(エッセイ)トランス(性別越境者)の心のサバイバル(第4回)(全4回)
また逆に「女として」の生活を手にしたとしても、どこかに「トランスとして」の評価を残していても良いはずです。ネイティヴとイコールになれない、ということから考えれば、トランスは一生トランスです。その自分を救ってあげる価値基準を留保しておくことは、決して罪でも恥ずかしいことでもありません。健全な社会生活を自信をもって送る上でも、むしろ残しておいたほうがよいのです。「女として生きる」「女になる」という夢を捨てる必要はありませんが、永遠に続く過程自体にも一定の評価を与え、そこで手にしたささやかなものを大切にするのです。
これを考えると、女装というスタンスを再評価したくなります。何かと批判の多い女装ですが「トランスであること」自体に価値を置く、という点では見るべきところが大きいのです。理屈で言えば「男だから女装」ではありますが、洗練された女装者の多くはそれほど割り切ってはいません。半端な自称GIDなどより深い葛藤を抱えていながら、尚「女装」という言葉を引き受けているのです。硬直したTSカルチャー的視点からは「ゴッコ遊び」と一蹴されてしまいがちですが、女装という言葉が口にされる時、決して遊びではない重い決断と覚悟が背後にある場合も少なくありません。
「女になりたい。女として生きたい。でも女そのものになることは不可能だ。もし女でないものが男であり、男が女のように生きることが女装なら、わたしは女装だ」。
これを卑屈と呼ぶ向きもあるでしょうし、別段女装を徒に称揚する気もありません。ただ「永遠の移行過程」であることを引き受ける者には、どんな言葉でも身に纏ってサバイバルして欲しいのです(了)



コメント
4おはようございます😉
女装した男性は 街ちを歩いていても たまに見かけます 夜の街ならもう少し多くは
女装の多くは たぶんですが遊びでやっている
方がいるかなぁ? 「女になった」貴女さまは
自信をもって 女らしく生きてくださいね。
俊介さん、おはようございます。いつもコメントありがとうございます( ´∀` )
女装した男性は、街を歩いていてもたまに見かけますね(笑)
夜の街なら(あるいはハッテン場)もう少し多くいると思います。
女装の多くは、たぶん遊びでやっていると思いますが、中にはトランスもいると思います。「女になった」私は、自信をもって女らしく生きていきます・・・
YUKIさん
素敵な4部作エッセイ等々を読んで元気を頂戴しました。ありがとうございます。
「永遠の移行過程」への一歩を踏み出すまでには計り知れない苦悩と葛藤があったことでしょう。
今後ともゆっくりと尊い「一歩一歩」を進めて下さいね。
人生は平坦な道ではないからこそ、楽しく、生き甲斐を感じて、他の方に活きる力を与えてくれるのでしょう。
佐藤さん、いつもコメントありがとうございます( ´∀` )
4部作エッセイを素敵といってくださり、うれしいです(笑)
「永遠の移行過程」への一歩を踏み出すまでには、計り知れない苦悩と葛藤がありましたね。でも踏み出してからが、もっと大変でした(時間と労力とお金が要りますし)。
今後はゆっくりと尊い「一歩」を進めていきたいと思います。
おっしゃるとおり、人生は平坦な道ではないからこそ、楽しく生き甲斐を感じて、
さらに他の人に、生きる力を与えれるのでしょう・・・