それを伝えたかっただけ」

 

 貴方は背中に汗が流れていることを感じた。机の上をじっと見つめる。そこにあるものは、紛れも無く実銃だった。

 

「ペルソナ。シャドウ。ベルベットルーム。そして、悪魔。……知りたければ教えよう。だけど勧めはしないよ。盗むべき宝は無く、改めるべき罪人もまた、この世には存在しないのだから」

 

「だったよな?」と男は虚空に声をかけた。「いや鴨志田って誰だよ。そいつがどんなゲス野郎か言われても知らねえよ。居ねえんだし」呆れたようにアイスティーを喫した。

 

 貴方は迷った。日常の淵に自分は居た。一歩でも踏み出せば、その先には埒外の世界があるだろう。男の眼光が、何よりも自分自身の感覚が、それを告げている。

 

>……それでも。

 

 それでも、貴方は選択した。

 

 何も知らず、知ろうともせず、誰かに全てを任せて生きていくなど、貴方には出来ないのだから。

 

「……先に謝っておくよ。俺のせいで、いや俺のせいじゃないんだけど、というか元から無いんだけど……お前の友達と恋人、皆居なくなっちまった。お前が過ごすはずだった青春の物語、全部ご破算さ」

 

 男は拳銃を貴方に手渡し、立ち上がって会計を済ませ、外に出た。その後に続き、貴方は喫茶店を出た。

 

「だけどヒロインが居る分マシだよなぁ? ツァ犬の奴、自分専用のお客人だって喜んでたぞ。なまじ変なタフ野郎が兄貴面している分、自分はまともにやりたいらしくってな」

 

 男は振り返りもせず、入り組んだ路地裏の奥の方へと進んでいく。どこへ行くというのか、その答えは唐突に現れた。

 

 男が歩を止めたのは、とある廃ビルだ。だが、その場に溢れ出る雰囲気は尋常のものではない。非日常。異常。そんな単語が貴方の脳裏に瞬いて、整理する間もなく男が中へと踏み入った。

 

「チュートリアルをやってやる。いや、覚醒イベントかな? ちゃんとOJTやってやるから大丈夫だって安心しろよ~~」

 

 全く安心できない軽薄な口調でそう言われ、貴方は慌てて男の後を追う。閑散とした中にはぞっとするような雰囲気で満ちており、呼吸するのも苦しく思う。

 

>……ここに、何があるんですか。

 

「お前の敵」

 

>……っ!

 

 男がぐるりと身体を翻す。たん、と一足に距離を取り、眼光鋭く貴方を睨む。

 

 貴方が身構える暇も無く、男は左腕に取り付けた機械を操作した。瞬間、異常なまでの圧が溢れかえる。尋常ならぬ圧が貴方に浴びせかけられる。

 

「明智が出せたんだ。お前も出せるだろ? これがOJTじゃボケ!」

 

 そんな無茶な……と叫ぶことも出来ず、風圧に目を細めた貴方が再び目の前を見つめたその場には、恐ろしい何かが存在していた。

 

[威霊:サタン Lv99と 大天使:メタトロン Lv99と 魔人:アンチヒーロー Lv99が 出た!」

 

「ドーモ、ザ・ヒーロー=サン。アンチヒーローです。なに、殺すつもりはない。ただ見定めるだけよ。碌でもなければ殺すがな」

「お、お前……こいつ相手だからって、その霊格で出て来るんじゃねえよ……」

「これもサプライズだ!」

 

 硫黄の息を吐く赤黒の何かは、人の形をして貴方を睨む。それに男は引いたような顔を見せた。

 

「つーか俺は何時になったら俺に戻れるんですかね? こんな名前背負っちゃって恥ずかしくないの?」

「サタンのボケが一切合切お前に押し付けたんだから仕方ねえだろ。ま、人類の集合的無意識がお前を忘れたがっている以上、お前の存在だけじゃ力を維持できないし、多少はね?」

「自分達で幸せなキスを望んだ癖にドン引きするとはたまげたなぁ……(呆れ)。でもサタンのボケは魔界で四六時中笑われているらしいし、良いとするか! しょうがねぇなあ~~」

 

 へらへら笑う褐色の何かが、野獣が如き眼光で男の肩に手を乗せる。それを男は鬱陶しそうに振り払った。

 

「……大丈夫じゃない、大問題だ。サマナー、レベル1未満に私たちを出すとか頭大丈夫か?」

「うるせえ消える消える詐欺野郎! しれっとCOMPに居座りやがって。お前のせいでメシアンの奴らがチョーうぜーし!」

「仕方がないだろう。業績と逸話により、君を放っておけば正真正銘のメシアとなってしまうのだから。神は言っている。頑張れよ人の子よ、と。……どちらもな」

 

 白い鎧を身に纏った何かが、貴方を澄んだ目で見つめた。それに男は「出てくる葡萄酒の味もっと良くしろって伝えとけ」と言った。

 

「というわけで、これから君には、ペルソナ、ペルソナ、そしてペルソナまで! 頑張っていっぱい覚醒しますので、ご健闘下さいね!」

 

>貴方、頭がおかしいんですか。

 

「言われ慣れとるわガイアーズにもメシアン過激派残党にも退魔庁残党にもダークサマナーにも悪魔にも! だから俺が楽をするために、そして今年こそ留年しないために! 一日でも早く戦力になるんだよ!」

 

 留年したんだこの人……というか大学生なんだこの人……と貴方は思いながら、しかしニヤリと笑みを浮かべた。

 

 この異常事態に対し、貴方は何かを目覚めさせようとしていた。それはとても慣れ親しんだ、自分自身ともいえるもの。

 

 だから、そう。唱えるべきその名は確かに、貴方の中に刻まれている!

 

>ペルソナ──アルセーヌ!

 

 貴方の力が、貴方の影が。懐かしく、慣れたように黒翼をはためかせ、顕現した。

 

「──いいね、そう来なくっちゃ。……じゃあオラオラ来いよオラァ!」

 

 男は笑い、銃を構える。相手は今の貴方では絶対に勝てない存在。それでも貴方は、諦めるはずがない。

 

[覚醒者:本庄モトユキ Lv99が 出た!]

 

 

 

「うわ凄え生きてるよこの子。やっぱ血筋かな? 父親は確かLv99オーバーの悪魔ぶっ殺しまくったんだっけ? イカレてるだろ……」

「そうなる可能性があったというだけだ。こ奴にそのような運命があるかなど知らぬ。実際、今はただのサンシタに過ぎぬ」

 

 暗闇に声が聞こえ、貴方は瞼を開いた。気絶していたようだ。頭上には男の……本庄の顔があり、「おっ、起きたか」と笑みを見せた。

 

「まあちょっと過激な実践演習だったけど、無事にペルソナを覚醒できたようで何より。これでお前もヤタガラスだ!」

 

>ちょっと過激というレベルではなかったんですが。

 

「ま、多少はね? 俺もやったんだからさ。俺の方が大変だったんだからさ。……いやどっちが大変なんだろ。全力全開は流石にまずかったかなぁ……」

 

 本庄はぶつぶつと呟き思案し、「まま、ええわ」と思考を放り投げた。

 

「これで直属の部下三人目かぁ……また器ちゃんが先輩面して絡まないといいけど。明智にラーメン屋巡り付き合わせたくらいで怒らないでクレヨン……」

 

>……貴方の部下になるんですか?

 

「えっ、何で嫌そうな顔するの?」

 

>……本能的に、近づかれると嫌なんです。何故かは分かりませんが。

 

「あっ(察し)、ふ、ふーん……。そ、それならしょうがないね。本能なら、うん。しょうがない……(め そ ら し)」

 

 何故か本庄は気まずそうに目を逸らした。貴方もまた、何故か分からないがこの疑問に関しては追及しない方が良いと思った。そっとしておこう。

 

「……ま、あれだ。これからお前が飛び込む先は、きっと辛いものになるだろうな」

 

 廃ビルの床に腰を下ろし、本庄は静かに言った。

 

「運命はお前を導くだろう。だけどお前には相棒もいないし物語もない。だから四方八方から引っ張られて巻き込まれて……なんてことになる前に、ちゃんと相談しろよ」

 

>真面目な顔、似合わないですね。

 

「おう、自分でも思う。だからそういう顔、浮かべさせるなよ。……夢見が悪くて仕方がないからな」

 

 そう言って、本庄は立ち上がろうとする。その声はぶっきらぼうながら、確かに貴方を気遣っていた。

 

 だからこそ、貴方もまた、笑って言った。

 

>──おかのした。

 

「ファッ!?」

 

 すってんと本庄がずっこけて床に転んだ。それを貴方は笑って見つめていた。本庄は信じられないような顔を浮かべ、驚愕と共に叫んだ。

 

「お、おま……お前も淫夢厨かよぉ!?(驚愕)」

 

>ま、多少はね? 今どきの高校生で淫夢を知らない奴は居ないってそれ一番言われてるから。

 

「さ、サタンの影響以前からホモガキだったとはたまげたなぁ……」

 

 本庄は呆れた顔で言ったが、本当に呆れているのは貴方だった。何故、この男は野獣先輩を悪魔として、それもサタンとして従えているのだろう。気が狂っているのだろうか。

 

 だが、何だかそれを聞いてしまうと、とても嫌な事を思い出しそうになるので、貴方はただ笑うのだ。

 

>野獣先輩とイーノックとニンジャスレイヤーとか、ネットミームまみれじゃないですか。この人頭おかしい……。

 

「うるせえホモガキ! アルセーヌ野獣先輩説を今から証明してやろうかお前よぉ!」

 

>本気で勘弁してください。折角カッコいいんですから。

 

 ……こうして、貴方はペルソナ使いとして覚醒し、悪魔と戦っていくことになる。その先で様々な人物と出会い、貴方は自身の力を高めていくだろう。

 

 だからこれは、その先触れ。貴方がこれから進む道の、その第一だ。

 

 ──本庄素幸との『魔術師』コープが解禁された!

 

 

 

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